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第68階層 厄介者の末路

ラーナ「長い舌に熱々のチーズがっ!?」


 なんで今になって、あのヴァルアが訪ねて来たんだろうか。

 あの性格だから無下にしたら何をするか分からないし、警戒した方がいいだろう。


「どうしますか?」


 ここは一旦引き入れておいて、話を聞いている間に誰かをオバさんの下へ向かわせておくか。

 何かあったら困るし、オバさんへ伝えておけば、何かあっても対応してくれるはず。


「分かった、会おう。それと今空いているのは……リンクスか。あいつをロウコンさんの下へ向かわせて、ヴァルアが来ているって伝えさせてくれ」

「承知しました」

「アビーラ、しばらくここを頼む」

「了解っす!」


 指示を出して居住部へ向かい、万が一に備えて香苗達は部屋へ退避させておく。

 それからすぐにミリーナに案内されたヴァルアが現れて、入れ違いにリンクスが出て行くのが見えた。


「やっほぉ、お久ぁ」


 軽い調子で手を振るヴァルアは、相変わらず油断ならない雰囲気を纏っている。

 だけど天井の高さの関係で木から出ているのはともかく、豪華そうな服が薄汚れてヨレてシワだらけになっていて、以前よりみすぼらしく見える。

 なんだ、一体こいつに何があったんだ?


「何の用だ?」


 向い合って座り、早速用件を尋ねてみた。


「挨拶も無しとは失礼ね。まあいいわ、私を雇いなさいっ!」


 薄い胸を張って放った言葉に耳を疑う。

 聞き間違いかと思って傍らに控えるイーリアへ視線を向けると、こちらも驚いて目を見開いて耳の先端が上を向いている。


「……本気か?」

「本気も本気よぉ。私がいればぁ、あんな狐のオバさんを押しのけてぇ、ここをエリアトップにしてあげるわぁ。だからぁ、とにかく黙って私を雇いなさいねぇ」


 なんでそこまで自信を持って言えるんだ。

 どうして雇用される側がそんなに上から目線なんだ。

 そもそも、どうしてわざわざ隣のエリアまで働きに来るんだ、副業はどうした。

 前に無茶な勧誘を受けた後で少し調べたら、副業として服飾関係と雑貨の店を何軒かやっていたはずだ。

 ダンジョンを攻略された今となっては、そっちが本業になるわけだけど、そっちはどうしたんだ。


「店はどうしたんだ。副業でいくつか開いてたんだろ」

「ぐっ……」


 問いかけると言葉に詰まり、苦い表情で視線を泳がせる。


「……潰れたか」

「ち、違うわよぉ! 任せていた奴にぃ、いつの間にか乗っ取られちゃったのよぉっ!」

「はぁっ?」


 乗っ取られたって、何やってんだよこいつは。

 株が存在しないこの世界じゃ、株の買い占めによる乗っ取り、いわゆる買収は起こらない。

 唯一乗っ取る手段は、建物や土地といったあらゆる権利の名義を変更することのみ。

 つまりこいつは、副業でやっていた店のあらゆる権利に関する名義を知らぬ間に変更されてしまい、全てを誰かに奪われたって訳か。

 そうと分かると警戒していたのがバカらしくなってきた。


「一言いいか?」

「なによぉ」

「お前、何やってんの」

「うっさいぃっ!」


 他になんて言えばいいんだよ。

 聞いてもいないのに、向こうが一方的に喋った事の経緯によると、半分はこいつの原因だった。

 乗っ取った相手は、ダンジョン運営をしていた頃から店舗の事を任せてきた人物。

 ダンジョンを攻略されてダンジョンマスターでなくなった後も、今さら店舗経営なんて分からないからとその人物に丸投げして、オーナーとして純利益を受け取るだけで何もせず、毎日ダラダラ遊んで暮らしていたらしい。

