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第42階層 異世界っぽい展開だけど、これはない

涼「これ、ただひたすらヤバイって」


 闘技場の観客席から外への通路へ入り、一秒でも早く外へ出るために走る。

 周囲にいる大勢の人々も外へ逃げようと必死で、その流れに乗って移動を続ける。

 右手にはエリアスの手を、左手にはローウィの手を、はぐれないようにしっかりと握ってどうにか外へ出た。

 間髪入れず轟音が響いたから振り返ると、高い闘技場の壁に巨大な骨の手が添えられており、重みで壁に亀裂が走っている。

 それを見た周囲の人々は悲鳴を上げて、とにかくその場から遠くへ逃げようと走り出す。


「ヒイラギ様……」


 不安な表情をしたエリアスが腕にしがみつき、ローウィも不安を隠せていない。

 そして巨大な骨の手の主はその巨体を壁の上へ晒し、俺達の眼前へ現れた。


「ウアァァァァッ!」


 本来なら動くはずがない、巨大な龍の化石が動いて咆哮を上げる。

 どうしてこんな事なったんだ。

 全てのきっかけは、数日前の出来事だった。




 ****




 この日は農場の皆がやって来て、現状報告と当面の生活費の受け渡し、今後についての打ち合わせをしていた。

 その最中、ダンジョンギルドへ売却に行っていたラーナが珍しく慌てた様子で帰って来た。

 何事かと尋ねると、これまた興奮しながら教えてくれた。


「拡張工事をしている採掘現場で化石が見つかったんです! しかも龍種ですよ、龍種!」


 ラーナの発言に、この場にいるダンジョンタウン出身者の表情が驚きに包まれた。

 何だ? 龍種の化石が見つかると、何かあるのか?

 確かに化石の発見は大きな出来事だろうけど、そんなに驚くことか?


