ー戦端の章11- 子と親
第11試合は、佐久間信盛対、村井貞勝だ。
「ご老人をいたぶるのはしょうに合わないんだけどなあ」
「ぬかせ、信盛殿。なめてかかれば、玄以同様、ぶん投げてやるのじゃ」
「ああ、そうかい。じゃあ、遠慮なくいかせてもらうぜ!」
しかし、結果はあっさりと決まる。立ち合いからの貞勝のぶちかましを、信盛は体をひねることにより、かわし貞勝の背中を思いっきり、はたき倒す。
「くっ、相変わらず、まともに相撲をとらないやつなのじゃ。不覚にも挑発に乗ってしまったのじゃ」
「悪いな、貞勝殿。勝負は勝負だ、悪く思わないでくれよ」
余裕しゃくしゃくで2回戦を突破する信盛であった。
「あんた、お疲れさま。でも、あんなに強く、はたきこみをしなくてもよかったんじゃないのかい」
小春が信盛に言う。ご老体の貞勝を心配してのことだ。
「なあに、あんなことで怪我するほど、俺たちはやわじゃないさ。死合いを長引かせないだけ、俺は優しいのさ」
「信盛サマはお強いのデスネ。惚れ直してしまいそうデス」
エレナはぽおと頬を赤く染める。次はいよいよ、準決勝だ。誰と戦うかわからないが、信盛サマならきっと決勝まで残ってくれると期待できる。
「さあて、次は佐々と殿の対決か。どっちが勝ったとしても難敵なのは変わりないな。俺は今のうちににゆっくり休ませてもらうか」
「あんたの実力のほどはわかったけど、もし、信長さまが勝ち進んで来たら、どうするんだい?」
小春がそう信盛に尋ねる。
「んん。殿相手に、変化は通用しないだろうしなあ。それに殿も、まともに俺に相撲を取らせてくれるようなことはしないだろうし。まあ、でたとこ勝負ってところかなあ」
「はっきりしない人だねえ。まあ、どっちが勝つにしても、怪我だけはするんじゃないよ」
へいへいと信盛は言う。さて、佐々はどこまで、殿の体力を削ってくれるかな。勝てはしないだろうが、勝負がもつれてくれることにこしたことはない。死合い間隔は短くなっていくんだ。
こういった大会の場合、体力の回復が難しい。死合いの組み合わせは死活問題となる。難敵が続く、勝家殿はきっと、決勝では満身創痍のはずだ。俺にも優勝の芽があるな。
「さて、佐々くん。観衆の面前で、いちもつをさらす覚悟はできましたか?」
「ん…。信長さま、やめてください」
「やめろと言われると、やりたくなるのが人間のさがです。佐々くんはもっと、人間の感情について興味をもったほうがいいですよ」
「ん…。ご高説、ありがとうございます。では、一番、参りましょう」
佐々は静かに闘志を燃やす。まわしをとらせてはいけない。ここはかねてよりの秘策で行こう。
佐々には、考えがある。まわしを取らせない方法がだ。信長さまは興味心が強いひとだ。きっとこの方法に乗ってくるはず。
足利義昭が、ひがあしい、佐々成政、にいしい、織田信長と宣言する。
「双方、見合って見合ってでおじゃる」
佐々と信長が互いに見合う。信長が姿勢を低くし、ぶちかましの体勢に入る。だが、佐々は中腰の構えで両手を空に突き出す。
ほう、誘いですね、と信長思う。先生にまわしを取らせない策ですか。面白い、受けて立ちましょう。
信長は低くした身を起こし、佐々と同じく中腰になり、両手を空に投げる。
「なにをやっているのでおじゃる?」
行司役の義昭が不思議そうな顔をする。
「これでいいのですよ。さあ、将軍さま。戦いの火ぶたを切ってください」
ううむと唸る義昭であったが、双方、それでいいのなら良しとしようと思い
「はっけよい、のこったのでおじゃる!」
佐々と信長は両手を上げたまま、じりじりと間合いを詰めていく。そして、互いの右手と左手をつかみ合う。プロレスで言う、四つ手だ。
ぎりぎりと2人は両の腕の力を込める。最初、信長が佐々をじわじわと追い込んでいった。佐々はのけぞるような姿勢になっていき、このままではやばいと、左腕をひねり、下のほうから力を込める。
さながら2人の腕は、猛獣が大きく口を開け、互いを喰らわんとするような形になる。
信長は利き腕の右腕が下顎の方にされ、せっかくの力を削がれている。対して左腕は上顎として佐々の右腕を迎えることになり、押され気味になる。
「ほう、なかなか上手い手ですね、佐々くん。先生の右腕を封じに来ましたか」
「ん…。たまたま。なんとなくだけど、いい形になった」
土俵上では、2人の単純な力勝負が続く。このまま、互いが力尽きるまで続くのかと思われたその時、信長が動く。
信長が左腕を下にひねる。このことにより、互いの両腕が下からの押し合いになる。さらに信長は、下から上へ押し上げる。このことにより、佐々の肘が伸び、痛みを発する。
佐々は両肘の痛みにより、顔をゆがませる。
「なっちゃん!その体勢はだめだよ、手を切って」
佐々の奥方、梅が悲鳴を上げる。
