第六六八話 愛剣と夢の危険性
アルフォジオ大陸中の国々に突撃していき、目論み通りクロミアの魔王認定をもぎ取ってきたブラットは、まず選定勇者の職業や称号になにも影響が出てないことをしっかりと確認する。
特に表記されている文章が変わったり、何かが使えなくなっているなんてこともない。いつも通りだ。
英装ガブリエルも、問題なくブラットのいうことを聞いてくれている。
「じゃあいよいよ、もう一人の自分を確かめてみようか」
絶対に逃がさないよう、英装を指輪状態にして祈るように組んだ両手の中でがっちりと握りしめる。
そうしてようやく夢の世界へと潜っていった。
現実のブラットごと夢に潜るのも慣れてきた。今ではもう息をするように入り込めるし、クロミアに変身できる。
「まぁまぁ、落ち着きなさいよ。何にもしないよ~恐くないよ~」
両手で抑え込んでいる英装指輪の抵抗が、これまでとは比較にならないほど大きい。
使い手が不在状態のためか、その力を解放できず、その手からは逃れることはできないが、「触るな! 汚らわしい!」といった感じの激怒した感情が伝わってる気がする。
ブラットが──クロミアが語りかけると、それは余計に酷くなり、なんだか少し可哀想に思えるほどの必死の抵抗だ。
だがそんな思いをするのも今だけだよと、にっこり可愛らしい笑みを浮かべて手の中で暴れる英装に話しかける。
本当はゲームUIから魔王になっているのか確認したかったが、そうなってるものとして、さっさとこの潔癖症な剣を闇堕ちさせようと意識を集中させる。
「さあ、一緒に夢の姿になろう。私の──リリス」
手から弾け飛ぶほどの本気の抵抗を感じたのも一瞬のこと。吹き出るように黒い霧のようなものが出てきて、抵抗が失われていく。
黒い霧が消え、抵抗も完全になくなったところで組んでいた両手を離して解放してみれば、そこには黒銀色の指輪になった元英装ガブリエルがあった。
指にはめても抵抗はなく、むしろその身につけてくれたことを喜んでいるような気配すらある。
「魘装魔剣リリス」
名前を呼ぶと喜びの感情がダイレクトに伝わってくる。
それはブラットがそういうものと深層心理で考えていたからなのかもしれないが、英装よりもずっと感情豊かな気がした。
すぐに指輪から魔剣の形に変わっていき、クロミアの右手に収まった。
英装ガブリエルが王道をゆく直剣だったのに対して、魘装リリスは細身でフランベルジュのように波打つ曲刀。
夜闇をそのまま固めたような、深く光を吸い込む漆黒。しかしただの黒ではなく、刀身の表面には月明かりのような青銀色の細い茨の紋様が、まるで生きているかのように絶えず脈動している。
柄は黒薔薇と三日月を合わせたようなデザインで、持ち手には白銀の指のような細工が、柄を握る者の手を逆に握り返しているように見える形で装飾されていた。
柄頭には涙の形をした、深い紫色の宝石が嵌まっている。
王族が儀礼用に持つような豪華で洗練された剣にも思えたが、どこか背徳的な印象も抱かせる魔剣だった。
「うん。ハリボテって感じもしないし、ちゃんと魔王に最適化された剣って感じだね」
軽く振って見た感触も悪くはない。ガブリエルのときと違って、刀身に現実感がないというか、異様に滑らかに風を切る。
とはいえ世刻奇剣でいろんな剣を使うブラットにとっては、その程度の違いは何の支障にもならない。
続いて蛇腹剣モードも使えるのかと試してみる。
「できた──けど、何か剣というより鞭っぽい? 女王様的な?」
ガブリエルのように小さな刃が連なった鞭のようにしなる剣というよりは、もはや鞭そのもの。
代わりに細かな刃がバラのトゲのように、鞭にびっしり纏わりついている。
【夢遊自在】を使って、適当に耐久がありそうなモンスターを的として出して鞭を振るう。
すると当てた部分の細かな刃が敵の体に食い込んで離れ、DOTダメージを与えはじめた。
傷口も目の粗い鑢で削ったような、痛々しい痕が刻まれている。
「斬るっていうより削る武器になったって感じね。硬い敵には、むしろこういう剣の方が効果的かもしれない」
試しに鉱石系の硬いゴーレムを代わりに出してみると、鞭をしならせ削るイメージで当ててみれば、その部分がゴッソリ抉れた。
抉った部分には切り離された細かな刃が残り、さらにダメージを与え続けるオマケ付き。切断が向いていない敵に最適な武器といえよう。