「どういうことなんだ?」

「アンデッド系の魔物を扱うダンジョンにとって、化石はとても重宝される素材なんです」

「うちもそうですが、アンデッド系の魔物を扱うダンジョンには、必ず死霊魔法の使い手がいます。そして化石もまた骨ですので……」


 ああ、なるほど。化石に死霊魔法を使って魔物を生み出そうってことか。


「しかも骨や死体を使うよりも化石を使う方が、遥かに高い能力を持つアンデッド系の魔物を生み出せるんです。しかも必ず固有スキルを持ってですよ!」


 普段は冷静なラーナが力説している。

 なるほど、確かにアンデッド系の魔物を扱うダンジョンにとっては、大きな出来事だ。

 召喚のために魔力を消費することなく、強力な魔物を手に入れられる大チャンスなんだから。


「で、その化石はどうなるんだ?」

「化石を欲しがる方は多いので、一旦ダンジョンギルドが買い取って応募者による抽選を行うんです」


 アンデッド系を扱うダンジョンならどこでも欲しがるから、公平に抽選で選ぶのか。

 競売だと資金難のダンジョンは入手できないもんな。


「ちなみにギルドが一旦買い取った際のお金は、当選者に手数料込みで請求されます」


 金はきっちり回収するのかよ。しかも手数料込みで。

 ということは、そこが応募するかしないかの分かれ目だな。


「ヒイラギ様、応募なされますか? 応募は今日から開始で、締め切りは明々後日です」


 どうするかな。

 正直言えば、興味はあるけど食指が動かないって感じかな。

 俺がアンデッド系を扱っているのは、召喚用に魔力を消費することなく量産できる手段があるからってだけで、そこまでアンデッド系に拘っていない。

 このダンジョンを守るという意味では、戦力強化のために必要かもしれない。

 だけど抽選である以上は必ずしも当たるって訳じゃないし、いくら請求されるのかも想像がつかない。

 いくら戦力強化のためとはいえ、値段が不明の物に手を出すのは怖い。


「いや、今回は見送る」

「えぇぇぇぇぇ」


 魔物に強い関心を持つエリアスが露骨にがっかりした。

 龍種の化石からどんな魔物を生み出すか興味があったんだろうけど、今回は諦めてくれ。


「そうですか。では、抽選会は見学に行きますか? 応募者でなくとも見学はできますし、実物の化石も見られますよ」

「それは行こう。どんな化石なのか気になる」


 野次馬根性かもしれないけど、誰が入手するのかも含めて気になる。


「承知しました。巨大な龍種の化石ですので、抽選会の会場は闘技場になるようです」

「分かった。その日は予定を入れないようにしよう」

「そのように致します」


 それにしても、龍種の化石か。

 恐竜の化石なら博物館で見た事があるけど、龍の化石は異世界ならではだな。

 しかし、化石だとより強いアンデッド系を生み出せるのか。

 化石は加工品じゃなくて自然にできるものだから、「異界寄せ」で召喚できるか試してみようかな。

 上手くいけば戦力の強化が見込めるし、駄目だったとしても損害が出る訳じゃないから問題無いし。


「あの、ヒイラギ様。打ち合わせの続きをしませんか?」


 おっと、そうだった。まだ打ち合わせの最中だったんだ。

 エルミに促されて打ち合わせを再開し、収穫して販売するまでの話を詰める。

 中止になった養蜂用のスペースは耕して、五種類目の異世界野菜を栽培することになった。

 何を栽培するかはまだ決まっていないけど、俺が決めていいことになったから後で考えておこう。


「じゃあ今日はここまでにして、昼飯を食って帰れ。この前、一緒に外食へ行けなかったからな」

「何を食べさせていただけるんですか!」


 食うのが好きなヴィクトマが激しく反応した。

 そんなに身を乗り出すな、ただでさえデカい胸が強調されて、ガルべスとバリウラスが視線を外してはチラ見を繰り返してるぞ。


「ごちそうになるったい」

「私なんかがそんな、恐れ多いです」


 いつも通りマイペースなネーナはともかく、エルミは遠慮しすぎだって。

 ヴィクトマとエルミ、足して二で割るぐらいがちょうどいいんだけど。


「ありがとうございます」

「すみません、お世話になりっぱなしで」

「……ありがと」


 少し丸くなってくれたエミィだけど、まだ警戒心が少し残っている。

 まあ、慌てずにじっくりゆっくり少しずつ警戒を解いていこう。

 この日は他にこれといった出来事も無く、いつも通り仕事をこなして終わった。




 ****




 化石が発見されたと言う一報から三日が経ち、抽選会当日を迎えた。

 イーリア達に留守を任せ、エリアスとローウィを伴って抽選会場の闘技場へ向かう。

 入口には同じ見物客が大勢おり、係員による誘導が行われている。


「凄い人ごみだな」


 正直、見物客がこんなにいるとは思わなかった。


「化石は滅多に見つかるものじゃありませんからね、見たいっていう人は多いんです」

「当選者が決まると、その方のダンジョンへ運ばれてしまいますからね。関係者以外が見られるのは、抽選会の時だけなんです」


 なるほど、それでこんなに人がいるのか。

 ということは、抽選会の見物に来たのは正解だったかな。

 そんな事を考えながら、何気なく見物客とは別の入り口へ誘導されている人達がいた。

