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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
イリス奪還編
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手放す

ヴァルドの能力にある「一つだけ」という制限を見抜いたザイン。


しかし、仕組みが分かっただけでは攻撃を届かせることはできません。


一方、イリスとリナもまた、セヴェルの水膜に見つけた一点へ狙いを定めます。


それぞれの戦いが、決着へ向かいます。


ザインが床を蹴った。


「来い、国斬り!」


ヴァルドが笑う。


振り下ろした剣が、届く寸前で横へ流された。


刃に残る印が光り、柱へ刻まれた印へ引かれていく。


ザインは無理に引き戻さない。


剣が流される方向へ踏み込み、身体ごとヴァルドへ迫った。


ヴァルドの目が輝く。


次の瞬間、剣を引いていた力が消えた。


代わりに、ザインの身体が後方へ弾かれる。


靴底が石床を滑った。


それでも倒れず、自由になった剣を振り抜く。


ヴァルドが再び剣を逸らす。


身体が自由になる。


ザインは床を蹴り、失った距離を取り戻した。


剣を封じれば、身体が迫る。


身体を押し返せば、剣が自由になる。


一つを止めても、もう一つは止められない。


ヴァルドの足が初めて後ろへ下がった。


「ははっ!」


その顔に焦りはない。


むしろ、待ち望んでいたものをようやく見つけたように笑っている。


ザインが横薙ぎに剣を振るう。


刃を逸らされる。


そのまま一歩入り、肩からぶつかった。


ヴァルドが前腕で受け止める。


空いた手がザインの胸元を掠め、新たな印を残した。


身体が横へ弾かれる。


ザインは逆らわず、その勢いに合わせて回った。


剣が大きな弧を描く。


切っ先がヴァルドの軍装を浅く裂いた。


だが、身体までは届かない。


直後に剣が床へ引かれる。


ザインは引かれる方向へ刃を突き出しながら前へ出た。


ヴァルドが身体を押し返す。


剣が自由になる。


斬り返す。


再び逸らされる。


二人の間で、刃と身体が絶え間なく入れ替わった。


どちらか一つは、必ず自由になる。


だが。


「正解だ、国斬り!」


ヴァルドが剣をかわしながら叫ぶ。


「だが、剣と身体が同時には届いてない!」


ザインの身体が後方へ弾かれた。


着地するより先に、剣が壁へ引かれる。


腕が大きく開く。


ヴァルドの拳が頬へ迫った。


顔を傾けてかわす。


拳が耳の横を抜ける。


ザインは間合いの内側から柄頭を叩き込もうとする。


その瞬間には、もう剣が別方向へ引かれていた。


攻撃が届く直前に剣を逸らす。


ザインが踏み込めば身体を押し返す。


それが終われば、また剣を封じる。


一度に動かせるのは一つだけ。


しかしヴァルドは、必要な一つを瞬時に選び続けている。


制限を見抜いただけでは、届かない。


ザインは剣を構え直した。


ヴァルドも両手を開き、楽しそうに腰を落とす。


王の間に残された無数の印が、淡く光っていた。


◇


イリスが小さな炎を放った。


炎は水膜の端へ触れ、細い蒸気を立ち上らせる。


接触した場所から波紋が広がった。


一枚目。


その奥。


さらに向こう。


幾重にも重なる水膜が、それぞれ異なる形で揺れていく。


その中に、一点だけ動かない場所があった。


リナはそこから目を離さない。


「もう一度お願い」


「分かったわ」


イリスが同じ場所へ炎を当てる。


突破するための火力はない。


ただ、水膜の形を浮かび上がらせるための炎。


白い蒸気が薄く広がり、波紋が重なっていく。


それでも、中心にある一点だけは動かなかった。


リナが片手を向ける。


いつものように、すぐには撃たない。


呼吸を整える。


揺れ続ける水膜の向こうにある、僅かな一点へ狙いを絞っていく。


セヴェルが腕を動かした。


水膜の形が変わり始める。


その寸前。


リナが魔法を放った。


収束した一撃が、蒸気の中を真っ直ぐに走る。


