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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
序章
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剣しか持たない少年

初めまして。


この作品を見つけていただき、ありがとうございます。


少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら嬉しいです。


それでは、お楽しみください。

薄暗い洞窟の中に、刃が一閃した。


 狙い違わず灰狼の首筋を捉えた一撃に、魔物は低く唸り声を漏らしながら数歩よろめき、やがて力を失ったようにその場へ崩れ落ちる。


「よし」


 短く呟くと、少年――ザインは剣を軽く振るい、刃に付いた血を払い落とした。腰の鞘から解体用のナイフを抜き、迷いのない手つきで灰狼の身体に刃を入れていく。


 皮を剥ぎ、牙を抜き、肉を切り分ける。その一連の動作に無駄な力みは一切なく、まるで呼吸をするように自然だった。何百回、いや何千回と繰り返してきた作業だからこそ、身体が勝手に動く。


 牙は小袋へ。皮は丸めて背負い袋の中へ。肉は今日の夕食用と、保存用の二つに手早く分けていく。使わない部分は洞窟の奥まで運び、岩陰にそっと置いた。いずれ別の魔物か、小さな獣たちの腹を満たすだろう。


 命を、無駄にはしない。


 それが、亡き父から教わった狩人としての流儀だった。


「帰るか」


 荷物をまとめて洞窟を出ると、朝日が森全体を淡く照らし出していた。木々の隙間から見え隠れする、小さな村の屋根。


 そこが、ザインの故郷だった。


◇


 村へと続く道を歩いていると、庭先で薪を割っていた老人がこちらに気づいて笑った。


「また洞窟か」


「うん」


「今日は何を獲った」


「灰狼」


「朝からか?」


「朝だから」


「はっはっは!」


 老人は豪快に声を上げて笑う。ザインの淡々とした受け答えが、余計におかしかったらしい。


「お前、本当に十六か?」


「たぶん」


「たぶんってなんだ」


 呆れたように言う老人につられて、ザインも小さく笑みを浮かべた。


 村の人々は、みんなこんな調子だった。必要以上に踏み込んではこない。けれど、決して放ってもおかない。――父が姿を消した六年前から、ずっと変わらずに。


◇


 木造の小さな家に帰り着く。かつて父と二人で暮らしていた家に、今は自分一人だけが住んでいる。


 荷物を下ろし、持ち帰った灰狼の肉を焼く。味付けはいつも通り、塩だけ。それでも、焼き上がった香ばしい匂いはあっという間に部屋いっぱいに広がっていく。


 皿に盛り付け、椅子に腰を下ろすと、両手を合わせた。


「いただきます」


 一口頬張れば、噛むたびに肉汁が口の中へ広がっていく。


「……うまい」


 父はよくこう言っていた。「いただきます」というのは、料理を作ってくれた人にだけ向ける言葉じゃない。目の前の命をくれた相手に向けて言う言葉なんだ、と。


 最後の一切れまで綺麗に食べ終えると、皿を洗い、荷物の整理に取りかかる。ふと、視線が部屋の隅で止まった。


 壁に立てかけられた一振りの剣。使い込まれた長剣だ。


 六年前、父はこの剣だけを残して姿を消した。そして、一通の手紙も。


 何度も読み返し、もう文字を覚えてしまうほどの手紙。


『十六歳になったら王都へ行け。

ギルドへ入れ。

世界のために戦え。

人のために戦え。

……そして、私のために戦え』


「結局、最後まで意味分かんなかったな」


 ザインは苦笑いを浮かべながら、手紙を丁寧に折り畳み、懐へとしまい込んだ。


 父はもういない。母の顔さえ知らない。この家に帰ってくる人間は、もう誰もいない。


 それでも――この家は、確かに自分の帰る場所だった。


 剣を腰に差し、荷物を背負う。戸を開け放ち、静かな家に向かって一言だけ告げた。


「行ってきます」


 返事はない。けれど、それでよかった。


◇


 王都に足を踏み入れた瞬間、ザインは思わず息を呑んだ。


 見上げるほどに高い城壁。整然と敷き詰められた石畳の大通り。そこを絶え間なく行き交う、数えきれないほどの人々。


「すげぇ……」


 思わず漏れた呟き。生まれ育った村とは、比べものにならない景色だった。


 人波に流されるように少し歩くと、ひときわ大きな建物が視界に飛び込んでくる。王国冒険者ギルドだ。入口の前には、自分と同年代らしき若者たちがすでに列を作っていた。


「次の方」


 受付から声がかかり、ザインは持っていた木札を差し出す。受付嬢がそれに目を通した。


「ザインさんね」


 慣れた手つきで、さらさらと書類に名前を書き込んでいく。


「じゃあ、魔力測定をするので、この水晶に手を置いてください」


「はい」


 言われるがまま、水晶に手を置く。


 ……。


 水晶は何の反応も示さなかった。受付嬢が小さく首を傾げる。


「もう一度お願いします」


 もう一度、手を置いてみる。それでも、やはり何も起こらない。


 異変に気づいた試験官が近づいてきて、水晶を確かめると、小さく息を吐いた。


「……魔素反応ゼロ」


 その一言に、周囲がざわめき始めた。


「ゼロ?」


「そんな奴いるのか?」


「魔法使えねぇじゃん」


 ひそひそとした笑い声が広がっていく。受付嬢も驚いたような表情でザインを見つめた。


「本当に……?」


「昔からです」


「それで試験を受けるんですか?」


「受けます」


 迷いの欠片もない即答だった。受付嬢はしばらくザインの顔を見つめていたが、やがて苦笑を浮かべて木札を返す。


「分かりました」


「……まぁ」


「死んでも恨まないでくださいね?」


 どこか冗談めかした口調だった。ザインは木札を受け取ると、


「死にません」


 それだけ言い残して歩き出す。受付嬢はその背中を見送りながら、小さく肩をすくめた。


「毎年いるんだよねぇ……ああいう子」


◇


 しばらくすると、受験者全員が広場に集められた。百名を超える若者たちが並ぶ中、試験官が森の地図を掲げて見せる。


「これより、ギルド入団試験を開始する」


 その一声で、場の空気が一気に引き締まった。


「試験期間は五日」


「この森を突破し、指定地点へ到着した者から十名のみを合格とする」


 ざわめきが広場を走る。


「なお」


 試験官はゆっくりと辺りを見渡した。


「受験者同士の戦闘は禁止しない」


 その一言で、空気が明らかに変わった。互いを値踏みするような視線が交差し、緊張と警戒、そしてかすかな殺気までもが辺りに満ちていく。


 しかしザインだけは、その喧騒から一歩離れたように、静かに森を眺めていた。


(……魔物、多そうだな)


 頭の中にあったのは、ただそれだけだった。


 試験開始を告げる鐘が鳴り響く。一斉に駆け出していく受験者たちの中、ザインはいつもと変わらぬ足取りで森へと足を踏み入れた。


 この森で出会うことになる一人の少女が、自分の運命を大きく変えていくことになるとは――このときのザインは、まだ知る由もなかった。


第一話を読んでいただき、ありがとうございました!


ここからギルド試験が始まり、ザインの旅も本格的に動き出します。


「面白そう」「続きを読んでみたい」と思っていただけたら、ブックマークや★★★★★で応援していただけると、今後の執筆の励みになります!


次回もよろしくお願いします!

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