商人の本音
「少し、話してもいいですか?」
ベルクが言った。
Claudeが頷いた。フローラは腕を組んだまま動かなかった。ベルクはそれを許可と取った。
「商人というのは、あまりよく思われません。安く買って高く売る。それだけだと思われています。まあ、間違いではない」
フローラが鼻を鳴らした。
「でも輸送は命がけです。道が悪い、盗賊が出る、天気が崩れる。経費もかかる。それでも利を出さないと次の仕入れができない。そういう商売です」
Claudeは黙って聞いていた。
「マルタさんから相談を受けた時——」ベルクは少し間を置いた。「正直、半信半疑でした」
「何の相談ですか?」
「帰り荷の話です。Claudeさんの考えだと聞きました。面白い話だとは思った。でも、口だけの話かもしれないとも思った。そういう話は山ほどある。聞くだけ聞いて、何も動かない。そういうことの方が多い」
「それで、なぜ協力したのですか?」
ベルクは少し考えた。
「マルタさんを信頼していたからです。あの人は口だけでは動かない。それだけです。Claudeさんのことは、正直よくわからなかった」
Claudeは何も言わなかった。
「トイレ事業で、変わりました。あの現場には、縦割りがなかった。兵士も職人も冒険者も、それぞれが動いていた。誰かが止まれば誰かが助けていた。私は何度も、ああいう現場で損をしてきました。材料が余る、段取りが変わる、職人が止まる。あの現場は違った」
「それはなぜだと思いますか?」
ベルクはClaudeを見た。
「Claudeさんが動いたからだと思います。それだけです。あなたが動いたら、世界が変わった。そう見えました」
工房が静かになった。
「それを許していた領主様の器量も大きい。あの規模の工事を、あれだけ短い日数で、ごたごたなしに終わらせた。私はそれを見て、この領は違うと思いました」
「マルタさんのことも見ていましたか?」
「ずっと見ています。若い頃から知っています。昔から商才がある人でした。ただ、その才を使う場がなかった。最近、目の色が違う。本来の目に戻っています」
「こいつに会ってからだろう」フローラが口を挟んだ。
ベルクは少し考えた。「そうかもしれません。いや——そうだと思います」
フローラが小さく笑った。
「この領を基盤にして、商売を大きくしたいと思っています。領主様に気に入られたい、というのもあります。正直に言えば」
フローラがまた鼻を鳴らした。
「でも本音を言うと、頭のいい人と仕事がしたい。商売をわかってくれる人と切磋琢磨したい。それだけです」
しばらく誰も話さなかった。
フローラが口を開いた。
「私だけかと思っていた」
「……何がですか?」
「おじさんに絡まれているのが。こいつもか」
ベルクは一瞬、返す言葉を失った。
フローラの顔が、悪い方向に笑っていた。面白がっている顔だった。
「応援してやる」
「は?」
「あの石は特産になると思って、ここへ来たんだろう?」
ベルクはClaudeを見た。Claudeは何も言わなかった。ただ少し、目が細くなった気がした。
「……そうです。それが本題です」
フローラが立ち上がった。「面白い。続けろ」
***
「帰り荷の問題、この領の商人は気づいていましたか?」
Claudeが聞いた。
ベルクが少し驚いた顔をした。フローラも黙って聞いていた。
「気づいています。みんな知っています。帰りの荷が空になる。馬を走らせる費用は変わらない。積んでも空でも、馬は食う。損だとわかっている」
「では、なぜ誰も動かなかったのですか?」
ベルクは少し間を置いた。
「縦割りだからです。商人が商人に言っても聞かない。競合だから。自分の商売は自分でやる。全体のために動くという発想が、そもそもない」
Claudeは頷いた。
「それだけですか?」
ベルクはClaudeを見た。何かを見透かされている気がした。
「……もうひとつあります」ベルクはゆっくり言った。「声を上げても、どうせ変わらないと思っている。長い間、そういう空気が続いてきた」
「なぜそういう空気になったと思いますか?」
ベルクは少し考えた。それから言った。
「魔法使いがいるからじゃないですか?」
フローラの腕が、組んだまま止まった。
「困ったことがあれば魔法使いに頼む。金のある者は魔法使いを雇う。そうでない者は我慢する。それが長く続いた。職人も商人も——自分たちで解決できるとは思っていない。思えなくなっていた」
Claudeは黙って聞いていた。
(そうだ)
(帰り荷の問題には、全員が気づいていた。ただ、自分が動いていい問題だと思えなかった)
(魔法という万能の存在が、長い時間をかけて、人々の自己評価を削ってきた。縦割りの中で従うことが当たり前になった。声を上げることすら、思いつかなくなった)
(能力は、ずっとそこにあった。眠っていただけだ)
(ヴァルターは、引き鉋を渡されたその夜に使いこなしていた。レオンは原理を一度聞いただけで応用した。マルタは帰り荷の問題を最初から理解していた。ベルクはトイレの現場を一度見ただけで全体を把握した)
(眠っていたのは、自分が動いていいと思う気持ちだ)
「ヴァルターさんもレオンさんも、腕はありましたね」
「ありました」ベルクは即答した。「最初から」
「帰り荷の問題も、みんなわかっていた」
「わかっていました」
「それでも誰も動かなかった」
「……動けなかった、が正しいと思います」ベルクは静かに言った。「自分が動いていい問題だと、思えなかった」
工房が静かになった。
フローラが口を開いた。
「物流というのは、どういう仕組みで動いているんだ?」
ベルクが少し驚いた顔をした。フローラが商売の話に乗ってくるとは思っていなかったのかもしれない。
「馬車と人間です。荷を積んで、道を走って、届ける。それだけです」
「それだけか?」
「それだけに見えますが、実際は違います。いつ出るか、どの道を通るか、何を積むか、誰に届けるか、帰りに何を積むか。全部が噛み合わないと、損が出ます」
フローラが頷いた。「効率の話だ」
「そうです」
「では今、何が一番の損になっている?」
「帰り荷が空なことです。わかっている。でも一人の商人が動いても変わらない。仕組みが要ります。そしてその仕組みを作れる者が——今まで、いなかった」
ベルクはClaudeを見た。
Claudeは何も言わなかった。
フローラが静かに言った。「今はいるな」
ベルクはClaudeを見たまま、ゆっくりと頷いた。




