第六七〇話 毒竜ファフニール
これまで見てきたファフニールイベントでは、毒はどれも紫系統のものだった。
しかし目の前の竜の毒色は緑。毒も魔法の黒や白、灰のように色があるのかとブラットは、緑の息吹を風魔法で押し返しながら通話でランランに聞いてみる。
『毒の色なんて、なんの成分が含まれてるかで決まってるだけだよ~。色に強いも弱いもない。
けど大元の毒の成分構成は同じっぽいかな。もしかして成長で毒性が強まると色が変わるタイプなのかも。もっと落ち着いたところで調べてみたいな~。
まあでも今確実なのは、少なくとも、これまでのとは段違いに毒性は強いから自分で多少は防ぐ努力はしてね~』
ランランはFuranの幻術で隠れ、少し離れた場所でこの辺り一帯の毒を制御していた。
【毒禍の調律師】から【毒禍の奏者】 へ至っていたランランの超位職は、さらに成長を遂げ【毒禍の葬者】へ至っていた。
毒の音とでも呼ぶべき見えない波動を手に持っている、禍々しいフルートで周囲に伝播させ、ブラットとFuranを蝕もうとする毒を中和するための毒を体内へ直接流し込み続ける。
自分へも毒が流れ込んできているが、気にしない。彼女の種族超位職【對毒聖獣】は、毒と共に常に在り続ける聖獣を意味する。これは毒に侵されれば侵されるほど、強くなっていくからである。
このおかげで彼女の毒生成能力も増大し、毒竜という格上の毒使いにすら拮抗してみせた。
更に超位職【毒災者】によって周囲に毒でできた玉座や飾りが生成され、毒液で生成された小さなパンダがあちこちに散らばり彼女や仲間たちをサポートしている。
周囲にブラットとFuranにだけ効くバフの毒霧を散布したり、ファフニールに対しては毒を注入するのではなく、かのドラゴンの体内を巡る毒性を弱体化させてもいた。
これが思いのほかファフニールには効果があった。なにせ生きる目的──本能が、己の毒を強くし続けることなのだ。
せっかくここまで育ててきた毒性が弱くなるというのは、さすがに看過できない。
モンスターの中ではそれなりに知性もあるはずなのだが、焦りと苛立ちのせいで情緒不安定になり、行動がワンパターンになっていく。
それでもその元凶であるランランを見つけられない。
Furanが【現夢の女王屍蜂】による白昼夢でランランと彼女が使役するユニット全てを覆い隠しているからだ。
格上だが盛大にファフニールの注意を引いてくれているブラットという存在がいるからこそ、上手く術中にかけることもできている。
最近夢の力を手にしたブラットだが、Furanもそれはまた趣の違う別系統の夢使いである。
「どりゃぁっ!」
「グォォオーーーーーーーー!!」
ブラットが巨大な竜と真正面から堂々とぶつかり合い、その五本の剣と魔法で巨大な両前脚による爪撃を弾き返す。
それどころか僅かに爪の付け根の鱗を斬り飛ばし、毒液混じりの血が噴き出した。
「────」
その傷口に音もなく忍び寄り、Furanがナイフ系超位職【戮命音無】による【致命の一刺】でさらに抉る。
弱点でなくても強制的に弱点にするその一撃で、さらに傷口を広げたところでブラットがすぐに追撃を仕掛け指を一本切り落とす。
グルンと大きな目玉が二人をとらえ、強烈なブレスを二人に向かって吹き付ける。さすがにここまで至近距離にいると、Furanも存在を完全に隠しきれなかった。
しかしブラットが出したナマクラ盾でブレスをほんの一瞬遮った隙に、二人は別の場所へと即座に移動していた。
「ギュゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
傷口は灰天使の腐敗で再生を許さず、自身の毒性は少しずつ弱まっていく。
苛立ちのままにめちゃくちゃに暴れ、長く大きなトゲトゲの尻尾が周囲を薙ぎ払う。
危うくランランにまでその尾が届きそうになるが、その進路上に無数の鋼糸が現れ僅かに遅らせ、ブラットが間に入る時間を稼ぐ。
「大人しくして──ろっ!!」
「グルゥアアア!!」
尻尾と五本の剣がぶつかり合い、双方弾かれるように後ろに下がる。
