風呂場の一大事
白米・キャベツと油揚げの味噌汁・煮物・漬物。質素というか、物足りないというか、時代に合ってないというか。味噌汁にキャベツが入ってるのなんて初めてだし、煮物はまぁ煮物だし、漬物は何故か一番デカい器に盛りつけられてるし。言葉を選ばずに言うのなら、現代人が好き好んで食べる品々じゃない。
なのに滅茶苦茶美味い。どう美味いか、何番目に位置するかは分からないが、さっきから箸が止まらない。特に煮物の……なんだ、この、なんだ。変だと思ってたキャベツの味噌汁も美味いし。漬物はもう樽ごと持ってきてほしい。
「「「ごちそうさまでした」」」
結局、ほとんど俺が食べてしまった。婆ちゃんは最初に取った分だけで十分そうだったし、花咲さんは遠慮があった。
「……なんか、ごめんなさい」
「突然謝るね? まぁ、分かるよ? ほとんど―――っていうか、全部食べたよね? 一人で」
「アハハ。良い食べっぷりだったよ。そんなにお腹空いてたのかい?」
「まぁ、そうですけど……だからって、他人の家の晩ご飯をほぼ一人で食べるのは、こう……卑しい人間みたいで」
「昔、お茶漬けの宣伝で食いっぷりが良いって評判になった人がいたよね。あれの長編みたいだったよ」
「あぁ、あの男の人だね。でも、あの男の人よりもアンタの方がよっぽど男前だよ」
「いや、そこを慰められても……」
「さぁさ! お腹一杯になったら、次はお風呂でゆっくりしなさい。アタシは最後でいいから」
流石に一番風呂までもらうのは気が引けたが、婆ちゃんはニコニコと笑いながら俺と花咲さんにタオルと着替えを持たせて、脱衣所まで引っ張った。優しいだけじゃなくパワー系の一面もあるんだな。
浴槽に浸かった瞬間、身も心も緩んだ。家で入る風呂よりも、少し温度が高い。
「なんかここまで親切にされると、遠慮するより図々しくした方が正しいって勘違いしそうだね」
「思い描いたような婆ちゃんだよな」
「それにしてもさ、久しぶりにお風呂に入れて幸せなんだけど! 忘れてた幸せだね、これは!」
「幸せは日常化で消えてしまうからね。それでいけば、毎日風呂に入らない人の気持ちも多少は分かる」
「う~ん、例え忘れても、やっぱり私は毎日入りたいかな。入れる環境ならさ。あ、ごめん、ちょっと詰めて」
「ん?」
言われた通り膝を抱えてスペースを作ると、そこに花咲さんが入ってきた。髪も体も洗ったのだから、湯に浸かるのは分かる。
だが、この浴槽は決して広くない。膝を曲げなければ肩まで浸かれない狭さだ。
その狭い浴槽を二人で入るとなれば密着状態だ。膝と膝がくっつくどころか、ちょっと顔を前に突き出しただけで相手の顔にくっつく。
「……狭いね」
「そうだね……」
「「……」」
「……近いね」
「そうだね……」
「「……」」
「……チュ、チューとかしても、良いんじゃない!?」
「良い訳あるか。他人の家だぞ。他人の風呂場だぞ」
「だ、だってさ! こんなに距離が近いんだよ!? 心も! 身も!!」
「そうだよ。だから早く上がってよ」
「なんで!?」
「狭いからだよ!」
「私よりも窮屈さを優先するの!?」
「でしょうが!」
「もういい! そんなに狭いのが嫌なら、もうお風呂から上がればいいじゃん!」
「えぇ……じゃあ、目瞑っててよ」
「え……う、うん……」
なんだろう。確かに目を瞑ってくれたけど、何か凄い期待されてる気がする。
あれか。俗に言う【キス待ち顔】ってやつか。いや、なんでそんな顔してんだろ。もう花咲さんと仲良くなって大分経つし、ある程度の事なら理解出来ると思ってたけど、全然理解出来てないな。
まぁ、いいや。十分湯に浸かれたし、花咲さんが目を瞑ってる間に上がって―――あれ、出れない。出れないっていうか、動けない。
「……花咲さん」
「ん……!」
「ん、じゃないよ。これマズいかも。出れない。足が邪魔で出れない!」
「…………ほんとだ」
「なんで無理矢理一緒に入ってきたのさ……」
「だ、だって! 一緒に入りたかったんだもん!」
「それが原因で命の危機なんだよ。どうすんのさ、これ」
「……どうしよう」
「……こうしよう。花咲さんが頑張って抜け出してくれ」
「私だけが頑張るの?」
「じゃあ俺が頑張ろうか? その代わり俺は出る為に滅茶苦茶花咲さんの事を押し潰そうとするからね? 膝抱えた状態から元に戻らなくなるかもしれないからね?」
「え、怖ッ……わ、分かった。じゃあ、目、瞑ってて?」
「見ないようにするから早くして」
「……いや、やっぱり見て」
「分かった分かった。ガン見するから早う」
「……なんか、恥ずかし―――」
「ねぇ、本当に早くして?」
その後、同じようなやり取りを何度かした後、なんとか浴槽から脱出する事に成功した。意外にも花咲さんはすんなりと浴槽から出た。あまりにも呆気ない所為で、花咲さんが若干足を伸ばして俺を出れないようにしてたのかと勘繰ってしまう。
まさか、ね。
いや、ありえるな。