一枚目の水膜へ、小さな穴が開いた。


そのまま奥へ抜ける。


重なっていた次の膜も、同じ位置から貫かれた。


水面を鋭く叩くような音が連続する。


最後の一点へ届いた。


弾ける。


幾層にも重なっていた水膜が、一斉に形を失った。


大量の水が石畳へ崩れ落ちる。


セヴェルの姿が露わになった。


すぐに腕を上げ、新たな水膜を作ろうとする。


「させない!」


リナの魔法が足元で炸裂した。


セヴェルの身体がよろめく。


腕が下がり、作りかけた水膜が散った。


その隙に、イリスが水溜まりを蹴る。


掌へ炎を集め、間合いの内側へ踏み込んだ。


セヴェルが顔を上げる。


イリスは炎を身体へ直撃させなかった。


眼前で爆発させる。


熱と衝撃がセヴェルを後方へ吹き飛ばした。


背中が王城の外壁へ叩きつけられる。


肺から空気が漏れ、セヴェルの身体がその場へ崩れ落ちた。


立ち上がらない。


イリスは一瞬だけ息があることを確かめ、すぐに視線を上げた。


フィルの分身体は、すでに転送施設へ続く道の先まで逃げている。


「リナ、行くわよ!」


「うん!」


二人は倒れたセヴェルの横を駆け抜けた。


崩れた水膜から流れ出した水が、足元で跳ねた。


◇


剣が柱へ引かれる。


ザインは身体ごと前へ出た。


ヴァルドがザインを後方へ弾く。


自由になった刃を返す。


ヴァルドが剣を逸らす。


もう一歩踏み込む。


身体を押し返される。


同じ攻防が続く。


ザインは速度を上げた。


剣を振る。


踏み込む。


流された刃を次の攻撃へ繋げる。


崩れた重心を、一歩で立て直す。


一度も動きを止めない。


それでもヴァルドは対応した。


刃が届く直前に剣を逸らす。


身体が間合いへ入る前に押し返す。


選ぶのは一つだけ。


だが、その選択に遅れがない。


「もっとだ!」


ヴァルドが笑う。


「もっと見せてくれよ、国斬り!」


拳が迫る。


ザインは剣の腹で受け流した。


直後、剣が床へ引かれる。


姿勢が開く。


ヴァルドの掌が胸元へ触れようとする。


手首で弾き、剣を引き戻す。


刃が走る。


また逸らされる。


ザインは小さく息を吐いた。


このまま速さを上げても、同じだった。


ヴァルドの判断より先に剣と身体を届かせなければならない。


だが、二つが完全に同時でないかぎり、順番に止められる。


なら。


同時に届かせるしかない。


ザインはヴァルドへ向かって走った。


剣を右手に構える。


ヴァルドも腰を落とした。


間合いへ入る。


剣を突き出す。


刃に残る印が光った。


切っ先がヴァルドの喉元から外れ、右側の柱へ引かれていく。


ザインは剣を握ったまま、その方向へ身体を傾けた。


ヴァルドが待つ。


ザインが踏み込む瞬間を。


身体へ操作を移し、後方へ弾くために。


あと一歩。


ザインの左手がヴァルドへ伸びる。


身体に残された印が強く浮かび上がった。


剣を引く力が消える。


代わりに、ザインの身体が後方へ押し出された。


その瞬間。


ザインは剣から手を離した。


ヴァルドの目が見開かれる。


剣が宙へ残る。


すでに操作の対象ではない。


自由になった剣は、先ほどまで引かれていた勢いのまま、柱の方角へ飛んでいく。


だが、ザインは剣と共に押し返されなかった。


手放したことで、剣と身体が別々の軌道へ分かれた。


ヴァルドが押しているのは、ザイン一人。


その力へ逆らわない。


ザインは押し出される方向へ上体を倒しながら、床へ片足を突き立てた。


完全に離される前に、もう一方の足で踏み込む。


押し返されながらも、左手がヴァルドの手首を掴んだ。


「な――」


右手も伸ばす。


もう一方の手首を掴む。


ヴァルドの両手を外側へ捻り、掌をザインから逸らした。


それでも能力は止まらない。


ザインの身体を押す力が、さらに強くなる。


二人の距離が開こうとする。


だが、ザインは手を放さなかった。


押し出される身体へ引かれ、ヴァルドの上体が前へ崩れる。


「そういうことか!」


驚きは、すぐに歓喜へ変わった。


ヴァルドは笑いながら、さらに力を強める。


