管理人の未熟
手のひらにカエルを載せて、サラザールは部屋に戻った。リリアのために用意されたお茶がそのままテーブルに残っていた。
「すっかり冷めてしまいましたね。入れ直してまいります」
ミアはそう言って、いったん下がった。
サラザールの背中の羽は、まだそのままそこにある。漆黒で艶々としていて見事な翼だった。広げれば、彼が両手を伸ばしたよりもさらに大きいだろう。
「何からお話すればよろしいでしょうね……」
サラザールは、小さなカエルになってしまったリリアに話しかけた。
「私は、どうなってしまったの?」
リリアは言った。とても小さくなったことは感じていたが、何がどうなったのかわからなかった。
サラザールは、リリアをそっとテーブルに下ろした。それから、彼が両手の親指と人差し指を合わせてできた空間に息を吹き込むと、透明な膜ができた。膜は鏡に変化して、リリアの姿を映し出す。
そこにいたのは、緑のカエルだった。
一番苦手なものに変化してしまったことを認識したリリアは、そのまま意識を手放した。
藤で編んだ籠の中で、リリアは目覚めた。体の下には小さなクッションを敷いてあった。すぐそばにサラザールがいて、リリアを心配そうに見つめていた。
「ご気分は、如何ですか?」
「……いいわけないでしょ」
よりによって、一番苦手なモノに姿が変わってしまっているのだ。卒倒しても無理はない。
そのうち、リリアはじっと見られていることに耐えられず、そっぽを向いた。サラザールが、こんなにリリアを見ていたことが、いままであっただろうか。
「ねぇ」
リリアは、言葉だけはいままで通りの声で話せることに感謝しつつ、サラザールに問いかけた。
「あなたは、なに?」
今は黒い翼の見えない、普段通りの姿をしたサラザールは、少し首を傾げた。
「なん、でしょうか。翼と尾があって、人にはないちょっとした力が使えますし、長生きなので、人、ではないでしょうが……」
彼等に与えられた種としての名はなかった。力あるもの、と呼ばれたことはあったが。
「あえて言うなら、魔王の眷属、でしょうか」
「じゃあ……」
リリアが息を呑む。サラザールは、続けて話した。
「シュバルツ様は、二年前に目覚めた伝説の魔王です。このことをご存知なのは、アリシア様を含めたわずかな方々だけですが……。私は、もともと、シュバルツ様が眠っていたこの城を管理させていただいているのです」
「だから、いつも管理人って言っていたのね」
「そうです。シュバルツ様がアリシア様の提案を受け、人として暮らすようになられたので、私も従いました」
「あの羽根は……?」
「いつもシュバルツ様のお力で、ないものにしていただいています」
サラザールが丁寧に答えてくれるので、この際、リリアは気になったことを聞き尽くすつもりだった。
「あそこで、何をしていたの?」
「……力の訓練です。私は、自分で姿を変えたりすることがまだできないので……」
「……私が、こんなになったのは、その力のせい?」
「物音に驚き、リリア様がいることに動転してしまい……まさか、こんなことになるとは」
サラザールは後悔しきりである。
「原因は、もういいわ。それで、私はいつになったら戻れるの?」
努めて明るく言ったリリアに、サラザールは苦しげに首を振った。
「力は、かけたものが解かなくてはなりません。ですが、私はまだ姿を自在に操ることができないので……」
リリアが、いつになったらカエルからもとの姿に戻れるか、サラザールにもわからないのだった。




