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ー動乱の章 6- 殿中御掟9箇条

 足利義昭あしかがよしあきが目覚めてから、早1週間が経とうとしていた。京の都は大分、落ち着きを取り戻し、町はいつもの賑わいを見せるようになったのだった。


 義昭よしあき細川藤孝ほそかわふじたか、明智光秀も、先のいくさで受けた傷は、かなり良くなってきており、細川と光秀はいつもどおり、仕事に復帰することが叶う。


 織田の兵2000も、幾分かは死者は出たが皆、順調に回復していったのであった。信長は政務の合間を見つけては、その兵たちの慰問に駆けつけ、ねぎらいの言葉を送るとともに、幾分か褒賞を手渡ししていったのだった。


 あるものは突然の信長の訪問に萎縮しながらも、褒められたことに深く感謝し、次にいくさがある時も、俺を連れて行ってくださいとの声は絶えることはなかったのであった。


「まずは怪我をしっかり治してくださいね。いくさに出るのはその後ですよ」


「はい!お、俺、織田家に仕官してまだ3年だけど、がんばりますんで見ていてください」


「あなたたちの上官である、光秀くんは大変、優秀な武将です。彼をこれからも支えてやってくださいね」


 若者はぺこぺこと頭を下げる。信長はやんわりとそれを静止し、席を立ち、また次の兵士たちのもとに行くのであった。



 それから、さらに1週間が経ち、義昭よしあきはすっかり元気を取り戻し、まろも仕事をするのでおじゃると机に向かい、書状を書くことに精を出していた。


 その部屋に信長が織田家の諸将を連れて参上する。義昭よしあきは何事かと思い、書状を書くのを一旦、中断し、信長たちを招き入れるのであった。


「信長殿。それに勇壮を誇る、諸将たちよ。皆、そろって今日は何の用でおじゃるかな?」


「見たところ、お加減は良さそうですね。安心しました。将軍さまには健康でいてくれないと困りますからね」


「んん?今日は見舞いに来てくれたのでおじゃるか?それなら安心してほしいのでおじゃる。産まれてこの方、健康には自信があるのでおじゃる」


 えっへんと義昭よしあきは胸を張るのであった。


「まあ、慰問もあるんですが、それとは別にですね。京の都に城を建てようと思い、その許可を願い出にきたのですよ」


「なんと、城でおじゃるか。まあ、信長殿が軍を置くというのであれば、それも仕方のない話でおじゃるしな」


「いえ。先生の城ではなくて、将軍さまの城です。本圀寺ほんこくじのような寺では、また襲撃されれば、次は無事だとは言い切れません。ですので、義昭よしあきさまを守るため、さらに言えば、義昭よしあきさまの威厳を京の都周辺に見せつけるためにも必要なことなのです」


 ふむふむと義昭よしあきは信長の言を聞く。自分用の城は手が出るほど欲しいと思っていたのだ。それが信長殿が建ててくれると言う。渡りに船とはこのことである。


「しかし、まろは城を建てるほどの金は持っていないのでおじゃる」


「費用については、ご心配なく。すべて織田家うちから出しますので」


「おお、それは願ってもない話なのでおじゃる。で、どこに城を建てるのでおじゃる?伏見あたりでおじゃるかな?」


「いえ。二条の館があった場所に建てる予定ですよ。かつては義昭(よしあき)さまの兄、足利義輝あしかがよしてるなど、代々の将軍さまたちが住んでいた場所でしたので、調度、いいものかと思いますし」


 義昭よしあきは、ふむと息をつく。確かに二条の地ならみかどのいる、御所にもほど近い。将軍である以上、みかどに拝謁たまわることもあるので、場所としては問題ない。


 だが、そうは言っても、兄・義輝よしてるが討ち死にした場所だ。理性ではわかっているが、感情ではなんとなく縁起が悪い場所である。


 まあ、無料ただで城を作ってくれると、信長殿が言ってくれているのだ。ここで駄々をこねるのは得策ではないでおじゃろう。そう思う、義昭よしあきであった。


「わかったのでおじゃる。信長殿、二条での城の建築。委細、任せるのでおじゃる」


「はい。ありがとうございます。では、次の話に移らせてもらいますね」


「ん?まだ話があるのでおじゃるか?また、宴でもやってくれるのでおじゃるか?正月は三好三人衆に攻められ、ゆっくりとできなかったのでおじゃるしな」


「残念ながら、違います。先生と義昭よしあきさま、さらにその御家来衆の関係について、書状で確認を取らせていただきたいと思いましてね。こちらの書状に目を通してもらえますか?」


