第13階層 絡んでくる奴が大抵小物なのは、テンプレなのか?
香苗「涼の作る飯が母さんより旨いって伝えたら、母さんがメッチャ落ち込んだ」
予想外の再会をした夜勤を終え、仮眠と軽食を済ませた後の午後。
留守をイーリア達に任せ、マジックバックを背負ったリンクスと香苗達三人と一緒にダンジョンギルドへ向かう。
目的は昨夜に入手した品の売却と、香苗達を俺のダンジョンで働く奴隷として申告するためだ。
「おぉぉ……。地上よりこっちの方がファンタジー」
様々な亜人が行き交う様子に戸倉が感激している。
地上には亜人がいないっていう話だから、その反応も無理はないか。
「わっわっ、獣耳尻尾やエルフやドワーフがいっぱい。あっ、あれはなんて種族かしら?」
地上に亜人がいなかった分、先生のはしゃぎ具合が半端じゃない。
ある意味、俺よりも先生の方がこっちへ来るべきだったんじゃないだろうか。
「なぁ、なんか魔物みたいなのがいるんだけど……」
小声で話しかけてきた香苗が指摘した人を見ると、先祖返りした狼人族の人がいた。
見た目は狼男のイメージそのままだから、魔物と勘違いしても仕方ないか。
そう思いつつ、先祖返りのことを説明して心配無いことを伝えておいた。
「へぇ、そういうのもいるんだな」
「うんうん、そういうのもファンタジーっぽくていいわね。でも町並みは地上と似た感じなのね」
「地底都市なのに明るいのは不思議」
三人の反応を見ていると、ここに来た頃の事を思い出すな。
最初はどうなることかと思ったけど、今では楽しく暮らしている。
食べ物はそれなりに美味いし、生活水準もそんなに低くないし、経済的な金の循環もちゃんと行われている上に、娯楽だってなくはない。
前に入りかけた歓楽街や、決闘士っていう職業の亜人や奴隷を戦わせて見世物にする闘技場、遠い昔にここへ来た異世界人が広めた賭博場まである。
「他のエリアもこんな風なの?」
「何かしらの特徴を持ってるエリアがあるのは、聞いたことがあるな」
聞いた話だと、第三エリアは様々な博打が楽しめギャンブルタウンで、第七エリアは多種多様な嗜好を満たせる色町、第八エリアは塩の最大産地だったっけ。
行ってみたいけどエリア間を移動するには手続きが必要だし、そもそも行くための時間が無い。
「行った事ねぇのかよ」
「ダンジョンの準備で忙しかったからな。定休日の一日だけじゃ、隣のエリアに行くのが精一杯だ」
ダンジョンタウンの区分けは中心にある中央部を基点に円状に広がり、それを平等な面積で十二分割して分けられている。
そのため中央部を通ればどこのエリアにも行けるけど、中央部には各エリアの代表とかが集まって会議をしたりする施設もあるから、通過するだけでも厳しい審査が必要になる。
正直、それを受けてまで通るつもりは無い。面倒だから。
「観光地とか無いの?」
「先生は地底都市に何を求めているんですか?」
「んんっと……。元の世界には無い何か?」
だとしたら、ここの存在自体がそうだろう。
亜人はいるし、魔法はあるし、奴隷制度もある。元の世界には無い物だらけだ。
「地上にいた頃に行ってくださいよ、そういう場所は」
「だってぇ、お仕事忙しかったんだもん。お金もそんなにないし」
無一文どころか借金から始めるしかなかった俺に比べれば、随分とイージーだけどな。
その借金も、換金が終われば返済できる。
しかも後々税金として持って行かれる額を引いても、結構な金額が手元に残る。
やばい、自然と表情がニヤケそうだ。
「金の魔力って凄いな」
「えっ?」
小声で呟いた一言にリンクスが反応したけど、なんでもないと返しておいた。
ただ、その時に見せた首を傾げる仕草に、香苗と戸倉が悔しそうに負けたとか言っている。
先生は……ハアハアしながら目を輝かせているから、見なかったことにしよう。
とかなんとかやっているうちに、ダンジョンギルドへ到着した。
「ここがダンジョンギルドです」
ギルドの前で止まって紹介すると、香苗達は揃って建物を見上げる。
こっちにある建物の中じゃ大きい方だけど、地上と比べるとどうなんだ?
