↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/100

第85階層 嵐? の前の日常

涼「後々何かが起きるからって、それが災害とは限らない」


 無事に息子が生まれてくれた。

 それはとても嬉しい一方、どういう訳か人間として生まれてきた。

 この件について知っていそうなダンジョンキング、ザラーヌさんへ連絡を取ったオバさんによると、エリアスが動けるようになったらダンジョンタウン中央部へ来てもらいたいとのこと。

 ただし生まれて一ヶ月以内にと、何故か期限を定められている。

 これはますます何かあるだろうと思ったけど、今は生まれたばかりの息子を溺愛しよう。


「あっ、ほら。パパが来ましたよ」

「起きてたのか。よっ、パパだぞ」


 休憩の時は必ず部屋に立ち寄り、エリアスと共にまだ名前すら無い息子の頬を突いて愛でる。

 反応は無いと分かっていても、息子可愛さから声をかけてしまうのは親の性だろう。


「どうですか、お仕事の方は」

「ダンジョンはいつも通り、侵入者を撃退中だ。ただ、出産祝いが次々に届いて、それにはちょっと困ってる」


 子供が生まれた事はあっという間に広まり、たった一日で祝いの品が大量に届いた。

 内容は主に子育ての必需品や消耗品で、こうした物をくれるのは嬉しい。

 でも同じ物がダブったり、気が早い届け物が中には混じっている。

 ただ、人間であることはまだ外へは漏れていない。

 そっとしておいてほしいってことで部屋から出さずにいるから、子供が人間であることを知っているのは俺達の他は農業組とオバさんとリュウガさん、助産師の天使族の女性、そして連絡を受けたザラーヌさんだけ。

