ー戦端の章15- 金砕棒
土俵の下で、2人は邂逅した。
「遅いですよ、光秀くん。棄権するのかと思いましたよ」
信長が明智光秀に声をかける。
「ふひっ。焦らすのも策のひとつでございます。見事、ひっかかってくれたでございますか?」
「ふっ、なにを言っているのやら。ところで、左腕は大丈夫なのですか?先生は手加減を知りませんよ」
光秀はぐるりと左腕を回す。
「どうにも、具合が良くないでございます。ひょっとして、勝ちを譲ってくれるのでございますか?」
はははっと信長が笑う。ふひっと光秀が応える。
「手負いの虎は怖いと言いますからね。油断はないと思ってくださって結構ですよ」
「そんなものは期待してないでございます。信長さまはそれでこそでございます。そうであるからこそ、僕はこの場にやってきたのでございます」
「さあ、最高の死合いをしましょう。観客が私たちを待っていますよ」
「ふひっ、そうでござるな。歴史に残るような死合いをしようでございます」
2人は、ゆっくりと土俵の上に昇っていく。信長の奥方連中は、信長さま、がんばって!優勝してー、と声援を送る。
対して、光秀の妻・ひろ子と娘・珠は、両ひざを地面につき、手を合わせ祈っている。光秀の勝利を願っているのか、はたまた、無事に済むことを願っているのか、いや、両方であろう。
信長は、土俵上で光秀と睨み合う。さて、どうしたものでしょうかと思う。彼は、まわしを外している。これでは、投げに行くのは少々、困難だ。それに、すっぽんぽんにする楽しみがなくなってしまった。これでは、観客が盛り上がりませんね。さて。
信長は顎をさする。そして少し思案する。この会場を決勝戦にふさわしく、盛り上げる方法はないものかと。
「信長殿。どうしたのでおじゃるか?何か考え込んでいるようでおじゃるが」
行司役の足利義昭が、信長に声をかける。信長はふむと応える。
「光秀殿のことをおもんばかっているのでおじゃるか?そうであろうなのじゃ、怪我をしているものと対等に戦おうというのは心が痛むものでおじゃる」
義昭の言に、信長がはっとする。
「そうですよ。対等ですよ。やはり対等に戦わなければなりません」
そして、信長は何をするのかと思いきや、自分のまわしに手をかけ、もぞもぞとしだし、宙に自分のまわしを放りなげる。
「さあ、これで対等のすっぽんぽんです。やはり、いちもつを風にさらすのは気持ちいいですね。なんで、のぶもりもりはこの感触がわからないのでしょうか」
会場が大きくどよめく。土俵上に、大の男が2人、すっぽんぽんで仁王立ちしているからだ。
まだ夏の香りを残す風が一陣吹く。それにつられて2人のいちもつが揺れる。良い風だ。信長がそう思う。
「すっぽんぽんの男が2人とかなんの罰ゲームでござろか。注視しなければならない、こっちの身になってほしいでござる」
「家康殿、ちゃんと見てくだ、さい。この死合いは一瞬たりとも、目をそらせば一生の損になり、ます!」
解説席の徳川家康と秀吉だ。
「信長さまは今大会1番の気の膨れ上がりを見せてい、ます。その証拠に信長さまのいちもつをしっかり見てくだ、さい」
家康はいやいや、信長のいちもつを凝視する。そして、驚愕することになる。
「の、信長殿の気が膨れ上がると同時に、彼のいちもつが起立を始めているでござる!信長殿はこの大観衆が見守る中、起立させるつもりでござるか」
信長は仁王立ちのまま、いちもつまでもを仁王立ちさせる。通常、赤の他人の衆目にさらされながら、いちもつを起立させられるものなど、いない。
「信長殿は化け物でござるか。俺にはとても真似ができないでござる!」
土俵上の光秀が額に汗が噴き出るのを感じる。今、目の前にいる男のいちもつが、まるで金砕棒に変形していくのだ。その変貌をまじまじと見、戦慄を覚える。
「ふひっ。信長さま。伊達に決勝まで残っていないわけですね。では、僕も対抗せねばならいでございます」
光秀はそういうと、下半身に気と血を流し込む。だが、光秀のいちもつは反応が鈍い。できて半起立までだ。
「ムリをしなくていいのですよ、光秀くん。人にはできることと、できないことがあります。それは才能と言えば良いのでしょうか」
「ふひっ。まだでございます。まだ勝負はこれからでございます」
光秀は、そっと目を閉じる。逢瀬を重ねてきた、ひろ子の柔肌を。ひろ子のぬくもりを。どうか、ひろ子よ、私に力を与えてください。
光秀のいちもつは徐々にではあるが、半起立の状態から、天に向けて動き出す。
「おお、光秀殿も負けておらぬでござる。必死に信長殿に抗おうとしているでござる」
「家康さま。これ、一体、何の勝負で、した?」
秀吉が疑問を呈するが、興奮する家康の耳には聞こえない。
「ふひっ。信長さま。お待たせしたでござます。これで、信長さまと対等の位置に立ったでございます」
「ほう、これほどの才能を隠し持っていたとは、意外ですね。普段のきみからは想像できません」
