精樹大国オールドウッズ01
前話『それぞれの出発09』でオールドウッズのコンセプト画像をアップしております。露店風呂ですん。
ミストラルと似た纏わりつくような濃い霧のせいで視界は奪われ、まっすぐ歩いているのかさえ不安になってしまう。ただでさえ初めてきた場所なので、どこへ向かっているのかさえわからない状況だ。みんなは自然と手をつなぎミトさんの後をかろうじて追いかけるのに必死だった。
そんな状態のままでしばらく進むと、スゥーと目の前の霧が消え、眼前に見渡す限りの大深林が待ち構えていた。……どのくらい高いのか⁉︎ 目を見開いて見上げても最上部がわからないくらい、青空に向かって雲を突き抜けて樹木群が伸びている。
「なんちゅ〜高さだよ‼︎」
想像を超えるスケールのデカさにみんなは驚嘆し、あらためて異世界のだと再認識した。
高さも圧巻だが、大地に沿っても広大だ。決してミストラルの森が小さいというわけではない。充分に大きいし神秘的な雰囲気のある森だ。しかし、単純に眼前に聳え立つ森がデカすぎるのだ。もう比較というかそういうレベルではない。規模がここまで違うと比較する気もおこらず、ただ呆然とするしかなかった。
遠目から見る森と接近した森では、見る者の印象をガラリと変えてくる。遠方からは雄大さを感じ、近づけば不気味なくらい他を寄せ付けない只ならぬ不穏な感覚にさせられる。
周りを見渡しても、入口らしき場所は見当たらない。森全体の外回りが木々の枝で細かく覆われている。言うなれば、ランダムに入り組んだ樹々の密集具合が来る者を全て拒んでいるバリケードのようなだった。
当然、見回しても先に進む道もないのだが、それでもその大深林の中へミトさんは躊躇なく果敢に進んでいく。
「ちょっと、ちょっと待ってよ。俺たちは、ここに来るの初めてなんですよ。道を知らない上に、この細かい枝が邪魔してそんなに早く進めないよ」
「いいかい、もっと周囲を凝視しな。そうすると無数に入り混じっているように見える枝と枝の間に一筋の隙間が見えるはずさ。それが『道』だよ」
そう言いながらも、ミトさんは振り返りもせず、歩くスピードも緩めず先へどんどん進んでいく。
「わかるわけないじゃん。つか、道なんてどこにも見えないよ」
「ほらほら。私たちは『護衛』なんだから、しっかりしよう。もう少しだよ」
ケイは皮肉を言えるまで立ち直っていたが、さすがに疲労感は隠しきれていなかった。
「モモちゃんは、自分の後についてきてね。疲れたら言ってね」
「あぃ。モモちゃんもがんばりまちゅ」
大柄なトモミがミトさんを追いかけるように先頭で壁役になり、モモちゃんを含む後続たちを守るように枝を掻き分け、安全を確保しつつミトさんの後を追いかけた。
どのくらい密集した森の中を歩いただろうか⁉︎夕方とはいえ木々に囲まれることで全体的に薄暗く、入りくんだ樹木の枝や葉の隙間からわずかな届く光で周辺を把握しつつ進まなければならない。風で木々が擦る音と地面を踏みしめる様に歩く音だけが、静けさと冷たさが沁み入る森全体に反響していた。普通なら、森に生息するであろう鳥などの鳴き声が聞こえてもよさそうなのに、一切聞こえないのは余所者を警戒しているせいなのか⁉︎
さらに目的地を知らない道なき道を進むという事は、必要以上に相当な疲労感が増す。終わりが見えないからこそ、不安が募るからだ。ミトさんという全幅の信頼を寄せるナビゲートがいなければ、完全に遭難している。まして引き返す道すら痕跡魔法を展開してても戻るのが困難なのではと思わせるほど、方向感覚を奪われる空間なのだ。
「ミトさん‼︎ この方向感覚が不安定になるのは魔法のせいなんでしょうか〜⁉︎」
ケイがモモちゃんの手を握り直しながら質問した。
「意図的か不可抗力か……どちらにせよ迷い込んだ人間が絶対にオールドウッズに侵入をさせない策をいくつも張り巡らせているのさ。その為に、この大深林の至る所に様々な魔法を仕込んでいるのがわかるだろう」
「精霊魔法と似ている感じはするけど、少し違うね」
スバルの解析魔法でも、はっきりとはわからないらしい。
「そうなの⁉︎」
「さぁ〜ついたよ」
木々が密集した樹海のような区間は終わり、芝生が敷き詰められた中庭みたいな場所に到着した。そして中央には、やたらと目立つ3mくらいの中木が2本だけポツンポツンと立っている。周囲には当然、誰もいない。
ミトさんはその木の前まで迷わず進み、いきなり話し出した。
「事前に通達していたミトさ。残りは補佐と護衛だよ」
「ん⁉︎ ミトさんは、誰に話しかけているの⁉︎」
「これはこれはミストラル改めミト様。お待ちしました。そしてミト様と我が精樹王マスカラスとは旧友の間柄だからこそ、人間の通行も認めましょう。ささ、皆様もこちらへどうぞ。
「え⁉︎ どっから、声するの⁉︎」
「木が、木が、喋ってる‼︎」
ただの目印程度かと思っていた中木が、いきなり動き出した。地面から根っこみたいな部分が出てきて、両足みたいな形に整えた。枝の一部は左右にまとまり両腕見たいな形に見える。……が、根本的には『木』であることに違いはなかった。かろうじて、それもよくよくみれば、幹の真ん中くらいに3つの穴みたいがある。それが言われてみれば顔の様に見えなくもない。
これは類像現象と呼ばれ、3つの点のような図形を見ると人の脳は顔だと認識するように変換してしまう仕組みなのだが、それを差し引いてもこの穴3つを人の顔と認識するにはあまりにも強引すぎた。
「マジかぁ〜〜‼︎ ここまで露骨に木が動き話すとは思わんかったよ。もぉ〜なんでもありだなぁ〜この世界‼︎」
「はじめまちて。わたちのなまえはモモちゃんです。7さいになったばかりでしゅ」
モモちゃんはその喋った木に向かい、お辞儀を1回して自己紹介を始めた。
「おいおい……こいつらって人間が嫌いなんだろ⁉︎ 大丈夫なのか⁉︎」
「ご丁寧にどうも。私の名前はプラタナスCです」
「ご丁寧にどうも。私の名前はプラタナスDです]
2本の木がハモって返事をした。
「マジか⁉︎ つか、それ名前なの⁉︎ ……CとDって事は、AとかBもいるの⁉︎」
「いませんけど、それが何か!?」
「なんでいないんだよ‼︎ なんでA〜Bをすっ飛ばしてなんでCなんだよ⁉︎」
「特に意味はありませんが、それが何か(問題でもありますか)」
「ぐぐぐ……なにこいつら⁉︎ ミストラルもそうだけど、相変わらず適当な名前をつけてるなぁ〜」
「さぁ〜奥へどうぞ。今日は長旅で疲れていることでしょうから、コテージでお寛ぎくださいませ。精樹王マスカラスとの会合は、明日のセッティングを予定しています。今日のところはしっかり英気を養ってくださいませ」
そう言うと、2本の木が移動し始めた。