 この事を公表するのは、ザラーヌさんから話を聞いた上で判断しようと思う。


「いいではないですか。買う手間が省けたんですもの」

「それはそうなんだけどさ」


 予備の収納袋に入れてあるけど、それが無かったら部屋の増設が必要なほど届いたんだぞ。

 他に困るのは、この贈り物で俺と繋がりを得たい思惑が見え見えなことかな。

 正確には息子へ婚約者を紹介するきっかけ狙い、という所だろう。


「それはまあ、それとして。体調はどうだ?」

「悪くはありません。ですが、産後は本人が思っている以上に消耗しているから、しっかり休んでいなさいとお医者様に言われました」

「だったらしっかり休んでおこう。ザラーヌさんとは一ヶ月以内に会えばいいんだから、焦る必要は無い」


 帝王切開をしたわけじゃないから、休んでいれば一ヶ月以内に外出の許可も出るだろう。


「できれば子育ても手伝いたいんだけど……」

「仕方ありませんよ。ダンジョン運営をしていては、手伝う暇はあまりありませんからね」


 二人で協力して子供の面倒を見ようと思っていたものの、実際はダンジョン運営という、常に監視をして対応する仕事に追われている。

 この調子だと、定休日以外は休憩時間ぐらいしか手伝えそうにない。


「悪いな、ほとんど任せちゃって。休憩時間と定休日には、俺が面倒を見るようにするからさ」

「ありがとうございます。テレサさんとリネアさんに教わって手伝ってもらっていますが、思ったよりも大変でして」


 ひょっとすると、そうした疲れも考慮して医者は休めと言ったのかもしれない。


「そういえば、この子の名前は決まりましたか?」


 そうそう、それもあるんだよな。

 名前を付けてやってほしいって言われて、俺一人で考えることになったんだ。


「候補はいくつかある。後はどれにするかだけだ」

「どんなのがあるんですか?」

「俺のいた世界、というより俺のいた国風と、こっち風のをいくつか」


 具体的に言うと、日本風がハヤトとかタケルとかタツヤとか。

 こっち風のはルートベルド、ウィル、ロティア、カルヴァドスといった具合。

 ちなみに名前を考案中、葵と先生が口を挟んできた。

 葵の場合はデュランダルとかエクスカリバ―とかクラウソラスとかカリバーンとか、何故か聖剣の名前。

 そして先生に至っては、元の世界でハマっていたというアニメや漫画のキャラ名ばかり。

 即座に却下したのは、言うまでもない。


「あまり深く考えすぎず、あなたが良いと思った名前を付けてあげてくださいね」

「了解」


 この後は少し雑談をしながら息子を愛でて休憩は終了。

 去り際に聞こえた泣き声に後ろ髪を引かれつつ、頭を切り替えて司令室へ向かう。


「交代する。何かあったか?」

「大きな事は何も。こちら、休憩中に捕えた侵入者と倒した侵入者、入手した品のリストです」


 各リストをイーリアから受け取って交代する。

 席に着いて内容に目を通し、まずは装備品を売るか手元に残すかを振り分けていく。

 続いて冒険者の方に目を通して、死亡者の死体は次世代部隊の死霊魔法が使える魔物達の練習用と記載しておいた。

 上手くできたのは当然戦力として活用するし、失敗したら呪い付きの武器へ武装化して宝箱に入れ、ダンジョン内に配置する。

 ちょうど画面に映っている侵入者の一人が、その呪い付きの槍を手にした途端に暴れ出し、味方を攻撃している。


『止まれって、おい!』

『やめてよ! どうしたのよ急に!?』


 大抵はああやって急に暴れ出した仲間に戸惑い、対処が遅れて一人か二人は死ぬか大怪我をする。

 実際、急に暴れ出した際に一人が腕を斬り落とされ、もう一人が喉元を斬られていた。

 喉元を斬られた方は、出血が酷いから死ぬな。


『すぐに治癒を。ひゃっ!』


 狂乱している奴は、見境なく味方を攻撃している。

 怪我を治そうとした魔法使いに襲いかかったかと思えば、背後から抑えようとしていた拳闘士に槍を振るう。

 気配を察してか偶然かはともかく、次から次へ標的を変えるから仲間の連中は思うように動けていない。

 その間に、喉元を切られた剣士が死んだ。


『やむを得ない、攻撃するぞ。おそらくはあの槍をどうにかすれば、元に戻るはずだ』


 最年長っぽい拳闘士の指示で、一斉に槍を狙いだした。

 狙いはいいけどさ、ちょっとそいつを気にし過ぎじゃないか?