ザインの足が床を滑った。


掴んだ腕を通じて、ヴァルドも引きずられる。


このまま押し続ければ、ザインは離れる。


だが、その前にヴァルド自身も体勢を失う。


操作する対象を変えれば、ザインの身体は自由になる。


どちらを選んでも、もう間合いの外へは逃がせない。


ザインは両手首を掴んだまま、腰を落とした。


「捕まえたぞ」


ヴァルドは笑いながら、ザインを押す力をさらに強めた。


二人の身体が反対方向へ引き離される。


ザインの靴底が床を削る。


それでも手は放さない。


押し出されるザインに引かれ、ヴァルドの上体がさらに前へ崩れた。


ヴァルドが床へ落ちた剣を見る。


「剣士が……剣を捨てるかよ!」


「捨ててねぇ」


ザインは掴んだ手首を捻り上げる。


「手放しただけだ!」


身体を押し返す力へ逆らわず、大きく踏み込んだ。


片足を軸にして回る。


ヴァルドの両腕を引き、崩れた身体を横へ振り抜く。


ザインを退けようとした力が、そのままヴァルドを加速させた。


両足が床から離れる。


「な――!」


ザインは最後に手を放した。


ヴァルドの身体が王の間を横切る。


壊れた長椅子を巻き込み、さらに後方へ飛んでいく。


その先には、戦闘で崩れた装飾柱があった。


砕けた外装の内側から、折れた鉄の補強材が斜めに突き出している。


避ける暇はなかった。


ヴァルドの背中が残骸へ叩きつけられる。


鈍い音が響いた。


「が……っ」


鉄の端材が胸を貫く。


ヴァルドの身体が、その場で止まった。


口から血が溢れる。


両腕が力なく垂れ下がり、頭が落ちた。


意識を失った瞬間、王の間に残されていた印が薄れ始める。


ザインの衣服。


腕。


剣。


床。


壁。


柱。


淡く浮かんでいた印が、一つずつ消えていった。


ザインは荒い呼吸を整えながら、ヴァルドを見つめた。


胸を貫かれている。


それでも鉄の位置は、僅かに急所を外れていた。


狙ってできることではない。


本当に、偶然だった。


床へ落ちた剣を拾い上げる。


その音に反応したように、ヴァルドの指が動いた。


ゆっくりと顔が上がる。


意識を取り戻している。


焦点の揺れる目が、自分の胸を貫く鉄へ向いた。


ヴァルドは残骸へ手をかけ、身体を起こそうとした。


傷口から新たな血が流れる。


「これ以上はやめとけ」


ザインの声に、動きが止まった。


「奇跡みてぇに、そいつは急所を外れてる」


剣を肩へ担ぐ。


「動けば、本当に死ぬぞ」


ヴァルドは答えなかった。


歯を食いしばり、ザインを睨む。


その目には、まだ戦意が残っている。


同時に、どうすることもできない悔しさも浮かんでいた。


残骸を掴んでいた手から、ゆっくりと力が抜ける。


敗北を認める言葉はない。


ザインも求めなかった。


背を向け、王の間の扉へ歩き出す。


数歩進んだところで、足を止めた。


振り返らないまま告げる。


「……またな」


返事はなかった。


それでよかった。


ザインは、次の戦いへ向かって歩き出した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


ヴァルドとの戦い、決着です。


一度に動かせるのは一つだけ。


その制限を見抜いても、ヴァルドは瞬時に操作対象を変えられるため、ザインはなかなか攻撃を届かせることができませんでした。


そこでザインが選んだのが――剣を手放すこと。


剣しか持ちえない少年が、勝つためにその剣を一瞬だけ手放す。


「捨ててねぇ。手放しただけだ!」


今回のタイトル「手放す」は、ここから取っています。


そしてヴァルドも、最後までヴァルドでした。


敗北を認める言葉もなく、胸を貫かれてなお動こうとする。

そんな彼にザインが残したのは、


「……またな」


という一言だけ。


一方、イリスとリナもセヴェルの水膜を突破し、逃げたフィルの分身体を追います。


獣王国を巡る戦いは、まだ終わっていません。


次回もよろしくお願いします!

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