「へぇ、冒険者ギルドといい勝負じゃんか」
「運搬ギルドより大きい」
「私の勤めていたお店の規模じゃ、話にならない大きさね」
香苗と戸倉はともかく、先生は比べること自体が間違ってないか?
雑貨店とギルドの大きさなんて、比べるまでもないだろう。
そんな事を考えながら中へ入ると、人が少ないことが多い午後には珍しく混雑している。
時間がかかりそうだから受付だけ済ませて整理券の木札を受け取り、空いている席に座った。
リンクスはマジックバックを下ろして隣に座り、香苗達は奴隷だから傍らに立たせる。
本当は座らせたいけど、奴隷はちゃんと奴隷として扱っているのを周囲へ示すためには座らせられない。
立場上、こういうのを気にしなくちゃならないのは面倒だけど、これがこっちの当たり前だから軽視や無視をする訳にはいかない。
「なぁ、あいつらはどこに連れて行かれるんだ?」
香苗の指摘した方向を見ると、奴隷の服と首輪をした人間の男女が職員三人によって奥へ連れて行かれていた。
「地下にあるっていう、奴隷用の牢屋だろ。そこで奴隷商に売られるのを待つのさ」
「……ギルドで堂々と奴隷を扱うなんて、冒険者ギルドには無いありえなさだな」
それがダンジョンギルドなのさ。
ダンジョンから得た物なら、人間であろうと扱うんだよ。
「こんにちは」
会話をしている最中、聞き覚えのある声で挨拶されたから振り向くと、チャイナ服のようなスリット入りの服装をしたラーナがいた。
ていうか、普段は長ズボンだったから気づかなかったけど、めっちゃ美脚だ。
スラッと引き締まったいい脚を覗かせるスリットの方へ、思わず視線が固定されそうになる。
「どうも。そちらも売却ですか?」
視線を脚へ固定したい気持ちを抑えて冷静に対応しているつもりだけど、大丈夫だよな?
邪な心が顔に出ていないよな?
「はい。お隣よろしいでしょうか?」
「構いませんよ。どうぞ」
許可を出すとラーナはリンクスの反対隣に座った。
近くで見ると美脚なのがより分かって、無暗に視線を下へ向けられない。
「運営の方はいかがですか?」
「多少人が来たんですが、外へ逃がした人からどう伝わっているかが気になりますね」
「我々は外部に出れませんから、地上への広報活動は悩みの種の一つです」
「ダンジョンの広報活動ねぇ……」
元の世界でならネットやマスコミを利用するんだけど、当然ながらこっちの世界にそんなものは無い。
そもそも地上への宣伝方法が、侵入者を逃がすことでしか行えないのが厳しいって。
前に逃がした狩人と冒険者ギルドのギルドマスターは、ちゃんとうちのダンジョンを宣伝してくれているかな?
「ところで、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
ラーナの視線が香苗達に向いている。
彼女のダンジョンには大和田が買われているし、髪と目の色から気付いたか?
「後ろの方々は、ひょとして同郷の方々ですか?」
周囲の耳を気にしてか、わざわざ小声で尋ねてきた。
下手に騒ぎになったら大変だから、気を遣ってくれたのかな。
その心遣いに感謝します。
「はい。よく気付きましたね」
「ヒーラギ殿とオーワダと同じ髪と目の色をしているので、もしやと思いまして」
やっぱりか。
こっちへ来てから黒い髪と目は俺達以外で見たことが無いから、気づくのも当然だな。
おっと、リンクスや香苗達が怪訝な表情を向けている。
変な誤解をされる前に紹介しておくか。
「そうだ、紹介しよう。彼女はダンジョンマスターピッグンさんの下で護衛見習いをしている、ラーナだ」
「お初にお目に掛かります。ラーナと申します」
俺の紹介でラーナさんが起立して頭を下げると、リンクスも起立して頭を下げる。
「初めまして。マスターの下で働かせて頂いています、インキュバスのリンクスです」
奴隷の香苗達よりも先にリンクスが自己紹介をする。
すると、周囲にいる数少ない男達が驚愕の表情を浮かべていた。
おそらくはリンクスを女と勘違いしていた連中だろう。
そしてラーナも、リンクスの性別を知って驚いている。
「インキュバス? ということは男性?」
「はい。バリッバリの男です」
そう答えると男達から絶望の声と、嘘だという悲鳴が上がった。
ラーナは目をパチクリさせてリンクスを見ている。
「……負けた」
何に負けたのか分からないけど、がっくりと肩を落として俯いた。
「こんな可愛い男性がいるはずない……」
