ー戦端の章 7- 相撲大会 始まり
宴から明けて次の日、相撲会場にて大会が執り行われていた。
それぞれ、庶民も参加できる一般参加部門、兵士たちが参加する兵士部門、そして武将たちが参加する武将部門の三つだ。
将軍・足利義昭だけは、一般参加部門の優勝者、兵士部門の優勝者、そして武将部門で総当たりといった過密スケジュールであった。
一度、あの将軍をぶん投げてやろうと、織田家の兵士たちや、武将たちの士気は高い。
「ひいひい。格好つけて、総当たりを快く引き受けたはいいが、ここは地獄なのでおじゃる」
義昭は5人の相手をして、すでに満身創痍だ。細川藤孝は手加減なく、ぶん投げてきて地面に叩き伏せらせた。そして、続く、織田家の諸将たちにも勝つことができず、ぐぬぬと唸る。
「うっほん。義昭さま。お疲れのようなのじゃ。棄権するのであるかじゃ?」
行司役の村井貞勝が、義昭に声をかける。
「まろが一勝もできぬとあっては、将軍の名折れなのでおじゃる。次の相手は誰でおじゃるか!」
「将軍さま、まだまだ元気いっぱいそうですね。ここはひとつ、胸を貸していただきましょうか」
はあはあと、義昭が息を荒げる。その前に現れたのは、まわしをつけた、信長であった。
「御父・信長殿が相手とならば、こちらも手加減はしないでおじゃるよ。さあ、向かってくるのでおじゃる」
「では、双方、見合うのじゃ」
貞勝が、土俵の中で進行を続ける。
「はっけよい、のこったなのじゃ!」
「おお、やってるやってる。義昭のやつも案外、がんばるじゃねえか。とっくに根をあげているもんだと思ったけどな」
まわし姿の信盛が、義昭と信長の対戦を見守っている。
「まわし姿の信盛サマも素敵なのデス。がんばってクダサイネ」
エレナが信盛にそう告げる。
「間違っても、義昭さまに負けるんじゃないわよ。負けたら、メシ抜きだからね」
「もうふらふらな相手にどうやって負けろっていうんだ。殿だって、おちょくりモードだぜ」
「あんたは油断して負けそうなのよね。それか、手加減したりとか」
小春が言う。確かに、俺の性格から言えば、負けを譲りそうに見えるんだろうな。だが、相撲で手加減するのは相撲の神に失礼だ。殿だって、おちょくりはしてるが、全力でのおちょくりだ。
殿が、義昭のまわしを探っている。ああ、あれは禁じ手を出す気だな。
「ちょっと、御父、まろのまわしをどうする気でおじゃるか!」
「はははっ。将軍さま。相撲というのは残酷なのですよ」
「御父がそのつもりなら、まろにも考えがあるでおじゃる!」
義昭も負けずに、信長のまわしを探り始める。だが、信長の手つきは素早く、するすると義昭のまわしを緩め始める。
「やめてたもれでおじゃる。御父、まいった、まいったのでおじゃる」
「はははっ。相撲は地面につっぷされるまでが、勝負ですよ。そおれ!」
義昭のまわしは信長の手により、天高く舞い上がる。義昭は、ひいと声を上げ、両手でいちもつを隠す。
「ひ、卑怯なのでおじゃる。御父、なにかまろに恨みでもあるのでおじゃるか!」
「恨みなどございませんよ。ただ、義昭さまには相撲のきびしさを教えてあげようとの計らいです」
両手でいちもつを隠したままの体勢の義昭の腰に信長は右腕を回し、よいしょとばかりに下手投げをかます。
「勝負ありなのじゃ。信長さまの勝ちなのじゃ」
行司役の貞勝が軍配を信長のほうに向ける。義昭は股間に両手を挟み、地面につっぷしながら、しくしくと涙を流す。
「あらら。泣いてしまいましたね。これは少々、やり過ぎてしまったでしょうか」
ひどいのでおじゃる。ひどいのでおじゃると義昭は悔し涙を流していた。
そのあともつつがなく、義昭の総当たり戦は続行され、ついに、諸将相手に1度も勝つこともできず、義昭は凹むのであった。
義昭をぶん投げることができて、満足な顔をした、細川藤孝が言う。
「さて、練習も終わったことでござるから、そろそろ、本番の武将部門の始まりでござるかな」
久々に、良い汗を流したという顔の細川は、諸将たちに向かい、挑発をするかのように手のひらを上に向けた状態から手招きをする。
「織田家の方々は、相撲に関しては右に出るものはいないと思われているようでござる。だが、果たして、私を倒すことができるほどの者、いるでござるかな?」
細川は相撲に対して、相当な自信を持っている。彼の著作には、【相撲の神秘 筋肉と伝統芸】があるほどだ。この時代、相撲を進化させたという自負すら持っている。
「では、1回戦は細川くんと、勝家くんで取り組みをしましょうか。あとはくじ引きで決めましょう」
信長が晴れやかな顔をしながら言う。細川は、勝家を見、まあ、ただの筋肉馬鹿だ、ひねるのはたやすいという感想を持つ。
