幼き日々03
「父さま〜、母さまぁ〜、早く行きましょう〜」
元気な子供の声が路地を曲がった見えない所から聞こえる。
「カミュール、そんなに急ぐんじゃないぞ。危ないじゃないか」
「もっと、落ち着きなさいな」
「二人とも私の事を心配しすぎだわ。もう私は立派な一人前なのよ。包摂師匠のお墨付きをもらっているのよ」
と、言っている側から、通行人とぶつかりそうになる。
「わかったわかった……その話は聞き飽きたよ。そして走りながら後ろを向いて話すのはやめなさい。ちゃんと前を向いて歩きなさい」
「まったくお転婆というか……あの天真爛漫は誰に似たんでしょうね〜⁉︎」
「僕じゃないことは明白なのに、そういう誘導尋問は嫌いじゃないよ……ママ」
「あなたこそ、変な勘ぐりせずにここは素直に言うところですよ」
私の父の名前はネイクール。母の名前はカーフ。どちらも先住民。そして2人とも転生魔法班のフルサポート一員である。父は移動系魔法、母は潜伏系魔法を得意としていた。私はサポートの一員ではないが、只今転生魔法の修行中なのだ。そしてホウセツさんは、両親の任務仲間でもあり、私の転生魔法の師匠でもあった。ただホウセツさんは、転生者であった。
「早く、行きましょう〜」
カミュールはホウセツ師匠に会いたくて会いたくて仕方なかった。
父さまと母さまと一緒にホウセツ師匠に魔なび舎で会うのは日課だった。正確にはカミュールの転生魔法への修練の為であった。この当時、ネイトのリンカーの関係は相当悪化していた。だから表立って会うことはお互いの立場上難しかったのだ。それでも、両親はホウセツさんを尊敬していたし、ホウセツさんも私たちネイトに対し劣等感は一切なかった。きっかけは任務だったかもしれないが、今やお互いに信頼し合う仲のいい関係だった。
初めて転生者が来て、はや15年。この時期、リンカーには2人の天才が存在していた。一人はリンカー屈指の多重魔法使いでありながら正統な転生魔法継承者のホウセツさん。もう一人は仁海さん。見た目の風貌からくる圧と、内面からくる魅力が溢れ、それはそのまま人望につながっていった。どうやら前世において若くして武道の道を極め、さらに知識においても博学だった。そのため攻撃魔法……特に近接魔法において右に出る者がいないほどの腕前だった。
ところが2人の考え方は相反していた。ホウセツさんは、ネイトとの関係を修復したい共存派。一方ジンカイさんはリンカーの立場を確立するための革新派としてすでに頭角を現してしていた。
お互いに才能は認め合っている。そして精霊と先住民の気持ちもわかる。しかしこの世界に後から来た……たったそれだけの理由で過剰に期待され続けてきた重圧。それこそ過去における異常気象による穀物被害や、不意のワイルドモンス【少数の凶悪モンスター】の襲撃に対し、上手く対応出来ない事が、遠回しにリンカーのせいかのように受け取られてしまう風潮。勿論これらは街全体の問題なのだが、そういう不満の吐け口がリンカーに注がれるのは納得がいかなかった。
誰かがリンカーの代表としてネイトの上層部や精霊達と交渉しなければならない。この時、ホウセツさんも代表候補として名は上がったものの、最終的には選ばれなかった。理由は明白だ。ホウセツさんは、現時点において唯一の転生魔法使用者である。。精霊とネイトとリンカー……つまり三者における『架け橋』的存在なのだ。『転生魔法』は三者において必要な要素であり、利権の争いに巻き込むのは得策ではないのは、誰もが承知していた。
さらに共存派のホウセツをトップにすれば革新派の面目もない。最悪リンカー自体がホウセツ派とジンカイ派に分裂する可能性があったがそれだけは避けなければならなかった。ただでさえ少ない人数で意思疎通が乱れれば、交渉における発言の正当性が問われるからだ。
結果、ジンカイがリーダ一に納まる事で、リンカーの内部分裂は回避出来た。しかし、ネイトとの交渉は思った程の成果を上げる事が出来ずにいた。そうして悪戯に時が過ぎ、ネイトとリンカーの間には次第に大きな溝が出来始めていた。




