表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/415

ー戦端の章14- 天手力男神(あめのたぢからお)

 勝利の余韻を残したまま、信長は佐久間信盛さくまのぶもりに手を差し出す。その手を信盛のぶもりがつかみ、身を起こす。


「いたたたた。少しは手加減するってことを知らないのかよ、殿とのは」


「何度も言うようですが、相撲で手をぬくことは、相撲の神に対しての冒涜ですよ。きみは神仏に対する信仰心が足りていません。だから、負けるのです」


「対戦相手をことごとく、すっぽんぽんにするのも相撲の神に対して、冒涜してる気もするんだがなあ」


 信盛のぶもりは左手で腹を抑えながら、恨み節を言う。はははっと信長は笑う。


「そこは趣味です。いいもんでしょう。衆目の前でいちもつをさらすのは、ある種、快感だと思うのですよね」


「それなら、殿とのだけ、すっぽんぽんになりやがれ。俺にそんな性癖はねえよ」


「おかしいですね。秀吉くんも、佐々(さっさ)くんも、私に負けたときには、すがすがしい顔をしてましたよ?あれは、皆に見られて、きもちよかったんじゃないですか?」


「違うと思うぞ、それ。多分、殿とのに完膚なきまでに負けての顔だと思うぞ」


 ふうむと信長は息をつきながら、右手であごをさする。そして、急に、はっと言う顔をする。


「では、みんな、いちもつを見られるのは恥だったということですか?信盛のぶもりくんの言が正しければ」


「そんなの当たり前だろ!あいたたた。叫ぶと腹がいてえ」


「知ってましたか?のぶもりもり」


 ん、なんだと信盛のぶもりが応える。


「内臓にダメージをもらいすぎると、血の小便が出ます。あとで厠でびっくりしないように、今のうちに教えておきますよ」


「まじかよ。あああ、これはしばらく、夜の運動はお預けかなあ」


「白い液の代わりに、違うものが出そうですね」


 信長が、ぶふっと笑う。


「笑い事じゃねえよ。こっちは新妻がいるんだ。ただでさえ、赤玉がでそうになるまで絞られてるのに、血まで取られるわ!」


 信盛のぶもりは痛む腹を気にしながら、だが、へへっと笑う。


殿との。全力で俺を倒しにきてくれて、感謝するぜ」


「言っているでしょう。先生は誰に対しても、全力で相撲を取ると」


「俺は、変化が手だ。だから、それを嫌がって、まともに正面から相撲を取ってくれるやつが少ないんだよな」


「自業自得と言えばそれまでですが、変化も手のひとつなんですがねえ」


 ひとの感情とはそんな割り切れるものではない。相撲愛好家の中には、変化をきらうものが大勢いる。


「まあ、殿との。また、正面からかかってきてくれよ。今度は俺が勝つからよ」


「ふふっ。そうですね。のぶもりもりの変化を総て封じてみるのも悪くはありませんね」


「そんなこと言っちゃう?普通。そこは、素直にひかかってくれよお」


「いやですよ。相手を完膚なきにまで叩きのめすことこそ、相撲は面白いのです。きみが泣いたからと言って、やめることはしません」


「ちっ、しょうがねえなあ。泣かされないように腕をみがくとしますか」


「そうしてください。再戦、楽しみにしていますよ」


 信盛(のぶもり)は、顔を空に向ける。


「決勝、がんばれよ、殿(との)。優勝するには良い日だ。手負いの虎は始末におえないもんだぜ」


 信長が空を見る。


「そうですね。やれるだけやってみますよ」


 2人はそろって、土俵を降りる。観客に手を振りながらだ。奥方連中は2人を出迎える。片方は黄色い声を受け、もう片方は叱咤激励を受ける。残すは信長と光秀の決勝戦を残すのみとなったのだった。




 準決勝、第2試合を終え、武将部門は30分の小休止を挟むことになる。その間に、一般部門と兵士部門の決勝戦が執り行われた。どちらの部門も好勝負が行われ、いやがおうもなく、会場は盛り上がっていく。


