第六羽・後半 渡り鳥と意外な五月二十日
続きです!
それは、昼休みの時間だった。
やることもないので、私はただ屋上に来ていた。
別に帰ってもよかったのだけど、今日はそんな気分にもなれなくて、ただここにいた。
家の高層マンションの窓から見る空の景色より、不思議とこの屋上から見る空のほうが好きだったりする。
そこへ、意外な人物がやってきた。
「鳥羽、アンタ……ここは立ち入り禁止の場所でしょ?」
私より少し背の高い、明るい色の茶髪ツインテールの女。福田紅江だ。今度はちゃんと名前を覚えた。
「あら、ご注意しに来たの? 今回はいきなり背後から蹴りと拳の不意打ちはしないんだ〜?」
「あ? 何お前……ケンカ売ってんの?」
「ベニエさん、こわ〜い」
私はふざけた感じの表情を作って声のする方を向いた。しかし、意外にもその人物は、私がふざけた表情をしても真剣に私の目を見つめていた。
その瞳が敵意ではないことは、すぐにわかった。
「あの時は、悪かったよ……勘違いで、お前に手を出して……」
意外にも、謝罪の言葉だった。
人生で謝罪なんてされたことがあったかすらわからない私にとって、それは一番反応に困るものだった。
多分、いろんな意味で、今の私の表情は壊れているかもしれない。
「……絡まれ慣れてるから、いきなり拳が飛んでくるのとか、蹴りが飛んでくるのとか、慣れてるし。実際は気にしてないんだけどね?」
「……お前、どんだけ普段絡まれてんの?」
「んー、一週間の間に学校に来る途中、今週は三回、あの治安の悪い学校のヤンキーに絡まれたしー。先週も二回絡まれてるから、平均して週三くらいじゃない?」
「……お前からは手を出さないわけ?」
「そこはベニエさんの想像にお任せするわ〜。私がちょっかいを出して絡まれてるのか? 向こうが急に絡んでくるのか?」
「拳が飛んでくるって言うなら、絡まれてる方だろ? お前、よく怪我すらしないな?」
「ふふ、鶫様は強いからね〜?」
「あー……確かに強いんだろーな? 強がってるアタシと違って」
それは、意外な一言だった。
紅江は意外にも素直だった。
ただ、間違いなく、他の私に絡んでくる奴らよりは筋もいいし、強いのは間違いない。
「強がってる? ベニエは普通にケンカ強いんじゃないの?」
「いや、パワー弱いって言ったのお前だろ?」
「あー……私よりは、って話で、別に“弱い”とは言ってなくない?」
「同じ意味じゃねーの?」
なんだこの会話?
今まで私に絡んできたやつは、その後は逃げるか、目を合わせないかの二択だった。
こうやって話しかけてきた人物は、いなかった。
「ベニエって変わってるねー? マジで謝罪しに来た感じ?」
「それ以外にお前に用事なんてねーから!」
「まぁ、だろうね……私に話しかけるメリットなんてないもんね?」
紅江は私がそう返すと、少し黙った後、私の隣にまで歩いてきた。
「鳥羽、お前さ? 実は“私ぼっちで寂しいです〜かまってくださ〜い系”だろ?」
あ、普通に図星ついてきたな〜と思った。
「否定しないわ〜。だから、かまってくれる奴、大好き〜なわけだし〜」
「それが、美月にちょっかいを出す理由なわけ?」
「ベニエさん、超能力者? 私の図星ついてくるじゃん?」
「お前、否定しないのな?」
「ん? わざわざ否定する理由ないし? 本当のことだし」
紅江はきょとんとした表情になっていた。
どうやら私の回答が、意外すぎたようだった。
「お前、素直すぎない?」
「ん? そうかい?」
しばらくの沈黙の後、紅江は言った。
「悪い……マジで。お前、鶫のこと“嫌いな奴判定”してたこと、謝るわ? 意外とお前のこと、アタシ好きだわ?」
「あぁ? 好きって……まさか……こく……!?」
「なんでそーなんだよ! はっ倒すぞ! お前!」
今、一体私はどんな表情をしているのだろう?
