第六九〇話 天使としての
『………………』
「………………」
熾天使はブラットを一度見て、周囲を見渡し、またブラットを無言で見下ろしてくる。
そこから読み取れる感情は困惑か。あの子供を見守る親のような眼差しではなく、どこか困っている気がした。
壊滅的な打撃を受けた町は酷いありさまだが、一つだけを選んだよりは多くの『モノ』を救えたのは間違いない。
また時が止まったようにセピア色に染まり、周囲の動きが止まっている中で、ブラットはこれじゃ駄目だったのかと訴えかけるように、こちらを見つめてくる熾天使と目を合わせ続けた。
そんな謎の時間が二、三分ほど続いた頃だろうか。ようやく熾天使の中で考えがまとまったのか、一度目を閉じてからまたこちらを見つめ、その作り物のように整った唇を開く。
『私が伝えたかったことの意図を読み取れなかったわけではないのだな?』
「もちろん。意図したうえで盾を捨てて、自分の力だけで救えるだけを救おうと思っただけです。
それが本当に、分相応の選択じゃないかとも思いました」
『な、なるほど? そうか。私の説明で何か勘違いさせてしまったわけではないのなら良かった。
まぁその可能性は低いとは、分かっていたのだが。さて──────どうしようか』
「…………え?」
何とも渋い表情でどうしようかと問われても、ブラットこそどうすればいいのか分かるわけがない。
そんなブラットを見て、熾天使も「それはそうだろうな」と何度か小さく頷いていた。
『天使の中にも好戦的であったり、非常に我の強い者はいる。故にそなたが天使に向いていない、相応しくないとは思わない。
そういった者たちも、与えられたルールの中での選択をしていたわけだが……』
「はぁ。でも絶対に盾を使えとも、本来の力を呼び出しても駄目とも言われてませんし」
『架空の世界とはいえ、天使が創った空間に介入するのは難しいはずなのだがなぁ……。
とはいえ面白いとも思ったし、これも一つの選択として私も認めている。だからこそ、より高みにある天使としての役職を与えてもいいとは思ったが、そなたは発想も行動も自由過ぎる。
既存の枠組みに入れても、勝手にはみ出る気がしてならない。そして私の仕事を増やす気がしてならない』
「いやぁ、それほどでも」
『ほめてないぞ? ほめてないからな? ということで、私の管轄ではなく勝手に自分の道を開いてくれたまえ』
「勝手にって、そんなことできるんですか?」
『私の上役からの許可も出ている』
「あなたにも上役がいるんですね。めちゃくちゃ強そうなのに」
『私は天使としての階級こそ最上位ではあるが、明確な役割を賜っているわけではないからな。
力が強く見えるのは、この役割を担っている者がいなかったため私が借りているのと、単純にそなたの何倍も長く生きているというだけだ』
「天使にとって役割は重要だと」
『天使として何を司るのかの問題だからな。無位でなくとも無官では、天使として半端者なのだ。
そういう半端者は、その位において最下級に置かれ雑用を押し付けられる。このようにな』
そこでふと天使ではないが、悪魔種のグリードを思い出す。彼はBMOでいえば超位職ともいえる公爵級の悪魔に至っている。
もちろん強い。強いのだが、公爵という上澄みも上澄みの存在という割には、そこまでの理不尽さは感じない。
もちろん潜在的な力を全て引き出せていない点を鑑みれば、まだまだあんなものではないというのを考慮して──だ。
BMOは鈴木小太郎の理想を体現した世界でもあるため、零世界という本物の世界ではそんなものなのかもしれないと、これまでは考えていた。
根源の御子も零世界では今のブラットより弱かったが、BMOでは未だ彼らは手が出せないほど高みにいるように。
(もしかして、ただ階級を重ねるだけではなく何か役割だとか、自分の司る何かがあったほうがいいのかも? 灰天使でのブラットでいう、『剣』みたいな何かが。
それで言えばグリードはただの公爵級ではなく、『盾』の公爵?みたいなのにでもなればいいのかな)
今の状態は世襲してただ公爵になっただけのボンボンであり、自分の何かを示して認められた公爵ではない状態──だと考えれば、グリードの更なる先が見えてきたような気がした。
盾に関連したスキルも覚えているが、それはまだ〝司る〟という域にまでは達していないと考えれば納得もいく。
(それを確認するためにも、悪魔の箱の方もさっさと開けてみたいな)
『考え事はもういいか? 続きを話したいのだが』
「あ、ごめんなさい。ちょっと気になることがあって。続きをどうぞ」
律儀に考えがまとまるのを待っていてくれた熾天使に頭を下げると、気にした様子もなく鷹揚に頷き返してからまた口を開く。
