第49階層 用法を守って正しく利用しなきゃ
葵「柊君の部屋に忍び込んで添い寝したい……」
ダンジョンの運営が再開されてから、初の定休日。
今日はベアングのおっちゃんの所へ向かうため、先生と一緒に出かけている。
町は復興に向けて歩みだしているものの、今回の事件で仕事を失った人が大勢いて、仕事を求めてギルドや町中を回ったり自身の売り込みに励んだりしている。
「私は裁縫スキルを持っています。どうか雇っていただけませんか?」
「ちくしょう、今日も力仕事ばかりじゃねぇか。腕力の無い俺には無理だって」
「どなたか私を雇っていただけませんか? 給料は安くて構いません、どうか仕事をください」
服屋で売り込みをしている女性、ギルドから悔しそうに出てきたもひょろい体格の男、木箱の上に立って仕事を求める女性。
今は支援があるからなんとかなっていても、今後のために仕事を探そうと躍起になっている。
「お兄さん、私達を雇ってくれませんか?」
「お願い。お父さんもお母さんも、もういないの。一生懸命働くから」
着の身着のままという感じの幼い姉妹に雇用を求められた。
どうやら両親を失ってしまったようだ。
「……ごめん」
後ろ髪を引かれる思いで断りを入れ、早足でその場を離れる。
同行している先生も申し訳なさそうに続き、振り返って追って来ないのを確認すると、深いため息を吐いた。
「はぁ……。何もできないって辛いわね」
「だからといって、誰彼構わず手を差し伸べる事は出来ません」
「先生も分かってるわよ。でも、気持ちの面では別よ……」
支援の方はなんとかなっているものの、被害に遭った人達の今後の見通しはまるで立っていない。
住居に収入と、先々の問題は山積みで残っている。
「復興するための作業はたくさんあっても、問題はその後なのよね」
先生の言う通り、復興作業に対する仕事の募集はあるし、ちゃんと金銭も支払われている。
けれど、復興作業はそのほとんどが力仕事。
重機が無いこの世界じゃ手作業するしかなく、力に自信の無い人や老人や子供にできるはずがない。
しかも復興作業は有限だ。
復興が終われば仕事は無くなり、それで食いつないでいた人達は職にあぶれる。
それを見越して早めに仕事探しをしている人も多くいるけど、現状じゃ仕事に就くのは難しい。
仕事をしたくとも、肝心の職場が使えなかったり、職場そのものが失われてしまったりしているんだから。
「あっ、あそこの八百屋さんも潰れてる……」
先生が見ている先に目を向けると、元々は八百屋だったであろう建物が物理的な意味で潰れていた。
「奴隷の私達にも気さくで、たまにオマケしてくれるいい店だったのに……」
「また開店してくれますかね?」
「どうかしら。店主も奥さん達もいい歳だったから」
こういう話を聞くと、これを機に閉店する店がいくつも出そうだ。
「こういう問題は、異世界も同じか」
「そうね。でも、こっちの世界の方が深刻よ。こうした場合の法や制度が無いんだもの」
「想定外と言えばそれまで、その一言で済ます訳にはいかないってか」
まあ元の世界だって、想定外と対処を繰り返しながら法や制度を整備していったから、こっちもそうなってくれることを祈ろう。
おっと、ベアングのおっちゃんの店が見えてきた。
暗い話はここまでにして、おっちゃんのお見舞いをしよう。
「こんにちは、柊ですが」
「あら、いらっしゃい。うちの人のお見舞いに来てくれたの?」
出迎えてくれたのはベアングのおっちゃんと同じ熊人族の女性で、おっちゃんの奥さんだ。
店内はだいぶ片付いていて、商品も少しだけど陳列棚に並んでいる。
「はい。具合の方はどうでしょうか?」
「だいぶ良くなったわ。そうそう、この前は治癒魔法を使える子を寄越してくれてありがとね。なにせこういう状況でしょ? 病院も教会も怪我人や病人だらけで、なかなか治療を受けられないのよ」
この人の言う通り、病院と教会は怪我人と病人で溢れている。
事件直後なんか、ひっきりなしに患者が運ばれてくるから対応が追い付かず、魔力を回復する時間も無いほど忙しかったらしい。
そんな話をヴィクトマから聞き、ミリーナをここへ寄越して治してあげたんだ。
実際現場では重傷者が優先的に治癒魔法を使われていて、骨折程度では腕を固定されるだけだったそうだから、とても感謝された。
「気にしないでください。こういう状況ですから、助け合わないと」
「とか言って、実の所は早く復帰してもらって、営業再開してもらいたいからじゃないの?」
「……敵いませんね」
「伊達に歳取ってないわよ」
自慢げに微笑む奥さんの顔がちょっと憎らしいけど、本当のことだから反論できない。