半ば負け惜しみのように何か呟いている。
でも実際に男なんだよな、こいつ。
さて、次は香苗達を紹介しておこう。
「こっちの三人は右から宮田香苗、戸倉葵、佐藤雫です」
俺の紹介に合わせて、香苗達は黙ったまま頭を下げる。
それに対してラーナは小さく会釈をするだけ。
相手が奴隷だから、紹介された側は声を掛けるようなことはしない。
こればかりは身分の違いによるものだから、こっちの世界では当然の対応だ。
「この方々はどうする予定なのですか?」
「手元に置くつもりです。向こうではそれなりに交流のあった相手なので」
「……他にも意図があるのでは? 同郷ということは、あなたの彼女達の間に生まれるのはそういう子でしょうから」
ああ、それに気づいたか。
仮眠明けでそういう事をイーリアから説明された時は、思わずお茶を噴きそうになったぞ。
しかも当人達は既に了承済みという、後は俺が腹を括れ状態。
そうまでされて断れないはずがないし、香苗達となら嫌じゃないということで了承した。
直後のローウィとアッテムが妻候補、ミリーナも香苗達と同じく愛人候補と聞いた時は本気でお茶を噴いたけど。
「まあ一応、助手から説明されてその件については了承してます」
「そうですか。……いいなぁ」
うん? なんか最後の方が小声で聞き取れなかった。
なんて言ったんだ?
「整理券番号三十七番の方、お待たせしました」
おっ、やっと順番か。
「呼ばれたので、失礼します」
一言侘びを入れて向かった受付にいたのはルエルだった。
今日の用件を伝え、まずは物品の売却からお願いした。
「はい、物品の売却ですね。どのようなお品ですか?」
「今から出します。リンクス」
「はい」
マジックバックから取り出した売却する品をリンクスと協力して並べていくと、最初のうちは笑顔だったのが段々と強張っていき、全てを並べ終えると周囲には人だかりができていた。
「こ、こんなにたくさんどうやって?」
「実はですね」
特に隠す理由は無いから、事のあらましを説明する。
日付が今日に代わった瞬間に起きた出来事、並べた品はその荷車に積まれていた商品と倒した護衛が持っていた武器と防具であること、そしてその時に気絶していた三人を奴隷として手元に置くこと。
これを聞き終えた周囲の反応は、運が良いの一言だった。
これに関しては事実だから、舌打ちされようが嫉妬されようが気にしない。
「で、では、品を確認させて頂きます」
数があるから何人か鑑定スキル持ちの助っ人を集め、手分けして鑑定が始まる。
その様子を見物していると、初っ端から砂糖の壺を開けていた鬼族の女性職員が驚いていた。
「これは、まさか砂糖ですか!?」
『砂糖!?』
職員の声に見物していた野次馬の他、奥で仕事をしていた職員、野次馬達も反応を示した。
「はい。ここの辺りに並べた十二個の壺、中身は全て砂糖です」
一壺足りないのは、女性陣からの必死な訴えで残しておくことになったからだ。
「ここらの壺が全部ですかっ!?」
『おぉぉぉぉぉっ!』
明らかに大金が入る品が大量にあると知り、周囲からどよめきが上がった。
他の品を放置して砂糖の鑑定へ取り掛かる職員達は、真剣な表情で品質や中身が漏れていないか、本当に砂糖なのかを調べていく。
「ちょっと誰か、現在の砂糖の相場を調べてください!」
「は、はい!」
ルエルの指示を受けた職員が奥へバタバタと走って行った。
これらを買い取るとなると相当な額になるから、確認しておきたいんだろう。
いくらになるのか、結果が楽しみだ。
「ルエルさん、お待たせしました」
相場を調べに行った職員がやってきてルエルへ耳打ちする。
他の職員達も集まって小声で打ち合わせをし、代表するかのようにルエルが前に進み出た。
「ヒイラギ様、先に砂糖の買取額だけお伝えします。落ち着いて聞いてくださいね。壺一個につき白金貨八枚、十二個ありますので合計で白金貨九十六枚です」
告げられた金額に周りが大騒ぎし、俺自身も驚いた。
リンクスはポカンと口を開けたまま固まってるし、香苗達も驚きを隠せず困惑している。
「本当、ですか?」
「はい。現在の砂糖の相場でこの量と質ですから、それぐらいになります」
「……凄いな、砂糖」
壺一個分の値段が、予想より白金貨三枚も多いとは。
増えても金貨数枚か白金貨が一枚くらいかと思っていたぞ。
しかもまだ売却品はたくさん残っている。
これらの価値次第じゃ、合計が白金貨百枚に届くんじゃないのか?
