第九二話 願いのその先
海の王の眷属を殺したことから怒りを買い、ロロネーは自分が最も嫌うモンスターとして永遠に生き続けることを強いられた。
そんな背景にある彼を、まさに怒りを買った張本人に解放してくれというのはブラットたちにとっても勇気のいることだった。
けれどリーサル海賊団のアジトでカギが手に入ったのも、簒奪のコンスタンティンのイベントを乗り越えることができたのも、ロロネーの残骸が渡してくれた【ロロネーの思片】のおかげだ。
それがなければそもそも今この場で、海の王に会えていない可能性の方が高かったのだから、最後のこのチャンスを彼のために使うのも悪くはない。
もちろん、ちゃんとブラットたちには打算もあった。
ロロネーを解放することで、必ずなにか報酬はあるはず。それが今回要求できるもの以上かは定かではないが、本イベントでもかなり大きなイベントの一つなのだから、中身が悪いことはありえない。
さらに港町にいたハヌンの系譜──ブーンたちの一族に、彼の解放を知らせることでも何かイベントが起きてくれる可能性すらある。
ブラットたちは彼を解放したいという思いと、それらの期待も込めて報酬を彼の解放に選んだというわけだ。
だがそれも、海の王のご機嫌次第ではあるのだが……。
「……………………キャプテン・ロロネーの解放だと?」
爬虫類のようなドラゴン顔のわりに非常によく動く表情が曇り、耳が痛くなるほどの沈黙に包まれる。
『これ、やっぱ不味かったか……?』
『あっちも何年も何年もずっと苦しんだわけだし、そろそろ許したげてよ~』
『何年も何年もずっとって言っても、ドラゴンにとっては数日前くらいの感覚だったりするのかも……』
『『あー……』』
確かに長生きしているであろう海の王にとっては、彼が苦しんだ長い年月などほんのわずかと思っても仕方がない。
とはいえブラットたちが怒りに触れたという雰囲気でもないので、願ったこと自体は何とも思ってはなさそうだ。
それだけは救いだったが、やはりそれはダメかと諦めかけたとき、彼はとぼけた顔で首を横に傾げた。
「うーむ……誰だったか。聞き覚えがあるような、ないような……」
「「「ええぇっ!?」」」
まさかの忘却落ちだったとは思わず、素っ頓狂な声が三人からあがる。
「いやいやいや、エルドラードに来るために必要なカギの一つを守っている海賊団の首領ですよ!
王様がモンスターにしたっていう、あの!」
「俺がモンスターにしただと? あー………………あーあー! おった! おったわ!
確かにそんな名前だった! ふぅ、スッキリした」
「えっと……王様? ホントに彼のことを忘れていたんですか? かなり怒っていたという話でしたけど……」
「うん? もうよく覚えておらんから、どうでもいいことだ」
HIMAが念のために直接確かめてみたわけだが、まさか怒りどころか存在すら既に気にしていなかったことに絶句する。
ロロネーにも非があったのは確かだろうが、それでもあれこれと最後に自分の意志が保てるそのときまで、足掻いて仕掛けを施していった彼の努力はいったい何だったのか。
そんな彼のことを思えば、もやもやした気持ちがこみ上げてくる。
だがそれだけ気にしていなかったおかげで、ロロネーがあちこちに弱体化の仕掛けをしていたことも気づいていながら、どうでもいいかと流してくれていたという側面もある。その点においては救いではあっただろう。
「眷属の一人を殺されちゃったって聞いてたんですけど、それももうどうでもいいんですか?」
「殺されたと言っても後で蘇らせられたからな。殺された張本人も、もはや大して覚えていないのではないか? 確かめておらんから俺は知らんが。
確かあのときはちょうどカギの守り手たる海賊団を、まとめられるだけの存在をどうしようか悩んでいたのだ。
そんなときアヤツがいい塩梅な強さをしておったから、俺を苛立たせた罰にちょうどいいとやった…………ような気がするな」
「「「えぇ……」」」
良くも悪くも天上人。このイベントマップにおいては神のような存在。
王様のそのときそのときの気分や状況次第で、一介の人間の人生などどうとでも捻じ曲げられてしまうということの典型のような事例だったようだ。
しかしリーサル海賊団の首領探しをしていなければ、ロロネーはゴミを払うかのように消し飛ばされていただけだった。
どちらが幸せかと言われれば、死んでいたほうが彼にとっては救いであったのだろうが……。
「えーと……それじゃあ、解放の件はどうなりますかね? 王様」
「うん? あー……しかしなぁ、いなくなるとそれはそれで面倒だしな、どうしたものか。
そうだ、お前らはなかなか面白いやつらだ。いっそ三人で俺の力を受けて融合し、モンスターになって海賊団の首領になる気はないか?