その間にFuranはさり気なく鋼糸を使ってランランを周りの物ごと器用に別の位置にずらし、自分はターザンのように鋼糸を使ってブラットが僅かにつけてくれた尻尾の傷を狙う。
しかし第六感とでもいうべきか、超位職で隠れているはずの一撃に無意識に気が付き、尻尾を動かし、彼女の一撃は空を切る。
その瞬間にファフニールも彼女を捉え、硬化した毒の隕石を魔法で大量に降らせた。しかしFuranは鋼糸を使って空を泳ぐように移動し、軽やかにその全てを回避して見せる。
鋼糸系超位職【冥府の絡殺屍影】所持者は伊達ではない。
「吹き飛べっ!!」
彼女が標的になってくれている間に、ブラットが雷風の極大魔法を展開し、相手の毒隕石をかき消した。
生意気なと、ファフニールは大口を開けてブラットへ噛みついてくる。
しかし呑み込まれる前に、つっかえ棒のようにナマクラ盾を口の中で展開。ガギィ──ッと牙とぶつかり火花を散らす、半開きの口の中へ向け、隠して貰っていたタヌファンネルたちに大量生成した灰剣に魔法を付与してもらい、それを《ソードレールガン》でマシンガンのように喉奥へと灰剣を撃ち込んだ。
嫌がるようにブレスを吹きながら頭を振りナマクラ盾を吐き出すが、その隙にブラットの本命の五本の剣はファフニールの首を狙う。
足もとから緑色の毒槍が何本も伸びてきて体中に突き刺さる。精霊鎧ネクロヴァールは、毒によってとっくに壊れてアイテムスロットの中で守ってはくれない。こういう蓄積系のダメージは、どうしても装甲値で受けるとなると相性が悪いのだ。
それでもブラットは強引に前へ突っ込み、ダメージなど無視して【狼王鹿狩り】を振るった。
「浅いっ」
「ギュゥオオオオッ」
タックルのようにぶつかられ、ブラットが吹き飛ばされる。
鋼糸でさり気なくクッションを敷いてくれていたため、すぐに体勢を立て直す。
体中に巡り出した毒はランランがどうにかしてくれる。傷を癒し相手を睨みつけてみれば、首が三分の一ほど繋がっていなかった。
毒槍で勢いをそがれなければ、半分はいけていたのにと悔しがりながらも、できるだけ派手に雷を散らして注意を引く。
毒性を弱体化させている者も見つからないが、回復力も高いはずの自分でも中々癒えない傷を付けてくるブラットへの警戒心が強まり、そちらへ目論み通り意識が向いた──その瞬間、Furanによるナックルダガーの一撃が、毒の血を流す首元へ突き刺さる。
「つっ──」
「ギュィィイイァアアアッ」
差し込んだFuranの腕ごと、ジュッと溶けて消えてしまう。しかしブラットのつけた傷をさらに奥まで進め、さらに傷口に巻き付いた鋼糸が上下に引っ張って裂こうとする。
すぐに裂かれるほど軟ではないが、鬱陶しいためファフニールは優先してその鋼糸を千切っていく。
その隙にブラットのアンデッド用に調整された回復魔法が、Furanを癒し戦線にすぐ復帰させた。
ランランも回復役をこなせるが、ファフニールの毒を中和するので精一杯だ。
だが間違いなく、この戦いはランランがいなければ成り立たなかったといっていい。これほど強力な毒が容赦なくばら撒かれても、いつも通り戦うことができているのだから。
ブラットとFuranが合流したあたりで、代わりに上空で待機させていたミニハーピーたちが首の裂傷めがけて大量に突撃していく。
体の表面は毒の粘液で保護されているせいか、腐敗の力はさほど効いていないが、傷口には効果はある。
鋼糸に気を取られ、Furanに隠されていたミニハーピーたちは、物量で押し切るようにファフニールの毒魔法の大量の礫を掻い潜る。
Furanがさらに押し開いてくれた首の奥を焼くように腐敗させ、その傷の治癒も遅延させることに成功した。
ブラットとFuranが散開する。ブラットは風雷人化して、魔法も推進力に変えて正面から突っ込んでいく。
ここまで見せてこなかった急加速にファフニールも反応が遅れる。くるくると舞うように巨体の周りを駆け巡り、体中に腐敗の裂傷を負わせていく。
体からも意志を持った毒粘液が捉えようと伸びてくるが、それは体にまとった風と雷で吹き飛ばし、お構いなしに切って切って切りまくる。