『がっ!』


 拳闘士の後ろ首、当たるとヤバい箇所にスローゴブリンが投げた石が命中する。

 暴走する仲間に気を取られているうちに、背後へ現れたスローゴブリン達。

 そいつらからの投擲に侵入者達は少し慌てたものの、すぐに冷静になって対処しようとしている。

 だけどそれを許さないのが、奇襲部隊の存在だ。


「一斉にいったな」


 壁に擬態していたロックスパイダー。

 足下の水に擬態していたドレインスライム。

 天井に潜んでいたキラーアントに、ナイトバットの進化形であるシャドウバット。

 水中を泳いで接近していたパラライズスネークと、その進化形のエレキスネーク。

 それらがスローゴブリンの投擲と共に一斉に仕掛けた。

 侵入者達は魔物達による一斉奇襲に動揺し、あっという間に蹂躙されていく。

 最後に呪いの槍を持っている奴へ、水中からエレキスネークが雷を纏った牙で噛みつき麻痺させ、動きが鈍ったところロックスパイダーとキラーアントが襲い掛かって倒す。


「香苗、そっちの戦闘はどうだ?」


 倒した侵入者を運ばせるため育成スペースとの空間接続を操作しつつ、別の戦闘をモニターしていた香苗に声をかける。


「ついさっき終わった。四人中三人が死亡で、一人が気絶。全員育成スペースには運んである」

「だったら悪いけど、育成スペースに行って対応を頼む。人手がいるだろうから、アビーラとアッテムを連れて行け」


 分かったと言い残して司令室を出る香苗を見送り、作業を終えたら今度は回収品のリストに目を通す。

 扱いについてのチェックをしていく。


「ん、今月もいい感じに売り上げを出してるな」


 チェックを終えて見積もりにも目を通し、大体の黒字金額を割り出す。

 これからは子供の養育費も必要になるから、このまま黒字を維持したいもんだ。


「あの、マスターさん。これが、届きました」


 これは……気が早すぎる、息子への婚約話に関する手紙か。

 丁重にお断りする旨を書いて返すの、地味に面倒で嫌なんだよな。

 というか、生まれてすぐにこういう行動に出るとは、抜け目がないと言うか何と言うか。


「できることなら、無視して燃やしたいよ」

「それは無理、だと思います」

「分かってるよ。単なる愚痴だ」


 さてと、どういう断り方をしようか。

 前のをコピペしたら文句が出るらしいけど、いちいち文面を変えるのは大変だし面倒だ。


「はぁ、なんて書こう」


 ため息を吐きつつ、ダンジョン内の様子を監視しながら返事の内容に苦悩する。

 ホント、今回はどう書こうか……。



 *****



 翌日、奴隷にする冒険者と不要な入手品を売却するため、久々に自らダンジョンギルドへ足を運んだ。

 久々に会った顔見知りから子供が生まれたことを祝福されたり、最近のことについて雑談をしたり、ちょっとした情報交換をする。


「そうですか。最近は侵入してくる冒険者の質が落ちているんですか」

「そうなのよ。お陰で奴隷としての売却額も下がっててね。装備品だけはいっちょまえの見せかけばかりよ」

「装備頼み武器頼み、ということですか」


 鍛えて実力をつけるより楽なんだろうけど、身に付いていない実力ほど脆い物はない。


「まあ、その代わりに装備品が高く売れるから収入低下には陥ってないけどね」

「道具頼みの分、そっちには力を入れているみたいだものね」

「なんでもかんでもお金で解決しがちの風潮が、冒険者に出ているのかしら」

「それなら経験だけ積んだ養殖冒険者の方がマシですね。スキルの熟練度が高い分、良い値段で売れますから」

「「「言えてる」」」


 他所のダンジョンマスターが俺の言い分に笑いだす。

 しかし全員女性だから、なんとも居心地が悪い気がする。

 いや、彼女達は悪い人じゃないんだけど雰囲気的に。

 早く査定と換金を終えて呼んでくれ、受付の人。


「ヒイラギ様、こちらの受付へどうぞ」


 ナイスタイミング。さっさと受け取って引き上げよう。

 呼び止められても適当な言い訳を並べて帰ろう。

 長話に付き合う義理は無い。

 お喋りパワーを舐めていたらキツイ目に遭うと、ここで何度も経験したからよく分かる。


「こちらが査定結果と買取金額です。ご確認ください」


 差し出された書類と金銭を確認、終わったらお礼を言って即撤退。


「では皆さん、これで失礼します」


 引き上げる際には挨拶も忘れずに。

 これで自然な帰宅を演出できたはず。


「お元気で」

「また会いましょうね」


 成功。無事に帰宅ルート成立。

 書類と金銭を素早く収納袋に入れ、お供の葵と一緒に帰路に着く。

 特にどこかへ寄る用事は無いから真っ直ぐ帰ろうとしたら、正面からヴィクトマがやってきた。


「あっ、旦那様~」


 嬉しそうに手を振って駆け寄ってくるせいで、食べた分は全部そこに集まるという胸が三次元的に揺れる。

 夫としてはもう見慣れたものだが、周囲の視線が凄い、特に数少ない男からの。

 そして誰よりも強い視線をそこへ向けているのは、隣にいる葵だ。

 控えめな大きさで成長が止まった葵は、いまだに成長中だというヴィクトマの胸を睨んでいる。


「こんなところで奇遇ですねぇ。お仕事ですかぁ?」

「ダンジョンギルドで昨日の成果を売却した帰りだ。そっちは?」

「野菜を卸してほしいお店との、商談があるんですぅ。住人管理ギルド商業課が仲介するのでぇ、これからギルドへ行くんですぅ」


 商談は直接するのも有りだけど、何かにつけこんで無茶を言われないよう、間にギルドを挟んで仲介して貰った方が安心できる。


「生産は間に合っているのか?」

「はぁい。テルミアーナさんがネーナさんの穴を埋めるどころかぁ、それ以上の成果を出してくれているのでぇ、供給は間に合ってまぁす」


 需要に供給が追いついているのなら何よりだ。

 まあエルミなら、その辺は上手くやるだろう。

 ネガティブ思考な点を除けば、充分に責任者をやれる能力はあるからな。


「それでぇ、そのネーナさんは大丈夫ですかぁ?」


 ネーナはつい先日から産休の名の下、農場への出勤もしなくなった。

 出産まで期間はまだあるとはいえ、万が一にも無理をさせないための措置だ。


「元気だよ。今朝も起きるなりお腹減ったって言って、結構な量のサラダと果物食べてたから」


 ドライアドが元気な子を無事に出産するための秘訣は、野菜や果物を生のまま食べる事らしい。

 あれだろうか、植物由来のエネルギーを直接摂取するみたいなそんな感じ。


「それは良かったですぅ。エミィさんが心配して、休憩中はそわそわしていたのでぇ」


 なんだかんだ仲が良いんだよな、あの二人。

 エミィが最初に心を開いたのもネーナだって話たし。

 あっ、そういえば。


「ところでいいのか? 商談があるんだろう?」

「ああっ! そうでしたぁ。すみませぇん、これで失礼しますぅ!」


 慌てた様子でギルドへ向かうのを見送る。

 胸を揺らしながら走って行くヴィクトマの後姿を、葵が恨みと憎しみを込めて睨んでいたのは、全力で見なかったことにした。

 その後、自分は人並みだと言いながら葵がくっ付いてきたのは言うまでもない。

 それからしばらくは平穏な日々を送り、とうとうザラーヌさんとの対談の日を迎えた。

 留守中の事はイーリアに一任して、俺とエリアスは息子――命名ゼルグと共にダンジョンタウン中央部へ足を踏み入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。