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ー動乱の章 2- 北条三郎

「ふひっ。明智光秀、戻りましたでございます」


 政務室の襖を開けて入ってきたのは、光秀であった。午前の仕事を終え、足利義昭あしかがよしあきが居ます、本圀寺ほんこくじから帰ってきたのであった。


「ああ、光秀くん、ご苦労さまです。カステーラとお茶でもいかがですか?」


「ふひっ、ありがたく頂戴したいでございます。いやあ、疲れた脳には、甘いものが一番でございますね」


 光秀が椅子に座ると、吉乃が、熱いお茶が入った湯飲みを光秀の前に置く。


 光秀は熱い茶をすすり、カステーラに手をつける。信長はもう一切れいただこうと、手を伸ばす。


「あ、それ、私が手をつけようと思っていた、いや、なんでもない、です」


 秀吉は出そうとした手を引っ込める。代わりに勝家かついえが口に運ぼうとしていたカステーラを秀吉に渡した。


「秀吉よ。政務で疲れているでもうすな。我輩のを食べるがよかろうでもうす」


「い、いえ、そんな。勝家かついえさまこそ、食べてくだ、さい」


「ガハハッ。猿よ。我輩は貴様とちがって、頭働きをしているわけではないでもうす。充分に甘いものをとり、仕事に精をださないかでもうす」


 秀吉は、勝家かついえにぺこぺこと頭を下げる。そして、渡されたカステーラを口にほおばり、ご満悦な顔に変わる。


「うまいか、秀吉よ。我輩の代わりにたっぷりと頭をつかってもらうでもうすよ」


「んん。んん?んんー!」


 秀吉はカステーラ、一切れで約束を交わされてしまったことに少し後悔するが、まあ、この極上の味を譲ってもらったのだ。頼み事のひとつくらい聞こうとそう思う。


「ふひっ、カステーラ、一切れで秀吉殿の頭を使えるとは、なかなか見事な策でございます」


「ガハハッ。ない頭でも多少は回るものでもうすよ。油断していると、はめられるものでもうす」


 勝家かついえはおおいに笑っている。対して、秀吉は、こりこりと右手で頭をかくのであった。


「話は変わりますけど、来月っていうか、もう1週間もすれば12月なんですが、やっと武田が今川に攻めるっぽいですね。家康くんからも打診が届いています」


「やっとでございますか。まあ、常備軍を持っている織田家うちとは違って、農閑期にしかいくさは出来ないでございますから、仕方ないといえば仕方ないでございますね」


「まあ、それだけじゃないんですけどね。今川家の娘と婚姻していた武田義信たけだよしのぶが先月、幽閉先で亡くなったそうなんですよ。それで晴れて、今川との婚姻関係が崩れて、攻めれるというわけっぽいですね」


「なんだか、タイミングのいい死に時期のような気もするのじゃが、他家のことゆえ、あまり深くつっこみを入れるのはやめておいたほうがよさそうなのじゃ」


 貞勝さだかつの頭の中には、きっと腹でも切らせたのだろうと思いつくが、憶測のため、それ以上は言わないことにした。


「まあ、これで、東国のほうは北条家が将来的な敵国になりそうですが、武田家と徳川家でなんとかしてくれるでしょう」


「武田家が大きくなるのは、心配の種でもある気もするん、ですが」


 秀吉がそう言う。


「大きくなったところで、上杉家と北条家に囲まれているんです。どっちにしろ、それ以上の領土拡大はできませんよ」


 そう信長はたかをくくるのであった。


「あっ、そういえば、上杉家にも何か贈っておかないとだめですね。あと、連絡も密にしておきましょう」


「ん、どうしてでございます?上杉家とは領地が隣同士になるようなことは、今のところ、ないと思うのでございますが」


「保険ですよ、保険。武田家が駿府と遠江(とおとうみ)の一部を手に入れて大きくなるのです。それの対抗馬となるのは、北条家と上杉家ですよね。武田家が大きくなったといっても2国より攻めたてられれば安心というわけにはいきません」