信長は万力でしめるかの如く、力を込めていく。佐々は耐えきれず、両手を切ることにした。だが、時すでに遅し。両肘は痛みを訴えかけ、これ以上、力を込めることは出来なくなっていた。
佐々は、だらりと両腕を垂らし、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。
「佐々くん。力勝負は先生の勝ちのようですね。まだ、続けますか?」
「ん…。ここで退いたら、佐々の名折れ。いざ、尋常に勝負!」
両腕が動かぬ身となっては出来ることはただひとつ。力いっぱい、ぶちかましをするだけだ。佐々は信長から距離を開け、腰を落とし、姿勢を作る。
対する、信長も佐々を受けるが如く、腰を落とす。
「ん…。信長さま。自分の最後の力、見せます」
ふふっと信長が笑う。その笑みを合図に佐々が突っ込む。だが、信長は姿勢をさらに低くした。
形としては、佐々の腹に信長の頭が突き刺さる形となった。うっと佐々は口から漏らす。そして、そのまま、信長は、よっこいしょとばかりに身を起こす。
佐々の身体は宙を舞う。佐々は宙に放り投げながら、遅れて一緒に飛んでくるまわしを見た。ああ、自分もすっぽんぽんにはがされてしまったのかと。
すっぽんぽんの佐々は、背中から土俵に大の字になるようにどすんという音とともに着地する。
「佐々くん、いい勝負でした。頭は打っていませんか?」
「ん…。頭は大丈夫。でも、股間がすうすうする」
「はははっ。大丈夫そうですね。たまには大の字で空を見上げるのもいいでしょう」
信長が、顔を上に向け空を眺める。その視線を追い、佐々も空を見る。晴れ渡ったいい天気だ。
「ん…。信長さま。信盛さまに負けないでね」
「奥方の数なら、圧倒的に勝っていますので、勝負は決まったようなものです」
信長さまがそういうのなら、そうなのだろう。佐々は、いちもつを隠すことなく、空の青さを見つめるのであった。
続くは準決勝、残るは、柴田勝家対、明智光秀。そして、佐久間信盛対、織田信長の死合いであった。
観客の中には、売り子が売っている、箱入りの弁当に舌鼓を打ちつつ、昼間から酒に酔いしれていた。
勝家も同様、売り子から焼肉弁当等を5つ買い、がつがつと食している。
「お前さん。そんなにがっつかなくても、弁当は逃げはしませんよ」
勝家の奥方、香奈が弁当を豪快に空けていく勝家の顔を見つめている。
「ガハハッ。初戦から難敵続きと、少々、腹が空いておるのでもうす。どれ、香奈にもひとつ、弁当をわけてやろうでもうす」
「わらわは、京の都のひとからもらった、ぶぶ漬けがありますゆえ、これで充分なのですよ」
香奈は、ぶぶ漬けを食しながら、白菜の唐辛子和えにも手をつける。
「白菜の唐辛子和えが気に入っているようでもうすな。どれ、岐阜にも1樽分、送っておくでもうすよ」
「お前さんがいないのに、そんな量送られても、食べれまへんよ」
「家臣の奥方にも分けるといいでもうす。美容にもいいという評判でもうすゆえ、こぞってもらってくれるでもうすよ」
「あら、そうなのかえ。では、1樽、送ってほしいのぞえ」
勝家と香奈は談笑をしながら、お昼を楽しむのであった。
「おとうちゃん。私、お団子も食べたい!」
「ふひっ、珠はかわいいでございます。好きなものを食べるといいでございます」
「お前さま。珠をあまり甘やかしてはいけませんよ。お腹がぷくぷくな、ふくよかな娘になってしまっては、大変です」
そう言うのは、明智光秀の妻、ひろ子であった。光秀が流浪の際、女の足では困難だと、美濃に置いていかれたが、光秀が織田家への仕官の折、久々の再開となった。
別れる前にできた珠は、まだ赤子で、光秀の顔を覚えているわけでもなく、久しぶりに顔を合わせたときは、このおっちゃん、誰?と言われて、悲しみの底に沈みそうになったものだ。
いまや、その珠も5歳。あと10年もすれば、どこぞの男の元へもらわれに行くのだろう。子の成長に嬉しくもあるが、そう考えると、ふと寂しく思ってしまうこともある。
「ふひっ。僕は親ばかでございますかね」
そう光秀が言う。
「親ばかだっていいじゃない。珠も、こんなお父さんを持てて、きっと幸せですよ」
珠に、いいところを見せたい。うちのおとうちゃんは、織田家で一番の相撲取りなんだぞと、自慢してもらいたい。
「お前さん。無茶だけはするんではありませんよ」
ひろ子は、光秀の心情を知ってか知らずか言う。
「我が娘に、おとうさん、かっこいいと言わせるのは誉れではございませんかね」
ふうと、ひろ子がひとつ、嘆息する。
「例え負けたとしても、子が親をばかにすることはありませぬ。精一杯、戦ってきてください」
光秀は、珠を見る。団子をおいしそうにほおばる彼女は、自分にとって、宝物だ。次は、筋肉の悪魔、勝家とだ。
「ふひっ。珠よ。お父さんは、頑張ってくるから応援よろしくなのでございます」
珠は底抜けの明るさで、うんと応え、土俵に光秀を送り出すのであった。