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ー戦端の章 6- 悪だくみ

 中座した信長さまがいっこうに戻ってきま、せん。具合が悪いのでしょうか。あと、光秀殿も利家としいえ殿が連れて行ったきり、です。


 今、足利家の席には、村井貞勝むらいさだかつと、秀吉の妻、ねねがいる。ねねは明らかに不機嫌だ。わたしだって、本当なら、みんなの席に逃げたい気持ちなの、です。


「ねえ。お前さん。わたしも織田家のみんなと飲んできていい?」


 ねねが秀吉に耳打ちする。秀吉もねねに耳打ちで返す。


「え、そんなことになったら、わたしと貞勝さだかつさまと二人きりではない、ですか」


 ねねは、ぷくうとほほを膨らませる。困ったなと、秀吉はぽりぽりと頭をかく。


「お前さんはいいよ。仕事と言いながら、毎晩、遊女といちゃいちゃしてんでしょ。わたしだって、楽しみたいよ」


「そ、それは仕事の一環と言いますか、足利家の皆さんの接待なの、です」


 接待ねえと、ねねが含みを持たせて言う。


「じゃあ、わたしも織田家のみんなの接待に行く。いいでしょ」


「ううん、わかり、ました。わたしが適当に理由をこじつけ、ます」


「さすが、お前さん。愛してるよ」


 ごほんと、秀吉がわざとらしい咳をする。すると、足利家の皆が秀吉に注目する。


「どうしたのでおじゃる、秀吉殿。何か催しものをしてくれるのでおじゃるか」


 足利義昭あしかがよしあきが不思議そうな顔で、秀吉を見つめる。


「い、いえ。うちの家内が少々、酒に酔ったらしく、風に当ててこようと思い、ます」


「おおう、それは気付かずにすまなかったのでおじゃる。ねね殿、お加減よろしいでおじゃるか?」


 ねねは義昭よしあきに声をかけられ、どぎまぎとする。


「あっはい、お酒に弱くてですね。それなのに少し飲みすぎてしまいましたの」


「おお、それはいけないのでおじゃる。ほれ、秀吉殿。奥方さまをすぐに医者に診せるのでおじゃる。だれか、医者を呼んできてくれたもうれ」


「い、いえ。お気遣いお構いなく!ちょっと、風にあたってくれば、すぐ治りますので」


 ねねは義昭よしあきの気づかいに驚く。こんなときに気をきかせなくていいんだってば!


「そうでおじゃるのか。無理はせぬようにするのでおじゃるよ。秀吉殿の家族は、まろの家族でおじゃる。遠慮なく、なんでも言ってくれるのでおじゃるよ」


 なんで、うちの旦那は、こんなに義昭よしあきから評価が高いのか。


「あんた、義昭よしあきさまに何したのよ。こんな高評価、おかしいわよ」


 再び、ねねが秀吉に耳打ちする。秀吉は、ううんと唸る。


「実は、遊郭に誘っていたり、します。息抜きも大事かと思って、ですね」


「あんた、将軍さまを遊郭につれていくって、どういうことなのよ!」


「しょうがないじゃない、ですか。仕事なんですよ、これも。信長さまから、義昭よしあきさまを上機嫌にしておけっていう命令なの、です」


「ん、どうしたでおじゃるか、秀吉殿。奥方さまとひそひそと」


「い、いえ、なんでもありま、せん。早く行こうとせがまれま、して」


 秀吉はひそひそ話を聞かれたのではないかと、内心、ひやひやものだ。


「行ってくるが良いでおじゃる。ついでに、なにか、つまむものも頼むのでおじゃるよ」


「は、はい。では、すみませんが、中座させていただき、ますね」


 秀吉は、ねねを抱えるように席を立つ。


「それがしも一緒に行ってきてよいでござるか。何かあっては大変でござるからな」


 細川藤孝(ほそかわふじたか)が同伴を願いでる。


「おお、藤孝。一緒に行ってくれるでおじゃるか。それは安心でおじゃる。なにかあれば、すぐに医者を呼んであげるのでおじゃるよ」


 はっと細川は短く返事をし、秀吉たちのあとをついて行く。風に当たりにいくと言ってはいるが、向かう先は信長殿たちが集まる席に向かうでござるな。自分だって、嫌なのだ。一緒に風に当たってこよう。