そのまま何度か振るって感触を確かめた後、元の魘装魔剣リリスに戻して指輪に変える。
「うん。クロミアの武器っぽいし、あとでダンジョンの方のも変えておこう。
よし。それじゃあ、もう一個の方も確かめようかな。どれどれ、ちゃんと生えてるかなぁ」
職業というよりは称号というイメージの方が強いため、ブラットは先にそちらを覗いてみた。
すると【選定勇者】の称号は完全に消えており、入れ替わるようにそこへ【魔王】の称号がしっかりと収まっている。
「う、うーん? さすがに選定勇者と比べるのは良くないにしても、ちょっとしょっぱい効果かも」
全ステータス小上昇。犯罪・邪悪適性上昇。罪人NPC、狂人NPC、モンスターの友好度上昇率上昇。
というプラス効果だけならまだしも──運値減少、友好NPCの好感度上昇率減少という嬉しくないマイナス効果も付随していた。
罪人は別の称号で代用しているし、モンスターは【紛魂顕形】で作るから必要ない。
ステータスの上昇はありがたいが、そこまで影響が出るほどの強化でもなかった。
「テイマー職の人とかは、魔王になった方がいいのかも? 仲良くなりやすいみたいだし。
あと罪人ロールしてる人とかも、部下が集めやすくはなりそう。けど狂人となんて仲良くなってどうするんだ……」
称号を見終わったブラットは、職業に切り替える。こちらも【選定勇者】の代わりに、【魔王】という職業が生えていた。
【魔王の威圧】という初期スキルが貰えていたが、効果としては格下を萎縮させ能力を下げる範囲デバフ。
「格下をビビらせるだけのスキルかぁ。でもプレイヤーたち相手になら、そこそこ邪魔なデバフにはなりそうか。うん、まぁこんなもんだよね。
ぶっちゃけ選定勇者の職業だって、英装が使えるっていうのと、【英傑召喚】が本体みたいなところあるし」
選定勇者でもそうなのだから、ただの魔王という職業に高望みするべきではない。
とはいえブラットも、取って損したとは思っていない。RPも消費していないし、ただで新しい職業が手に入ったようなものなのだ。
それに勇者もそうだが、魔王という身分を持ったことに意味がある。
ゲーム内にあるであろう、魔王関連のフラグを立てる切っ掛けとなることこそが、【魔王】という職業や称号の本体と思っていい。
「選定ではない、国が選んだ野良魔王にどこまで効果があるかは分からないけど、そこはおいおい確かめていくしかないか。
それに一番分かりやすい変化はもう出てるはず────ビンゴ」
世刻奇剣複製師の力で、世界の記憶にアクセス。古今東西、果ては世界に至るまで、魔王──もしくはそれに近しい存在と共にあった剣が脳内のリストにズラリと並んでいた。
魔王の剣といえば、既に『魔王剣ルベド』を複製できるようになっていたが、あれは元をたどれば勇者が持っていた剣──という皮肉のきいた経緯があったからだ。
他にも強者であれば誰でもいいなんていう、魔王の剣もあり、そういう所有者に拘りがない剣なら複製するための情報にアクセスできていた。
しかし勇者と相性が悪かった、あるいは勇者に対して強い恨みを抱いていた、そもそも魔王以外には使えない剣、世界が勇者にとっては害だと閲覧規制をかけていたなどなど──様々な理由で反発してくる剣は、これまでのブラットではアクセスできなかった。
けれど今は魔王であり、選定勇者と入れ替わったことで、難易度が大きく下がり情報にアクセスできるようになっていた。
これまでその影すら掴ませてくれなかった魔王の剣たちの情報に、これだけでも【魔王】になった価値はあったと確信する。
逆に勇者だからこそアクセスできていた情報は触れられなくなっているが、それはブラットに戻ればいいだけの話。本来あるはずのデメリットを、夢を使うことで打ち消していた。
「ちょっと見た感じでも、面白そうな剣がいくつかあるね。メモしておこう。あとは……【世碑私録】」
最後にせっかくクロミア用の魘装魔剣リリスが作れたため、これを【世碑私録】で情報を保存すれば、夢から出ても複製できるのかの実験もついでに行うことにする。
夢の世界で箱を出して、魔剣状態にした魘装を収納し情報を記録させる。
それを待っていると、不意に【胡遁夢遊至人】の職業レベルが上がったというアナウンスが入った。
何かスキルでも増えているかなと、少し時間がかかっている箱を気にしながらも、【胡遁夢遊至人】の項目を確認していく。
