突然の出逢いからの……
――ガチャッ、とすぐ近くの部屋のドアが開く、重い金属音が廊下に響き渡った。
その決定的な音の方を全員が一斉に振り返ると、そこには、寝坊したと言っていた佐伯さんが立っていた。
「成瀬さん、車を停めに行ってからなかなか部屋に来ないと思ったから、心配して見に……えっ!?
――お、お母さん!? なんで……、なんでここにいるのっ!?」
職場でのあの完璧にアイロンの利いた事務服姿の彼女とは違う、パジャマ代わりなのだろう大きめのTシャツに黒の短パン、そして長めの前髪を無造作にプラスチックのヘアクリップでパチンと留めた、お泊まりの翌朝のままの最高に無防備で愛おしい姿。
彼女はドアから半分ほど小さな身体を出した状態で、ぽかんと口を開けていた。
お母さまも、その声に応えるようにして「あら!」と愛しい長女の方へと目を向けていた。
この最高のパニック空間のなか、あさひはクスクスと嬉しそうに笑いながらお母さまの元へと近付くと、その小さな肩にポンと片手を置いて、悪戯っぽく声をかけていた。
「ねぇねぇ、ママぁ〜。なんで成瀬があたしの彼氏じゃないって、一瞬で分かっちゃったの〜? 」
あさひのその無邪気な質問を聞いたお母さまは、ゆっくりと俺の方をもう一度見上げると、瞳を悪戯っぽく細めて、フッと大人の余裕に満ちた微笑みを向けた。
「だって、決まってるじゃない。……こっちの背が高くて格好いいお兄さん、『みのり』の好みのタイプに、ど真ん中のどストライクでしょっ!」
「ちょ……! お、お母さん、何言ってんのよおーーーっ!!!」
お母さまの放った最強の確信犯的な一言に、ドアの隙間でスッピンに近い顔を真っ赤に染めた佐伯さんの絶叫が聞こえた。
九月の朝の涼しい風が、パジャマ姿で照れまくっている佐伯さんのサラサラの髪を優しく揺らしていく。
高橋にいいとこ取りをされたという理不尽な怒りなんて、お母さまからの「みのりのどストライク」という最高のご褒美の言葉の前には、一瞬で綺麗さっぱり消え去っていた。
「お母さん、もうっ! 早く部屋に入って!!
成瀬さんも、高橋さんもあさひも、みんな廊下で立ち話してないで中に入ってよ!!」
恥ずかしさが完全に限界突破した佐伯さんが、真っ赤な顔をして地団駄を踏みながら、俺たちの背中をドタバタと必死に急き立てる。
だが、隣にいた高橋は、「あ、俺たち関係ないわ」とばかりに不敵にニヤリと笑うと、なんとその場でちゃっかりとあさひの細い腰に腕を回し、俺たちに向かって信じられないほど軽い声を放った。
「じゃあお義母さん、みのりさん、成瀬。
俺らはこれから予定通りお出かけするから〜。
あとは三人で水入らずでごゆっくりどうぞ!」
そう言い放つや否や、高橋はあさひと仲良く身体をぴったりと寄せ合いながら、二人でご機嫌にヒラヒラと手を振り、カツカツと小気味よいリズムで足音を響かせながら、エレベーターの方へと颯爽と去って行ってしまった。
高橋は未来の義母に「あさひをスマートにエスコートする完璧な彼氏」の背を見せつけて去っていく。
そのどこまでも要領が良い去り際に、思わず妬みよりも心から感心してしまう。
廊下の向こうへ消えていく二人の甘い後ろ姿を見送ったあと、俺が恐る恐る振り返ると、そこには腕を組んだまま「あらあら、若い子は元気ねぇ」と楽しそうに微笑んでいるお化粧バッチリのお母さまと、パジャマのTシャツ姿のまま茹で上がったタコのように顔を真っ赤にしてフリーズしている佐伯さんの姿があった。
「さ、お兄さん。……みのりが寝坊して散らかした汚いお部屋だけど、中でゆっくりみのりの『どストライクなところ』、おばさんに詳しく聞かせてちょうだいね?」
「あ、あはは……。喜んで……」
俺は、これから佐伯さんのリビングで待ち受けているであろう、お母さまからの怒涛の大人の質問攻めを覚悟しながら、まだ顔を赤く染め、ヘアクリップをいじっている愛おしい佐伯さんの手を、そっと優しく握りしめた。
佐伯さんは一瞬、驚いた顔を見せたが、恥ずかしそうに目を逸らし、手を握り返してくれた。
そして、二人でお母さまの後を追って部屋まで歩き出した。目を合わせ、フフッと笑い合う。
こんな何気ない瞬間が心を温かくしてゆくのだと思った。