 信長は、義昭よしあきに書状を渡す。義昭よしあきは、その書状を開き、その内容を確認する。


「ふむふむ。御用係や警備係、雑用係などの同朋衆など下級の使用人は代々の足利の幕府の倣いに従えと。こんなこと、今更、確認しなければならないことでおじゃるのか?」


「まあ、先を読んでいってください。将軍さまには、しっかりと内容を把握してもらわなければいけませんからね」


 義昭よしあきは信長に促され、書状の先を読んでいく。その中身は以下の通りである。


 1:御用係や警備係、雑用係などの同朋衆など下級の使用人は代々の足利の幕府の倣いに従うこと。


 2:公家衆・御供衆・申次の者は、将軍の御用があれば直ちに謹んで貴人のそば近く仕えること。


 3:惣番衆(宿直警固にあたる者たち)は、呼ばれなくとも出動しなければならない。


 4:幕臣の家来が将軍の御所に用向きがある際は、信長の許可を得ること。それ以外に御所に近づくことは禁止する。


 5:訴訟は織田家の奉行人の手を経ずに幕府・朝廷に内々に挙げてはならない。


 6:将軍への直訴を禁止する。


 7:訴訟規定は足利の幕府での法令通りとする。


 8:当番衆(将軍の使用人たち)は、申次を経ずに何かを将軍に伝えてはならない。


 9:門跡(寺社の偉い人)や僧侶、比叡山延暦寺の僧兵、医師、陰陽師をみだりに殿中に入れないこと。足軽と猿楽師(さるまわしの芸人)は呼ばれれば入ってもよい。


「ふむ。これと言って、足利の幕府の法に従い、今までどおりにやれと言うことでおじゃるな。明文化しなければならないほどのことなのでおじゃるか?」


 義昭よしあきは思う。将軍に就任して以来、書状のこれらの内容は、信長殿がすでにしてきていることばかりである。何をいまさらと思うことばかりである。


「まあ、そうなんですけどね。では、承認いただけるのなら、判をいただきたいのですが」


「わかったのでおじゃる。判はどこだったでおじゃるかな」


 将軍が机の上を見渡し、判を探す。そして、判を押そうとしたその時、信長が、あっ!と言い出す。


「すいません。先生としたことが忘れていました。1文、追加させてもらってもいいでしょうか?」


「んん?なんでおじゃる。まだ何か、書き忘れたことでもあるのでおじゃるか」


 信長が書状にすらすらと1文を書き加えていく。その内容とは


 10:将軍が寺社の所領や織田家の知行地を、言われなく横領するのは固く禁じる


 義昭よしあきは、その1文にぎくっとした顔をする。義昭よしあきは自分たちの家臣に土地を与えるために、証文を偽造ないしは、それに近しいことをし、土地を接収してきたのだ。


「これはどういうことでおじゃる、信長殿。まろには身に覚えはないのでおじゃる」


「あれ?おかしいですね。昨今、先生の元に土地に関して苦情が殺到しているのですよね。将軍さま、本当に心あたりがないのでしょうか?」


 義昭よしあきは顔が青くなっていくのを覚える。


「では、将軍さまがやっていることではないようですので、将軍さまの家臣に横領された土地は、すべて返してもらうことにしましょう。問題はありませんよね?」


「まろには預かり知らぬことでおじゃる。ええい。まろの権威を傘にきて、ひどいことをするやつもいるものでおじゃる。将軍の名にて命ずるでおじゃる。横領された土地は全て、元の持ち主に返してやるのでおじゃる」


「はい、わかりました。これで苦情は減ることになるでしょうね。将軍さまの計らい、皆、喜ぶと思いますよ」


 さてと信長は言う。


「では、問題ないようなので、将軍さまの判を押していただけませんか?」


 義昭よしあきは観念して、その書状に判を押す。そして、信長もまた、その書状の後ろの部分に判を押したのだった。


 これが世にいう、殿中御掟でんちゅうおんおきて9箇条と追加の条である。


 信長は、さっそく動く。その日の内に、殿中御掟でんちゅうおんおきての写しを大量に作成し、全国の大名たちにもその写しを送る。そして、京の都や、その周辺国にも立て札を立て、全国にその内容を発表したのであった。


 信長がそれをやったのは、信長の信条である、民のための政治のせいでもある。


 元来、この時代において、大名同士の取り決めや、将軍との取り決め、それに自分の政策を民に知らしめることをするようなものはいなかった。大名たちの政治に民の存在は全くないと言ってもよい。


 だが、信長は、世界に先駆けること約250年前に、領主の領主による「民のための」政治を行うことになる。


 信長は民意を汲んでの政治を行う。楽市楽座、関所撤廃、兵農分離。そのすべては民のためのものである。


 楽市楽座は、ひのもとの国の経済発展に、そして、商人たちの権利の保護のためである。


 関所撤廃は、関賎の廃止による、民への重税の緩和、そして、物流の改善、物価の安定のためである。


 兵農分離は、兵に給金を渡し、無給で民を働かせる行為の否定、及び、民の強制的な軍事活動参加の否定でもある。


 殿中御掟でんちゅうおんおきてを民にまで発表する。このことは、民に領主の政治スタイルを積極的にアピールすることである。そもそも民主主義の時代ではないのである。こんなことをする必要も義務もなかったのだった。


 だが、信長はそれをしたのである。民に自分の政治スタイルを示し、民がそれについて考える。そして民は政治に関心をよせるきっかけとなる。


 信長は、この国を、民を根本的に変えたいのだ。領主に一方的に泣かされる民を救いたいのである。


「さて、殿中御掟でんちゅうおんおきても無事に将軍さまに承認されたことですし、岐阜に帰りましょうか」


「俺も帰っていい?いろいろと急なことだったんで、家族にも何も言わずに飛び出してきたからよ」


「のぶもりもり、あなたはダメですよ。将軍さまの警護を引き続き、お願いします」


「ええええ。年が明けたっていうのに、満足に祝いもしてないんだぜ。それは酷ってもんだぜ」


「代わりに勝家かついえくんを京に送りますので、それまで辛抱してなさい。これは命令ですよ」


 へいへいと佐久間信盛さくまのぶもりが言う。


「今年はいきなり波乱含みだぜ。これ以上、何も起きませんように」


 そう願う、信盛のぶもりであったのだった。

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