「ふひっ。上杉家をいつでも利用できるよう、今のうちに友好を結ぶのでございますね。武田家、上杉家、北条家には100年先でも争っていてほしいでございますからね」


「そういうことです。大きすぎる勢力は邪魔なのです。いつでも火種を残しておくことに意義があります」


 信長は湯飲みを手に持ち、茶をすする。


「さて、私たちは私たちの仕事をしましょう。もう12月です。そろそろ、いったん、岐阜に帰らないといけませんからね。済ませられるものは済ませてしまいましょう」


「ガハハッ。その前に昼飯を食べるでもうす。カステーラだけでは、午後からもたないでもうすよ」


「それもそうですね。もうひと頑張りしたら、皆さん、お昼にしましょう。さて、今日の献立はなんでしょうね」


 今日のお昼の献立は、豆ごはんに煮魚、色とりどりの冬野菜、その中にはカボチャの煮つけなどと、諸将たちはそれらに舌鼓を打ち、午後も政務に汗を流すのであった。




 季節はさらに進み、12月に入る。


 武田家と徳川家はかねてよりの協議の通り、今川家に軍を進めることになった。今川家は風前の灯かと思われたとき、この男が動く。


「武田信玄の野郎。ついに動きやがったか。おい、手筈通り、上杉家に同盟の使者を送れ。あのえせ坊主に泡を吹かせてやるわ」


 そう言うのは関東の獅子こと、北条氏康ほうじょううじやすである。彼は、武田信玄が今川を攻める気配を感じ取り、かねてより上杉家との友好を進めていた。


 上杉謙信は義のために関東を席巻する北条から、関東を追われたものたちの領土復活のため、長く、北条家と戦ってきた。


 上杉と北条の交渉は難航したが、武田信玄が今川との婚姻と同盟をご破算にしようという情報に喰いついた。


「信玄め。信濃での不義に飽き足らず、今川家に対してもそれを行うか。しかし、かといって、北条の不義も見逃すことはできぬ。さて、どうしたものか」


 逡巡する上杉謙信に対して、北条氏康ほうじょううじやすが手を打つ。それは、自分の息子、北条三郎を人質として、上杉謙信へ養子として入れることであった。


 上杉謙信は大層、この北条氏康ほうじょううじやすの策に驚く。北条は上杉から見れば、不義のやからであり、不倶戴天の敵であった。そこに自分の息子を人質に送るということは、そのものの死を意味する。だが、その危険を冒してでも、上杉との同盟を選ぶというのかと。


「謙信さま。これは罠でござる。これを受けては、将来に禍根を残すことになるでござる!」


 謙信の懐刀ふところがたな斎藤朝信さいとうとものぶが謙信にきつく言う。謙信はそっと、目を閉じ


「お前の言いたいことはよくわかる。だが、息子を死地に送り込む、氏康の気持ち、いかんばかりか。これを受けずして義と言えるものか」


 こう言われては斎藤朝信さいとうとものぶには言う言葉はない。ぐっと口ごもるしかなかった。


 かくして、北条三郎の上杉家への養子は実現することになり、急速に両家は接近することになる。しかもだ、謙信は北条三郎の器量の良さに大層、気分を良くし、あろうことか、自分がかつて名乗っていた、【景虎かげとら】を譲ることになる。さらには上杉景勝うえすぎかげかつの姉にあたり、謙信の叔父である姪との結婚を確約したのだった。


 これに気を悪くしたのは、先の養子である、景勝かげかつである。


「父上は何を考えているのであるか。宿敵の血など、上杉家に入れるは将来に禍根を残すことと同意。ええい、今すぐにでも三郎を斬ってしまいたいわ」


 景勝かげかつには後ろめたいものがある。彼の生来の父は、長尾政景ながおまさかげである。謙信に対して反旗をひるがえし、一度は許されたものの、猜疑心の強い、謙信の重臣、宇佐美定満うさみさだみつに舟遊びへ誘われ、そこで誅殺ちゅうさつされた。


 この一件により、景勝かげかつは家中で立場がかなり危うくなったのだが、それを救ったのが、あろうことか、謙信であった。彼は景勝かげかつを自分の養子にすることを宣言する。家中には反対する声が大きかったが、謙信の一喝により、それは抑えられた。


 だが、くすぶる火は中々、消えることはない。そこに新たな養子として、北条三郎がやってきたのである。こうなれば、先を言わなくても、結果はどうなるか。誰の目から見ても明らかである。


 さらに、謙信は宗教上の理由で、嫁を娶ってはいない。これが上杉家にとって、いや、隣国を巻き込む大事件へと発展するのであった。




 徳川家康と、武田信玄が今川領に攻め込んだという報を聞き、信長たちは、さして大したさわりもなく、今川家を滅ぼすだろうと、たかをくくり、岐阜への帰り支度を始めていたのだった。


 織田家の上洛へ使っていた4万の兵を、尾張おわり、岐阜、南近江へと配置換えを行い、きたるべく、次のいくさに向け、準備を行うのであった。


「さて、来年のことを言うと、鬼が笑うと言いますが、12月に入りましたし、そろそろいいでしょう。軍の再編が終わりましたら、いよいよ、先生たちに賛同しないものたちを討ち取りに行きます」


「お、殿との。久々にいくさ、やるの?今度はどこを攻める気なんだ?」


 堺から京に帰ってきていた、佐久間信盛さくまのぶもりが信長に問う。


「まず、京へ上るための新規ルートを開拓します。伊勢から南近江に抜けるための道を作ります」


「ん?わざわざ、そんな道、開通しておく意味があるのか?岐阜からのルートは、浅井家との同盟で安全じゃねえか。今更、どうこうするようなことでもないと思うんだがなあ」


「その一番重要なルートに他家が関わっていること自体が問題なのです。もし、義昭よしあきが密書でも送って、長政くんがそれを受け、ルートを封鎖するようなことをしたら、どうするつもりですか」


「ううん。長政さまがそんなことするかねえ」


「執政者として、最悪の事態と言うのは常に想像しておかなければなりません。そのための伊勢のルートなのです」


 そんなもんかねと、信盛のぶもりは思う。殿とのの思い過ぎのような気がしてならないわけだが。


「まあ、伊勢を取れば、そこからも物資や兵を送れるし、悪い手でもないよなあ。で、南伊勢の北畠は攻め滅ぼしちまうのか?」


「いえ。あそこは家格が高いですからね、滅ぼしはしません。利用させてもらうことにしましょう」


 このひのもとに冬がやってきた。東北ではすでに雪が降り始めている。直に雪は北陸を通り、近江にも降ることになるだろう。来年は良い年になるのであろうかと、信長と信盛のぶもりは思うのであった。

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