第六八〇話 表層での戦い
ワーズグースの全身が膨らんだかと思えば、弾けて巨大なカニやウミヘビ、ウツボのモンスターが大量にばら撒かれた。
それと同時に〝夢罪鮫王の歯〟が光り輝き、光の粒子となって三人に宿る。
《海の守り神による加護が発動しました》
「なんか良く分からないけど、ありがとうサメさん!」
「絶対に解放してあげるから安心しなさいっ」
「キィ~♪」
クロミア、フランソワ(ポチ)、ドライに『海の守り神による加護』が発動し、この戦闘中は永続的に続くステータス上昇、状態異常軽減などがついた。
多少は支配権を奪えてはいるが、未だにあちらの優位性は変わっておらず、この世界におけるワーズグースの強さはクロミアの力も超えていた。
かなり厳しい戦いになるだろうことが予想されていたが、その加護のおかげで一気に形勢はイーブンへと持ち直す。
海鮮軍団はフランソワ率いる、人形劇団たちが主に相手していく。
騎士団長『イリス』、元帥『クラウディア』、軍医『スターシャ』。そして人形劇の主人公──女王『フランソワ』。
それぞれの配役にどこからともなくスポットライトがかかり、その存在を際立たせるのと共に、配役補正で強力なバフが彼女たちにかけられていく。
とくに主人公補正によるバフは効果量が高く、加護による強化も相まって数の暴力に負けていない。
イリスは大剣を振り回し、彼女がこじ開けた道を戦乙女人形たちが押し広げていく。
それらの動き全体を俯瞰してクラウディアが統率し、イリスという強駒とそれに従う戦乙女たちをうまく動かす。
スターシャはナース服から白衣にモデルチェンジし、ナース人形たちも用いて、全体回復。それは同じ人形だけでなく、クロミアやドライにも影響を及ぼし、一切の隙を敵に与えないよう後方から全体を支え続ける。
そして女王は天翔ける竜鎧のイノシシ(ポチ)に跨り、戦場を縦横無尽に駆け回り、敵を轢き殺しながら、両手持ちのガトリング砲で敵を蜂の巣にし、硬い相手にはショットガンのスラグ弾を撃ち込み、人形劇の主人公に相応しい活躍を繰り広げる。
ドライも『理を喰らう綻びの剣』を振り回し、意気揚々と相手の攻撃をあしらって、戦乙女人形たちに始末してもらっていた。
「生意気なぁ……」
この世界はワーズグースの世界。多少の不条理は捻じ伏せられると、その人形たちに干渉し、ただの人形に戻そうと両手を向けると黒い波紋がそこから発生し戦場を呑み込もうとする。
「そういうのは禁止でよろしく」
「ぬぅぅう……っ」
だが狂人のように振舞い、ふざけ倒している間にもぎ取った世界の支配力を行使して、クロミアが自分とフランソワ、ドライを中心に無干渉の領域を展開。
海の守り神の加護も合わさり、三人を中心に小さな聖域のような白い空間が広がり、ワーズグースからの干渉を跳ね除ける。
「はぁっ!!」
海鮮軍団をフランソワたちが抑えてくれている間に、クロミアが本体であるワーズグースに肉薄し、【狼王鹿狩り】で大木のような首を狩り取ろうと五本の剣を振り抜いた。
しかし巨体の割に質量を感じさせない軽い動きで、フワリと後ろに体がズレて回避された。
「愚かなりぃ……カァアアアッ!!」
「ブレスケアくらいしたらどうなの!」
大きな口から腐った魚のような臭い息とともに、巨大ウニのトゲが弾幕を張るように大量に吹き付けられた。
しかし灰風と雷による嵐を巻き起こし、それを弾き飛ばしながら魘装魔剣リリスをイバラの鞭化して攻撃を届かせる。
鞭でありながら斬撃であるその一撃が複眼のように小さな魚眼の集合体──右目を切り払い、内部にトゲを残してDOTダメージを発生させた。
それによるダメージは微々たるものだが、刺さったトゲは不快感を与え、ワーズグースの集中力──すなわち精神を乱す。
その隙をつくように展開していたタヌファンネルが、レーザーのような灰風をまとった雷を多方向から一斉に放つ。
「舐めるなぁあああ」
「ばっちいから舐めるもんかっ」
体から複数飛び出した巨大な海亀の甲羅が彼を守るように展開し、その魔法全てを防がれてしまう。
しかしクロミアは止まらない。ロロネー流【獄楽浄怒】の三刃で甲羅を切り裂き、風を推進力にさらに前へ突っ込むと、ゼイン流【業天】──右手は天に向かって、左手は海面に向けて振り抜かれ闘気の刃が伸びてワーズグースの巨大な顔面を二つに割った。
だがワーズグースの両肩から、口先が尖った巨大魚が槍のように八方向から取り囲むように、攻撃後の隙をついてクロミアに突き出される。
しかし当たる直前になって、クロミアがブラットに戻ると、その魚槍は幻のようにすり抜け無効化される。
「器用な真似をぉぉ……」
「ここはそういうところだろ」
ニヤリと笑ったブラットは、すぐにクロミアに戻って攻撃を続ける。