 ところがある日、いつものように金を受け取りに行ったら拒否され、クビにすると脅したら名義変更された権利書を突きつけられたそうだ。

 こんなの認めるかと住人管理ギルドへ駆け込むも、手続きは全て合法的に行われていたためどうにもならず、積み上げて来た全てを失ってしまった。


「あいつめぇ、使ってやっていた恩を仇で返すなんてぇ、何考えてんのよぅ!」


 頬を膨らませて怒っているけど、完全に自業自得だ。

 こいつのやり方はオバさんに聞いているし、噂も色々と知っている。

 ほとんどの事を人任せにして自分は遊びほうけ、買いたい物を買って稼いだ金をガンガン浪費して、ちょっと気に入らない事が起きたら部下へ当たり散らして怪我をさせ、その減給で余った金でまた遊びほうける。

 彼女によって死んでしまった有能な奴隷も多くいるらしいし、時には遊ぶ金が足りないなんて理由で減給したり、八つ当たりで大怪我をした上に今月の給料を無しにされてしまった人もいるらしい。

 そりゃあ見限られて当然だ。

 おまけにこれまた向こうが一方的に喋った内容によると、元部下達が自分達の受けていたヴァルアの横暴な行為を公表し、第四エリア中へ広まったために再就職もままならず、僅かな貯蓄も尽きそうになったからこのエリアに来たらしい。

 だけど苦しい生活で外見がみずぼらしくなったせいか、こっちでの再就職も上手くいかず、知り合いのコネを使おうにも第五エリアでの知り合いは極数人。

 その中で一番なんとかできそうな俺の下へ、売り込みに来たそうだ。


「そういう訳でぇ、雇ってちょうだぁい」

「無理」

「はぁっ!? なんでよぉっ!」


 今の話を聞いて、雇ってもらえると思えるのが不思議でならない。

 仕事を他人に丸投げして自分は遊びほうけていた奴がまともに働くとは思えないし、雇っても悪影響を及ぼすとしか思えない。

 そんな奴は向こうが金を払っても雇いたくない。


「雇ってよぉっ! もうお金も無くなりかけてるからぁ、全然遊べないし買い物もできないのよぉっ!」


 こいつは自分が経済的に危機的状況に陥っている自覚があるんだろうか。


「雇うつもりは無いけど伝えておく。うちは雇って最初の三ヶ月は、試験雇用期間で給料は銅貨六枚だ」

「はあぁぁぁぁっ!? なんでよぉ。元ダンジョンマスターの私ならぁ、金貨五枚は出すべきよぉ。というかぁ、試験雇用期間ってなによぉっ!」

「文字通り、試しに雇って働き具合を確認する期間だ」


 試験雇用期間が過ぎれば、そこからは基本給に加え、その月の貢献度や働き具合に応じて賃金を加算するのがうちのシステムだ。

 今うちで一番給料が高いのは、最初に雇ったメンバーの一人で責任者的立場を任せているアッテム。運営が上手くいって儲けているから、銀貨八枚を支払っている。

 逆に一番少ないのは勤務歴の短いラーナとアビーラ、それと農業を任せている三人で銀貨二枚。

 それなのにいきなり金貨五枚なんて払うはずがない。


「まあそもそも、雇うつもりが無いんだけどな」

「おーねーがーいー! お金ちょうだぁい! 遊ぶお金ちょうだぁいっ!」


 結局はそれか。やっぱりこいつ、駄目な奴だ。


「それを聞いたら尚更断わる。さっさと帰れ」

「こっちこそお断りよぉ。雇ってくれるまでぇ、ここにいるからねぇ」

「警備隊呼ぶぞ」

「呼べるもんなら呼んでみなさいよ!」


 よし言ったな、呼んでやろうじゃないか。

 そう思ってイーリアに警備隊を呼んでもらおうとしたら、突然玄関の扉が勢いよく開いた。


「なんだ? えっ?」

「何よぉ、いきな……ヒィッ!?」


 玄関の方を向いた途端にヴァルアがビビりだし、俺も驚いた。

 というのも、強い怒気を放つオバさんが鋭い目つきをこっちへ向けているからだ。

 後ろに控えているリコリスさんは怒気に当てられて額に汗が滲み、さらにその後ろへ控えるリンクスは、女にしか見えないくらい内股で怯えている。

 なにこれ、どうなってんの?


「ヴァルアよ、貴様何をしているのじゃ」

「な、何って、そのぉ、ちょっと就職活動をぉ……」


 怒気を向けられ、ヴァルアは完全にビビッている。


「ほお? まさかとは思うが、貴様の罪状に関する情報がこっちに来ていないとでも思ったか?」


 罪状だって? まさかこいつ、何かやらかして第四エリアから逃げて来たのか?

