第48階層 離れた客を取り戻すにしても宣伝手段が無い
リンクス「サトウさんにセイテンカンというのを勧められました。なんでしょう、それ」
ダンジョンの運営が再開されたものの、肝心の侵入者がそれほど来ない。
可能ならダンジョン再開の宣伝をしたいけど、その手段はたった一つしかない。
『これ以上は無理よ!』
『仕方ない。脱出だ』
形勢不利になった冒険者パーティーが地上へ向けて逃げ出していく。
以前なら掛けた追撃や伏兵による奇襲を仕掛けないのは、外への唯一の宣伝手段が外へ逃げた侵入者による伝聞だからだ。
情報媒体が無い以上は伝聞に頼るしかないとはいえ、時間が掛かりそうだな。
「ご主人様、侵入者の脱出を確認しました」
「これでまた、ダンジョンの再開が地上へ広まりますね」
ミリーナの報告とエリアスの意見に頷いて応える。
現在侵入者は可能な限り外へ逃がしているから収入はほぼ無いけど、少ない稼ぎを狙って宣伝者を殺すよりも、長期的に見れば意味がある。
それにダンジョン運営の税金はあくまでダンジョンの収入からだから、ダンジョンの収入が無ければ税金も発生しない。
まあ、生活費や皆への給料で貯蓄は減っているんだけどな。
「この調子で早く戻って来てくれるといいんだけど」
「人の伝聞にも限度があるから、気長にやるしかありませんね」
全くその通りだ。
情報媒体による宣伝効果の高さを、最近になって実感してきた。
伝聞って、結局は他人の説明任せだからな。
(でもまあ、ダンジョンの再開くらいなら問題無く伝わるだろう)
このダンジョンへ、再び入れるようになった。
ただそれだけが伝わればいいんだから、内容は他人任せでもさほど心配は無いはず。
肝心なのは、どれくらいの速度で伝わるかだからな。
そしてそれができるだけ広く伝わって冒険者が来てくれれば、収入アップに繋がって利益が増える。
副業の収入が見込めない現状、ダンジョンで少しでも稼いでおかないとな。
「旦那、こっちの剣も鍛冶に使っていいっすかね?」
「ん? ああ、いいぞ」
アビーラが持って来たのは、以前に魔物との戦闘で剣が折れた冒険者が、そのまま放り捨てて逃げたのを回収した物だ。
あいつは今、実家の鍛冶屋から建築に使う金具作りの手伝いを頼まれているらしく、ここに準備した鍛冶場で作業をしている。
本来なら業務外のことだから断るところだけど、些少ながら謝礼を出すと言われて許可を出した。
だって少しでも収入が欲しいもの。
「いやあ、正直材料が不足気味なんで助かるっすよ」
「そういえば、採掘場の作業が停止しているんだったな」
「うっす。そこで作業していた奴隷達を、復興作業に回してるっすからね」
採掘場はエリアの端にあって、被害らしい被害は出ていないから、そこで働いている奴隷達を復興作業に使うのは分かる。
だけどそれにより採掘作業が停止して、鉱物が不足気味になってしまった。
「じゃあ、ありがたく貰っていくっす」
「おう。頑張れよ」
手間は掛かるけど、採掘作業が再開するまでこうして凌ぐしかないからな。
「マスター様、新たな侵入者を確認しました。二人組の冒険者です」
「また適当に弱らせて追い帰すぞ。宣伝する奴は一人でも多い方がいい」
頑張って宣伝してくれよな、冒険者さん達よ。
****
それからさらに数日が経ち、少しずつだけど侵入者が増えてきている。
まだ事件前の人数には遠く及ばないけど、逃げた冒険者達による宣伝が広がっているようでなによりだ。
そんなある日、他エリアからの支援に関する調整が昨日で終わったというオバさん、息抜きがてら様子見に来てくれた。
その中でダンジョンの調子はどうかという話題になり、徐々に侵入者が戻ってきていることを伝えた。
「そうか、それはなによりじゃ」
「ロウコンさんのダンジョンはどうですか?」
「こっちも少しずつじゃが戻ってきている。じゃが、副業の方はまだ見通しが立っておらん」
副業の見通しはこっちも立っていない。
オバさんの所のケチャップとソースの工房はまだ復旧していないし、ベアングのおっちゃんの所もまだ店が再開していない。
農業の方も土作りからやり直しだから、販売計画全般を見直ししたくらいだ。
「ところでお母様。支援の見返りはどうなりましたか?」
隣に座るエリアスが、不安そうな表情でオバさんに尋ねる。
大方、見返りに俺を求められなかったかを心配しているんだろう。
正直言うと、俺も不安だ。
「安心せい。お主らの仲を引き裂かせるような事はさせんかった」
オバさんの返事にエリアスの表情は和らぎ、俺もホッとした。
「ただ、お主達の間に生まれる長男以外の息子が成人した際、婿入り先となるエリアが決まるのは避けられんかった」
「別にそれくらいなら気にしませんよ」
「そうです。成人までは一緒にいられますし、今生の別れをする訳ではないのですから」
「そう言ってもらえるのなら幸いじゃ。一応ヒイラギ自身も求められたのじゃが、そこはザラーヌ……ダンジョンキングが止めてくれたわい」
ダンジョンキングが?