誰かとこんなに喋ったのは、数年……いや、燕ちゃん以来かもしれなかった。
「ですよねー。あの、よく一緒にいる、あの美月ちゃんのダチ? らしいイケメン男子と付き合ってるんでしょ?」
「はぁー? アタシが晶と付き合ってるワケねーじゃん!」
「はい? 違うの!? 付き合ってるからあんな反応だったんだと思ってたんですけどー!」
否定しながらも顔を真っ赤にする紅江さん。
コイツ、かわいいなぁ……とか思い始めた。
「うるせー……そりゃ、好きだけどさ?」
「あ、否定したくせに、好きなこと認めるんだ? ベニエさん素直だねー」
「……マジではっ倒すぞ、鶫、お前……」
こんな奴と友達みたいになれたら、きっと楽しいのだろう。
紅江は良い噂ばかり聞く女子だし、モテる人物なのだろう。
「……さて、アタシ、そろそろ行くわ。まー、悪かったよ……」
あの時の紅江の怯えた表情は……なんだったのか?
別に私を怖がっていないのは間違いない。なら、なんで?
やっぱり何かが引っかかる。
ただ、間違いなく……この女子、福田紅江はカッコいい人物だろう。
「ベニエさんはかっこいいね? 本当の意味で強いしさ?」
「……ありがとう、鶫」
そう言って、紅江は戻っていった。
※※※
紅江との会話の影響か、ずっと空を見上げながら、何かを考えていたような……ただ、ぼーっとしていただけのような……。
しばらくして、今度は美月ちゃんがここにやってきた。
話によると、風紀委員会的に、私がこの立ち入り禁止の場所にいるのは校則違反で、そもそも下校時間を過ぎてるんだから帰れ! ってことを言いにきたらしい。
……というか、そんな時間になっていたことにすら気づかなかった。
「じゃあさ、美月ちゃんが手を繋いで一緒に下校してくれるなら〜すぐに帰ってあげるよ〜?」
冗談のつもりで私は美月ちゃんに言った。
もう、帰るつもりだったし。
しかし、返ってきた返答はとんでもないものだった。
「うん、いいよ? 女の子が一人で帰るのはやっぱり危ないし」
「えぇ……?」
※※※
なんだろうか? この状況……。
さぞかしモテるだろうイケメン男子と、ヤバい奴で有名な私が手を繋いで歩いている。
「鳥羽さんの家ってどこなの?」
「えーとー、駅前」
「駅前? 遠くない?」
「まー、途中でバス使ってるしー」
「そっか、ならバス停まで一緒に行くよ?」
なぜ、この男子は私にそんなに親切にするのかわからない……。
「美月ちゃんって彼女とかいるっしょ〜? 私なんかと歩いてるのバレたら、ヤバい奴判定されてフラれちゃうかもよ〜?」
「彼女か……確かに好きな子はいたけど、今は別にいないしさ? 僕は別に鳥羽さんが嫌な人とは思ってないから?」
「なんでそんな真っ直ぐな、恥ずかしいセリフを言えるわけ?」
「え? 恥ずかしいセリフって? 鳥羽さん漫画とか読みすぎなんじゃない? 別に恥ずかしいこと言ってないけど」
本人は、まったく自覚がないようで……。
しばらくの沈黙の後だった。
「もう、いなくなっちゃった子……なんだけど、その子の話なんだけどさ?」
「いなくなった子?」
「うん、すっごい周りが見える子で、空気も読めるその子が、自分で見たこと以外、幽霊とか噂とか信じないってタイプで……なんか、すごくカッコよくて! 僕も、そうなれたらなって思ってね」
「その子が、もしかして? 好きな子?」
「うん。妹みたいな感覚だったけど……好きだったのも間違いないかな」
「そっか」
その人物が、この月元美月という人物を“このイケメン男子”に仕立て上げたのなら……本当にすごい人だったのだろう。
ただ、その人物に対して“過去形”で語られていることが、少し引っかかる……。
もっと話を聞いていたかったけど、バス停についてしまった。
しかも、ちょうどバスも来てしまっていた。
「鳥羽さん、また明日ね?」
「うん、またね」
私はバスに乗り、家に向かう。
バスの中で――そういえば「あのカード」のこと、聞けばよかったな……と思い出した。
ゆっくりペースですが
続きを出せたいいなと思っています!
最後まで読んでくださり
ありがとうございます♪