扉の向こう
大広間の隅に、見慣れない扉があった。
こんなところにこんな扉があっただろうか。この二年間、かなりの時間をこのブラン城で過ごしたリリアが首を傾げた。
静まりかえった大広間。サラザールを呼びに行ったミアは、まるで消えたかのように気配がない。リリアは、城の中に一人取り残されたように感じていた。
リリアは、そっと片手開きの装飾のない木の扉に手をかけた。舞踏会の会場にもなった大広間に似つかわしくない、無垢の木の扉だった。
恐る恐る扉を引いてみると、暗くてがらんとした部屋があった。窓のない部屋。そしてその奥に、扉だろうか、まっすぐ縦に光が漏れている。
それまでの心細さが、するりと好奇心に変わり、リリアは光に近づいた。
「もうそれくらいになさっては……リリア様がお待ちですから」
ミアの呆れたような声が聞こえてきた。
「あと少しで、つかめそうなんだ」
扉の向こうに、ミアとサラザールがいる。リリアは、そっと扉の影に入った。
「いつまでもシュバルツ様のお力に頼っていては、どこにも行けない」
そう言ったサラザールの口調は、どこか悔しげだった。
「……このお城の他に、行きたいところが?」
「出ていきたいわけではないが、差し障りがあるだろう?」
「……リリア様ですか?」
ミアの問いに、サラザールは答えなかった。その沈黙が、何よりも肯定している。
はからずも盗み聞きをしてしまったリリアは、自分がサラザールの差し障りになっているということに小さく息を呑んだ。
「さあ、もう一度だけ試してみるから」
サラザールが言って沈黙が下りた。何を試すのだろうと、リリアは扉の陰から、そっと覗いてみた。
真っ黒い大きな羽がリリアの視界を覆った。
これは、何? 羽の向こうにサラザールの背中がある。その背中から、漆黒の翼が生えている。
知らず体に力が入り、リリアは扉を押してしまった。ぎいっと、大きな音が響く。
サラザールが振り向いた。
その向こうで、ミアが目を見開いている。
何かが、リリアの身体にぶつかった。ぶつかって、消えた。
リリアは跳ねた。なんだかずいぶん体が軽く小さく感じる。
「リリア様っ!」
ミアが叫んだ。
サラザールは、慌てて何事か呟いたが、リリアにはよくわからなかった。
大きな手がリリアをそっと救い上げた。
リリアは、サラザールの手のひらに載せられていた。手のひらの上に載るほど、リリアは小さくなっていた。わけがわからず、リリアはサラザールを見上げた。
「なんてこと……!」
「私の未熟さが、こんなことになるとは……。何とかして元に戻して差し上げますので……」
驚き焦ったミアとサラザールが次々に話しかけてくる。
リリアは、小さなカエルになっていた。