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ー戦端の章10- 利家の秘策

 1回戦が終わり、残った面子は、優勝候補の柴田勝家しばたかついえ、その対戦相手である前田利家まえだとしいえ。そして、明智光秀、佐久間信盛さくまのぶもり村井貞勝むらいさだかつ佐々(さっさ)成政、織田信長、義昭よしあきの家臣の計8名であった。


「まったく、まろの家臣はふがいないやつらばっかりなのでおじゃる。8人中7人も織田家の諸将たちで埋まっているのでおじゃる」


「しかし、どなたも実力は本物のものばかりであります。私はもちろんのこと、藤孝めが負けるほどの剛のものたち。いささか、私たちは日ごろの訓練がたらなかったのでござる」


 足利義昭あしかがよしあきの愚痴を聞き、和田惟政わだこれまさが進言する。


「だからと言って、将軍・足利家がそろいもそろって負けるとは、どういうことのなのでおじゃる。こんなことなら、いっそ、疲れた身体をおしてでも、まろが出るべきだったでおじゃる」


 義昭よしあきは、大会の前座として、諸将たちと総当たり戦で相撲を取っていた。のべ10人にはなろうかという、相手と立ち回り、体力も気力も残ってはいなかった。まあ、そんな彼ではあるが、諸将たち相手に一勝もできなかった時点で、彼が本戦に出たところで何も変わらなかったであろう。


「ふははは。将軍さまが出たところで何も変わらぬでござる。恥の上塗りをする気でござるか」


松永久秀まつながひさひで、お主、来ておったのでおじゃるか。ええい、忌々しい。貴様は口を開くたびに憎まれ口しか叩けぬでおじゃるか」


「わしゃでも、織田家の面々に絶対に勝つという自信はござらぬ。ましてや、総当たり戦をやったご自身が一番わかっているでござろうに」


 くっと義昭よしあきは唸る。言うことはしゃくに障るが、論はもっともである。言い返すことができない。


「なら、お主なら、なんとするでおじゃるか」


 ふうむと松永は言い、あごをしゃくる。


「まあ、毒でも一服もるでござるかな。まともには勝てない相手でござる。死なぬ程度の量を茶にでも混ぜるでござる」


「お主、神聖な相撲をなんと心得ておるのじゃ!毒を使うなど、前代未聞。きさまの発言は相撲の神に対する冒涜なのでおじゃる」


「例え話でござるよ。何をそんなに熱くなっているでござるか。いくさで勝ちを拾うのならば、毒を使うのも正義でござる」


「ふんっ。お主とは、気が合わぬでおじゃる。はようどこかに消えるでおじゃる」


「ふははは。嫌われたものでござるなあ。まあ、将軍さまの家臣の奮闘に期待するでござるかな」


 松永は、そう言い、禿げ上がった頭を撫でながら、義昭よしあきの前から消えていく。


義昭よしあきさま。祭りでの戯言ゆえ、どうか、荒事にはしませんように」


惟政これまさ、わかっているのでおじゃる。くそう、あやつめ、信長殿の懇意がなければ、八つ裂きにしてくれようなものをでおじゃる」



 30分の小休止を挟み、武将部門、2回戦が始まろうとしていた。解説席には、織田信長と松永久秀まつながひさひでが陣取る。


「さて、1回戦の死合いもすべて終わり、そろそろ、2回戦が始まるわけですが、松永くん、きみはこの先、どうなると思いますか」


「ふははは。わしゃの予想でござるか。ううん、勝家かついえ殿が順当に勝ち上がると思うでござるが、利家としいえ殿と明智殿と難敵が続くでござる。体力はごっそりもっていかれるのではござらぬか」