この狭間の世界は、夢と現が混ざり合う場所。そこにおける、クロミアたちの状態は非常に曖昧などちらでもある状態だ。
だが夢を扱える力があるなら、どちらかに強引に寄せることができる。
硬い甲羅を切り裂いたときのクロミアの存在属性は『夢』。甲羅は『夢+現』だったため、夢に寄せたことで実質その耐久は現実が混ざっている分だけ減少する。故にあっさりと切り裂き、その先に突き進むことができた。
それを察したワーズグースは存在属性『夢』の魚槍を展開してきたため、それを見切ったクロミアは、ブラットという存在属性『現』になることで、夢100%の攻撃をすり抜けた。
極限まで極めた桃色真君のような存在ならまた話は変わってくるのかもしれないが、完全な夢と完全な現実では、互いに幻のような存在となってしまうからだ。
互いに狭間の世界という特性を利用し、夢と現の比率をいじりながら読み合い削り合う。
(この世界、かなり参考になるな。夢でありながら、現実でもある中途半端な世界。
自力で維持するのは難しいだろうけど、現実に作用する幻想──奇跡の実現にはこの特殊な状態を理解するのが重要な気がする)
戦いの中で深淵領域を解放し、その構成を少しでもと読み取っていく。
このおかげで夢の扱いにおいては、数歩先に行くはずのワーズグースとの読み合いにもついていけた。
ワーズグースは上手く夢と現を誤魔化す術も使っていたが、表面だけでなく中身も裏側も全て見通す深淵の観測においては、その程度の欺瞞など意味をなさない。
逆にそういう力の使い方があるのかと、クロミアの夢と現を偽る技術が、戦いの中でワーズグースが内心驚愕するほどの成長を見せていた。
おかげで【胡遁夢遊至人】の職業経験値が、モリモリ上がっていく。
「こっちの供給が足りなくなってきたわよ!」
クロミアとの戦いに熱中するあまり、ボロボロと今まで体から落としていた海鮮軍団が目に見えて減っていた。
ならばと炸裂仕様のスラグ弾を体のあちこちに撃ち込まれ、フランソワがワーズグースを煽る。
「調子に乗っ────ぇぇぇええいっ!」
フランソワが一瞬意識を持って行ってくれたおかげで、僅かな隙が生まれた。クロミアは遠慮なくソードレールガンを次々と撃ちこんだ。
その剣には磁力だけでなく灰風の嵐を込めていたため、刺さるのと同時に爆発するように腐食をまき散らす。
おかげで肩から上は全て使い物にならなくなり、それに比例してワーズグースの巨体が小さくなる。
『これはこのまま削っていけばよさそうだね』
『ええ、海鮮軍団は任せておいて。絶対にそちらにちょっかいなんて出させないから』
不思議なことにここまで攻撃を当てても、ワーズグースのHPは減っていない。だが何も効果がないわけでもなく、八メートルはあった巨体は今では四メートルほどにまで縮小していた。
そうでなくても、ここはワーズグースにとってのセーフティルームではないかとクロミアは感じていたため驚きはしない。
いわゆる表層部分。親しくない他者へ見せる取り繕った表面的な精神にすぎなかった。つまりこれをどうにかした先に、もっと奥底の深層心理が詰まったワーズグースの本体、内面部分を叩けるようになるということだ。二段階仕様のボスキャラだと言えば分かりやすいか。
それは面倒ではあったが、同時にそういう心の守り方もあるのだと学びも得られた。
だがそろそろ表層部分から得られることも減ってきたため、クロミアもさらに二段階目への余力は残しながらも、ギアを上げていく。
「ふっ!」
最初にブラットTS状態では、身長や体重、胸の重さなどからくる重心の違いから、体を動かすたびに変な癖が付きそうなほど違和感を抱いていた。
けれどサブキャラと割り切ったのが良かったようで、別キャラを動かしているという認識ができた。
それによりキッチリと男と女の肉体制御を、頭の中でチャンネルを切り替えるように対応できるようになった。
今ではクロミアで動いても違和感はなく、ブラットと交互に入れ替えてもその動きに認識の齟齬もなく、変な影響も出ないと言い切れるほどになっている。
だが、そこで終わる色葉ではなかった。サブキャラであっても全力でと、クロミアの肉体だからこその動きの最適化も進めていた。
それもダンジョンのボスに魔王として据えたクロミアの動きや、他の英傑の女性たちの動きも参考に、今の体つきに最も適した動きを研究し、実を結んできている。
ブラットと比べれば筋力は落ちているし、身長も低いため手足も短い。体重は低いが胸がある。
けれどブラットよりも軽く、頑丈な筋肉が減った分だけ柔軟性も増している。より動きは軽やかにしなやかに、ふわふわと舞うような挙動で相手を翻弄する。
ブラットならこれくらいはと力も使って押し通すような状況でも、丁寧に受け流して素早く切り返す。
さらにクロミアの方が魔法適性が若干高いようで、魔法の比率も気持ち多めに立ち回る。