お前らは種族的にも面白いものばかりだし、くっつけてしまえば奴くらいにはなれるかもしれん」
「「「それはちょっと……」」」
その選択をしたらどうなるかは非常に気になるところではあるが、モンスター化してしまうと自由に動けなくなりそうなので、丁重にお断りを入れておいた。
三人一緒にゲームを楽しみたいとは思っていたが、融合はさすがに一緒すぎると。
実際にこちらは今ある船を失う罠ルートなので、回避して正解である。一部の人にとっては、面白いルートでもあるのだが。
「そうか……。しかし望みの物をくれてやると、俺は口にしてしまったわけだしな。
物ではなく者ではあるが、別に叶えてやれんこともない願いではある。
それで自分の言葉を引っ込めるのは格好がつかん。よかろう、その望み叶えてやろう」
「「「ありがとうございます!!」」」
ロロネーがどうこうというよりも、王としてのプライドの問題で受けいれてくれた。
ブラットたちからしたら解放してくれるのなら、そんなことはどうでもいいので素直にお礼を言っておく。
すると海の王は上機嫌で、さすが俺だろうとでも言わんばかりのドヤ顔で応えてくれた。
「一から生み出すのも面倒だし、またどこかでまとめ役を調達せねばな。
では、キャプテン・ロロネーよ。来るがいい」
「オオオオォォォォオォオーーーッ!」
海の王がそう口にしただけで、キャプテン・ロロネーがブラットたちの船と王の間あたりに強制召喚された。
助けに来てくれたときとは打って変わり、ブラットたちに向かって殺意をこれでもかと浴びせかけてくるが、声を出す以外に体は動かせないので危険はない。
「おお、確かにこのような顔をしておったな。では──解放してやろう」
「──オォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」
水掻きのついた右手の平をキャプテン・ロロネーにかざすと、蒼い光が降り注ぎ肥大化した部位も、変形した部位も、元のロロネーだった頃の肉体へと戻っていく。
とうに人としての寿命を迎えていた肉体は一瞬でミイラのように年老いてしまい、あの特殊な空間でみた彼の幻影とは似ても似つかない姿になってしまう。
けれど彼は苦痛すら感じられなくなった体で、歯も残っていない口元に大きな笑みを浮かべ、殺意ではなく感謝の視線をブラットたちに向けてくれた。
「ぁ──ぃ──ぁ──ぉ」
そして肉体がボロボロと砂のように崩れていく中で、まともに動かない喉を無理やり動かし、「ありがとう」と声にならない言葉を残して──彼は完全にこの世界から消え去ったのだった。
「あ──」
同時にブラットのアイテムスロットに入っていた【ロロネーの思片】が飛び出して、目の前で小さく爆ぜるように消えてなくなる。
「あっちのロロネーも消えたんだな……」
それはあの隔離された空間にいたロロネーの残骸も、ブラットたちの世界線では消えたことを意味していた。
少しの寂寥感を覚えながら、ブラットは自然と手を合わせ彼に最後の祈りを捧げた。それを見ていた二人も同じように、手を合わせた。
「ありがとうございました。王様」
「俺としては、そんなことでいいのかと拍子抜けだったがな。それで?」
「……それでとは?」
「いや、今の願いはお前の願いだったのだろう?
