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第86階層 真実中の真実

涼「辿り着いたところがゴールとは限らない」


 ダンジョンキングのザラーヌさんと対談するため、エリアスと息子のゼルグを連れ、ダンジョンタウン中央部へと初めて足を踏み入れる。

 他のエリアと違って居住地が無いから人は少なく、たまに見かける人は各エリアの代表者が会議をする施設や、会議の参加者が滞在する施設の管理と維持をするための人達らしい。

 雇い主は各エリアの代表者達で、共同で金を出しあって雇っているとのこと。


「ヒイラギ様とエリアス様、そしてお二人のご子息様ですね。お待ちしておりました、ザラーヌ様の下へご案内するのでこちらへどうぞ」


 案内役だという猫人族に促されて馬車に乗り込む。

 エリア内は人通りが多いから安全面を考慮して馬車は走っておらず、奴隷や荷物を運ぶ荷馬車もゆっくりと走っているけど、ここは人通りが少ないから馬車で移動ができるようだ。


「思ったより揺れるな」


 サスペンションとかが無いから、振動がダイレクトに伝わってくる。


「速いのはいいですけど、この揺れはちょっと苦手ですね」

「俺もだ。一刻も早く到着してもらいたい」


 揺れのせいで酔いそうだし、振動のせいで尻や腰が痛くなりそうだ。


「この揺れの中で、ゼルグはよく寝てられるな」


 抱えられているとはいえ、少なからず振動は伝わっているはず。

 それなのに、まるで揺り籠の中にいるかのような寝顔で、気持ちよさそうにスヤスヤ寝ている。


「この子にはちょうどいい揺れなんですかね」

「まあ、泣かれるよりかはいいか」


 夜泣きをした時は、泣き止むまで俺もエリアスも苦労している。

 部屋の防音をしっかりしていたお陰で皆の迷惑にはなっていないけど、何が原因で泣いているのかをこっちが気づいて対応しなくちゃならないのは、想像以上に大変だ。

 何せ言葉を喋れない、ジェスチャーもできない、筆談もできない。

 分かってはいたつもりだけど、実際にやるとなると一筋縄じゃいかない。

 しかも俺が夜勤でいない時はエリアスが一人でやっていると思うと、子育てでは頭が上がらない。

 日中にテレサさんとリネアさんに手伝ってもらえた時は、本気で二人を雇っておいてよかったって思うほどだ。

 それと妹と弟が大勢いるからか、ローウィの面倒見がいいのにも助けられた。

 尤も、妊娠中だから手伝いはほどほどにしてもらっている。


「そのまま大人しく寝ていてくれよ」


 せめて目的地に到着するまでは。


「そう言われましても、泣くことが赤ちゃんの仕事だとお母様も言ってましたから」


 分かってるって、あくまで願望だから。

 とかなんとかやっているうちに、目的地へ到着したのか馬車が止まる。


「到着しました。お降りください」


 馬車を降りた目の前に建っているのは、各エリアの代表者が集まっての会議に利用するという施設。

 俺達が披露宴をするために借りた施設よりは小規模だけど、年季が入っていて荘厳という言葉が合いそうな雰囲気をしている。


「どうぞ、こちらへ」


 猫人族の女性に中へ案内され、廊下を移動して到着した一室。

 ノックをして中にいるザラーヌさんとやり取りをした猫人族の女性が扉を開け、入室を促される。

 それに従って入室すると、応接室程度の広さの部屋の中に、にこやかな笑みを浮かべたザラーヌさんがいた。


「久し振りね。この度は出産おめでとう」


 今日はダンジョンキングとしての仕事とは無関係だからか、柔らかい口調と雰囲気をしている。

 というか、こっちの方が素なんだろうな。


「ありがとうございます」

「まずは座ってくれるかしら」


 着席を促され、エリアスと並んでザラーヌさんと向い合って座る。


「今日はわざわざ来てくれて、ありがとう。これから二人をある場所へ案内するんだけれど、その前にこれへ署名と指印をお願いできるかしら」


 差し出されたのは契約魔法が施された誓約書。

 誓う内容は唯一つ。これから向かう場所で見聞きしたことは、他言無用とするということだけ。

 ただごとじゃないとは思っていたけど、わざわざ契約魔法を使うほどとは思わなかった。

 ザラーヌさんも真剣な表情をしているから、冗談とかじゃない。