 やけに真剣な表情をしているのと、ダンジョンギルドで知り合いになった人が何人かいるから、今回の化石獲得に応募した人達かな。


「おや、お前達も来ていたのか」


 知った声に振り向くと、リコリスさんを伴ったオバさんがいた。


「お母様。お母様も見に来られたんですか?」

「うむ。アンデッドは扱っておらんが、どのような化石か興味があってな。それと、誰が入手するかも……むぅ」


 応募者用の入り口の方を見たオバさんが、難しい表情を浮かべた。

 誰を見てその表情を浮かべたのかとそっちを見たら、不安そうな表情をしている同伴者を何人も連れた、目が血走っている派手な格好をした鬼族の中年女性がいる。


「あの人がどうかしたんですか?」

「奴の名はアグリといってな、落ち目のダンジョンマスターじゃ」


 会場に入りながらオバさんの話を聞くと、あのアグリって人はここ数年赤字運営が続いているらしい。

 原因は副業の失敗で、その借金が運営を圧迫しているところへ、追い打ちをかけるようにダンジョンの運営も悪化。

 ここ最近は借金の利息も碌に返せていないほど、運営が切羽詰まっているそうだ。


「それなのに応募したんですか?」


 資金難なのに、どうやって化石の代金を払うつもりなんだ。


「なんでも、そのために大借金をしたそうじゃ。例の化石を手に入れ、強力な魔物で冒険者を呼び込もうとでも考えておるんじゃろう」


 果たしてそう上手くいくだろうか。

 前にイーリアから指摘されたように、強力な魔物は侵入者の減少に繋がる。

 俺の場合は幸運にも「従魔覚醒」の影響なのか、取れる素材の質が高いから侵入者が来てくれているけど、そうでもない強力な魔物が一体で侵入者を呼び込めるだろうか。

 切羽詰まって、判断に支障をきたしていると思われても不思議じゃないぞ。


「そんな簡単にいきますかね」

「いかんじゃろう。奴は悪い意味で、あまり物事を深く考えんからな」


 同伴者達が不安そうにしていたのは、それが原因だろうな。


「もしも当選しなかったらどうなるでしょうね?」

「バカな事をしでかさないことを願うのじゃ」


 激しく同感だと思いながら、適当な客席に座る。

 応募者達は闘技場の中心付近に設置された椅子に座り、抽選の時を待っている。


「しかし、単にアグリが外れるだけならともかく、もしもあやつが当選したらどうなるか」


 そう言ってオバさんが指差したのは、応募者達の席で右端に座るラミアの中年女性。

 こちらは落ち着いた雰囲気と服装をしており、同伴者達も和やかな雰囲気をしている。

 でも、どうしてあの人が当選したらアグリって人に影響するんだ?


「あやつはアグリとは子供の頃からの付き合いで、幼い頃から何かと張り合っていたらしい。ただし、アグリが一方的にな」

「なんですかそれ」


 相手にとってはいい迷惑でしかないだろ、それって。


「年も同じ、ダンジョンマスターを継いだのも同じ年。ところが片や運営が傾き、片や大儲けとはいかないがそれなりに儲けておる」


 対抗心を燃やしている相手との差が開いているって訳か。

 そりゃ何をするか分からないな。


「刃傷沙汰とか起きませんよね?」

「大丈夫じゃ。応募者間でそういう事が起きないよう、持ち物検査や身体検査は厳重に行われておる。さらに安全対策として、会場には一時的に魔法封じと戦闘スキル封じが施されておるし、決闘士と警備隊が警備についておる」


 そこまで厳重にするってことは、過去に何かあったのかな。

 それが刃傷沙汰なのかは分からないけど、無理に知る必要はないから追及しなくていいか。


「あっ、さっきの人が」


 ローウィの指摘に応募者の方を見ると、アグリって人が会場入りしてラミアの女性を見つけ、嫌悪の眼差しを向けて空いている席へ座った。

 あれは確かに、何かやりそうな雰囲気だ。


「何事も起きないといいな」

「そうですね」


 隣に座るエリアスが返事をしたタイミングで、最後の応募者が入場して席に着いた。

 すると端の方に控えていた作業着姿のドワーフと、ハンディルのおっさんが応募者達の前へ進み出る。

 オバさんによると、作業着姿のドワーフは採掘場の責任者だそうだ。

 他にもダンジョンギルドの女性職員が、抽選用の箱を持って並び立つ。


「お待たせいたしました。これより抽選会を始めます」


 ハンディルのおっさんの宣言で会場が拍手に包まれる。


「それではまずは、見物客の皆さんも気になっているでしょう。今回抽選の対象となった、龍種の化石を披露します」


 右手を上げて合図をすると壁の一部が開き、巨大な化石が台車を繋ぎ合わせたような物に乗せて運ばれてきた。

 元の世界で見た恐竜の化石より遥かに巨大な化石を前にした見物客から、歓声や感嘆の声が漏れる。


「デ、デカい……」

「うむ。あれほど巨大な化石が見つかったのは、これまでに例が無いのじゃ」


 運ばれてきた龍に翼は無く、飛行せずに四足歩行するタイプの龍みたいだ。

 それにしても、尻尾や角、爪なんかもちゃんとあって欠けている個所が無いように見える。

 あんなに完全な状態となると、値段も相当高いんじゃないのか?

 ダンジョンギルドは、アレをいくらで買い取ったんだ?