普通のプレイヤーならば、ブラットとクロミアの身体的差など、誤差で済ませ、同じように動くだろうが、零世界という命がけの場所に立つためにはその誤差すらこれくらいは──と流すことはしない。
真正面から向き合い、クロミアというキャラクターを完成させていく、その面白さもゲーマーとしての心をくすぐってくれた。
「しねぇぇええ……」
「あんたがね!」
カニのハサミが一斉にワーズグースの体から飛び出し、襲い掛かってくる。夢と現実、またはその両方と存在属性を細かく分けているため、どれかに存在を寄せて透かすのは難しい。
それでもクロミアは慌てない。剣を振り、魔法を当てて受け流し、夢と現を瞬間的に入れ替えてすり抜け、そのカニ腕の付け根に踏み込んで切り飛ばす。
まるでそうなる未来が決まっていたかのように、迷いのない空を舞うような、つかみどころのない動きにワーズグースも内心舌打ちをする。
夢使いとしての能力は間違いなくまだワーズグースに分があるが、戦士としては加護も相まって劣っていると認めざるをえなかった。
それでも自分にとってより深い夢の深層心理まで潜ってくるというのであれば、もっとやりようもある。
もはやクロミアたちを逃がすつもりはなく、表層部分にいる間に少しでも体力と魔力を削っておこうという、勝つのではなくできるだけ長く戦う方へとワーズグースは思考を切り替えた。
『遅延行動しだした。そっちはどう?』
『こっちも攻撃より、守りや逃げに向いた海洋生物が増えてきてるわ』
『みたいだね。それだけフランソワの余力は第二形態との戦いでももちそう?』
『ポーションも持ってきてるし、持たせることはできると思うけれど、こっちはクロミアほど体力はないわよ』
『だよね。ならさっさと決めてくよ。そっちは任せた』
『ええ、こっちこそ任せたわ』
ワーズグースの表層心理の夢でいつまでも戦わされるのはゴメンだと、クロミアは意識を集中していく。
何かしてくる気だと、敏感に感じ取ったワーズグースはそうはさせないと鱗のように頑丈な海亀の甲羅を体中から生やして守りを固める。
そしてクロミアから、引き絞った矢を射る直前のような気配を感じ、フランソワとドライが相手していた海鮮軍団を一斉にそちらへ向けさせた。
クロミアの強力な一撃よりも、他の者たちからの攻撃の方がまだましだと考えたのだ。
けれどそれは、あまりにもクロミア以外の戦力を甘く見過ぎだ。
「させないって言ってるでしょ!」
「キィィ!」
そうくることは、フランソワたちも読んでいた。クロミアの邪魔をさせないように、全人形たちと自分たちの力を行使し、全力で海鮮軍団を向かわせないよう足止めする。
それを信じてクロミアは目の前のワーズグースだけに集中し、何重にも守りを固めたそこへ飛び込んでいく。
「邪魔っ!」
クロミアの瞳が煌々と輝き、【空破竜瞳】と【存在剥離の魔眼】の両方を合わせた瞳術と魔眼が発動する。
そもそも存在が曖昧だった甲羅を魔眼で少し脆くしたことで、空間ごとねじ切るような力場が通った。
範囲を絞りまだまだ十分に巨体だったワーズグースの体に、三〇センチほどの穴を穿つ。
そこは人で言うところのヘソの辺り。この表層心理の起点となっている場所だった。
それを深淵の観測で見極めていたクロミアは、五本の剣をその穴に突き刺し、仙術による浸透により体全体の動きを停止させる。
その一瞬の間にタヌファンネルがあちこちから飛来し、ワーズグースの体に剣となって突き刺さり、クロミアとその巨体を通して繋がり合う。
「【世刻の遺言】」
ある意味ではタヌファンネルたちの自爆攻撃だ。体中に突き刺さったタヌファンネルが、過去最高の威力を出した一撃が再現される。
それは一振りの地属性の大剣の牙となり、ワーズグースの体を大きくえぐり取って消えていく。
「【業天空斬】」
さらに追い打ちをかけるように、ロロネー流とゼイン流の超位職スキルが混ざった五本の剣技を、刺した状態から外側へ切り払うように振り抜いた。
凄まじい五筋の斬撃がワーズグースの肉体に走り、その傷を負うように雷撃と灰風が通り抜けて、その巨体全てを滅ぼしていく。
「おの……れぇぇ…………」
ワーズグースの巨体と海鮮軍団が消え去り、黄昏の海岸に静寂が戻ってきた。
けれどこちらへ来いとばかりに、茜色に染まる海に真っ黒な渦潮が発生している。
「あそこへ飛びこめってことでいいのかしら?」
「それ以外に脱出させてくれる気もないみたいだからね。ここからが本番かな」
「キィ」
まだ見せていない切り札も残してある。相手の力は更に苛烈になっていくだろうが負けはしない。
そんな意気込みのままに、回復と休憩を挟んでから、クロミアたち三人はワーズグース第二形態が待っているであろう、黒い渦潮の中へと飛びこんだ。
次は火曜日更新予定です!