「あれ、秀吉くうんじゃないですかあ。あなたまでこっちにきたら、誰があの馬鹿将軍の面倒を見るんですかあ」


 秀吉が織田家の面々が集まる席にやってくるなり、信長がげらげらと笑いながら、迎えてくれる。


「まあ、いいじゃねえか。せっかくの宴の席で、あの馬鹿将軍の相手なんて、やってられなくなるよな。ういい、ひっく」


 出来上がった信盛(のぶもり)がいる。


「え、えとですね。うちのねねが、あの席はもういやだと言い出して、ですね。酔ったから風に当ててくると言って、中座してき、ました」


「本当、あれにはうんざりだったよ。せっかく、みんな集まってるのに、このひとったら、なかなか、中座しようとしなくてー」


 ねねが愚痴をこぼす。


「ねねさんも大変でしたね。先に抜け出した私たちが言うのもアレですけれど」


 帰蝶がねねにねぎらいの言葉を送る。


「帰蝶さま、ずるいのです。すぐに戻ってくると思ってたのに、とうとう、帰ってきませんでしたしー」


「うふふ。私と信長さまは一心同体。いつでも、一緒なのですよ」


 やれやれと、ねねは思う。


「そういえば、信長さまの他の側室の方々は、どこにいるのん?」


「ああ、あちらで集まって飲んでいますね。今日ばかりは帰蝶に遠慮して、離れて飲んでいるようですが」


 信長が、ここから離れた席を指さし、言う。


「側室もたくさんいると、いろいろと気を遣うもんなんねー。私は遊郭で遊ぶけど、側室は作らない、秀吉に感謝しないといけないのかなー」


 秀吉はどきっとした顔をする。


「わ、わたしは、ねねさん一筋、ですよ。側室を作るなんてとんでも、ない」


 ふうんと、ねねは息をつく。


「そういえば、信長さま。うちのが仕事で将軍さまを遊郭に連れて行っているって言ってたけど、大丈夫なのー?」


 信長は、ふむと言い


「まあ、確かに秀吉くんにそう命じたのは先生です。でも、秀吉くんは自分のためというのも半分あると思いますがね」


 信長さま、ひどいですと、秀吉が抗議する。


「いやだって、きみの遊郭遊びのせいで、先生、しょっちゅう、ねねさんに言い訳の書状を送っているのですよ。部下の尻拭いをするのは、上司の役目ですが、度がすぎているのですよ」