「どうか理解してちょうだい。それだけ重要な場所だから、念には念を入れておきたいの」


 別にこれに署名するのが嫌というわけじゃない。

 思ったよりも大事になりそうで、緊張しているだけだ。


「分かりました。異論はありません」


 そう返して署名をして指印を押す。

 一旦ゼルグを受け取ってエリアスにも署名と指印をしてもらうと、ザラーヌさんがそれを確認して頷く。


「確かに。それじゃあ二人とも、こっちへ来てちょうだい」


 どうぞと言われても、ザラーヌさんが歩き出した方にあるのはただの壁。

 まさか隠し扉かどんでん返しでもあるのか?


「我が名はザラーヌ。現ダンジョンキングの名において、この先に進むことを望む」


 掌を傷つけて床に触れながらそう告げると魔法陣が浮かび上がり、床の一部スライドして隠し階段が現れた。


(こういう仕掛けできたか)


 まさか隠し階段でくるとは思わなかった。

 しかも結構な距離を下りるようで、階段の先が薄暗くて見えない。


「一応明かりは点くけれど、足元には注意してね」


 ザラーヌさんが階段へ足を踏み入れると、壁に設置されている照明が手前から奥へ順番に灯っていく。

 どういう仕組みかは分からないけど、元の世界でいうところの人感センサーのような仕掛けがあるようだ。

 万が一の時にはエリアスとゼルグを守れるよう、二人の前に出て慎重に階段を下りていくと、入り口が閉まった。

 思わずエリアスと二人で振り向いてしまうと、前を行くザラーヌさんが心配しなくてもいいと言う。


「こっち側からも開けられるから、心配しないで」

「そうですか」


 ほっとした様子のエリアスに俺も安心し、改めて階段を下りていく。

 それから五階か六階分くらい下りていくと、今度は頑丈そうな鉄製の扉があった。

 取り出した鍵でその扉を開けたザラーヌさんに続いて先へ進むと、深くて広い縦穴が現れた。

 地下都市に、さらにこんな地下があるのかよ。

 天井に設置されている明かりのお陰で底の方は見ていて、何か大きな機械っぽい塊があるのが見える。

 でも、下に行くには壁に沿うように作られた螺旋状の下り道しかない。

 まさか今度は、これを延々と歩いていくのか?


「ここからは、あれに乗るわよ」


 長い下り坂を眺めていると、ザラーヌさんは少し離れた場所に置かれている大きめの白い板を指差す。

 一見したところ、車輪とブレーキが付いているわけでもない普通の板。

 これをどうするんだろうと思いつつ、促されるままにエリアスと一緒に乗り、何かあってもいいように互いの手をしっかり握る。


「じゃあ、行きましょうか」


 全員が板に乗ったのを確認したザラーヌさんが板へ魔力を流すと、板は床から数センチほど浮き上がって、道に沿ってゆっくりと動き出した。


「わあ。これ、魔道具なんですか?」

「そうよ。浮遊板といって、作るのがとても難しい上に記録してある道しか移動できないのに、製作費が高額という理由で作られなくなった骨董品よ」


 いやいや、作るのが難しいのはともかく、これはこれで使えるんじゃないか?

 記録してある道しか移動できないのなんて、線路の上しか走れない電車のようなものだ。

 それ専用の通路を作ってエリア間を環状線で結べば、商人とかは喜ぶと思う。


(だけど言ったら面倒な事になりそうだし、ここは黙っておくか)


 うっかり喋って採用された挙句、計画責任者とかになったら面倒でしかない。

 絶対に利権関係で寄ってくる奴とかいそうだし。


「ところで、どこまで行くんですか?」

「下に見える大きな物の所よ。それと、これから色々と驚くでしょうから覚悟しておいてね」

「はい?」


 何に驚くんだと思っていると、エリアスが手を引いてきた。

 どうしたのかと振り向けば、やや上の方を向いて驚いている。

 それにつられて同じ方向を向くと、そこにはバカでかいドラゴンが二体もいた。

 思わず言葉を失って見とれていると、今度は目の前をグリフォンとマンティコアが追いかけっこをするみたいに飛び交う。

 さらに道を進んで高度が下がっていくと、巨大な物の傍に真っ白な巨大ゴーレムが三体も鎮座していた。


「ななな、なんで、さっきまで何もいなかったのに」


 動揺しながらも、エリアスはゼルグを守るようにしっかり抱えている。

 俺も失いかけた冷静さをどうにか保ちつつ、エリアスの肩を抱いて寄せる。

 でもどういうことだ?