「【甜帷夢訪】……? あ、これで他人の夢の中に入れるようになるのか」
夢なのを良いことに好き勝手やっていたことが功を奏し、夢に関する新しいスキルを手に入れていた。
【甜帷夢訪】は寝ている相手に、甘い甘いとろけるような幸せな夢を見せて、そこへ侵入するというスキルだ。
ようやく自分の夢の中で妄想し続ける段階から進んだと喜んでいると、記録も無事に終わり魘装魔剣リリスが返却された。
「こっちもさっそく試してみよう」
ということで一度、夢から覚めて課金拠点に戻ってきたブラットは、まず魘装魔剣を扱えるかどうかのチェックをした。
完全に夢の産物としか言いようのない形態の変化だったが、ちゃんと複製することができた。
オリジナルのガブリエルからは強い拒否感や嫌悪を感じているのが伝わってきたが、リリスの方は選定勇者が持っていても気にしていないし、ガブリエルにも隔意はなさそうだ。
それどころか誘惑するような、蠱惑的な雰囲気まで出しているような気すらする。
「リリスになると、使い手としてお気に召せば魔王だろうが選定勇者だろうが、どっちでもいいってタイプか」
とはいえ近くにリリスがあると、ガブリエルのやる気がどんどん下がっていくようで、いつもなら従順に剣でいてくれる英装魔剣が勝手に指輪に戻ってしまった。
こんな状態では、少なくともこの二本を同時に使うことはできそうにない。
「まぁ目的は一緒に使いたいからっていうより、情報が欲しかったってだけなんだけど。そろそろナマクラも、方向性を決めていきたいところだし」
【世碑私録】は、剣の形さえしてればなんでも複製できるという、判定ががばがばなスキルだったのは記憶に新しい。
それももちろん使いどころのあるスキルなのだが、どんな剣でも実験を用意できるなら複製師としての力で複製できるという所も使い勝手が良かった。
というのも複製できるということは、その細かな情報が抽出できるということだ。
そこで抽出した情報を、《刻継剣》で別の剣に移植することだってできる。
例えば世刻奇剣ではないが、とても強い炎が出せる剣があったとする。
それを【世碑私録】で記録し、そのデータ化したものを深淵と魔導学の力によって、『炎を出す剣』という記述だけをコピーし、ナマクラ用に調整して《刻継剣》で貼り付ける。
するとそのナマクラは、炎が出せるナマクラへと変えることができる。
深淵への理解度が増したことで、そういったことも前より容易になったのだ。
なので今後は【世碑私録】も使い、いろんな剣を記録してデータを取り、欲しい因子を魔法式として記録する。
【世碑私録】にもキャパがあるが、魔法式は無限に記録できるため、欲しい部分の情報さえ抜き取れれば、【世碑私録】から消して容量削減したっていい。
「ただ頑丈。それだけの剣だからこそ、白地図みたいに何だって書き込める」
深淵を覗き込んで発覚したのだが、ナマクラは他の剣よりも、他のデータを入れられる余白が多いことに気が付いた。
ただ頑丈なだけを貫き通した剣であり、余計な情報もなく、頑丈だから無茶もさせられる。
故に今のブラットにとって、無限の可能性を詰め込める剣となっていた。
「何か別の凄い剣に誤解させるって言うのも手だったけど、自分で作ってそれを周囲に認識させるのも手なはずだ。
そういう剣って認識されたら、その時点で本物になるんだから」
一度そうなってしまったら、なかなか変えることは難しいだろうが、そういう剣という共通認識をプレイヤーたちに抱かせることができれば、いちいち別の魔法で情報を書き足す負担もなくなる。
詰め込めるのと、詰め込む苦労がないのはイコールではないのだ。
「そういった意味でも、BMOの世界中の剣を見させてもらいたいな。もちろん世刻奇剣でいいなら、そっちでいいんだけど。おっと、夢の方も確認しないと。忙しい忙しい」
頭の中で情報を整理し終わると、ブラットは『Mジェネレーター』でモルモット──ではなく、ファットゴブリンを召喚する。
零世界で連続してBMOとの物資輸送のために使っていた、今は必要のない睡眠薬をさっと飲ませてファットゴブリンを眠らせた。
ブゴォォオッブゴォォオオッと、ゴブリン何だかオーク何だか分からないイビキをかいて寝るファットゴブリンを床に転がしておく。
「よく寝てるし、これで大丈夫なはず。【甜帷夢訪】」