「まあ、細川さまは自業自得ってやつッスよね。じゃあ、俺が一番にくじを引くッス」
利家は、立方体の箱の中に手を突っ込み、ごそごそと番号札を探る。
「よっし、これにするッス」
取り出した札は3番と書かれており、利家が勝ち残り表に目をやる。
「げっ。俺の2回戦、細川さまと勝家さまの勝負で、勝った方に当たるじゃないッスか!もう、優勝は無理ッスよ」
「はははっ。運がなかったでござるな。なあに、私に負けることは恥でござらぬよ。胸を貸してあげるでござるゆえ、力を出し切るといいでござる」
「すごい自信ッスね、細川さま。その自信が一体、どこから来るのか知りたいッス」
「日頃の鍛錬がそう言わせるでござるよ。まあ、今回の相撲大会は2回戦負けだと思って、この先、精進するでござるな」
あれ、もしかして、細川さまって、昨夜の光秀と勝家さまの勝負を見てないッスか?と思うが、口に出すことはしない。言わない方がおもしろいことになること、うけあいだからだ。
「さて、先生はと。ん、16番ですか。これまた、最後の取り組みに飛ばされたものですね。まあ、のんびり皆の対戦を見れると思って、よしとしますか」
勝ち抜き戦は全員合わせて16人だ。1、2番は、細川藤孝と、勝家が決まっており、あとはくじ引きという塩梅だ。
「ん…。自分は13番か。2回戦で信長さまに当たるのか。これは大変」
佐々は思う。下手に信長さま相手に粘ると、禁じ手がくる。どうしたものかと思案にくれるのであった。
「では、わたしが引きます、ね。あ、あれ。15番なの、です。1回戦から信長さまですか」
秀吉がこれは困ったという顔つきだ。何度か、秀吉は信長と相撲をとったことはあるが、一度も勝ったことがない。禁じ手ぬきで、信長は強いということを肌で知っている。
「ん。ねね、ごめんな、さい。私は1回戦で負けてしまいそうなの、です」
「何言ってんのよ、お前さん。勝負はやるまでわからないんだから、びしっとしなさい」
ねねが秀吉に激を飛ばす。そ、そうですねと秀吉は奮起する。
参加者の諸将がどんどんとくじを引いて行く。大体、半数が引き終わり、めぼしい対戦相手もわかり、ほっと安堵するものや、こんなの勝てるか!と嘆きだすものたちもいる。
「何をそんなに悲観してんのかなあ。たかだか相撲じゃねえか。よっし俺が引くぞ」
信盛は威勢よく、立方体の箱に手をつっこみ、番号札を手にする。
「お、良いとこ引いたな。こりゃ、準決勝で当たるかもしれない、殿以外は敵じゃねえな」
「そんなこと言っておいて、あんた、早々に負けたら承知しないんだからね」
小春が信盛に言う。
「信盛サマは、お調子ものですカラネ。足元をすくわれないように注意してクダサイ」
エレナも信盛にはやや不安な様子である。
「大丈夫だって。ほら、俺の山のとこには、貞勝殿とか、和田惟政殿とかだぜ。これで負けるほうが難しいぜ」
「ふひっ。僕の番号札と変えてほしいでございます。昨日の今日で、また、勝家さまと戦うことになりそうでございます」
「お、それはご愁傷さま。頑張って、勝家殿の体力を削っといてくれ。光秀、お前ならやれる」
「うっほん。まったく私まで相撲大会に出たら、一体だれが行司役をするのじゃ。老体を労わってほしいのじゃ」
愚痴をこぼす村井貞勝の傍ら、信長が声をかける。
「普段、訓練をさぼってないか調べるためですよ。ちゃんと全力で戦ってくださいね」
「拙僧の1回戦は貞勝さまですか。上司をぶん投げるのはいささか心が痛むのでござる」
「玄以、そう思うなら、手を抜いてくれなのじゃ。お主に全力で投げられたら、仕事にたずさわりがでるのじゃ」
貞勝と対戦するのは、おなじく役人畑である前田玄以であった。
「拙僧もそうですが、たまには相撲で汗をかくのはいいことでござる。手加減は一切しませんので、どうかご容赦でござる」
「この頭の固い奴めなのじゃ。固いのは仕事の姿勢だけでいいのじゃ!」
「貞勝くん。愚痴ばっかりこぼすなら、あなたも総当たり戦を組みますよ?」
信長の脅しに貞勝がぐぬぬと唸る。
「わかったのじゃ。ちゃんと相撲をとってみせるのじゃ。玄以、老人だと思って、甘く見るでないのじゃ」
玄以がほほうと言う。
「やる気を出してくれたようなので、先生は嬉しい限りです。では、時間も惜しいことですし、そろそろ、戦いましょうか」
信長はのっそりと動き、土俵のほうにひとり、昇っていく。そして、会場の皆を見渡し
「では、相撲大会、武将部門の開催を始めます。第1試合は、はやくも注目の対戦、足利義昭さまの懐刀、細川藤孝くんと、優勝候補のひとり、柴田勝家くんです。皆さん、奮って賭けに参じてくださいね!」
観客から、おおおおと声が上がる。1試合目から注目の対戦カードなのだ。会場は否応なく盛り上がるのであった。