残りの二人の願いを、まだ聞いていないのだが」
「あれ? 今のって三人分のお願いってことじゃなかったんですか?」
しゃちたんがほぼ素の感じで海の王にそう言うが、彼は気にした様子もなく不思議そうに首を傾げた。
「あの程度のことで、それはケチがすぎるというもの。俺は三人分の願いを聞いてやろうと言ったのだから、早く答えろ」
「そ、それじゃあ……私たち二人分のお願いを三等分して、妥当な物をくれたりとかは?」
「わたしも、そっちがいいでーす!」
ロロネー解放による報酬らしき宝箱が三つ、いつの間にか船の上に積み上げられていた。
だというのにブラットの願いの分だけ使って、そちらも自分たちが貰うというのは二人にはできなかった。
そんな考えからの提案だったのだが、海の王は快く受け入れてくれた。
「それが願いなら叶えてやろう。揃いも揃って、妙な願いばかりするやつらよ。
二人分を三等分というのなら、その宝箱をまた追加で出すくらいが妥当だろう。受け取るがいい」
「「ありがとうございます!」」
「ありがとうございます」
この欲しいものを願えるチャンスであれば、もっといい物が手に入っていたはずなのに、HIMAもしゃちたんも即断で後悔はないとお礼を述べ、ブラットも遅れてお礼を言った。
この時点で巨大な宝箱が九個も、船の上で器用に積み重なっていた。
「うむ、存分に感謝するがいい。
しかし今回は、なかなかに面白い出会いであった。娘に感謝しなくてはな。
他に、お前たちから何かあるか?」
「あ、えーと、島の中にあるものを採取するのは大丈夫でしょうか?」
「島の中にあるもの? あれらも俺の力で翌日には戻るようになっている。故意に荒したり散らかしたりしないというのなら、好きにするといい」
「「「ありがとうございます!!」」」
これでこの島の主である海の王からも言質が取れた。宝箱の中身をしまって、余った分は収集した素材を入れていくことになりそうだ。
「普通の人間であれば勝手に盗んでいきそうなものだが、まったく殊勝なやつらよ。お前たちのような者ばかりならいいのだがな。
おっと、そうだ。もう一つ、お前たちに言っておくことがあった」
「なんでしょうか?」
「見事、表の海よりここに辿り着くことができたお前たちには、裏の海──『死海』への扉も開くことができるようになる。
そちらでは表のように生ぬるい海賊など一匹もおらず、本当の実力者だけが生き残れる修羅の場所。
より多くの宝を欲するのなら、そちらに行くのもよいだろう」
「は、はあ……、そんなところがあったんですね。もし気が向いたら、行ってみることもあるかもしれません」
ブラットは口ではそういうものの、絶対に行こうとは思わなかった。
これまでの場所が通常のイベントマップだというのなら、裏の海はエクストラマップ。表の海を終えたプレイヤーたちが、残り時間も飽きないようにと用意された難易度マックスの海。
せっかく無事にここまで来たというのに、そんな場所に行って船を失うなど、さすがのブラットもできやしない。
見てみたいという好奇心がないこともないが、零世界のためにもHIMAやしゃちたんのためにも、ここはステイが正解だ。
「正直お前たちレベルでは、運が良くても五分も持たんと思うから勧めはしないがな。好きにせよ。ではこれで終いだ」
「「「謁見、ありがとうございました」」」
「うむ。達者でな」
ブラットたちが頭を下げると勝手に船がUターンしはじめ、謁見の間の外に向かって動き出す。扉も勝手に開いていく。
海の王はそれを最後まで見送ることなく穴の中に引っ込んでいき、船が出たところで外で待っていたリザードマンたちが扉を閉めた。
「これにて謁見は終了だ。速やかに城の外へと移動してくれ」
「わかった。しゃちたん、頼めるか?」
「まっかせて!」
謁見の間を出ると船が止まったので、しゃちたんがさっそく運転席に乗って動かしはじめる。
リザードマン先導のもと無事に城門を出たところで、ブラットたち三人にファンファーレの音が鳴り響いた。
《イベントストーリー【光風霽月ルート】クリア、おめでとうございます!
ストーリー攻略報酬は、イベント終了と同時に各種ミッション報酬と共に届けられますので、しばらくお待ちください。
他にも多種多様なイベントをご用意しておりますので、時間が許す限り本イベントを心ゆくまでお楽しみください!》
それはイベントの本編を全てやり遂げたという知らせ。
ブラットたちは顔を見合わせ、満面の笑みでハイタッチ。これまでの全てが今ここに実を結んだことを、三人で全力で喜び合った。
「やった! イベントのストーリークリアまでできるなんて、さすがにオレも思ってなかった!