 ということはこいつ、俺のダンジョンを隠れ蓑にする気だったのか。

 だとしたら許さない。証言を求められたら絶対に今のやり取りを全部暴露してやる。


「な、なんのことぉ? 私わかんなぁい」

「とぼけるでない。ダンジョンを攻略され、副業の店舗を全て乗っ取られてほぼ無一文となった後、脱税に怪しげな裏取引での不法所得。さらに元部下が過去のお前の理不尽な八つ当たりや給料の減額や未払いを、証拠付きで正式に訴えたぞ」


 おいおい……。

 後半は噂が真実にだったからともかく、前半の無一文になった後は何やってんだよ。


「だ、だってぇ、遊んで暮らすにはぁ、お金が必要なんだもぉん。税金なんてぇ、払ってられないよぉ」


 謝れ、キチンと税金払ってる人達全員に謝れ。


「言い訳は警備隊の方でしてもらうのじゃ。おい」

「はっ!」


 オバさんが道を開けて呼びかけると、警備隊が現れてヴァルアを拘束していく。

 逃れようと抵抗しても、小柄な上に遊んで暮らしていたヴァルアが逃れられるはずも無く、あっという間に拘束されて外に置いてあった樹木と一緒に運ばれて行った。


「まったくあの怠け者は。余計な事をせず、大人しくしておればよかったものを」


 連行される様子を見ながら、溜め息交じりにオバさんが呟く。


「急に押しかけてすまなかったのじゃ。報せてくれて感謝する」

「いえ、こちらこそ助かりました。どうぞ、少し休んでいってください」

「そうか。ならば遠慮なく、邪魔するのじゃ」


 リビングへ案内したオバさんとリコリスさんに座ってもらい、冷えた麦茶を出させたら皆には仕事へ戻ってもらう。

 八つ当たりするように麦茶を一気飲みしたオバさんは、空になったコップをテーブルに叩きつけるように置く。


「はあっ! 全く、最後まで厄介事ばかり振り撒く奴じゃったわい」


 激しく同意する。前回と今回の二回しか会ってないけど、実に厄介だった。


「危うく隠れ蓑にされるところでしたよ。警備隊まで連れて来てくれて、感謝します」

「なぁに、ちょうど奴の罪状とこっちのエリアへ来たという情報を警備隊から聞いていた所へ、お主の所のインキュバスが来ての。そのまま警備隊を引き連れて来ただけじゃ」

「だとしても助かりました」

「なんの。娘婿のためなら軽いものじゃ」


 まだ婿じゃない。そうなるまで、もうしばらく待ってほしい。

 しかし、隣のエリアに逃げ込むだけでどうにかなると思っているその思考で、よくダンジョンマスターなんてやっていたもんだ。

 いや、丸投げしていたから実質やっていなかったようなものか。


「ところであいつ、どうなるんですか?」

「証拠も完璧に揃っておるから言い逃れは不可能。良くて多額の罰金と一年の強制労働。悪ければ犯罪者奴隷で一生拡張工事現場じゃな」


 拡張工事……ああ、壁を掘ってダンジョンタウンを広げていくやつか。

 そんな場所にあいつを放り込んでも、まともに働くかな?