「やーい、秀吉、怒られてやんの、ざまあ」


信盛(のぶもり)さまだって、遊郭についてきてるじゃないですか、今度からつれていきま、せんよ!」


 秀吉がめずらしく怒気をはらんだ口調で信盛(のぶもり)に抗議する。


「ちょっとまて、この場でそんなこと言うやつがあるかよ!」


「ふうん。エレナだけで、物足りず、あんた、他の女とも遊んでいたのね」


 小春が言う。


「ちょっとおちつけ、小春。順番が逆だ。京で遊郭に行ってはいたが、エレナと出会ったのはそのあとの堺での話だ」


信盛(のぶもり)サマ。ひどいのデス。相手にしているのは、エレナだけだと言っていたのではないデスカ」


 信盛(のぶもり)は、小春とエレナに挟撃を受けることになった。ふいに、小春とエレナがぷっと拭きだし


「冗談よ。あんたが仕事をしているのは、信長さまからの書状でわかっていたし。エレナのことだって本気なんだろうしさ」


信盛(のぶもり)サマの過去のことは水に流しマス。ワタシの目下のライバルは小春サンですからネ」


「言うじゃない、エレナ。わたしだって、信盛(のぶもり)を譲る気は、これっぽちもないわよ」


 ふふんとエレナは鼻を鳴らす。


「では、飲み比べといきマショウ。勝った方が、今夜は信盛(のぶもり)サマにたくさん愛してもらえると言うコトデ」


「受けてたつわ。その勝負。信盛(のぶもり)、酒よ、酒が足りないわ!」


 俺、今夜、どんだけ搾り取られるんだろう。信盛(のぶもり)はそう思う。信盛(のぶもり)・42歳、小春28歳、エレナ18歳。うあ、これは明日、足腰がくがくだ。これで相撲大会に出ろとかどんな拷問だよ。


「うっほん。織田家の方々、気苦労をかけてすまないでござる」


 細川藤孝ほそかわふじたかが、皆に深々と礼をする。


「あれ、藤孝くん。頭を下げてどうしたのですか。何か、私たち、礼をされるようなことをしましたっけ」


 信長がそう言う。細川は頭を下げたまま


義昭よしあきさまの奉戴ならびに上洛、そして将軍への後押し。礼を言っても足りぬでござる」


 信長は酒の杯をあおる。


「ぷはあ。今更、そんなこと良いではないですか。先生たちにだって利益があってやっていることです。細川くんひとりがそう、重荷を背負わなくてもいいんじゃないですか」


「ガハハッ。飲みが足りぬのでもうすよ、細川殿。宴の席でもうす。飲んで喰ってくれでもうす」


 柴田勝家しばたかついえが、細川に声をかける。そして、同時に空いた杯になみなみと酒を注ぎ、細川に渡す。


「わ、私は礼を述べに、来ただけで」


「飲むでもうすよ。なにか?我輩の酒が飲めないともうすか?」


 ううむと細川が唸る。だが、意を決して、勝家かついえから酒の杯を受け取り、それを一気に飲み干す。


「おお、いい飲みっぷりよ。さあ、もう一献」


 勝家かついえがさらに杯に酒を注いでいく。


「さて、貞勝さだかつくんには悪いですが、楽しく飲みましょう。どうせ、この宴の金は、織田家うちで出しているんです。飲まなきゃ損ですよ」


「そうでござるな。今宵くらい、いやなことを忘れて飲むのがよいでござるな」


「細川さま、メシも喰うッス。最近、やせてきたんじゃないッスか。そんなんじゃ、明日の相撲大会で力がでないッスよ」


「私にも出ろというでござるか。とてもではないが、私では優勝は無理でござるよ」


「そうだ、良いことを思いつきましたよ、先生」


 なにかとてつもなく嫌な予感がする、細川である。このひとの良いことは大概、自分には良くないことだ。


「1回戦で、細川くんは、将軍さまと戦ってもらいましょう。なあに、相撲でぶん投げたところで、恨みを買うことはないでしょう。おおやけの場で、あいつを地面にぶっ倒せる、いい機会ですよ」


「ちょっと、やめくれでござる。一応、あれでも今はまだ、私の主君でござるよ!」


「では、公平にぶん投げれるように、総当たり戦にします?みんなで、将軍さまを投げれますよ」


「信長さま、その案、良いッスね。俺もあいつをぶん投げたいッス」


「ん…、自分もあいつは一度、ぶん投げたいところ」


「ガハハッ。では、しめに我輩があれをちびらせようではないでもうすか」


 利家としいえ佐々(さっさ)勝家かついえが悪乗りをする。


「総当たりで勝家かついえくんが、皆とやっては、死人続出ですね。では、あの馬鹿だけ、総当たりといきましょうか」


 げらげらと織田の面々が酒をあおりながら、大笑いをしている。細川はやれやれと息をつく。


義昭よしあきさまには上手いこと、言っておくでござる。任せておいてくれでござる」


 細川もやつに対しては日ごろのうっぷんが溜まっている。ここらで少しは晴らすのも悪くないだろうと思うのであった。

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