どうして会った事も無い、そんな地位にいる人が?
「おお、そうじゃ。会議が終わった後にザラーヌから、妙な事を言われたの」
「妙な事?」
「うむ。なんでも、お主とエリアスの間に第一子が生まれたら、自分に連絡をしてほしいと」
それって、俺や香苗達をこっちの世界へ送ったあいつも言っていた事じゃないか。
やっぱりダンジョンキングには、俺達が知らない何かを知っているのか?
「ザラーヌ様は、何故そのような事を?」
「分からん。聞いたのじゃが、はぐらかされてしまった」
あいつも教えてくれなかったし、一体どんな秘密を知っているんだ。
ポイントは第一子だけど、それだけじゃ予測も想像もできない。
「……ヒイラギよ、お主はこの件について知っていたのか?」
えっ?
「どうしてですか?」
「今の話を聞いて、何か考え込んでおったじゃろう。何か心当たりでもあるのか?」
さすがは年の功、見破られたか。
別に素直に話さなくてもいいんだけど、そしたらエリアスが余計な心配をしそうだから話しておこう。
「実は以前にですね」
夢の中で悪魔っぽい男と再会した時のことを二人へ伝える。
元クラスメイト達の詳細は省き、ダンジョンキングと同じことを言われたこと、生前のそいつは元ダンジョンキングだったこと。
要点であるその二点を伝えるとオバさんは顎に手を当てて考え込み、エリアスは首を傾げた。
「ひょっとするとじゃが……」
何かに気づいたのか、考え込んでいたオバさんは俯き気味だった顔を上げた。
「ダンジョンキングには、代々受け継がれている何かがあるのではないか?」
「代々受け継がれる何か?」
「それが知識なのか特別な秘密なのかは分からん。だが、そうでなければ説明がつかん」
確かに。元も含めて、二人のダンジョンキングが同じ事を言っている。
けれどそれに関する知識を、エリアスどころかオバさんですら持っていない。
つまりは、ダンジョンキングだけが知りうる何かがあるんだ。
前にあの悪魔っぽい男に言われた時も同じような疑問を持ったけど、今回ので確信に変わった。
ダンジョンキングは称号だけじゃなく、何かを受け継ぐための証なんだ。
だけど、それが何なのか分からない。
「分からんことを、こうして考えても仕方あるまい。その時が来るのを待つしかないの」
「そうですね」
「はい」
「というわけで、元気な孫を期待しておるぞ」
最後にニンマリ笑ってそう告げられた。
こういう素早い切り替えも、年の功ゆえの技と思えるよ。
「ま、孫……」
そんでエリアスは孫って単語に真っ赤になっていた、可愛い。
「さてと。ここからは単純に我が気になって尋ねる事じゃが……あの時に連れていた魔物達は何じゃ?」
オバさんの表情からにこやかさが消えて、真剣な顔つきになった。
誤魔化されはしないぞと訴えてくるような目力に、背筋がゾクリとする。
「それと、あのドラゴニュートのような魔物が使っていた剣についても、是非尋ねたいの」
……これは駄目だ、とてもじゃなけど誤魔化せる気がしない。
だったら、下手な誤魔化しは無用だ。
「言えません。うちのダンジョン運営に関わることなので」
誤魔化せないなら黙秘を貫くだけだ!