 いや、奴隷になる以上は命令されて強制的に働かされるか。


「まっ、自業自得ですね」

「その通りじゃな。ヒイラギは後継者がヴァルアのようにならないよう、しっかり教育するのじゃぞ」

「分かっています」


 とはいえ、相当甘やかさない限り、あいつのようにはならないと思う。

 そこはよく注意しておこう。


「ならばよい。そうじゃ、ちょうど良いから少々仕事の話をしよう」

「仕事の話ですか? なんでしょう」

「うむ、実はの」


 仕事の話というのは、ウスターソースとケチャップの生産が再開された件だった。

 工房の修復が終わり材料の確保もできて、今日から再稼働しているそうだ。

 修理費用についてはまずオバさんが全額払い、その後で全体の二割を俺がオバさんへ支払うことになっている。

 当初は払わなくていいと言われたものの、生産を丸投げしている以上、製品の発案者として修理費用ぐらいは出すと主張して協議し、費用の二割で落ち着いた形だ。


「これが請求書じゃ」

「失礼します。この額ならすぐに払えますので、少々お待ちを」


 一旦席を立ち、金庫代わりにしている収納袋から請求書と同額の金を取り出し、リビングへ戻って支払う。

 受け取ったオバさんは金額を確認し、満足そうに頷く。


「うむ。確かに。この額をポンと出せるとは、だいぶ稼げるようになったの」

「ダンジョン以外でも、相当儲けさせてもらっていますから」


 最近だと女騎士から引き出した情報とか、イータースライムの進化についての情報とか。


「その調子で今後も励むといい。おお、そうじゃ。ヒイラギがギルドへ売った情報のお陰で、第十一エリアのエリアマスターがトリニティアルというクランが派遣したパーティーを撃退し、二名を捕獲したそうじゃ」


 おお、マジか。

 あの情報が役に立ったか。


「そいつから連絡があっての。不愛想なあいつには珍しく、情報に感謝すると伝えてくれ、と言っておったぞ」


 あいつ、っていうのは第十一エリアのエリアマスターのことか。

 そんな人に感謝されると、なんか照れくさい。

 ちなみに捕まえた二人については、さらなる情報を引き出すため尋問中らしい。

 そうした話をした後は、少しだけ結婚式の相談をしてオバさんとリコリスさんは帰って行った。

 去り際に、今回助けた分は借りだから、次回尋ねてくる時にチーズを使った料理を教えてくれと言い残して。


「ちゃっかりしてるな、あの人は」

「そうですね。ところでマスターヒイラギ。どのような料理をお教えするのですか?」


 表情は冷静を装っていても耳と尾の先端とピクピク動き、瞳は輝いている。

 これはラーナが強い関心を示している時の癖だ。

 ピザの時の反応も一番良かったから、チーズを使った料理にハマったか?


「……チーズはな、前に作ったハンバーグに乗せるか中に入れるだけでも美味いんだ。パン生地の中に入れて焼くだけでも、生地の上に乗せたピザとは違う味わいになる」


 さらに追加でメニューを挙げると、ラーナの口の端から涎が垂れそうになった。


「……はっ!」


 すぐに気付いて袖で拭ったけど、バッチリ見たからな。

 意外な一面に思わず笑みを浮かべたら、ラーナは少し恥ずかしそうに俯いた。


「さて、仕事に戻るか。それとラーナ、教える予定の料理はチーズフォンデュって言ってな」


 司令室へ戻る間に説明したら、是非作ってほしいと懇願された。

 そうだな、試作と味見はしておかないとな。


「あっ、お帰りっす! ちょうどライムが戦闘中っす!」


 それはいいタイミングで戻って来れたな。

 すぐにいつもの席に座り、ライムがいるフロアリーダーの間を映す画面を注視する。

 戦っているのは前衛二人と後衛二人の四人パーティーで、その四人を相手に女騎士が持っていた剣を振り、盾で防いで一方的な戦いを展開している。

 強力な魔法と高速で飛来する矢を避け、鋭い剣技と力強い斧を避けるか盾で受け流し、剣や魔法での反撃を仕掛ける。

 無傷のライムに対し、相手はボロボロになるまで追い詰められて逃げようとするけど、転移妨害を施してあるから転移石が使えず慌てだす。


『その程度でライムを倒そうなんて、二十年早いですの!』


 そう言いながら盾持ちの剣士を袈裟切りにして、続けざまに斧使いの首を切断。

 残った後衛は魔法での攻撃と防御魔法で粘る。

 するとライムは、魔法を避けながら腰に付けている収納袋へ盾を入れて代わりに剣を取り出し、二刀流での激しい攻撃で防御魔法を破壊して後衛二人を倒した。

 いつの間に二刀流を練習したんだ。スキルとしても……あった、二刀流スキル。


『ふっふん! ライムの二刀流を止められないの!』


 止められる止められない以前に、今の二刀流で何連撃をやったんだ?

 速くて巧くて強い、目にも止まらぬ連撃で物理的に防御魔法を破壊するだなんて……。

 捕食スキルによる能力向上は、想像以上かもしれない。

 今後も戦闘データを取り続けていこう。


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