感覚を覚えるために、まずはゲームシステムによるアシストで発動させてみる。
手をそちらにかざすと、特殊な今まで感じたことのない魔力の流れを感じた。深淵領域を解放し、それを観察しているとファットゴブリンの脳にその魔力が流れ込んで干渉していく。
「ブフォ……フォゥ……フォブブッ……ブホッ」
「き、きも……」
なんだか幸せそうな表情をしているが、それが太りに太ったゴブリンとなると、かわい気など一切ない。
ただ不気味に笑う声が聞こえ、ブラットが少し引いていると、そのまま意識がファットゴブリンへと吸い込まれていくような、独特な感覚がやってきて──夢の世界へと切り替わる。
何があってもいいように、ブラットはすぐにクロミアに変わり周囲を見渡すと、一匹のファットゴブリンが、大量の御馳走をひたすら食べている光景が視界に入ってくる。
他には何もなく、ただただ食欲という一点を満たすことがこのモンスターの喜びということなのだろうと、ブラットは納得する。
「甘い夢のカーテンで覆って、心の隙を作って侵入するって感じかな。寝てない相手には使えそうにないのが残念だ。えいっ」
「ブボォオオーーーーーーーーーーーー!?」
どこまで他人の夢に干渉できるかと、雷を御馳走に向かって放ってみた。
ご機嫌に食べていたというのに、その全てが目の前で消し炭になり、ファットゴブリンは悲しみの雄たけびを上げる。
「はあい、魔王ちゃんですよーっと」
「ゲェ──ッ!?」
ちょうどいいので、ここで【魔王の威圧】も試してみる。すると相手は震えあがって、その場にうずくまる。
他人の夢の世界だが、あちらは力もなく、夢に干渉することもできないため、自分の夢にいるのと大差はなかった。
そのまま魔王の威圧を駆使して、恐怖心を植え付けたところで【夢遁走】で脱出。
ブラットに戻ると、寝ているファットゴブリンを覚醒させる。
目の前の敵に身構え、攻撃しようとしたところで、ブラットは混沌を操ってクロミアの仮面を顔に着けてみた。
「ゴギャァアアアッ!?」
「夢に干渉して洗脳みたいなことができるのか。なかなかエグイな」
精神に直接トラウマを植え付けるようなもので、クロミアのお面をかぶっただけのブラットにさえ過剰に反応して、ファットゴブリンは戦意を失っていた。
じゃあ今度はと、また眠らせて夢の中にお邪魔させてもらう。また御馳走を食べる夢を見て、幸せそうにしているが、そこへまた魔王登場だ。
「夢の世界で死んだらどうなるのかな? 試させてね」
「──────ッ」
できるだけ死んだことが認識できるように、ゆっくりと攻撃して夢の中のファットゴブリンを殺した。
夢なので実際に死んでいないのだが、本人は確実に死んだと認識したようで起きる気配もない。
【夢遁走】で戻ってみるが、現実のファットゴブリンは生きている。だがイビキが止まっていた。呼吸も浅い。
試しに起こしてみるが、クロミアのお面を見せても恐怖することもなく、目はうつろで光を当てても瞳孔すら反応しない。
「精神を潰すっていうのは、こういうことなのか。生きながらに殺してるようなもんだな」
まさに生ける屍。体は生きているが、心は死んでいる。何せ本人は死んだと認識しているのだから、もうこのファットゴブリンは鳴くこともない。
これ以上は何も得られるものはなさそうだと、ブラットはその首を刎ねて消し去った。
「取り扱い注意な力っていうのが、よく分かるな」
【狂夢の根源喰らい】は、言うなれば食うか食われるかの野蛮な殺し合い。
だが純粋な夢使いによる夢での戦いは、もっと繊細でより心や感情に寄り添った力なのだと理解する。
故にクロミアという鎧は絶対に外してはならない。相手が雑魚ならいいが、ふとした瞬間に、こちらの心や感情を傷つけられでもしたら、現実の自分がイップスのように普段通りに動けなくなる可能性すらある。
「BMOなら取り返しがつくけど、零世界でそうなったら危なすぎる。向こうでも使うなら、もっと習熟してからにしよう。気軽に使える力じゃない」
あの頭部を入れ替えられたときのことで、トラウマのように苦手意識を持ってしまっているのも、もしかしたらそれが原因かもしれない。
だったらそれを克服する術も夢にあるはずだと信じ、ブラットは再度ファットゴブリンを呼び、もう少し夢の特訓をすることにした。
「ブゴゲェェェエエエーーーーーーーーー!?」
次は火曜日更新予定です!