だって早く副収入が入ってこないと、今のダンジョンの収入じゃキツイ。
「ところでベアングさんは?」
「ちょっと待ってね。アンタ! ヒイラギ君が来てるよ!」
作業場の方に向けて奥さんが呼ぶと、足音が近づいてきてベアングのおっちゃんが姿を現した。
「おう、よく来たな。まあ上がれ、治癒魔法使いを寄越してくれた礼をしたいからよ」
いいのかなと思って奥さんの方を見たら、どうぞという仕草をしてくれた。
だったらお言葉に甘えさせてもらおう。
促されるまま奥の間へ行き、ベアングのおっちゃんと向かい合わせで座り、先生は俺の隣へ座る。
「治癒魔法使いの件、改めて礼を言うぜ。お陰で早く仕事を再開できたぜ」
「気にしないでください。これまでベアングさんにだいぶ稼がせてもらいましたから、そのお礼です」
そしてその副収入を、一日でも早く入ってくるようにしてもらいたいんだ。
「へっ、お前さんと契約しておいて良かったぜ。でなかったら、まだ腕を固定していただろうよ」
骨折していた腕を叩いて回復をアピールしている。
なんともないのなら、ミリーナを寄越した甲斐があるな。
「ところでよ、しばらく店の方はやれそうにねぇんだ」
「何かあったんですか? 見た所、どこも壊れてなさそうでしたけど」
「そういうじゃねぇんだよ。家屋とかの建材が足りないからって、こっちにも加工の仕事が回ってきてるんだ」
なるほど、素材は他所のエリアからの支援で集められたとしても、加工が間に合っていないのか。
「悪いが、当分はそっちを優先させてくれ」
「構いませんよ。家が壊れた人は大勢いますからね」
とは言ったものの、これで当分の間、こっちの副収入は望み薄だな。
だからってこっちの仕事を強要させるわけにもいかないから、ここはこっちが引いておくべきだろう。
「それでよ。せめてもの詫びと、腕を治してもらった礼として、こいつを受け取ってくれねぇか?」
差し出されたのは一本の杖。
木を削って杖にしただけに見えるけど、お詫びとお礼を兼ねているのなら、ただの杖じゃないんだろう。
「これは?」
「こいつは先々代の祖父さんが、ひょんな事から手に入れた魔物の素材で作った杖だ。つっても半分道楽で作ったから、特に使い道も無くて死蔵していた物だがな」
魔物の素材で作ったのなら、なおさらただの杖じゃなさそうだ。
「そんな物で良かったら、持って行ってくれ。俺より坊主の方が使い道があるだろう?」
確かに使い道はある。
ちょうどフレアゴーストがフレアレイスに進化したところだし、効果次第では進化の記念に渡してやろう。
「では、ありがたくいただきます」
受け取った杖を空間収納袋へ入れて、ここからは近況の話へ移る。
といっても、身内の安否はどうだったとか、あの事件で受けた被害への補償はどうだとか、そんな世間話ばかり。
だけどベアングのおっちゃんが元気そうだったから、俺としてはそれだけで十分だ。
そんな感じでしばし話した後、長居は無用ってことで引き上げることにした。
「じゃあ、どうかお元気で」
「おうよ。お互いにな」
握手を交わして帰路に着き、杖を取り出して眺める。
「先生、帰ったらこれを鑑定してください」
「わかったわ」
どんな効果があるか楽しみだ。
そんな、ちょっとしたお土産感覚で杖をダンジョンへ持ち帰ったら、すぐに先生に鑑定してもらった。
「なるほどね」
「どんな効果なんすか!」
「ちょっと待ってね。魔石盤に情報を映すから」
慣れた手つきで魔石盤を操作していく。
操作方法がタブレット端末みたいなものだから、俺達異世界人には割と扱えるんだよな、それ。
「こんな感じよ」
どれどれ?
名称:エルダーロッド
属性:木
品質:中品質
製作者:ガジエル
効果:持ち主の魔法を強化する
持ち主は低級樹霊魔法を使えるようになる
地面に刺せば杖を中心とした一定範囲内の植物は育ち易くなり、品質も向上する
「おぉ、樹霊魔法が使えるんっすか」
「なんだその魔法。聞いたことないぞ」
「樹霊魔法を使えるのはドライアドくらいっすから」
要するに特定の種族しか使えない魔法ってことか。
だけどネーナは樹霊魔法のスキルを持っていないから、ドライアドなら誰でも簡単に使える魔法じゃなさそうだ。
「うぅん。私の鑑定スキルの熟練度じゃ、素材が何か分からないわね」
別に素材までは調べなくていいんだけど。
「で、これどうするっすか? 育成スペースの畑にでも刺しておくっすか?」
どうして畑に……あぁ、そうか。
これを地面に刺せば、植物が育ちやすくなるからか。
ということは、これを使えば畑を早く再建できるかな?