 あれだけの生物がこれだけいれば、ここに入った時に見えていたはずなのに。


「認識疎外の罠よ。ある程度この道を進まないと、彼らを認識できないようになっているの」

「お、襲ってきませんよね?」

「大丈夫。認識疎外は誰にでも発動してしまうけど、彼らが襲ってくるのは正規の手順を踏まずにここへ入った人だけだから」


 正規の手順という事は、あの隠し階段のことだろうか。

 ひょっとしたら、この浮遊板に乗っていることも一つの手順なのかもしれない。


「機密事項だから手順については言えないわ。知りたかったら、ダンジョンキングになることね」


 えっ? 心読まれた?


「しかし凄いですね。ここに生息している魔物達は、全て存在自体が疑われている、いわば幻のような魔物ばかりです」


 そんなに貴重な魔物なのか?


「あそこにいるのは、鉱石を食べるグランドドラゴンがミスリルを食べて進化すると言われている、魔法も物理攻撃もほぼ効かないと言われるミスリルドラゴン。隣にいるのは、溶岩の中であろうと深海であろうと空気が無いと言われる天空の先であろうと、どんな環境でも生き続けられると言われているエンペラードラゴンです!」


 おおっ、なんか喜々として語りだした。

 こういう一面を見るのは新鮮でなんかいいかも。


「あそこで飛んでいるのも、ただのグリフォンとマンティコアではありません。魔法の力を極めたというルーングリフォンに、尻尾の棘だけでなく爪も牙も毛も肉も血も全てが触れるだけで死ぬ毒があると言われているアンタッチャブルマンティコア! まさか生きている姿を見られるとは思いませんでした。あぁっ!? しかも下にいるゴーレム達は、直接攻撃の瞬間しか実体として存在していないというファントムゴーレムじゃないですか!」


 聞いているだけで凄い魔物だっていうのはよく分かった。

 そして目をキラキラさせている姿は、今日も可愛い。

 寝ているゼルグに、魔物を指差して凄いねと言っている姿も愛おしい。


「ふふふっ。それほど喜ぶとは思ってもいませんでした」


 だろうな。

 そういえば、どうしてここに魔物がいるんだ?