「あの、失礼ですが支払いは大丈夫ですか?」
「ご安心ください、ご用意できます!」
自信満々に言い切る姿が頼もしい。
「でしたら、引き続き他の品の鑑定をお願いします」
「承知しました!」
若干興奮さめやらない様子のルエルを中心に、他の品の鑑定も続いていく。
周りも合計でいくらになるのか気になるようで、解散する気配がまるで無い。
やがて全ての鑑定が終わり、明細書に内容を書き記したルエルが結果を伝えるため歩み寄ってきた。
「えぇっとですね……」
「早くしなさいよ!」
「いくらになるのよ!」
野次馬達に急かされながら、唾を飲んだルエルは緊張した面持ちで金額を口にした。
「砂糖が壺十二個で白金貨九十六枚、塩が同じく壺十二個で白金貨六枚、鉄が全部で金貨五枚、生地が……」
順番に告げられる品毎の値段を聞く度に、段々と恐ろしい気がしてきた。
入手した金が多すぎると恐ろしく感じるって聞いた事があるけど、多分それだ。
「合計が……千百二十七万と四千二百フィラ。白金貨百十二枚、金貨七枚、銀貨四枚、銅貨二枚です」
合計が一千万フィラ以上!?
ランキング上位でも高ランクでもない俺が得た金額に、野次馬達から驚きともどよめきとも取れる声が上がる。
金額を伝えたルエルも細かく震えているし、後ろに控えている鑑定を手伝った職員達もこっちを見てヒソヒソ喋ってる。
「どう……なさいますか?」
「ええと……白金貨十枚と金貨、銀貨、銅貨だけください。他は全部口座に振り込みで」
白金貨はオバさんに借金を返す分だけにして、残りは全部口座に入れておく。
あまり大金を持ち歩きたくないし、手元に置いておくと馬鹿な事を考えそうだからこうしておくのが一番だ。
「承知しました。お金を用意しますので、少々お待ちください」
白金貨を百枚以上出さなくて済んだからか、心なしルエルの表情が安堵している。
そりゃあ俺だって、白金貨百枚も出せと言われれば困る。
野次馬は誉め言葉や嫉妬交じりの捨て台詞を残して徐々に解散していき、それが落ち着いた頃にルエルが金を持ってきた。
「こちらがご指定の金額です」
貨幣別に分けられた袋の中身を数えて確認をして、次は香苗達の登録をお願いした。
これは前にフェルトとミリーナでもやったことがあるから、手続きはスムーズに進んでいく。
「では、少々お待ちください」
登録のために奥へ引っ込んだルエルを見送り、椅子に座って待とうとしたら横から声を掛けられた。
「よう、異世界人の兄ちゃん。いくら金が入ったからって奴隷を三人も囲うのか? 一人くらい売ってくれねぇか?」
不愉快さを感じさせる口調で話しかけてきたのは、軽薄そうなケンタウロスの男。
そいつは値踏みするような目で香苗達を見て、嫌な笑みを浮かべている。
「楽しみたいだろうから三人とも売れとは言わねぇ。そっちのメガネのを売りな、出るとこは出ているし、それなりの値段で買ってやるよ」
上から目線で喋っているこいつは奴隷商か?
だとしてもギルドの受付前で堂々と交渉なんて、肝が太いのか馬鹿なのか。
ギルド職員は不愉快な視線を向けているけど、口を挟んでこない。
ということは、明確な違反行為じゃないってことだ。
でも、こんな奴には誰一人として売りたくない。
「黒い髪と目ってのも珍しいし顔も悪くねぇ。そっちの男っぽいのと貧相なのは売れそうにないから勘弁してやるから、そっちのメガネ女を金貨五枚で売れよ」
こいつの狙いは徹底的に先生かよ。
しかもスキルや状態の確認もせず、見た目だけで値段決めやがったぞ。
というか俺が香苗達を手元に置く理由を、完全にそっち方面だと思い込んでやがる。
今朝に聞いた件を了承した以上は完全に否定はできないけど、そういう目的で保護するのを決めた訳じゃないのは本当だ。
「安心しろよ。俺の店はエリア内でも一、二を争う店だ。悪いようにはしねぇよ」
いや、絶対に悪いようにする気だろう。
こいつの先生を見る下種な視線からして、連れて帰る最中に味見とかを考えていそうだ。
それを察しているのか先生は嫌悪の眼差しを男に向け、香苗と戸倉は先生を庇いながら睨みつけている。
というかこんな奴の経営する店がエリアで一、二を争うはずが無い。
何かあくどい事をして、必要以上に儲けているのか?
