卑劣なる先制
午前8時05分、東京都千代田区首相官邸記者会見場。
フラッシュの嵐と、数百のカメラのシャッター音が響く中、大野田喜美総理は演台に立っていた。
国民向け緊急記者会見。
全国のテレビ、ネット配信、SNSライブが一斉にこの瞬間を中継している。
大野田総理は、背筋を伸ばし、静かだが力強い声で語り始めた。
「国民の皆様。
本日未明、日本政府は中華人民共和国に対して最後通牒を発しました。
これは、13年前の台湾有事で私たちが味わった屈辱を、二度と繰り返さないための決断です。
新生日本軍は、今、この瞬間も東シナ海へと向かっています。
私たちは、もう誰の傘にも頼りません。
極東の平和は、私たち日本軍と日本国民の手で守ります——」
その言葉が、会見場に響き渡った瞬間——
会場の照明が、一瞬、大きく点滅した。
続いて、再び点滅。
数秒後、完全に消えた。
会場がざわめいた。
非常灯の赤い光だけが、薄暗く人々の顔を照らす。
秘書官が、血相を変えて演台に駆け寄り、大野田総理の耳元に素早く何かを囁いた。
大野田総理の表情が、わずかに変わった。
しかし、彼女はすぐにマイクに向かって冷静に告げた。
「記者会見を一時中断します。
国民の皆様、しばらくお待ちください。」
映像はすぐに切り替わり、各メディアが緊急速報を流し始めた。
「ただいま、首相官邸記者会見場で照明トラブルが発生しています……」
「東京を中心に、複数の地域で通信障害と停電の報告が相次いでいます……」
別室に移動した大野田総理のもとに、すぐに報告が殺到した。
大泉進太郎国防大臣と藤原澪国家特務情報庁長官が、ほぼ同時に駆け込んできた。
大泉国防大臣が、硬い声で切り出した。
「総理、中国によるハイブリッド攻撃が始まりました。
サイバー攻撃が主力です。
国家特務情報庁の事前対策により、大規模停電や全国通信網の崩壊は阻止しましたが……
東京証券取引所の取引システムが麻痺し、メガバンク数行で預金引き出しシステムに深刻な障害が発生しています。
株価は急落し、パニック売りが連鎖しています。」
藤原長官が続けた。
彼女の声は冷静だったが、目は鋭かった。
「物理的な破壊工作も確認されています。
平時からのカウンター防諜と聖域なきスパイ狩りの成果で、工作員の数は大幅に減っていましたが……
手薄だった地方都市で被害が出ました。
香川県高松市では港湾施設の一部が爆破され、北海道十勝市では物流倉庫が攻撃を受けています。
幸い、人的被害は最小限に抑えられていますが、両都市で混乱が拡大しています。」
大野田総理は、静かに目を閉じて数秒考えた。
その顔に、動揺の色はなかった。
むしろ、静かな怒りと決意が宿っていた。
彼女は目を開け、即座に命令した。
「株式市場の取引を全面停止しなさい。
メガバンクを含む主要金融機関に対し、一時的な預金引き出し制限をかけ、銀行封鎖を発令。
同時に、全国に戒厳令を布告します。
これは中国による卑劣な先制攻撃です。
私たちは、これをもって中国との戦争状態に突入したと認識します。」
大泉国防大臣と藤原長官は、深く頷いた。
大野田総理は、別室から再び記者会見場へと足を進めた。
照明はすでに復旧し、記者たちがざわめく中、彼女は演台に戻った。
フラッシュが再び焚かれる。
大野田総理は、マイクを握り、国民に向かって力強く宣言した。
「国民の皆様。
ただいま、中国による卑劣なハイブリッド攻撃が日本に対して仕掛けられました。
サイバー攻撃により金融システムが混乱し、地方都市で破壊工作が発生しています。
これは、最後通牒を無視した中国の事実上の先制攻撃です。
私たちは、これをもって中華人民共和国との戦争状態に突入したことを、ここに明確に宣言いたします。
新生日本軍は、すでに東シナ海へと展開しています。
私たちは、もう誰にも頼りません。
この国を、この平和を、私たち自身の手で守り抜きます。
国民の皆様、どうか冷静に行動してください。
政府と日本軍は、全力で皆さんを守ります。」
会見場が、再び静まり返った。
全国のテレビとライブ配信の向こう側で、日本国民が息を飲むのが感じられた。
大野田総理は、最後に静かに、しかしはっきりと言った。
「これが、私たちの答えです。」