「ロウコンさん、アレっていくらぐらいしそうですか?」


 値段を聞いてみたらオバさんは腕を組み、難しい顔を浮かべる。


「かつての記録を踏まえての予想じゃが、おおよそ白金貨千枚はするな」


 うん、やっぱ払うの無理。

 分割にすればできるかもしれないけど、今の収入だと四桁ぐらいの分割回数が必要だ。

 しかもこれに手数料が加わるから、なおさら払える気がしない。

 アグリって人がそれぐらいの額を揃えたとなると、大借金というのもあながち大げさな表現じゃないな。


「ではこれより、抽選を行います。なお、この抽選が仕組まれていない、公正な物であることをここに宣言します」


 ハンディルのおっちゃんがそう宣言し、袖をまくって右手を開いて掲げる。

 会場の全員が見守る中、不正防止用の透明な箱に掲げていた右手を入れ、中にある折りたたまれた応募用紙から一枚を選んで取り出した。

 こういう雰囲気は、応募者側でなくとも緊張する。


「発表します。当選者は……」


 静寂に包まれる中、折りたたまれた応募用紙が開かれた。

 一体誰が当選したんだ。


「アルフィンナさんです」


 当選者の名前が読み上げられると、その人物の同伴者達から歓声が上がる。

 当人も笑顔を浮かべ、同伴者達と握手を交わす。

 見物客達からは拍手が上がって当選者を祝福する一方で、一抹の不安を覚えた。

 なぜなら当選者のアルフィンナさんっていうは、例のアグリって人が一方的にライバル視しているラミアの女性だからだ。

 恨みこそすれど、この場で何もしないよなと思いつつ目を向けると、アグリって人が鬼のような形相でアルフィンナさんを睨んでいた。

 周囲に控える同伴者達はオロオロし、なんとか宥めようとしているようだけど、まるで耳に届いていない。


「大丈夫……でしょうか?」

「さっきも言ったが、会場内では魔法も戦闘用のスキルも封じられておるし、警備隊も決闘士もおる。大丈夫だとは思うが、嫌な予感がするの」


 その予感が外れてくれることを心の底から願う。


「イカサマですわ!」


 突然アグリって人が立ち上がり、イカサマだと言いだした。

 それが真実であろうとなかろうと、いきなりのイカサマ発言に見物客達はざわめく。


「イカサマだなんて……」

「そんなこと、できるはずがありません」


 エリアスとローウィの意見に同意だ。

 抽選用の箱は無色透明だし、ハンディルのおっさんは袖をまくった上、手を開いて掲げてから箱に手を入れた。

 袖や手の中に応募用紙を隠していなかったし、無色透明な箱に仕掛けなんかしたらすぐにバレる。

 だからイカサマなんてありえない。


「その箱を改めさせなさい! きっとイカサマの証拠が残っているはずです!」

「いいですよ。気が済むまで調べてください」


 奪うように箱を手にしたアグリは、中の応募用紙を全て取り出して名前を調べ、続いて箱そのものを調べる。

 だけどいくら調べても、不正の証拠なんて出てこない。


「どうです? 何もないでしょう」


 まだ箱を調べている様子を見かねて、ハンディルのおっちゃんが声を掛けた。

 周囲からは冷ややかな視線がアグリへ向けられ、彼女の同伴者達はとても居心地が悪そうにしている。


「くそっ、くそ! 何でよりによってあいつなんかに!」


 遂には逆ギレして、箱を地面に叩きつけた。

 せっかく珍しい化石が見られたのに、なんか興冷めだ。


「それは、それは私の物!」


 化石に向かって走り出すアグリは決闘士達によって行く手塞がれ、警備隊によって取り押さえられた。

 同伴者達も助けに行かず、ただ成り行きを見守っている。


「よこせ! それを使って私は、あいつを越えるんだ! そして巨万の富を取り戻すんだ!」


 ライバルへの対抗心だけじゃなくて、かつての栄光を取り戻すって野望まで持っていたのか。

 どっちも持っていて悪いものじゃない。でも扱い方を誤ったから、こんな事になったんだろう。


「放せっ、放せぇっ!」


 みっともなく抵抗しても、屈強な警備隊員や決闘士はビクともしない。

 いい加減諦めた方が、今後のためだぞ。

 さっさと借りた金をそっくりそのまま返して、地道にやっていけば挽回のチャンスはあるって。


「そいつを追い出せ!」

「「はっ!」」


 隊長っぽい人の命令で、両側から押さえつけていた二人の警備隊員によってアグリが連れ出されていく。

 これで騒ぎは全部終わったと思っていたけど、オバさんの感じた嫌な予感はここからが本番だった。


「くそっ、くそっ、こうなったら!」


 連れ出されようとしたその時、アグリの体が大量の魔力に覆われていく。

 魔法は使えないはずなのに、何をしようっていうんだ。


「くっ、くくくくっ! もう何もかも、どうでもいい! あいつも借金も、この町さえも全て潰してやる!」


 不穏な叫びを上げたアグリの目は完全にイッている。


「ああぁぁっぁぁぁぁぁっ!」