「あれだけ表に出しておいてか?」
「言わなければ、なんとでもなりますよ。表に出した以上は知らぬ存ぜぬはできませんけど、語らぬはできますから」
どれだけ問い詰められようとも、言わずに情報を隠し続ければどうにかなる。
いくら親族になるオバさんとはいえ、うちのダンジョンの極秘事項を教えるつもりは無い。
「我にも言えぬか?」
オバさんからの圧力が増した。
けど怯むものか、俺だってもう一国一城の主なんだ。
「言えません」
声を振るわせつつも、自分の意思をはっきりと伝える。
例え何と言われようと、文句は言わせない。
「ほう?」
たったその一言しか発していないのに、オバさんからの圧力が変わった。
力づくで押し込んでくるような圧力だったのが、鋭く体を切り裂いていくような研ぎ澄ました圧力になった。
でも負けるもんか、今にも倒れそうだけど引いたら負けだ。
黙ってオバさんと睨み合い、空気に付いて来れないエリアスはオロオロしている。
目だけでも今すぐ逸らしたいのを堪えて、引くまいと気合いを入れて耐える。
気張って前を見ろ、でないと圧力に呑まれるぞ。
「……ふっ。はははははっ!」
な、なんだ? 急に笑いだし……あっ、まさか俺、からかわれてたっ!?
「なかなかダンジョンマスターらしい顔つきになったではないか、ヒイラギ」
「……それはどうも」
「その目つき以外はまだまだ甘さが見えるが、出会った頃に比べればずっといい顔つきになりおったな」
からかわれていた、というよりも試されていたって感じだな。
なんとか堪えられて良かった。
「さすがはエリアスが見初め、我が見込んだ男じゃわい」
見込まれていたのか?
いや、単に後付けだろう。
エリアスに見初められたって点は……否定できない、というより否定したくないな。
「さてと、聞き出せぬ以上は潔く引くかの。邪魔したな」
「いえ、お構いできなくてすみません」
「なぁに、気にするな」
満足気な顔で引き上げるオバさんを見送り、司令室へと入る。
ちょうど冒険者がフロアリーダーの間に入っていて、スカルウルベロスと戦っていた。
相棒のボーンベアタウロスが死んでどうかと思っていたけど、普段通りに冒険者達と戦っている。
どうやら問題は無いようだな。
「マスター。会談中にデッドリー・マンティスコーピオンの戦闘がありました。これが詳細です」
リンクスが差し出してきた報告書に目を通していく。
「うん、よくできてるな。ありがとう」
直に見られなかったのは残念だけど、報告書がよくできていて戦闘の様子がよく分かる。
「ご主人様。スカルウルベロスと戦闘していた侵入者達が、帰還石で地上へ離脱しました」
「分かった。スカルウルベロスはサイクロプスパンダと交代させて、休憩させろ」
「了解」
戦闘終了を告げたフェルトに指示を出し、フロアリーダーを交代させる。
スカルウルベロスはまだ戦えるって素振りを見せているけど、俺から呼びかけて交代させた。
どうやら戦いの最中は冷静でも、気持ちの面ではまだ冷静になりきれていないようだ。
もうしばらく注視が必要かな。
「主様。次世代部隊の何体かがスキル習得の兆し有りです」
「確かラーナの手が空いていたな。解析で調べさせて、詳細を教えてくれ」
「承知しました」
さすが、子供は成長が早いな。
次世代部隊はいわば、将来の幹部候補生。
今のうちにじっくり鍛え上げれば、召喚してから鍛えたのに比べて強くなるだろうし、スキルの熟練度も高くなる。
ひょっとすると、今確認できている進化形態よりもさらに進化するか、別形態へ進化する可能性だってある。
本当、子供の未来は無限大だよ。
「ヒイラギ様、次世代部隊はどんな魔物に育つのでしょうね」
ワクワクしている素振りを見せるエリアスがやたら可愛い。
でも落ち着け、ここは職場で今は仕事中だ。
可愛がるのは休憩中まで我慢しろ。
「これ、ローウィと話し合った次世代部隊育成についての資料な」
「拝見します!」
差し出した資料を掻っ攫うように受け取ったエリアスは、黙々と目を通していく。
その様子を眺めていたら、途中で読む動作が止まって顔を上げた。