会場はいやがおうにも盛り上がりを見せる。土俵上に立つ、2人の男。そして、いきり立つ2つのいちもつに。
「おっほん。信長殿、光秀殿。いい加減、始めていいでおじゃるか?」
行司役の足利義昭は、2人の男たちに辟易する。それはそうだ、間近で見ているのは、義昭自身なのだから。
「双方、見合って見合ってなのでおじゃる」
義昭は無理やり、進行を早める。これ以上、2人を放っておくと、危険なことになりかねないからだ。
2人は視線を合わせたまま、ゆっくりと腰を落としていく。これが最後の勝負だ。出し惜しみするものなど一切ない。
「はっけよい、のこったなのでおじゃる!」
最初に動いたのは光秀であった。痛む左腕をおもいっきり振りかぶり、信長の金砕棒めがけて、高速のつっぱりをかます。
だが、信長は意に介さぬ様子で、そのつっぱりを金砕棒で軽々くはじく。ぐぬうと唸るのは光秀のほうであった。
「狙いは間違ってはいないですね。だが、先生のものは奥方10人によって磨き上げられたものです。そんな攻撃では通用しませんよ」
こちらの番だと言わんばかりに、信長が左手でややアッパー気味に、つっぱりを光秀のいちもつに喰らわせる。だが、今度は信長が異質なものにふれた感触を得る。
「光秀くん。そのやわからさはなんですか」
「ふひっ。立てるのに必死で、固さまで維持することは難しいかったでございますが、功を奏したのでございます」
互いは最初の初撃に失敗し、作戦を変えることにした。じりじりと距離を詰め、互いの両肩を掴み、スクラムを組むことにした。
信長は右手で光秀の左肩を掴み、光秀はそこから交差するように信長の右肩に左手で掴む。そして信長は左手で光秀の右肩を掴みに行こうとしたが、光秀は右手で払いのける。
スクラムを組むことは無理だと悟った信長は、左手の目標を光秀の右肩から喉に変更する。のど輪を仕掛けるつもりだ。光秀もその狙いに勘付き、右手で信長の喉を狙いに行く。
だが無情かな。リーチの長さは信長の方が少し長く、相手の喉を捕らえたのは、信長のほうであった。苦悶の表情を顔に浮かべる、光秀である。
のど輪が完璧に決まり、光秀は一気に押される。下手に抵抗すれば喉が余計に締まって、呼吸が困難になる。ずるずると押され土俵際まで、光秀が後退する。
「ここまでですか。きみの力はここまでなのですか?」
挑発するように信長は光秀に声を発する。だが、喉が締まりかけた光秀は、くもぐるような音しか出せない。
徐々に信長の左手に力が込められていく。光秀は首が締まっていき、意識が遠くなっていくのを感じる。だがその時だった。
「とおちゃん!勝って。信長のやつなんか、やっつけて」
土俵の下の珠が声を張り上げる。
「光秀さま。あなたはまだ、何も信長さまに応えていないではないですか。そんなことで、優勝しようなど、おこがましいと思わないのですか!」
光秀の妻・ひろ子が声を張り上げる。
光秀は半ば失いかけた意識から、目を覚ます。そして、信長の左腕を両手で掴み、絞り上げる。
だが、信長は意に介せず、じわじわと喉にかけた左手に力を込める。
「勝家くんに見せた、あの力を出しなさい、光秀くん。きみの真の力を出すのです」
信長は声を荒げる。お前の力はそんなものかと、もっとやれるだろうと。
「ふごおごっごごご。びだりうで、びゃぐばーぜんどでございます!」
光秀の左腕の筋肉が膨れ上がる。そして、信長の左ひじの内側に向けて、つっぱりをかます。それと同時に信長の左腕は吹き飛ばされる。
起死回生の一撃を放つことにより、のど輪から脱出した光秀は動く。左腕を強く引き絞り、神速の早さを持って、大きく手を広げ、信長の顔面に向けて、つっぱりを放つ。
捕らえた。そう、光秀は思った。だが、信長は右手を顔の前に出し、光秀の左のつっぱりを受ける。
信長は、顔面への攻撃を防いだものの、土俵に2本の足跡を作り、身体が2メートル、後退させられる。そして、信長の右腕は衝撃により、痺れを覚えることとなる。
しかし、光秀は諦めない。大きく、右足を押し出し、もう一度、左腕を引き絞り、渾身のつっぱりを放つ。狙う先は、信長の顔面。寸分たがわず、神速のつっぱりは、信長の顔面に吸い込まれていく。
決まった。会場中の誰もがそう思った。渾身の一撃が、信長の顔面に入ったのである。
だが、今度は信長の身体は1ミリたりとも後退していない。
「ふひっ。なんでございますか。僕の100パーセントのつっぱりを喰らって、何故、微動だにしないでございますか」
驚愕の顔をする、光秀である。
「額で受けて、その衝撃を首、背、腰、ふともも、を通して足から地面に逃がしました。一度、見せた技が先生に通用するとは思わないことです」
光秀は、信長の足元を見る。すると、信長の足場の地面がめくれ上がっている。本当に衝撃を総て、地面に逃したのだ、この信長と言う男は。
「ガハハッ。殿め、ついに本気を出したでもうすな。これは面白くなってきたでもうす」
解説席の脇で、勝家が笑う。そして、2人の戦いの趨勢を見守るのであった。