いや、まずは武器としての性能を確かめてみよう。
「とりあえず、検証してから決めよう。育成スペースに行ってくる」
そう言い残し、定休日だから休業中の司令室を通過して育成スペースに出る。
「フレアレイス、ちょっと来てくれ」
呼びかけに反応したフレアレイスは、仲が良さそうに交流していたパンプキンレイスと分かれ、こっちへふよふよと近寄って来た。
「これを使ってみてくれないか?」
差し出した杖を持たせ、手が空いていたゴブリンに的を用意させたら、それに向けて魔法を放つように指示する。
放たれたのは低級火属性魔法のフレア。
単に火の塊を放つだけのその魔法は一回り大きくなっていて、命中した的を炎で包み込む。
以前は当たった場所を焦がす程度だったから、大きさだけでなく威力も幾分かは上がっているようだな。
「次は樹霊魔法を使ってみてくれ」
低級しか使えないそうだけど、どの程度なんだ?
期待と不安を抱えながら見ていると、地面から根っこのような物が伸びて燃えている的に絡みついて火を消した。
さらに、地面に生えている草が数枚千切れて宙に浮き、そのままカッターのように飛んで根っこが巻き付いた的を切り裂く。
どうやら、植物がある場所でないと発動しない魔法ばかりみたいだ。
だとしたら、俺のダンジョンには不向きだな。
魔法の威力は上がるみたいだけど、あれくらいなら無理に使う必要は無いか。
「うん、よく分かった。この杖は、作物の成長促進と品質向上のために使おう」
そうと決まればフレアレイスから杖を返してもらい、育成スペースの畑に刺しておいた。
三日程度で育ち切るここにこれを使えば、おそらくだけど一晩で育つはずだ。
それを確認するため、新たに枝豆とトウモロコシを植えておこう。
「柊君、どこにいるの? 育成スペース?」
おっと、戸倉が呼んでる。昼飯ができたかな?
「ちょっと待て、今行く」
実証のための準備を整え、育成スペースから引き上げて戸倉と合流すると、予想通り昼飯だった。
例の事件後、食料の流通に問題が生じて物価が上がったこともあって、食卓には育成スペース産の野菜を使った料理が多く並ぶようになった。
肉が少なくなってローウィは寂しそうにしているけど、大変な状況だから我慢してもらう。
そんな昼食を終えた後は今後の計画を考えたり、五目並べで遊んで過ごす。
やがてチラホラと皆が帰って来て、農業組が全員帰って来たところでエルダーロッドの件を話し、育成スペースの畑へ連れて行った。
「へぇ、面白い物を手に入れはりましたなぁ」
畑に刺さる杖をネーナが興味深そうに観察している。
ヴィクトマとエルミも、今後の農業に関する道具だからじっくり見ている。
「正直言うと、じっくり育てるっちゅうのを教えるために、こういうんは使わんようにしとったんやけど」
「あっ、そうだったのか?」
それで今まで何も言わなかったのか。
だけどいきなり楽をするよりは、育てる苦労を知った方がいいのは確かだ。
「これはあっちの畑にも使うんでっか?」
「そのつもりだったけど、そういうことなら使わない方がいいか?」
「できればそうしたいったい。せめて最初の収穫を終えるまでは、無しでやらせてほしか」
ネーナはこう言っているけど、後ろにいるバリウラス達はとても残念そうにしている。
うん、そう簡単に楽は出来ないってことだな。
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翌朝、夜勤と引き継ぎを終えて仮眠に入る前に、育成スペースの畑を確認しに行った。
あの杖を刺した結果はどうかな?
「……うん。ちょっと考えが甘かったか」
昨日植えた枝豆とトウモロコシは、予想通り収穫可能なまでに育っていた。
そう、昨日植えたやつは。
「駄目だ、完全に枯れてる」
杖の影響を受けるのは、杖を中心とした一定範囲内の植物全て。
当然、昨日植えたのとは別の野菜も影響を受け、一部の野菜が育ちすぎて枯れてしまった。
「育成速度よりも、一定範囲がどれくらいなのかを先に検証すべきだったな」
枯れた個所から範囲の特定はできたけど、完全に順序をミスったな。
せっかく育てたのが無駄になっちゃったよ。
そう思いつつ枯れた植物を抜いて、肥料にするためキラーアントに手伝ってもらって畑の土に埋めておいた。




