13.寂しがりの男と笑う彼女
むかし、むかし。国を脅かす程強大な黒き龍がいた。その龍の恐ろしい赤い目を見た者は石のように動けなくなったという。しかし手を出さなければ何もしてくることはなく、黒龍は岩を集めて作られた、塔のような物の前から動かず、その場にじっと留まっているだけだった。
しかし何年もその場から動かないからといって、いつか何かしてこないとも限らぬ。と時の王は龍の討伐命令を出した。討伐軍が組まれ、人間と黒龍の戦争が始まる。初めはただ鬱陶しそうに人間の軍を相手していた龍は石の塔を壊されかけると激高し、人間側に酷い被害が出た。
やはり危険な魔物である、と判断された龍を退治すべく、外の国にも呼びかけて世界の英雄達を集めた軍により、龍は討伐された。その死に顔は、何故か満足そうであったように見えた、と多くの英雄たちが語る。
壊れた石の塔の中からは人間の遺骨が見つかり、石の塔はその者の墓であったのではないかと推測できた。高名な魔術師に占わせてみたところ、骨は人間の女性のものであり、どうやら龍と深い関わりがあったらしい。龍はその人間の墓を守りたかっただけであろう、と魔術師は悲しげに告げた。
かわいそうなことをしてしまった、と時の王は深く反省し、女性の墓を作り直してその隣に黒龍の墓を建てた。
「……と、そのような伝承があり、今ではこの黒龍と人間が恋仲であったという説もありますね。これは少し前に御伽噺になり、今では恋人達に人気の観光スポットとして―-――」
カップル向けのツアーの案内人が話した伝承を聞き、何故だか酷く胸が苦しくなった黒髪の青年はそっと団体から離れていく。その後を白髪の女性が追いかけ、暗い表情の恋人を心配しながら「大丈夫?」と声をかけた。
「どうしたの、急に」
「……いや……」
青年には何故か、龍の気持ちが痛いほど伝わってくる。その悲壮感は凄まじい物で、一人で耐え切れなかった彼は女性の手を握った。すると不思議なことに溢れる程だった悲しみが消えていく。ほっと息をつけば彼女がおかしそうに笑った。
「あのお話を聞いてまた、寂しくなったの?」
「そう、だな。そうだと思う」
子供のころから突然悲しさや寂しさといった感情に襲われることがあった。だがそれは、いつも隣にいてくれたこの女性の手を握ると自然と消えていくもので、彼はいつも彼女に助けられていた。
「でも不思議ね、私もとても悲しかった。……なんでかな、御伽噺の黒龍を知ってる気がするの」
「……ああ、俺もだ。だから来たんだろう」
恋愛スポットを巡るツアー。婚前旅行にこのツアーを選んだのは、黒龍伝説の地にどうしても来たかったからだ。御伽噺を読んだ二人は言いようのない感覚にとらわれて、この地に引き寄せられるようにやってきた。
石を積み上げて作られた、龍と女性の墓。その二つをもう一度視界に納めて、青年は彼女に目を向ける。柔らかそうな癖のある白い髪をなびかせて、赤い瞳は優しげに笑っている、その愛しい相手は。
「……イミコ」
「え?」
「あ、いや、なんでもない。それより移動が始まった、行こう」
手を引いて歩きだせば笑いながら彼女も歩き出す。団体の最後尾を歩きながら遠ざかっていく二つの石碑をもう一度だけ、振り返って見た。
青年は龍がどれほど女性を好きだったかを知っている。どれほど悲しく、寂しい思いをしたかも知っている。そして、もうそんな思いをしなくていいのだと安心したことを、知っている。
細い手を握る指に軽く力をこめると、愛らしい赤の瞳が彼を見上げた。
「……お前がいれば寂しくない」
「うん、知ってる。貴方は昔から、寂しがりだから」
しっかりと繋がれた手は温かい。二人は笑いあって、歩いて行く。その姿をこの土地に古くから生きる狐の神は微笑ましく見て、祈った。
――――貴方たちの道に幸があらんことを。
寂しがり黒龍は人間になりたい、これにて完結です。お付き合いくださりましてありがとうございました!