「すみません。この特定の食物摂取による、新たなスキルや能力を習得できるかの実験というのは?」
ああ、それか。
「まだ実験段階で確証は得ていないけど、こういう事をやっている」
資料にある詳細ページを開き、そこに書いてある内容を解説する。
これは魔物に特定の物だけを食べさせ、それによるスキルや能力が習得が可能なのかを調べる実験で、現在はミストスライムに毒物を食べさせている。
「えっ? 毒を食べさせているんですか?」
説明した内容にエリアスが戸惑う。
毒物をわざと与えているんだから、戸惑うのも無理はないか。
「大丈夫だ、致死量は与えていないから」
「致死量?」
そう、どんな毒物であろうと致死量に至らなければ、少なくともすぐに死ぬことは無い。
昔の外国の貴族や日本の忍者は、極少量の毒をわざと摂取して毒を体に慣らし、毒殺を防いでいたっていうのを漫画で読んだ記憶がある。
同じように、毒を含む植物を食べたことで体内に毒を蓄えた虫とかもいるらしい。
今回の実験で着目したのは、体内に毒を蓄えたっていう点だ。
「死なない量の毒を毎日与えて、ミストスライムの体内に毒を生成できないかって思ってな」
そしてその毒が混ざった霧を発生させることができれば、ダンジョン内を毒の霧で満たせるかもしれない。
もしも成功したら、毒に耐性のある魔物と毒の霧を発生させるミストスライムだけを配置させて、毒の霧が充満している階層を作ろうと考えている。
「でも、毒は毒ですよね? 大丈夫なのですか?」
「一応ユーリットにも協力してもらって、毒性の強さや量を調整してもらっている」
ユーリットに説明した時は驚かれたけど、こればかりは医学なり薬学なりの知識が無いとできない。
しかも時間が掛かるから、将来を見据えた次世代部隊でないと時間が惜しい。
「成功するか否かは、しばらく様子を見てからだな」
「ところで、この毒の霧が上手くいっているかは、どうやって確かめるんですか?」
「こればかりは育成スペースって訳にはいかないから、ダンジョン内だな」
毒の霧が発生できているかだけでなく、侵入者に効果があるのかを確かめる必要もあるしな。
「なるほど、分かりました。ありがとうございます」
「どういたしまして」
「主殿、お話の最中に申し訳ありませんが、ラーナさんに解析してもらった結果を持ってきました」
おっ、できたか。
ローウィが持って来た資料に目を通すと、確かに何体かの魔物に新たなスキルを習得する兆しがあった。
だけど肝心のミストスライムにはその兆しが無く、能力に変化も無い。
まあ、焦らず気長にやるしかないか。
「よく分かった。今後も次世代部隊の訓練を頼む。ただし、無理はさせるなよ」
「承知しました!」
「……あと、張り切り過ぎて熱くなるなよ」
「分かっています!」
とか言って全力ダッシュで育成スペースに向かう辺り、どうにも今の返事を信じられない。
後でちょっと様子を見に行っておこう。
「おいフェルト、交代だ」
「もうそんな時間ですか。お願いします」
交代に来た香苗がフェルトと代わって席に座る。
いつの間にそんなに時間が経っていたのか。
ということは、俺もそろそろ後退の時間かな。
「マスター、さん。交代します、ので、休憩、どうぞ」
やっぱり来たか。
「頼むぞ、アッテム。何かあったらすぐに呼べよ」
「はい」
さてと、育成スペースを見に行くか。
不安が現実になってなきゃいいんだけど……。
そう思いつつ扉を開けた向こうには、訓練に励む次世代部隊の魔物達と――。
「ほらそこ! ペースが落ちていますよ! 手拍子に合わせて、ハイッ、ハイッ、ハイッ!」
ゴブリンやオークやバイソンオーガの前に立ち、早い手拍子に合わせて武器を振らせているローウィの姿があった。
付近にはぐったりしたナイトバットや各種スライムやキラーアントとかの姿もある。
「ヒイラギ様、どうぞ」
額に手を当てて溜め息を吐いていると、エリアスがハリセンを持ってきてくれた。
「サンキュ」
何をしたいか察してくれるとは助かる……なっ!
育成スペース内にハリセンの一撃による音が響き、ローウィが頭を抱えて蹲る。
注意を促したのに守らなかったんだから、全面的にこいつが悪い。