「余所なら金貨四枚のところを五枚出すんだ、スパッと売ってくれよ」
ポケットから売買契約書を出してきやがった。
何勝手に話を進めてやがるんだ、俺は売るなんて一言も言ってないぞ。
「誰がアンタみたいのに売るか。帰れ」
目の前の男の苛立ちしか覚えない言動に、つい怒りそのままに返してしまった。
「……あぁ?」
反論が気に入らなかったのか、男は上から目線で睨んできた。
威圧をしているつもりなんだろうけど、はっきり言って恐怖のきの字も感じない。
ただ精神年齢の低い馬鹿が、実力以上に粋がっているようにか見えない。
「おい、異世界人だからって何もされないと思っているのか?」
拳を鳴らして脅しているようだけど、やっぱり恐怖なんて欠片も感じない。
どうやら、こいつ自身は単なる小物のようだ。
だとするとエリアで一、二を争うってのも多分裏があるんだろう。
「寧ろ、お前が何もしない方がいいと思うぞ」
「あぁっ! 調子に乗ってんじゃ」
「あああ、あの、ヒイラギ様、よろしいでしょうか!」
激高した男が拳を振り上げようとした途端、登録作業をしていたルエルが割って入ってきた。
「本日登録される三名の奴隷なんですが、お名前から察するに異世界人なんですかっ!?」
ルエルの発言でギルド内の空気が変わった。
香苗達が全員異世界人だという事実が知れ渡り、ギルド内にいる全員がこっちへ注目して小さなざわめきが起きている。
これを利用しない手はないか。
「そうなんです。彼女達は俺と同じ世界から来た知り合いなので、保護する意味でも手元に置くことにしたんです」
肯定した途端にさっき金額を聞いた時以上のどよめきが起きた。
おそらくは今朝にイーリアから説明された件に、周りも気づいたからだろう。
ちなみに俺は説明されるまで気づかなかった。
だってそういう目で見てなかったし、そういう目的で保護した訳じゃないから。
「お知り合いなんですか!? ヒイラギ様と同じ名前の作りだなって思っていたんですが、まさかお知り合いとは思いませんでした!」
興奮した様子のルエルが、受付台から身を乗り出す。
「落ち着いてください。それで、登録の方はまだですか?」
「あぁ、すみません。登録は済みましたので、カードをお返しします」
返却されたカードを受け取って男の方を向くと、口をパクパクさせていた。
香苗達が異世界人だと知って、放心しているんだろう。
ちょっと釘を刺しておこうかな。
「前に耳にしたことがあります。異世界人を買うには、最低でも白金貨五百枚が必要だと」
あえて最低、という点を強調しながら言った。
これは豚が大和田を異世界人だと知った時に言っていた事だから、間違いない。
すると男は睨むような視線を向けてきた。
「それをたった金貨五枚程度で売れだなんて、見る目がありませんね。まっ、そもそもいくら積まれても売る気はありませんけど」
そう言い残してダンジョンギルドを去ろうとすると、男に対する失笑やヒソヒソ話が聞こえた。
中にはあいつに何かされた被害者なのか、よくやったという視線を向けてくる人もいる。
一方で晒し者になった男は、真っ赤になって震えながら襲い掛かって来た。
「この……人間風情がよぶっ!?」
怒りを露にして向かって来た男の攻撃を避けようとした途端、誰かが横を通り抜けて男の顔面を殴った。
殴られた男は床に転げ、顔を押さえて悶えている。
「……は?」
突然の事に呆けながら殴った人物を見ると、筋骨隆々で厳格そうなケンタウロスの男だった。
悶える男を射抜くような目で睨んでいるけど、こいつの関係者か?