『そなたには『黎明』の役職を授けよう。具体的な階級は設けず、こちらが推奨する行動もない。
黎明とははじまりであり、白地図のようなもの。己の中にある才覚と力で、自分の天使としての役割を自由に決め、自身で切り開いていくといい。そうしてくれれば、私も楽──助かる』
「今、楽って言いませんでした?」
『…………』
アルカイックスマイルで受け流されてしまう。最初の頃はそう思わなかったが、彼は意外と面倒くさがり屋なのかもしれない。
だから熾天使なのに自分の役割がないんじゃ……? と考えたところで、笑みが深くなり、圧が強まったため考えるのをやめた。
なんだか最初と比べて随分と印象が変わった気がした。
『こほん。あくまで私でやれるのは、その資格があるかどうか、どのような天使になれるのかの選定に過ぎない。
そこから本当に天使に至るかどうかを決めるのも、ここを出てからそなたの好きにするといい。手を』
「はい。ちなみに灰天使と兼業になるけど、大丈夫ですか?」
『灰天使なら良いのではないか? 天使とついているからな。責任はとらないが』
「えぇ……なんか適当……」
少し上で浮遊している彼に向かってブラットが手を伸ばすと、その手の甲に人差し指で触れられた。
甲には天使の翼のような紋章が一瞬だけ輝くと、すぐに消える。
『これでいい。権利は渡した。それをどう使うのかは、自分で決めなさい。ではこれにて──』
「質問質問しつもーーん!」
『…………チッ。なんでもいってみるといい』
「今舌打ち……いえ、なんでもないです。天使とは直接関係ないかもしれないんですけど、天乱の双玉璽って知ってます?」
無官とはいえ、彼とて最上位天使。何となく仕様は分かってきたが、片方は天使の玉璽だ。
何かしら天使にも関係しているのではないかと、また強引に夢の力で干渉して実物も引き寄せ問いかけてみた。
『そのようなものは知らないが……だが天使としての──ああ、もういいや。説明も面倒だ。私がやっておいてやろう』
ブラットの手から天乱の双玉璽をかっさらうと、そのままブツブツと何か呟き、天使の玉璽に膨大な聖なる力が宿る。
直視できないほどの光を放ったかと思えば、内包する力が極限まで圧縮されて大人しくなった。
「今何を?」
『そちらの方には天使の許可がいるようだったので、私が許可しておいた』
「あ、ありがとうございます?」
『ありがたく思うのならもうよいな? 説明しろというならグーで殴るぞ』
「グーでって……分かりました。これ以上は聞きません。何かしてくれたみたいですし」
『それで良いのだ。そなたはなんだか面倒そうだから、もう二度と私が関わらないでいいように祈っておくのだぞ。ではこれでさらばだ──』
これ以上しつこくすると本当に拳が出そうな笑みを浮かべていたため、ブラットは大人しく引いた。
彼が天へと昇って消えると、逆にブラットは下へ吸い込まれるようにこの世界から追い出され──いつもの課金拠点に立っていた。
「フリーーッ」
「ああ、大丈夫。ちょっと、びっくりしたけどな」
突然箱の中へと吸い込まれていったブラットを心配して、フリーが駆けつけてくれた。抱っこしながら癒しをもらいつつ、ブラットはさっそく職業一覧を確認する。
天使系と悪魔系の職業は、他と比べると真面目に鍛えて来なかったが、天使系の超位職の中に『黎明の天使』というものが取得可能な状態で表示されているのを見つけた。
しかも本来必要なRPも救済聖想分霊箱の効果で、今取るなら五割ほど引いてくれるそうで、他に条件もない。
「最近ぽんぽん超位職を取得してたから、かなり心配な域に達してたんだよな。これは助かる」
もう取る以外の選択肢はないだろうと、『黎明の天使』を解放した。
「これでいいな。最初のスキルは…………あ、あれ? 何もないんだけど……」
「フリィ?」
だが何故か『黎明の天使』には、何のスキルも表示されていなかった。ただ第一スキルの欄に【】と表示され、枠だけはあった。
こんなことははじめてで、どういうことだろうと思考を巡らせ、熾天使が言っていたことを思い出す。
「そういえば役割を自由に決め、自身で切り開けとか何とか言ってたな。つまりこれは、自分で方向性を勝手に決めていいってことか?」
黎明とは、これから新しい何かをはじめることを示唆している。自分という天使とは何なのか決めろと、ルールを破壊して盤外戦術でぐちゃぐちゃにしたブラットを、既存の天使の枠に当てはめることを放棄したのだ。
ブラット流剣術のようなものかと納得しながらも、そちらはどっしりとした土台が最初からあった。
しかし天使系の土台はスカスカだ。そこからオレの天使とはこうである!と言える、何かは特に有していない。