 以前のアグリによる騒動の時は、ハンディルのおっちゃんが許可を出したから、魔物を五体出せたっていうのに。


「あの、どうしてここに魔物がいるんですか?」

「……ここが、とあるお方のダンジョンの中だからです」


 はっ? あれでも、他人のダンジョンには入れないはず。


「正確に言えばダンジョンタウンと、そこに住むダンジョンマスター全てが管理するダンジョンも、このダンジョンの一部なんです」

「はあぁっ!?」

「ふえっ」


 思わず出してしまった大きな声に、ゼルグが驚いて泣き出してしまった。

 エリアスに協力して、謝りながら泣き止むようあやす。

 悪いとは思うけど、今のは不可抗力だから勘弁してもらいたい。

 あんな事を急に言われたら、誰だって驚くだろう。


「ふふふっ。続きはその子が泣き止んでからにしましょうか」


 できればすぐにでも聞きたい。

 けれど今やるべきことは、ザラーヌさんの言う通りゼルグを泣き止ませることに違いない。

 その後、下に到着するまでにどうにか泣き止ませることができた。

 しかしゼルグよ、一か八かとはいえ元の世界の歌を聞かせたら泣き止むってどういうことだ。


「良い歌を聞かせてもらいました」

「あなたのいた世界の歌ですか? 後でもっと聞かせてくださいね」


 できればあまり期待しないでくれ、そんなにレパートリー多くないから。

 それよりも、さっきの話の続きを聞きたい。


「あの、俺達が管理しているダンジョンも含めて、ダンジョンタウン全てがこのダンジョンの一部というのは本当ですか?」


 問いかけに対してザラーヌさんは一回だけ大きく頷く。


「ええ、本当よ。そういう意味で言えば、真のダンジョンはここ一つだけなの」


 ということは、この地下には……。


「かつてはここにいたんですね。本当の意味でのダンジョンマスターが」


 ここが真のダンジョンだと言うのなら、当然その主もいるはず。

 だけどダンジョンタウンの歴史は長い。

 こっちに来たばかりの頃にハンディルのおっちゃんが、亜人の寿命は人間のそれと変わらないって言っていたから、ここの主はとうの昔に死んでいるだろう。

 そして今は、あそこに置かれている巨大な何かを守るために魔物達がこの空間にいる。 

 ダンジョンキングはそれの存在を代々受け継いでいて、ゼルグのような子が生まれたらあの装置で何かをする。

 それが俺なりの、ここに対する見解だ。


「そうね、その通りね。でも少しだけ間違っているわ」

「何がですか?」

「今もいるのよ、この下にね。あの魔物達は、手順を踏まない侵入者を撃退するためだけでなく、その主を守るためにここにいるの」


 ……はっ?

 今もいるって、どういうことだ?

 ダンジョンタウンの歴史が記録されだしてから現在まで、相当な年月が経っているっていうのに。

 少なくともダンジョンタウンが成り立つ前には、このダンジョンができていたはず。

 歴史なんて詳しく調べてないけど、数万年前の記録があるって話を誰かから聞いたことがある。

 それなのに、今も生きているはずがない。

 まさか本当の意味でのダンジョンマスターは、不老不死か不死身なのか?


「ちなみにその方は人間よ。あなたと同じね」


 だったらなおさらありえないだろ!

 人間がそんなに長く生きられるか。

 それこそ本当に不老不死か不死身じゃないか。


「いえ、違うわね。人間だった、ね」

「……人間だった?」


 過去形ということは、今は人間じゃないのか?


「さすがにここまで言えば、ある程度は察してくれたかしら。そうよ、あの方はもう人間じゃない」


 そう告げると同時に、最下層に到着した浮遊板が止まってゆっくり着地する。

 目の前には上から見えていた大きな物が鎮座していた。


「お、大きいですね……」


 こうして近くで見ると、大きさがよく分かる。

 この大きさは何に例えたらいいんだろう。

 昔、校外学習の工場見学で見た重油タンクくらいだろうか。

 しかしこれ、なんか機械の装置っぽく見えるな。


「お待たせしました。以前にお伝えした夫婦と、その子供を連れて参りました」


 頭を下げたザラーヌさんが丁寧な口調でに挨拶をすると、装置の陰からロープを羽織ってフードを被った誰かが現れて近づいて来る。

 首にはいかにも強力そうな力を秘めたネックレスを装備して、ロープの袖が広くて手元は見えないけど、持っている杖は一級品どころか特級品なのが分かる。

 こいつが本当の意味でのダンジョンマスターなんだろうか。


(予想通りなら……)


 ザラーヌさんの言葉で、その人間がどうなっているかは予想できていた。

 俺もその手の事は、ダンジョン運営で散々やってきたから。

 そして予想は的中した。


「ようこそ、こんな地の底まで。このような姿で申し訳ないが、もうどうにもできないので勘弁してもらいたい」


 フードを下ろして晒した顔、その際に捲れた袖から見えた手。

 どちらにも皮膚どころか筋肉も無いただの骨。

 間違いない、どうやら予想通りだったようだ。


「いえ、気にはしていません。申し遅れましたが、柊涼と申します」

「妻のエリアスです。この子が私達の間に生まれた子、ゼルグです」


 二人で頭を下げてゼルグも含めて名乗る。


「これはご丁寧に、ありがとう。だが同郷の身なのだ、もっと気楽にしてくれて構わないぞ」


 同郷?


「私の生前の名は小野田春樹。今は名付き魔物としてその名を取り戻しているだけの、ただのしがないノーライフキングだ」


 同郷ってそういう意味かい!

 しかもアンデッドになっているのは予想通りだけど、その頂点のノーライフキングなのかよ!


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