第六六五話 沸裂のワーアイアン
ブラットが思っている以上に、桃色真君のやったことはスパルタだった。なにせ彼はブラットが再起不能になってもいいつもりで、稽古をつけていたのだから。
ふざけたことをしているようにしか見えないせいで、ブラット本人もその認識は薄いが、その実かなり追い込んでいた。
しかしそのおかげでブラットは、ありえない速度で超位職を一つ入手できた。
もちろんBMOというゲームの性質上、進化するほど才能値は伸びていくため、七次進化したブラットの覚えが良くなっていたというのもあったのだろうが。
「【夢遊自在】と【夢遁走】が今のところ、これで使えるスキルか」
ブラットはさっそく、使ったことのない方──【夢遊自在】をシステムから発動させてみた。
すると自動で体が動き出して座禅を組むと、目を閉じて眠りに落ちる。
こんな無防備なスキルなのか~と思っていると、ただただ何もない暗闇が広がった場所に一人立っていた。
これが自分の夢の中だと気づき、すぐにクロミアとなって自我を守り、ついでに現実にいる自分の体を引っ張り上げる。
「めちゃくちゃリアルな明晰夢みたいなものか」
現実ではないただの夢。基本的に他の何者にも干渉されず、こちらから干渉することもできない夢幻の世界。
それゆえに特性やスキルの力も合わさり、簡単に思い通りの世界を構築できた。あの不気味な洋館を再現したり、遊園地に海まで自由自在だ。
「面白い…………けど、で? っていう話なんだよね」
今のところ桃色真君のように、他人をこの世界に引きずり込む方法も分からない。ただクリエイティブモードで街作りゲームをしている感覚に近い。
お遊びとして使うなら確かに面白いだろう。しかし戦闘民族と似たような思考を持つ生粋の戦人であるブラットからすると、なんでこんなの取ったの?と過去の自分に言われそうな超位職だ。
「あの爺さんが戦いには向いてないって言った意味がよく分かるな。まぁ後悔はしてないけど」
純粋な攻撃手段なら他に強力な手札を複数持っている。これ単体で戦うわけではない。
要するに使い方次第だろうと、ブラットは考えている。余裕があるとはいえ、まだまだ先を考えれば貴重なRPを大量に消費して取得したのだ。ただ持て余しているようではもったいない。
(暇を見つけてはいっぱい使って、もう少し育てていこう。現段階だとまだ未知数過ぎるし)
結局はそう結論付けて、ブラットは元の現実へと戻り、残りの英傑と戦うことにした。
次の相手はもちろんワーアイアン。呼び出した彼は、ブラットの城にいるワーアイアンより少し若く見える。
つまり今付き合いのあるワーアイアンの全盛期は、過ぎてしまっているということを意味していた。
「俺は本当に世界に認められた勇者のためになれるのか。光栄なことだな」
もともと気質が極端なほどに善性な彼は、状況を知ると二つ返事でブラットのために戦ってくれると約束してくれた。
魔力で回転をはじめる巨大ピザカッターを手に、彼から湯気が上がりはじめる。肌が焼けた金属のように赤く輝き、周囲の温度が上昇する。
湯気が絡まるようにピザカッターに吸い込まれていき、それを離れた場所にいるブラット目掛けて振り抜いた。
「うわっ!?」
ピザカッターが逆回転しながら、蒸気が鞭のようにうねりながら飛んでくる。とっさに躱そうとしたが、生き物のように蒸気の線がブラットの脇腹を掠めた。
すると脇腹のあたりの血液が沸騰したように熱くなり、内部から爆発して肉が裂けた。
「『沸裂』ってこういうことかっ! 面白い」
こういうの、こういうの! とブラットはダメージを癒しながら破顔する。
変態爺さんとのやり取りは戦いというより精神修行のようなものばかりで、かなりフラストレーションがたまっていたのだ。
血沸き肉躍るバトルこそが最高に自分を昂らせてくれると、ブラットも様子見はやめて一気に思考をトップギアまで上げていく。
縦横無尽に空間に引かれた蒸気の細い線。それをピザカッターで巧みに操りブラットを翻弄する。
そればかりかピザカッターの刃を這わせるようにして、蒸気の線を線路のように走り回ることすらして見せた。
その速度はかなりのもので、鈍重そうに見せる彼の機動力を補っている。
「ぬぅんっ!!」
それでいて近づけば、狂ったように暴れ回転する蒸気の刃で斬りつけてくる。
ブラットが回避したことで地面に叩きつけられたそれは大地を長く割りながら、触れた部分を盛大に爆ぜさせ、クレーターを作りながら溶岩口のような熱波をまき散らす。
彼の本気の戦い方をまだ見たことのなかったブラットは、終始楽しそうにワーアイアン相手に暴れまわる。
頭を空っぽにして、ただ戦うことに集中する。これの何と楽しいことか。