 悲鳴にも似た絶叫と共に、アグリの体から魔力の塊が上空へ飛んで行く。

 アグリの体は崩れ落ち、支えていた警備隊員が呼びかけても反応が無い。

 でも今は、それどころじゃない。なんだ、あの魔力の塊は。一体何をしようとしているんだ。

 空中に上がった魔力は、化石へ向けて一直線に落下してきた。


「止めろ!」


 隊長らしき人の命令で警備隊と決闘士が集まって壁を作り、武器を構える。

 しかし魔力は武器どころか人の壁さえもすり抜け、化石に命中した。

 ところが化石は破壊されず、命中した魔力が化石を包んでいく。


「なんじゃあれは。奴は何をしたんじゃ」


 観客席はざわめき、ハンディルのおっさん達と応募者達、その同伴者達は出入り口付近まで退避して警備隊と決闘士達に守られている。

 そして俺達の目の前で、ありなえい事が起きた。

 魔力に包まれた化石の肋骨の中に、見覚えのある赤い結晶が形成されていく。


「魔心晶じゃと! バカな、死霊魔法とて戦闘用の魔法に分類されておるから、スキル封じによって使えぬはず! そもそも、何故ダンジョンタウン内で使えるのじゃ!」


 そう、化石に魔心晶が宿った。

 通常ダンジョンタウン内に魔物は連れ出せず、魔物を生み出せる死霊魔法も町中では発動させることができない。

 それなのに化石が魔物化したことにより、客席の見物人達は悲鳴を上げながら逃げ出した。 

 応募者達も逃げ出し、闘技場に多くの悲鳴が木霊する。


「あははははっ! 見たか、これが私の固有スキル、死者転生! 自らを死者として、別の死者へ乗り移って蘇生させる。死者をアンデッドとして蘇らすのではない、私の命をこの化石の命へと生まれ変わらせたのだ」


 元の世界の物を召喚できる俺が言えることじゃないけど、そんな固有スキル有りかよ!

 でも、これでやっと分かった。

 アグリが使ったのは自分自身を生まれ変わらせるスキルで、戦闘用のスキルじゃない。

 だからスキル封じの影響を受けなかったのか。

 おまけに死霊魔法でもないから、ダンジョンタウン内にも関わらず発動したのか。


「こんな化け物になってしまったが、構うものか。全てを滅ぼすには都合がいい!」


 叫びと共に化石の目に光が灯り、遂にアグリが転生した龍の化石は動き出した。


「逃げろ! とにかく外へ走るのじゃ!」


 オバさんの叫びでエリアスとローウィの手を握り、出口へと走り出す。

 出口には人が殺到していて、誘導しようとしている人でさえ、現状に慌てて早く行けと繰り返すだけ。

 人ごみは押し合うように前へと進み、早く進めと前の人の背中を押している人もいる。

 俺達も最後尾に並ぶけどなかなか進まず、後ろからはさらに人々が押し寄せてパニックが広がっていく。

 そうしている間にも魔物と化したアグリは、大きな足音を立てながら観客席へと近づく。

 まだ体に慣れていないのか動きはぎこちなく、歩みも遅い。

 スキルが封じられているからか、警備隊員も決闘士も迂闊に近づこうとしない。

 逃げないのは彼らなりの意地なんだろうけど、全員の顔色が青く腰が引けている。


「ち、ちくしょう! こんな魔物なんかに!」

「バカ、やめろ!」


 自棄になったのか、数人の決闘士が制止を振り切って突っ込んだ。

 動きが鈍いアグリの右前足に武器を振り下ろすけど、化石に当たった武器の方が折れてしまう。


「邪魔だっ!」


 アグリにとっては軽く前足で払った程度の動き。

 けれどそれを受けた決闘士達は、大型トラックか重機にでもぶつかったように吹っ飛び、地面に叩きつけられて転がっていく。

 それによって、距離を取っているだけの警備隊と決闘士達の腰が余計に引け、遂には恐怖に負けて蜘蛛の子を散らすように逃げだした。


「ヒイラギ様!」

「分かってる!」


 ようやく入れた通路の中を、走って走ってひたすら走って逃げる。

 周囲にいる大勢の人々も外へ逃げようと必死で、その流れに乗って移動を続ける。

 右手にはエリアスの手を、左手にはローウィの手を、はぐれないようにしっかりと握ってどうにか外へ出た。

 間髪入れず轟音が響いたから振り返ると、高い闘技場の壁に巨大な骨の手が添えられており、重みで壁に亀裂が走っている。

 それを見た周囲の人々は悲鳴を上げて、とにかくその場から遠くへ逃げようと走り出す。


「ヒイラギ様……」


 不安な表情をしたエリアスが腕にしがみつき、ローウィも不安を隠せていない。

 そして巨大な骨の手の主はその巨体を壁の上へ晒し、俺達の眼前へ現れた。


「ウアァァァァッ!」


 闘技場を乗り越えて外と出ようとしている、怪物と化したアグリが咆哮を上げて姿を現す。

 今俺は、これまでで一番異世界っぽいファンタジーな光景を目の当たりにしている。

 感動なんて欠片も無い、最悪な展開で。


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