系統は雷や風とは違うが、それでも至人まで上り詰めたことで風雷人化も前以上に扱えている自信がある。
それに深淵領域を使ってみて、もっとも強くなるための調整も済ませてある。今のこの形態はこれまでのものとは一段上のものと思っていい。その分だけ、ゴリゴリとブラットのMPとSTが削られて行っているが、それに見合うだけの力はある。
その暴れっぷりはFuranも一瞬見入ってしまうほどだったが、彼女もすぐに行動を開始する。
ダガーをいくつも吊るした鋼糸を操り素早く回転させ、遠心力に加えて鋼糸の超位職スキルも乗せたそれを一気にファフニールに向かって投げていく。
薄暗い森の闇に潜むように、音もなくそれはブラットがつけた傷に次々と刺さっていく。まるで針山のように小さなダガーがファフニールに刺さるが、ブラットは攻撃しながら器用にかわし、Furanも当たらないように細かく操作していた。
「【葬刃群蓮華】」
「ギュルゥゥァォオオオオオオオオーーーーーーー!」
体中に刺さっていたナイフの柄頭に黒い蓮華の花が咲き、切っ先からは根を張るように枝分かれした無数の刃が体内に深く深く伸びていく。
それが体内で邪魔をして、肉体の動きすらも阻害する。ただ内臓という概念が薄い種だけあって、見た目以上にダメージはない。
これは不味いと、ファフニールはさすがに頭が冷える。一度液状化して、体勢を整えよう。
傷がついた場所は捨てるしかないが、無事な部分でまた再構築したほうがまだ動きやすい。そう考えたのだ。
そこに致命の毒が仕込まれていることも知らずに。
「グ────ォォオオオオッ!?」
「あらら、やっちゃったね~。君のためだけに調合した特製ブレンドだよ~」
ここに来て本日一番の焦った声を上げる。液状化した部分が、突然自分の制御を離れ汚水に、汚泥に溶けて流れてしまったからだ。
暴れるブラットを見て呑気にしている場合ではないと、いっぺんにやったのが良くなかった。体の数割を一気に液状化したことで、その分だけ体積が減り随分と小さくなってしまった。
一番面倒なのは、あの液状化状態。それをされて、逃げ回られるのが一番だるい。
そう思ったランランは、ブラットとFuranの生命線を保ちながら、その裏側で液状化したときに溶ける毒を調合し、ジワジワと仕込み続けていたのだ。
だから余計にブラットたちに、他のサポートができなかったというのもある。
この毒耐性が極めて高いファフニール相手に、それほどの効果をもたらせる毒を作れるプレイヤーが、いったいどれほどいるか。
とはいえこれも永続効果ではないし、少しずつ成分を変えて誤魔化していてはいるが、ファフニールの体内が無意識に抗体を作り続けている。ランラン側の出せる成分変化の幅も、もうそれほど残されていない。できたとしても、あと一、二回が限度だろう。
しかしそんなことは、ファフニールには分からない。その一度だけで危機感を覚え、液状化に強い忌避感を覚えていた。
次もなるのではないかと、不安にさせることで行動を縛ったのだ。ろくに知能の無い単細胞なモンスターには通用しない心理だが、ファフニールは頭も別に悪くはなさそうだった。
その証拠に、液状化という手段を放棄してまた戦い出したのだ。
三回りほど小さくなったことで、ファフニール側からの物理攻撃が軽くなった。その代わり動きが少し素早くなったが、速さならブラットやFuranの方が自信がある。
ブラットは消耗の激しい風雷人化を解き、ミニハーピーやタヌファンネルと一緒に立ち回って、相変わらず囮兼メイン火力として活躍し続ける。
Furanはブラットが開いてくれた道を広げるように、傷口を抉っていく。
ランランはファフニールの毒性を薄めながら、二人が毒で死なないように全力で解毒し続ける。
三人の連携がピッタリと嵌まることで、今のブラットでも一人では勝ち目のない毒竜ファフニール相手でも、優勢を保ち続けることができたといっていい。
(ソロプレイも楽しいけど、こういう連携が嵌まったときの一体感みたいなのも楽しい!)