「そういえば己の中にある才覚と力で──とも言ってたな。白地図だとかも。だったらもう、天使にこだわらなくてもいいのか? 天使としての向き不向きによる、相性とかはありそうだけど……」
どう決めるのかはよく分かっていないが、なんとなく方向性はあっている気がした。
そこで己の才覚や力の中で、天使と紐づけられそうなものは何かあるかと改めて自分自身のステータスを見ていく。
(下手なものを選ぶと天使の格も下がりそうだし、できるだけ相性がよさそうで、他と被ってないのがいいかな。となると──これかな)
所持している特性、職業、種族スキル。これらを見つめ直していったところで、一つの特性に視線が吸い寄せられた。
これはいいのではないかと、その特性と【黎明の天使】を意識してみれば、何か自分の中で力として纏まっていくのを感じはじめる。
《超位職【黎明の天使】の初期スキルが確定しようとしています。
確定後の変更は受け付けられません。実行しますか? YES / NO》
「イエスだ」
ご丁寧にBMOのシステム側が聞いてきてくれたが、今更別物を選ぶ気はない。迷わずYESを選択すると、なにもない【】は【フラウス・テンプス】というスキルに変わっていた。
物は試しとさっそく使ってみると、灰色の翼が白に近いグレーに変わる。それと同時に黄金の時計のような魔法陣が足もとに描かれ、ブラットを中心に空間を区切るように二メートルほどの小さな正立方体が展開される。
どういうスキルなのかは、説明を読まずともなんとなく自分で理解したが、念のため確認もしておく。
「欺瞞の刻……か。これは相性も含めて当たりかもしれないな」
自分の中にあった特性の内、少し持て余していた【時空適性5】と【時空耐性5】。せっかく自由にしていいならと、これらの特性を【黎明の天使】と紐づけた。
そのため時空に干渉する力が中心となったようで、また敵からすれば理不尽ともいえる効果である。
「空間内の時間を任意のタイミングで一秒戻す……か。MP消費はきつそうだけど、面白そうな職業になったみたいだ。極めていったらこれはこれでヤバいかもしれない」
職業名は【黎明の天使】のままだが、初期スキルが確定したことで方向性は示された。
まだまだ方向性が決まっただけで、黎明期は抜けてないということなのだろうとブラットは理解する。
「一秒って聞くと短く感じるけど、戦闘中の一秒だと考えると相当余裕がありそうだ」
一秒あれば敵をみじん切りにできるブラットからすれば、それでも十分すぎるほどだと感じた。
試しに空間内で自分の腕を剣で斬り落としてから、一秒戻す。
すると逆再生するように腕がくっつき、剣を構えた状態に戻っていた。巻き戻しはあくまで巻き戻し。行動は制限され、一秒前に行った動きをトレースするしかできない。
それでもどんな致命傷を負っても、一秒以内なら全部なかったことにできてしまう。使い方によっては、かなり凶悪なスキルといえる。
「【灰塵の羽撃】」
さらに超位職の天使職を得たことで、特性【灰天至魂】により灰天使の力まで強化された。
案山子に向かって灰天使の攻撃スキルを使ってみたが、明らかに威力が上昇している。
こちらがメインで、天使職はオマケ程度に考えていたのだが、思っていた以上にこちらも化けそうだと思うと笑みがこぼれた。
「これくらい……かな。準備はできた」
天使職に至っては予定外ではあったが、このタイミングで得られたのは行幸だ。
これで自信をもって零世界に戻れると、ブラットはBMOに戻ってから新しく覚えた力を思い出していく。
(力も手に入れた。道具もたぶんもう大丈夫。あとは──倒すだけだ)
これ以上の準備は時間をかけ過ぎだ。本物の世界での戦いの感覚を忘れてしまう前にと、ブラットは零世界での本格的な海への侵攻をここに決断した。
「海も人類のものにしてやる。それが終わったらルインを倒して、鈴木さんも強化して──最後にベグ・カウを倒して零世界はゲームクリアだ」
言葉に出せばもう残りの敵もかなり減ってきた。ベグ・カウ戦を安心してこなせるように、さらなる力を求めていく必要はあるが、ルインを倒せば小太郎の能力が上昇する。それによって得られた恩恵は、仲間たちの強化にも繋がる。
ベグ・カウ戦前に残った三体のルインを討伐するのは確定事項だ。居場所は小太郎が常に把握しているため、向こうから来ないのなら海を越えてこちらから仕掛けてもいい。
あちらがこれ以上強くなる前に、さっさと海を解放する。当初から決めていた予定を果たすべく、ブラットはあちらへ持ち込もうと用意していた物をカバンに詰めていき──次なる戦いへ向けて零世界へと旅立った。
明日掲示板回を挟み、今章は終了予定です!




