思う強さと。
「そんな、まだ……」
アリシアの言った縁談という言葉に、小さなカエルは息を呑んだ。
「早い、ということもないな。なにしろ、国内随一の貴族アンドルトン公爵令嬢だ」
アリシアは淡々と述べた。
リリアは十四歳、公爵家の格式を考えると、幼い頃から許嫁が決まっていても不思議ではない。
ただ遅くに出来た子供で、公爵夫妻があまりにも可愛がっていたので、これまで手放すことを考えて来なかったのだった。
「そうですか。おめでとうございます。本当に急いで元に戻して差し上げなくてはいけませんね」
と、サラザールが変わらない微笑をたたえて言った。
小さなカエルは、サラザールの肩から飛び降りた。
「リリア様?」
カエルは、じっとサラザールを見上げている。けれど、地面から彼の顔は、うかがい知れないほどに、遠かった。
「……あんまりです」
カエルは言った。
「元に戻ることより、あなたのそばにいることを選ぶと何度言わせるのですか?」
静かな声が震えていた。言い終えたカエルは、一人部屋から出ていった。
「サラザール」
カエルの後ろ姿を見送って、アリシアは言った。
「とりあえず、明日は、リリアを連れてアンドルトン邸に行く。身代わりでは心もとないこともあるからな」
「はい」
「……お前も、もうちょっと感情を出した方がいいと思うが」
「どうにもならないものを、出しても、しかたありませんでしょう」
サラザールの言葉に、ほんの少しだが苛立ちが感じられた。
「そもそも、どうにかしたいと、心から願ったのか」
アリシアは、煽るようにさらに厳しく言い募った。
だが、サラザールからの返事はなく、そのままアリシアもサラザールを残して部屋を後にした。
一人小部屋に残されたサラザールは、カエルの乗っていた分だけ肩が軽いことに気づき、苦笑した。小さなカエルにどれ程の重みがあるかというのか。けれど、その違いに、なんだか物足りないように感じる彼がいた。
サラザールは、ふっと力を背中に集中させる。この部屋では、リリアが気にしないこともあって、翼を出しっぱなしにしていた。それを自分の力だけで、見えなくしようとしてみる。
すると。
初めから存在しなかったかのように黒い翼は見えなくなった。どんなに試してもできなかったことが、するりとできてしまったのだ。
「……くっ、あははは……」
サラザールは、思わず声を出して笑っていた。その目の端に、知らず涙が滲む。
思う強さとその向きとが一致さえすれば、姿を変える力も、既に自分の中にあったことを知るサラザールだった。
「サラザール!」
出ていったアリシアが、再びサラザールのもとへ駆け込んできた。よほど走り回ったのか、彼女にしては珍しく息が上がっている。
アリシアは、扉に手をかけ、そのまま体を預けるようにして、身を乗りだした。
「リリアが……」
大きく息を吸って、後は、
「リリアがいない」
と、一息に言った。
「どういうことです?」
「大広間か、その先の廊下にいると思ってたんだが、見当たらない。城中見て回ったが、いない。……カエルの足ではそう遠くに行けないはずだし、外には出られないはずだが……」
「シュバルツ様は?」
「気配をたどってもらっているが、まだ外庭に軌跡が残っているとだけで……」
そこまで聞くと、サラザールは駆け出した。
中庭ならともかく、外庭である。カエルにとっては天敵の蛇や、猛禽が現れないとも限らない。リリアも、その辺はわきまえていて、外庭の方には近寄らないようにしていたはずだった。
リリアの想いを踏みにじり、知らん顔をし続けた、その結果だろうか。
間に合ってくれ、と祈るサラザールの、視線の先に、大きな鳥の影があった。