「何をしているか、この馬鹿息子が!」
関係者どころか親父だったよ。
突然の事に周囲も呆気に取られ、その場に立ち尽くしている。
その間に警備兵らしき亜人達が雪崩れ込んできて、床に倒れている男を拘束していく。
「お、おひゃひ……なんひゃよ、こりぇ」
顔面を殴られたせいか、上手く喋れていない。
どれだけの力で殴ったんだ、この人は。
「自分が何をしてきたか思い出せば分かるだろう! 違反行為ではないとはいえギルドでの強引な奴隷の仕入れ、大事な商品となる奴隷への暴行と強姦、果ては明細書を誤魔化しての横領! 噂を聞いて全て裏を取ったぞ。うちの店を潰す気か!」
父親の告げた内容に、殴られて腫れた男の顔が青ざめた。
こいつは俺の店って言っていたけど、どうやらいずれは、という前提が付いていたようだ。
実際は父親の店で、こいつはそれを利用していただけの小悪党だったのか。
「貴様はもう知らん。警備隊の皆さん、後はよろしく」
警備隊へ丁寧に頭を下げた父親に、責任者らしき犬耳女性が頷いて男を連行させる。
縛り上げられて連れて行かれる男は騒いだが、あいつを助ける奴は当然ながら誰もいない。
「では、私共はこれにて。それと」
「分かっております。親として店の責任者として、後ほど詰め所に伺わせていただきます」
あんな男の親にしてはしっかりしてるな。
でも、何かしらの罰は免れないかも。
父親の言葉を聞いた犬耳女性は小さく頷き、残っていた部下達と引き上げていった。
すると父親はその場で膝を付き、両手を床について頭を深々と下げた。
「この度は我が愚息が大変失礼致しました。特にギルドの皆様と奴隷を買い叩かれた方々には、ご迷惑をおかけしたことを深く謝罪します」
この後、この場は父親の謝罪会見のような場になった。
ギルドへは迷惑料の支払い、奴隷を買い叩かれた人には相応の補償をすることを約束し、最後にもう一度深々と頭を下げて出て行った。
「なんか……凄い場面に出くわしたな」
「捕まった男は評判の悪さで有名でしたから。謝罪した現店主は、真面目で誠実な奴隷商人として有名なんですけど」
うおっ、いつの間にかラーナが隣にいたし。
「叔父上もお気に入りの店だったのですが、しばらくは営業停止でしょうね。戻ったら叔父上に伝えなくては」
だろうな。
やったのは息子とはいえ、親としても店としても相応の罰は受けるだろう。
つい最近まで高校生だった俺が言うのもなんだけど、それが世の中ってもんだ。
「じゃあ、なんか色々ありましたけど俺達はこれで。またいつか」
「うん……。待ってる」
ん? 最後に何か言われたか?
戸倉は不機嫌そうにしているし、何を言ったんだ?
その後、ダンジョンに戻ったら借金返済のためオバさんにアポイトメントを取るようアッテムに頼み、すぐに司令室へ入る。
今日はまだ猪を一頭倒しただけという報告を聞いたらコアにアクセスして、口座に金が入っているのを確認した。
それと登録されている奴隷の確認もしておく。
登録奴隷
名前:フェルト
種族:人間
性別:男
スキル:弓術【封】 潜伏【封】 解体 索敵【封】
名前:ミリーナ
種族:人間
性別:女
スキル:治癒魔法 応急処置 解呪 掃除 料理
名前:ミヤタ カナエ
種族:人間
性別:女
スキル:拳術【封】 蹴術【封】
名前:トクラ アオイ
種族:人間
性別:女
スキル:料理 追跡【封】 潜伏【封】 操車
名前:サトウ シズク
種族:人間
性別:女
スキル:鑑定 精密作業 調合 採取 整頓
確か【封】っていうのは、奴隷契約によって封じられている戦闘向けスキルだったな。
香苗の拳術とかフェルトの弓術はともかく、潜伏とか索敵も封じられているから基準が少し厳しめに思える。
というか戸倉の奴、追跡スキルとか潜伏スキルがあったのかよ。
まさか、俺をストーカーしていた経験から習得したスキルなのか?
うん、これについては深く考えないようにしよう。
おっと、意外にも先生に鑑定スキルがある。
これも元の世界での何かしらの経験から習得したのかな?
まあ理由はどうでもいいか。
さて、金は入ったし香苗達の登録もした。
後は前に逃げた奴らが宣伝して、ここにどれだけの冒険者が来るかだな。
(まっ、じっくり待ちますか)
幸いにも大金を入手したから、焦らずに行こう。
そう自分に言い聞かせ、副業の収入が近いのを確認したらフェルトへ猪の解体を頼んでおいた。
なお、オバさんとのアポは三日後に取れた。