ブラットもご機嫌である。いつかは一人で討伐してみたくもあるが、今は三人での戦いを楽しもう。
そう考えながら、多種多様な毒魔法に毒が入った物理攻撃を退け続けHPを削っていく。
毒竜王というくらいだ。きっとHPが一割を切ったりしたら何か大技を使ってきたり、いきなり覚醒して強くなったりする可能性が高い。
そう警戒しながらより慎重になって、時間をかけて『毒竜ファフニール』のHPを削っていったのだが、特に自爆特攻じみた攻撃をしてくるでもなく、追い詰められることで眠っていた力が~だとか、そんな展開も起きずにどんどん虫の息になっていく。
『これ、このままやっちゃっていいんだよな?』
『正直最後は尻すぼみでしたけど、強さ的には十分すぎるほどでしたし、こんなものだったのかもしれませんよ』
『私たち三人の力が良い感じに相性良く嵌まったから──っていうのもあるしね~。やっちゃってよ~』
「なら、これで終わらせ──」
ブラットは残り数ミリとなったHPを一気に削り切ってやろうと、剣を持つ手と尻尾に力を籠める。
そのまま踏み出そうと前傾姿勢になったところで、不意に何か背筋に悪寒を感じて思わず動きが止まる。
それはFuranも同じで気のせいではないはずなのだが、目の前のファフニールが何かしてくるような様子は何もない。
「う──上です!!」
「──っ!?」
何かとてつもない力を持った巨大な生物が、ブラットたちの方へ向かってくるのが見えた。
飛翔速度も恐ろしく速く、気が付いたときにはもう真上にいた。しかしそれがナニか確認するよりも前にブラットは動き出す。
それが何を狙っているのか、気付いたからだ。
「ここまできて────させるかっ!!」
ナマクラの盾をドーム状に展開し、何重にも重ねる。丁寧に複製している暇はなく、完全な複製ではないが、そこは数でカバーする。
そうしているうちにもそれは急降下してきて、ブラットたち──ではなく、死にかけのファフニール目掛けて攻撃してきた。
「絶対渡さないっ! 漁夫野郎がっ!!」
そう、ソレはブラットたちを倒しに来たわけではなく、死にかけのファフニールを捕食しに来たのだ。
しかしその攻撃が当たる前に、ブラットのナマクラ盾のドームが軋みをあげながらも耐えてくれる。
バキッ──ビキィッ──とどんどん圧し折られていくのが、音だけでも分かった。もうこれも長くはもたないだろう。
「一瞬あれば十分だ──!」
「グゴォ──────ァッ」
死にかけのファフニールを守りたかったわけではない。後からのこのこやってきた何かに、取られるのが嫌だっただけだ。
ならどうすればいいのか。先に殺してしまえばいい。
ブラットの五本の刃がファフニールを斬り殺し、データの粒子となって消えていく。
だがそのドロップアイテムを拾っている暇すらなく、ナマクラ盾のドームが壊れた。
ブラットは壊れる一瞬前に【黒線・転移】で、間一髪そこから抜け出す。こうなることが分かっていたからこそ、事前に【虚空黒浄】を飛ばしていたのだ。
そうしてブラットはFuranたちと合流し、ファフニールを食べようとした何かを目視で確認した。
《条件が達成されました。シークレットイベント【毒竜王ファフニール4】が解放されました。
速やかに毒竜王ファフニールを追い払いましょう!》
「は……ははっ、そういうことか……」
ブラットがいた場所を、地面ごと巨大な口が齧りついていた。
しかしそこに何もないことに気が付き、不思議そうに首を傾げ、ゆっくりと三人の方へ頭を向けた。
それはコバルトブルーの毒粘液を体中から垂らす、まさに王に相応しい体高一五メートルは軽くある巨体と、ブラットですら汗が止まらないほどのプレッシャーを放つドラゴンだ。
それこそが正真正銘、毒竜王──ファフニールである。
「そういえばHPバーの上にあった名前、毒竜ファフニールでしたっけ……」
「あれだけ強いなら隠れる必要もないのに、なんであんな狭い洞窟の中にいたんだろ~って思ってたけど、ファフニールの若い個体だったのかも……」
「本物の王様に食べられないようにってか。あんな毒竜が複数いるとか、面白い世界だな、まったく」
ブラットが軽口を叩いている間に、誰が獲物を取ったのか毒竜王は気が付く。
お前たちか。俺の糧を取ったのは。そう言いたげに濁ったコバルトブルーの瞳が憎しみに燃えるように爛々と輝き出す。
「グゥゴゲ────ガガガガガガァアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「怒ってますね……」
「勝利条件は追い払うだけでいいんだよね……?」
「別に倒してしまっても……と言いたいところだけど、あれは無理か。なんとか生き残るぞ!!」
「はいっ」「ひえ~~~っ」
次は土曜日更新予定です!




