因果を越えて 3/黒焔と雷霆
焼け落ちた天井から、火の粉がぱちぱちと舞い落ちる。
第六技術棟の床は歪み、煙と焦げの匂いが肺を焼いた。
エヴリンは膝をついたまま、空を見上げる。
あの瞬間――光に呑まれて消えた二つの影が、脳裏から離れない。
ダストとアンソニー。
一瞬の閃光に包まれ、彼らは骨すら残さず、この場から消えた。
ダストは、新兵として補充されたばかりの若者だった。
瞳を輝かせ、祖国――ユナイタス合衆国のために戦えることを誇りに思い、何より憧れていたアルカナ・シャドウズへの配属に胸を躍らせていた。
アンソニーは、長年ともに戦ってきた仲間だ。
冷静な判断で幾度も部隊を救い、時に兄のようにエヴリンを支えてくれた、かけがえのない戦友だった。
「……ごめんなさい……」
握りしめた拳が震える。
肩を抱くように俯いた彼女の瞳に、涙が滲んだ。
その傍らで、デビッドが吠える。
「クソッ、なんであいつが! なんでアンソニーが……!」
自らを犠牲にし、自分を救った仲間。
デビッドは怒りのまま拳を床に叩きつけると、鈍い音が響き、鉄板がへこんだ。
「馬鹿野郎…… なんで俺を助けた! お前には家族が――」
その叫びを――雷鳴のような声が断ち切った。
「前を向け!」
ジェイコブが二人の前へ踏み出る。
髪は焼け焦げ、全身に傷を負いながらも、その眼光は雷のごとく鋭く二人を見据える。
「ここで膝を折れば、この国は――いや、この世界そのものが滅ぶ! 泣き言を吐く暇があるなら、前を見ろ!」
怒声に、エヴリンとデビッドの肩が震える。
「見ろ、あの怪物を! 我らが立たねば、誰が止める!」
指し示す指先――
上半身を巨大な鉄籠から引き抜いた巨影、王骸。
胸の仮面の瞳が赤く脈打ち、まるで世界そのものを睨みつけているかのようだ。
ジェイコブは振り返り、デルグレーネへと歩み寄る。
「……貴様の力が必要だ」
短く、それだけを告げる。
黒炎を纏う彼女は、一瞬だけ沈黙し、鋭く睨み返す。
「……そうね。アレは、単独では厳しい……」
その隣に、カタリーナが並び立つ。
血に濡れた腕を押さえながらも、気高く背を伸ばした。
「そう。……守るために、ここで退くわけにはいかない」
刹那、三人の視線が交差する。
言葉は不要だった。
――対王骸戦線が、ここに成立する。
その背を見届け、エヴリンは涙を拭う。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「……なら、後方は私たちが抑える」
その声音には、もう揺らぎはない。
鋭い視線が戦場を走る。
瓦礫の影に、蒼狼牙、巨熊鎚、鉄鱗蜥蜴の姿が蠢いている。
合成妖魔たちは、王骸の圧倒的な重圧に押されて距離を取っているが、いまだ牙を剥き、獲物を狙っている。
「デビッド! そして――堂上久重、十条五十鈴、安倍清十郎!」
エヴリンは迷いなく指を差す。
「あなたたちは私と共に、あの残存魔物を討つ! このまま放置すれば、背後を突かれて全滅するわ!」
「了解だ」
デビッドが低く応じ、戦闘態勢に入る。
だが名を呼ばれた三人は、一瞬だけ戸惑いを見せた。
「ああ⁉︎ 敵のあんたが何を――」
久重の言葉を、デビッドが遮る。
「状況を見ろ! 俺だってお前らと組むのは御免だ! だが他に道はねぇ! 今だけは協力しろ!」
五十鈴は深く息を吸い込み、霊剣純華を構え直す。
「確かに……今は敵味方なんて言ってられないわね。分かりました。柳田副長のいない今、貴方の指揮下に入ります。久重! いいわね!」
「おい、本気――⁉︎」
驚き顔を向けた久重は、射抜く様な視線に、舌打ち混じりに息を吐いた。
「ちっ、分かったよ! 俺を仲間だと思って使ってくれ! 得意魔法は重力操作だ!」
エヴリンは頷き、最後の一人に視線を送った。
清十郎は静かに眼鏡を外し、額の血を拭うと、口元に笑みを浮かべた。
「アルカナ・シャドウズ副長エヴリン・スカーレット…… 通称『タイムウィスパー』の実力を見せてもらおう」
エヴリンも小さく口元を緩めると、次の瞬間、声が戦場を支配する。
