30話
「……まあ、ボクは諦めたわけだよ」
子供は突然ぽつりとつぶやいた。
三度目の爆睡が終わった後、覚醒した後の最初の言葉だった。
エスにはなんのことだかわからない。
諦めた、て何を? 人生? てことはないだろう。
「人がどうも複雑すぎてね。数はたくさんだし、ボクにはもう面倒見切れない。自信なんてない」
無邪気でニコニコ笑ってばかりだった子供が急に暗くなり、エスはいぶかしむ。
「女神様はああ言ったけど、ボクはもう……無理だ」
よくわからないけれど、複雑な事情があるんだな、とエスは理解した。見た目子供とはいえ、この世界で最も高い所にいるのだろうから。
「……」
「あは、どうでもよさそうだね。まあ、関係ないしね。ごめんね、お姉ちゃん」
子供はひょいっと起き上がり、なぜか謝って八重歯を見せた。
「いっそのこと闇に……てそればかりは出来ないな」
意味がわからないことをぼそぼそと言う子供。
「あ〜あ。やっぱり、どうしようもないし、気が晴れないや。考えたせいで、一層駄目になった」
子供はエスをじっと見て、
「本当に困った時、どうすればいいのかなあ? お姉ちゃんはどうする?」
その質問は、エスの表情を変えた。
困った時。
“本当に”困った事が無い自分は。
どうするんだろう。
「……」
わからないから沈黙した。
子供は訊く前からその反応がわかっていたのか、くすっと笑ってこう言った。
「まあ、わからないよね」
子供は空を仰ぐ。
空はオレンジ色。
陽が沈もうとしている。
人によって、長いか短いが変わる一日が終わろうとしている。
「ボクはね、こう見えて長いんだ。ずっとこの世界に――」
エスを一度見て、背を向けた。
「いるんだよ。ずっとずっといるんだ。昔から」
その子供の背中は小さいはずなのに、エスには大きく見えた。
その子供は、小さいけれど、色々背負っているから。だから、大きく見える。理由が明確にわかってないエスにも大きく見えた。
さっきまで小さかったのに、なんだか今は随分と雰囲気が違った。
「……」
子供は、くるりとまたこちらを向く。
微笑んでいた。寂しげに。
「ボクは、この世界が嫌いじゃない。だから良くしたい」
言葉と表情。
良くしたい。努力はした。けれど、現状は決して良くない。その現実が――。
「頑張りが足りないのかな? もっと頑張れば良くなるのかな」
「……」