二人とも、ここまで本当に一緒に来てくれてありがとう!」
「そんなの、こっちも同じことだよ。私こそ、二人ともありがとう!」
「私もだよ! はじめてのイベントを、二人と一緒にできてほんっとに楽しかった! ありがと!!」
まだ城門の前だというのに三人は操舵室に籠ったままはしゃぎ、最後にはリザードマンの門番に怒られて離れることになるまで、それは続いた──。
邪魔にならない場所に一度船を停め、ひとまず宝箱の中身を適当に船に突っ込んでから、フワフワした心持ちで船室に行き三人は会話を続けていく。
「けどクリアどころか、ちゃんと名前付きのルートをクリアできたなんてね。今でも信じられないよ」
「名前付きのルート? 私らのは確か……えーと……」
「光風霽月ルート。さっぱり綺麗に終わって心も爽やかって感じのルート、って意味だと思う」
「たぶんルサルカと敵対しないこと、穏便に謁見して終えること、それでいてロロネーも解放していること。
最低でも、この辺は条件に入ってそうだね」
「へぇ~。でも名前付きって言うくらいだから、なんか私ら特別なルートをクリアしたってことなん?」
「なんの条件も当てはまらずに、ただクリアするだけだと【ノーマルルート】っていう普通のクリアになるらしいぞ。
オレは今回がはじめてのイベントクリアだから、よく知らないけど」
「ブラットの言ってるので合ってるよ。
BMOのイベントのストーリーには【ノーマルルート】以外に、ちゃんとしたルート名がついた、プレイヤーたちの間では名前付きって言われてるルートがいくつかあるの。
私たちはそのルートの中の一つに条件が一致したから、そのルートのクリアってことになったわけだね」
当然ながら【ノーマルエンド】よりも、名前付きルートの方が難易度が高く、それに比例して貰えるクリア報酬のグレードも高くなる。
【ノーマルエンド】でもブラットたちクラスのパーティでは、クリアはまず無理だと言われているので、そのさらに上にいけたというのは快挙といえよう。
「他のルートはどんなのがあったんだろうな」
「私らみたいな平和的ルートがあるってことは、その真逆のルートもあるだろうね」
「うわぁ……、何したらそっちにいけんだろね」
「間違いなくルサルカは倒す必要があるだろうな」
「下手したらザラタンの討伐も入ってるかもね。スペシャルアクションを使えば、ザラタンも倒せないことは無いだろうし」
「めっちゃ攻撃的なルートだなぁ」
HIMAの言う通り、ブラットたちの通ったものとは真逆となる『ザラタン』『ルサルカ』『ロロネー』を討伐した上で、海の王まで殺す最難関【百鬼夜行ルート】まで用意されている。
海の王はロロネーを正当な方法で戦って勝って解放することで、攻略に必要な力を得ることができるので全く不可能というわけではないが、それでも最上位プレイヤーが本気で挑んでやっとといったレベルのルート。
今のブラットでは夢物語なルートである。
「けどいつか、そういう暴れまくる、はちゃめちゃなルートもやってみたいな」
「そのためには、もっと強くならないとね」
「零世界?だっけ? なんかそっちで、もういっちょがんばれば進化できそうなんだよね、ブラットは」
「ああ、そのために必要な物を、今回のイベントでいろいろと手に入れるつもりだしな。むしろイベントの後が本番まである」
「そっちも、がんばってね。それで絶対に次の進化した姿を私に見せて」
「私も見たーい! だから、がんばって! ブラット! 私もなんか凄い進化をして見せるからさ!」
「それは楽しみだな。オレもしゃちたんやHIMAがもっと強くなっていくところを近くで見ていたいし、こんなところで終わるつもりはない。
絶対にアイツを倒して見せるさ」
イベントは運に助けられもしたが、ちゃんとクリアすることができた。
まだ親方に会いに行ったりと、やっておきたいイベントは少し残っているが、ブラットの思考はいよいよBMOから零世界に向けて、本格的に動きはじめたのだった。
余談であるが【光風霽月ルート】は、エルドラードに行った証拠を見せると約束した、確固たる信頼を得たNPCが一人はいること。(ブラットたちの場合は、ゴンド親方)
ザラタンへの攻撃も必要最低限、ルサルカの信頼を得て、ロロネーの残骸からも信頼を得たうえで本体の解放。
エルドラードにある全ての生物や物を勝手に採らずに海の王との謁見に臨み、海の王にも気に入られた上で、無事に城門を出ることが最低条件だった。
謁見で上手く王に気に入られれば、その望みでロロネーを解放するというのも要素の一つとしては用意されていた。
だが目先に吊るされた何でもお願いできる権利を捨ててまで、ロロネーの解放を頼むプレイヤーがどれだけいるだろうか。
なんならまだプレイヤーたちがBMO本編でも手に入れていない、完全なるドラゴンの素材まで安全に入手できる機会でもあったのだから。
ブラットたちレベルのパーティが、エルドラードに行けるようには作りこんでいなかった運営サイド。
【ノーマルエンド】ですらそんな状況だったというのに、クリア者の中でも数パーセントしか達成していない【光風霽月ルート】をクリアし、アーリークリアまでかっさらっていたのだから、そのログを見た職員は騒然となった。
当然バグか何かがあったのではと確認はしたが、そんなものはなくいたって清廉潔白。
改めてブラットという異常なプレイヤーがBMOに爆誕したことを、ここで強く実感することになったそうな。
次は火曜更新予定です──が、月末に三回目のワクチン接種をすることになっているので、もしかしたら予告なくあけてしまう可能性があります。
よほど体調が酷くなければ更新する予定なので大丈夫だとは思いますが、念のために報告しておきます。