「ふむ。左の山は、勝家くんが決勝に残ってくると。右の山はどうですかね?」


「そちらは、信盛のぶもり殿対、貞勝さだかつ殿、佐々(さっさ)殿対、信長殿でござるか。ううむ、こちらのほうは予想がつかないでござる」


「そう思うのはなぜでしょうか?」


「信長殿と、信盛のぶもり殿の戦力が未知数だからでござる。双方、まだ実力の一端しか見せてないように思えるでござる」


 信長は、ふふんと鼻を鳴らす。


「わしゃ、信長殿がまともに相撲をとっているところを見たいでござるな。奇策を用いるのは本当の実力を隠しているからでござろう?」


「さあ、どうでしょうね。これだけは言えます。先生の対戦相手はすべて、いちもつをさらすことになるでしょう」


「こわいこわい。それがし、出なくてよかったでござるよ」


 解説席での2人の談笑は続く。そうこうしているうちに、勝家かついえ利家としいえが土俵にあがる。


「ガハハッ。逃げずに我輩に立ち向かってきたこと、褒めてつかわすでもうすよ、利家としいえ


「へっ。その余裕顔もここまでッス。俺には秘策があるッスからね」


「ほう。それは、楽しみでもうす。これ以上の言葉は無用、死合おうではないか」


 へっと、利家としいえは吐き捨てる。そして、おもむろに四股を踏みだす。


「これは決勝用に残しておきたかったッスけど、勝家かついえさま相手なら申し分ないッス。100パーセント、開放ッス!」


 その言と同時に利家としいえの気が膨れ上がる。めきょっという音とともに利家としいえの筋肉が膨れ上がる。


「おお、利家としいえ、貴様、その奇妙な技はなんでもうすか?」


「南蛮渡来の呼吸法、バンプアップって言うッス。次の日は地獄の筋肉痛をともなう、もろ刃の剣ッス」


 利家としいえの筋肉の上に血管が浮き出る。


「うわっ、利家さん、気持ち悪い!」


 土俵外から利家としいえを見守る松が思わず、悲鳴を上げる。


「気持ち悪いはやめてくれッス!心が痛いッス」


「ガハハッ。女には筋肉のよさはわからぬでもうす。気にすることはなかろう」


 行司役の足利義昭あしかがよしあきが、2人の前に出てくる。


利家としいえ殿、勝家かついえ殿、準備はよろしいでおじゃるかの」


 2人はこくりと首を縦に振る。義昭よしあきはその姿を見て


「双方、見合って見合って。はっけよい、のこったなのでおじゃる!」


 義昭よしあきの掛け声とともに、ふたつの筋肉が激しくぶつかり合う。互いにまわしを取っては、そのつかむ腕を強引にきり、そして、腕をさしこんでいく。互いに優位な体勢を作るため、2人の攻防は激しさを増していく。


 筋肉の量は、勝家かついえが上をいくが、相撲の腕は双方、互角と言ってもいいのかも知れない。


 何度目かのまわしの取り合いの後、ついに利家としいえが両腕を勝家かついえのまわしに差し込む。勝家かついえは、むむと唸りながら、利家としいえの腕の外側から彼のまわしをつかむ。


「もらったッスよ、勝家かついえさま!」


 利家としいえが両腕の力で勝家かついえの身体を持ち上げる。勝家かついえの身体が少しづつだが、浮いて行く。


「なんと、我輩を持ち上げる魂胆でもうすか」


 少しづつ、少しづつだが、勝家かついえの腰が浮いて行く。勝家かついえも負けじとこらえるが、バンプアップされた利家としいえの筋肉が肥大化していく。


 ついに勝家かついえの足が1センチメートル、宙に浮く。あとは投げるだけだ。だが勝負は無情かな。


「あ、やばい。時間切れッス」


 その利家としいえの言と同時に、膨張した筋肉がみるみると縮小していくのである。筋肉の酷使による、オーバーヒートだ。


 勝家かついえはその機を見逃さなかった。宙に浮いたまま、利家としいえを外側から絞りこんでいく。


「痛い、痛いッス!勝家かついえさま、やめてくれッス」


「ガハハッ。おしかったでもうすな、利家としいえ。あと10秒、その状態がもてば、貴様の勝ちでもうしたのにな」


 勝家かついえの得意技、菩薩の抱擁が炸裂する。利家としいえの筋肉はバンプアップの負荷により、すでに対抗するほどの力は残っていなかった。利家としいえは、勝家かついえの筋肉にみるみると取り込まれていく。


「勝者、勝家かついえ!」


 義昭よしあきが軍配を勝家かついえに向ける。勝家かついえはガッツポーズを見せる。土俵の上に転がる、利家としいえに見せつけるようにだ。


「無念ッス。あと10秒、あと10秒だけ、筋肉が耐えてくれていればッス」


 しなびれた身体になった利家としいえは悔し涙を流す。対して勝家かついえ


「惜しかったな、利家としいえ。さすがにひやりとさせられたでもうす。次、やるときは、我輩が負けるかもしれないでもうすな」


「なに言ってるッスか。得意の筋肉の60パーセントも発揮していなかったくせにッス」


「ガハハッ。ばれていたでもうすか。正直にもうすと、出したくても出せなかっただけでもうすよ」


 勝家かついえは、100パーセントの力を細川で出してしまっていた。その反動で、利家としいえ戦では、60パーセントの力しか出せなかったのだ。利家としいえを舐めていたわけではない。彼の現状での最大の力だったのだ。


「なんだ、そんなことだったッスか。それを先に聞いていれば、結果は違っていたかもしれないッスね」


「だましも死合いでは、大事なのでもうす。我輩の筋肉にも限界がある以上、お主のバンプアップとやらも限界があると思っていたでもうす。だから、まわしの取り合いで時間をかけさせたでもうす」


 へっと利家としいえは漏らす。


「計算づくだったということッスか。これは1本とられたッス」


「ガハハッ。さあ、立つがよかろう。いつまでも、土俵の上で寝ていることはできないでもうすよ」


「それが、バンプアップの反動で、動けないッス。勝家かついえさま、肩を貸してほしいッス」


 勝家かついえ利家としいえの腕を引っ張り、身体を起こさせ肩に担ぐ。観客からは惜しみない拍手が2人に送られる。


利家としいえさま。あんた、やればできるじゃない。見直したよ」


 松が利家としいえに声をかける。力なく利家としいえが彼女に手を振る。利家としいえは敗れたものの、実力を惜しみなく出し切ったのだ。彼を責めるものなどあろうものか。


「ふひっ。僕も勝家かついえさまに勝てるチャンスがあるということでございますね」


 明智光秀がほくそ笑む。勝家かついえさまは、今、全力で戦う力がない。これはチャンスだ。昨夜の雪辱を晴らす絶好の機会が光秀に訪れようとしていたのだった。


 続く、第10試合、光秀は義昭よしあきの家臣を危なげなく、ぶん投げる。彼の筋肉は死合いを通じ、勝家かついえとの再戦に向け、出来上がっていくのであった。

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