「久重は前衛、重力魔法で相手の動きを止めて! 五十鈴は隙をみて斬り込む! 清十郎は呪符で援護、連携を断つ遊撃を! デビッドと私で突破口を作る!」
その指示に、迷いはない。
「――了解!」
五人が同時に駆け出す。
久重の魔道具風塵鎧が唸りを上げ、戦場の一角に超重力の力場を形成する。
五十鈴が舞うように霊剣純華を振るい、蒼狼牙の爪を弾き飛ばす。
清十郎が懐から呪符を取り出し、手首にはめた呪紋輪が輝くと、氷の鎖が合成妖魔の脚を縛った。
その隙を、デビッドの魔力を込めたコンバットナイフが切り裂き、巨熊鎚の巨体がよろめく。
「どうだ、エヴリンさんよ! これでいいんだろ!」
久重の怒声に、エヴリンは叫び返す。
「エヴリンでいい! その調子! 一匹ずつ確実に落とすのよ!」
魔法で足止めをし、その隙をついて繰り出される剣戟。
四人と一人の指揮が絡み合い、合成妖魔たちとの戦いが始まった。
ただ一人、神室倫道だけが足を止めていた。
二つに分かれた戦場――どちらへ向かうべきか、決めきれずにいたのだ。
火花が散り、床に積もった瓦礫が弾け飛ぶ。
合成妖魔たちとの激突は一進一退。
エヴリンは応戦する久重たちを一瞥し、鋭く声を飛ばした。
「――神室倫道!」
名を呼ばれ、倫道は振り返る。
焔影刀を握る掌は血に濡れ、肩口の肉は捲れ、酷い火傷が広がっていた。
「あなたの戦う場所は、ここじゃない!」
炎と煙の中でも、エヴリンの瞳は揺らがない。
「あなたは――あの魔人、デルグレーネとともに戦いなさい!」
「でも、五十鈴たちが……!」
言いかけた瞬間、蒼狼牙の咆哮が轟く。
巨体が跳躍し、五十鈴へ襲いかかる。
だが――
デビッドが鋭い爪をナイフで受けると、回転蹴りで吹き飛ばした。
その光景を指し示し、エヴリンは言い切った。
「彼らは私が預かる! あなたが残っても、ここでは“ただの一兵士”にしかならない! ――でも、彼女と並べば違う」
倫道の胸が強く脈打つ。
「思い出して。ジェイコブとの戦いの時――最後に刃を叩き込んだのは、あなたよ!」
その言葉が、記憶を呼び起こす。
「デルグレーネとあなたは、対となる刃。二人が揃わなければ、あの化け物は倒せない!」
倫道は息を呑む。――胸の奥で、何かが燃え上がる。
刹那、五十鈴の声が届いた。
「倫道! 心配しないで! こいつらは私たちが倒すから!」
霊剣が閃き、蒼狼牙の爪を弾き飛ばす。
「早く行け!」
デビッドが血まみれの拳を振り上げ叫んだ。
「お前の役目は、そっちだろ!」
清十郎が氷の符を投げ放ち、瓦礫ともども地面を凍りつかせ敵の脚を封じる。
そして――最後に久重が叫ぶ。
「頼むぜ、倫道! こっちは任せろ! お前は――あの化け物を倒してこい!」
仲間たちの叫びが背を押す。
倫道は焔影刀を掲げ、深く息を吸い込んだ。
「……分かった。必ず倒す!」
次の瞬間、瓦礫を蹴り――駆け出した。
◇
戦場の中心。
黒炎が舞い、雷が閃き、砕けた結界の残滓が宙を漂う。
そこに立つのは、デルグレーネとカタリーナ、そしてジェイコブ。
対峙するは巨影――完全起動しつつある王骸。
倫道が駆け込むと、その気配にデルグレーネが振り向いた。
「倫道⁉︎」
叱責にも悲鳴にも似た声だが、その瞳は僅かに安堵を浮かべていた。
「……待たせた。俺も一緒に戦う!」
倫道は刃を握り直すと、左の瞳が黄金に燃え上がる。
デルグレーネは一瞬だけ目を細め――そして、微笑んだ。
「……もう止めても無駄ね。なら――無茶はしないで」
本当は退かせたい。しかし、その想いを飲み込んだ、精一杯の言葉だった。
それを見て、ジェイコブが豪快に笑う。
「いい目だ! ならば――共にあの厄災を落とそうじゃないか!」
轟音。
キングレイスの腕が振り下ろされる。
床が爆ぜ、黒鋼の拳が空気ごと叩き潰す。
衝撃波が、研究棟を薙ぎ払った。
カタリーナが結界を展開する。
その背後から――倫道とデルグレーネが同時に飛び出した。
「来るよ、倫道!」
「分かってる!」
焔影刀が黒炎を纏い、デルグレーネの漆黒の爪が鈍色に光る。
二人の刃が交差し、ジェイコブが起こす雷鳴と共に巨影へと突き刺さす。
その瞬間、戦場が再び黒火に包まれた――。