「田中。ここで会うのは3年目だったな。今日こそ、白黒はっきりさせてやるぜ」


「さっきも顔を合わせていたんだぶひい。彦助(ひこすけ)はとち狂ったぶひいか?」


「うるせえええ!せっかくの設定が台無しだろが」


「また始まったんだぶひい。お前、いい歳なんだし、いい加減、その妄想癖を治せって言うぶひい」


「オウ、弥助(やすけ)は思うのです。彦助(ひこすけ)さんにつける薬はないのデス」


「うっせえぞ、弥助(やすけ)。俺に小遣い全部、賭けておけよ。田中を無様にぶん投げてやるんだからな」


弥助(やすけ)。やめとくんだぶひい。金の無駄遣いなんだぶひい。勝つのは僕なんだぶひい」


 兵士部門の決勝戦に出場している2人は、土俵上で言い合っている。もっとやれとばかりに観客は、はやしたてている。



 ここは医務室。光秀は左腕をさすっている。脱臼していた左腕は、勝家(かついえ)の計らいで治してもらっていた。しかし、つながっただけだ。鈍痛が左腕全体を襲う。


「光秀さま。あなたは立派に戦ったではありませんか。それでもなお、まだ決勝戦に挑もうと言うのですか」


 ひろ子が光秀に声をかける。光秀は左腕を振り上げ、気丈に平気そうな顔をする。


「ふひっ。鼻血も止まりましたし、左腕は動くのでございます」


「されど、怪我は怪我です。怪我を押してまでやる決勝戦なのですか」


「とおちゃん。とおちゃんは立派だよ。あの筋肉の悪魔を倒したんだい。とおちゃんは世界一のとおちゃんだよお」


 心配そうに、娘の(たま)が光秀の顔を覗き込んでいる。光秀は、宙を見つめ、ふっと微笑む。


「信長殿が待っているのでございます」


 あなた、と、ひろ子が言う。


勝家(かついえ)殿を超えた、僕を信長殿が待っているのでございます」


 光秀が、ぐるりと左腕を回す。そして、苦痛に顔をゆがめる。


「怪我の怖さは、僕自身がわかっているのでございます。そして、信長さまは、きっと僕の左腕を狙ってくるのでございます」


「そこまでわかっていながら、なぜ戦うことをやめないのですか。ひろ子は光秀さまが無事なら、それだけでよいのです」


 ひろ子は泣きそうな顔をする。


「そんな顔をしないでほしいのでございます。僕は、ひろ子と(たま)には笑っていてほしいのでございます」


「とおちゃん。行ってきて!そして、信長のやつをぶん投げて」


 (たま)が声を張り上げる。だが、ひろ子はうつむいたまま、何も言わない。ひろ子と、光秀が声をかけ、その左頬に右手をそえようとする。ひろ子は光秀の差し出す手に頬を重ねる。


「勝ってくださいまし。光秀さまは世界一の男です」


 光秀は、すっと静かに立ち上がる。そして、相撲会場に一歩ずつ向かうのであった。




「光秀殿は決勝戦は出れないのではござらぬか。脱臼した左腕を治したところで、まず、うまく動かせることはできぬでござろう」


 解説席の徳川家康が、秀吉に向かって言う。


「私は役目上、光秀殿とよく一緒に仕事をしているん、ですが、彼は怪我程度で、あきらめるというような性格ではありま、せん。きっと、この決勝戦の場に現れる、でしょう」


「ふうむ。そうは言っても、いまだ光秀殿は、この会場には現れていないでござるよ。そろそろ、時間でござる。怪我の具合が相当、悪いんじゃないでござろうか」


「光秀殿は来、ます。織田の将と言うのは、私が言うのはなんですが、馬鹿の集まりなの、です」


 秀吉がそういうと同時に、会場の一部からどよめきが起きる。


「ほら、来ました。光秀殿は馬鹿の中の馬鹿なの、です」


 家康と秀吉は、どよめきが起きる方向に顔を向ける。そこには、光秀とその後ろを歩く、奥方と娘の姿があった。


 家康はぎょっとする。


「まさか、本当に来たのでござるか」


 そして、土俵に近づいてくる光秀を見、またもや、ぎょっとする。


「何をしているのでござるか、光秀殿は!」


 家康が驚くのも無理は無い。光秀がすっぽんぽんで会場入りしたのである。会場はどよめきから爆笑の渦に変わる。


「さすがは光秀殿なの、です。まわしを取られるくらいなら、最初からまわしを外してきたの、ですね!」


「前代未聞でござる。まわしをつけずに会場入りするなど、許されることではないでござる」


「い、いえ。そんなことはありま、せん。足利の幕府を創設したと言われる、かの尊氏たかうじさんは、相撲で有利な立場に立つため、あえて、まわしを外していたと言われて、います。決して、前例がないわけではないの、です」


 そんな話、聞いたことないなあ。俺はひょっとして、別世界からやってきたのではないのでござろうか。だが、秀吉の力説は続く。


「相撲の神、天手力男神あめのたぢからおは、すっぽんぽんで相撲を取って、天照あまてらすを喜ばせていたのだと、古事記にあり、ます。光秀殿は、相撲の神に身を捧げる気で、います!」


 あれえ。古事記にそんなこと書いてあったでござるか。やはり、俺はいつの頃からか、違う並行世界からやってきたでござろうか。


「光秀殿は勝つ気、です。例え、左腕がもげようが、彼は戦い続けるつもり、です」


 相撲で左腕がもげるって、一体、どんな相撲なのでござるか。


「古事記にあります。天手力男神(あめのたぢからお)と戦った、建御名方神たけみなかたは両腕をもがれても、戦う意思を捨てません、でした」


「その話は知っているのでござる。大国主の息子、建御名方神(たけみなかた)天手力男神(あめのたぢからお)の力比べでござるな」


「両腕をもがれても、戦う意思を捨てなかった建御名方神(たけみなかた)は、天手力男神(あめのたぢからお)のつっぱりを喰らい、諏訪湖にまでふっ飛ばされたの、です!」


「えええ、そんな話でござったか?俺の知っている古事記とは違う気がするでござるが」


 秀吉がきょとんとした顔をする。あれ、俺、何か間違ったこと言ったっけ。


「家康さまは、細川さま著作の【相撲の神秘 筋肉と伝統芸】を読んだことはないの、ですか?第1章に載っているの、ですよ?」


 元凶は細川藤孝ほそかわふじたか殿でござったか!


「ここに私が注釈を足した、写本があります。家康さまには特別価格の5貫(=50万円)でお譲りしますよ」


「え。その本、買わないといけないでござるか?」


「相撲通の方は1家に3冊、必ず持っています。保存用、観賞用、実用用と、大人気なの、です!」


「え。しかも3冊、買わないといけないでござるか?」


「今なら3冊まとめて買うと15貫のところが、なんと、12貫です!ここで逃したら、家康さまは相撲通からつまはじき、です」


「ううん。お買い得でござるな。では、3冊、買わせていただくでござるよ」


 秀吉の押しに負けて、家康は【相撲の神秘 筋肉と伝統芸】を買わされることになったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