役職、そしてざまぁ
副所長なんてヒラに毛が生えたくらいだと思ってたが、意外と役職が付けば発言力が強くなることがわかった。
今までも意見は伝えていたがすぐ吹き飛ばされる印象、
今は爪楊枝が立つくらいの感覚はある。
今までの役職付いた人間を何人も見てきたが、役職付くとそれっぽくなっていくのが不思議だった。
役職が役職たらしめるのだろう。
昔、外国の映画か何かで、仲良し大学生を刑務官と囚人に分けるという実在の話を観たことがある。
最初はフザケたりしていたものの、しばらくすると刑務官と囚人らしくなり、囚人は刑務官へ親しく話しかけることもなくなっていた。
そういうことだろう。
俺もどんどん役職っぽくなっていくのだろうか。
その時、ヒラの気持ちは忘れるのだろうか?
今までと違う物を見始めた時に自分の感覚がズレて行きそうで不安になる。
――――――
「成瀬さん、副所長として同行してくれませんか?」
藤田に頼まれたので一緒に訪問することにした。
税理士事務所、60歳くらいの税理士が一人でやっている。コピー機の説明を希望されるが、藤田では埒が明かないから別の人間を連れて来いと言われたとのこと。
少々引っ掛かる。何故藤田で駄目なのか。
説明はきちんと出来ているはず。
事務所に入る前に藤田に小声で言われる。
「友達の父親なんですけど、俺のこと嫌いみたいで……」
強面の男性は初見から険しい顔をしていた。
挨拶や自己紹介をすませ、とりあえずいつもどおり藤田に説明させることにした。
一つ一つに質問、というより、いちゃもんを付けるような言い方をされる。しかし、藤田は毎回丁寧な対応をしている。
ただのクレーマーか? でもなぜ藤田にきつく当たる必要がある?
全て説明が終わった所で、俺に向かって口を開いた。
「こいつの態度が気に入らん」
「どうしてでしょう? 私は最初から見ておりましたが、何も不備はありませんでした」
この男性の態度の方があからさまだ。理由が知りたい。
「だいたい男が好きだとか気持ち悪い」
ああ! それか! 仕事ではない、ゲイとかそういう理由で毛嫌いしているのか!
それならばどんなに丁寧に対応しようと、表情が和らぐことはないだろう。
友達の父親ということで息子からその情報が入っているのかもしれない。
「お言葉ですが、それは個人の自由でしょう。
あなたが口出ししていいことではないですよね」
言われた藤田は下を向いたまま動かない。人に否定されることがどんなにツラいことか。
「なんだその言い方は!!」
この世代の奴らは柔軟に物事を受け止められないことが多い。自分が正しい、自分以外の考えは異端だと否定する。
「あなたは男ですね。女が好きですか」
「は? だからなんだ!」
「気持ち悪い」
「はあっ!?」
「あなたが言ったことは同じことです。
どう思われましたか?
機械の説明が悪いなら受け止めます。
しかし、個人のことに対して批判するなら反論します。そして個人的なことをあなたにとやかく言う権利はない」
顔を真っ赤にして怒鳴り出す。
「客に向かってその口の利き方は何だ!
お前の上司に報告するぞ!!」
「行くぞ藤田」と声をかけ立たせる。
「どうぞご報告なさってください。
人を傷つけたことを棚に上げて何を言われるか楽しみにしておきます」
早々に切り上げ事務所を後にする。あんな場所に藤田を、どんな短い時間でも置いておきたくない。
「成瀬さん、すいませんでした」
背後から声をかけられ足を止める。苛々して足早になっているのに気付かなかった。
「あ、ごめん。置いて行ってた」
歩調を合わせ話し始める。
「もうお前はあそこには行かなくていい。」
「え?」
「よく言うだろ、人間わかり合えるとか、誰でも仲良くなれるとか。あれは嘘だ。
どんなに頑張ってもわかり合えない奴はいる。
そんな時は早めに見切りをつけて近付かないようにしていい。無理して同じ時を過ごして、苦しんで何も得られないなんて地獄だろ」
「ありがとうございます……
今日、一緒に行ってもらえて本当に良かったです」
瞳を潤ませながら頭を下げる。
「ツラい思いさせてごめんな」
と背中をさする。
藤田は首を横に振り歩き出した。
翌日、高橋から呼び出しを食らう。
椅子に座り頭を抱え込んでいる。
俺が入ると同時に言葉を投げられる。
「普通言うか? 客に気持ち悪いって」
「い、いや、あれは流れがあって……」
わざとらしく大きな大きな溜め息をつかれる。
「藤田にも聞いたさ。そしたら成瀬さんは全く悪くない、の一点張り」
藤田が言ってくれている光景が目に浮かぶ。
「クレームの電話があったから、嫌なら別のとこで契約更新しろって言っちまったよ」
「え! お前……」
口元が緩んでしまう。
「俺は結局、客よりお前らのことを信用してるし、
大事に思ってる。客一人失うより、お前たち一人失う方が俺にとっては大打撃だからな……」
高橋が話しながら近づいてきて、俺の肩に手を乗せる。
「尻ぬぐいぐらい何度でもやってやる。
だから〜、もうちょーっと言葉遣い考えてくれよな。言いたいことを上手く言う技術磨いてくれ。な?」
「はい……善処します……」
高橋が上司で俺たちは本当に救われてるんだと思った。きっと知らない所でもこうやって守ってくれているんだろう。