「まだまだぁ──っ!」
「やらせはしない!」
もはや最初の地形が思い出せないほど、試練の間として用意された草原はいくつも隕石が降ってきたかのように滅茶苦茶だ。
互いにボロボロになりながら一進一退の攻防を繰り広げ、なかなか勝負に決着がつかない。
実力はほぼ互角と言っていいだろう。火力とトップスピードはワーアイアンに分があり、機動力と攻撃の多彩さはブラットに分があった。
そんなどちらが勝っても負けてもおかしくない状況だったが、次第に天秤はブラットへ傾きはじめる。
ワーアイアンは確かに強い。だが愚直すぎる不器用な男でもあった。
そこでいくとブラットは、【夢幻剣】も含め搦め手だってちゃんと混ぜてくる。武器も使っている剣がころころ変わり、それぞれ違う能力を持つせいで対処が後手後手に回っていく。
僅かな癖ともいうべき攻撃のパターンをブラットに見切られ、搦め手による負傷が増えていき、ついにブラットの刃が彼の心臓を貫いた。
ブシューーッと貫いた部分から大量の蒸気が噴き出し、ワーアイアンが逃れようと必死の抵抗をみせる。
ブラットの全身を焼かれながらも決して逃がさず、次々と残り四本の剣を突き刺し、こちらが消し炭にされる前に、彼の内部から魔法を発生させて肉片一つ残さず吹き飛ばした。
「はぁ……は────はぁっ……勝っ──っ!?」
勝ちを確信していたところに、吹き飛ばした蒸気が蒸気の刃でできた竜巻となってブラットへ襲い掛かってきた。
「こっ──のぉおおおおおおおお!!」
残った全ての力を乗せるように、五本刃に魔法を乗せて真正面からその竜巻を切り伏せる。
その余波であちこちの血が沸騰して体中が裂け、骨すらも見えているが、それでもブラットは倒れず剣は構えたままだ。
「これも……とどか……ない…………か………………──────」
最後に僅かに残った蒸気がワーアイアンの形をかろうじて取ってそれだけ言うと、今度こそ本当に彼の存在が霧散した。
《英傑ワーアイアン 打倒おめでとうございます! 帰還後、初回討伐報酬をお送りいたします!》
「最後のは、さすがにビックリした……。やっぱり英傑相手に勝ったと思っても、油断しないほうがいいな」
元の課金拠点に戻ってきたところで、ようやく一息ついて武器をしまい、出てきた宝箱の中身を回収していく。
一番目玉のアイテムは、『魔蒸巨精の化石』という素材アイテムだった。
もっと詳細を述べるなら、魔蒸巨精という巨人の精霊の、魔力の蒸気の通り道であろう空管が複雑に入り組んだ、野太い脊椎の一部分の化石だ。
脊椎の一部であってもブラットより大きく、生前の魔蒸巨精の巨大さが伝わってくるようだ。
ワーアイアンはこの魔蒸巨精の遠い子孫であり、ほんのわずかにその因子が体に宿っていたからこそ、このアイテムが選出された。
「凄くいいアイテムっぽいけど、オレが使うって感じのじゃないな。巨人由来らしいし、これはグリードの進化素材にあげようか。
あんまりオレとシナジーがありそうな武器とか戦い方じゃなかったし、別ベクトルで欲しいものが抽選されたのか? けどまぁ、それはいいや。使い道はちゃんとありそうだし。
それよりも……ノーデス討伐特典みたいなのは、さすがにないっぽいな。ちょっと残念」
既に何人かの英傑たちを倒してきたブラットであるが、最初の召喚で倒したのはワーアイアンがはじめてのことだった。
なのでちょっとくらいボーナスとか入ってないかなと期待し、あらかた中身を確かめてみたのだが、特に他の倒した英傑たちとグレードが違うということはないと感じる中身だった。
とはいえそこまで期待していたわけでもなかったため、さっさと倉庫にアクセスしてしまっておいた。
「グリードの進化素材はこれで用意できたわけだしな。結果オーライだ。今の内から、もう全員分の進化素材は集めておきたいし、他の英傑にはそっちも期待しておこう」
麒麟イベントで縁ができた二人の英傑──ガストンからは、麒麟系の素材が出たことでマリンにピッタリな進化素材が手に入った。
オーギュストからはライオンの獣人だけあって、イグニスにぴったりな進化素材が手に入った。
そんな事例もあるため、英傑召喚はブラット以外の強化にもしっかり繋がっている。
「けどそうだな。そろそろあいつにも手を出しておきたいところだな。オレも成長したし、そろそろ倒せるかもしれない」
ブラットが思い浮かべたのは、BMOでのファフニール。その素材が手に入れば、零世界のファフの進化素材として最高のものが手に入れられるのではないかと考えている。
だがこのままでは必要になったとき、倒してないから妥協して──ということになってしまう。
そろそろ本格的にランランとFuranと共に、ファフニール討伐に乗り出すべきかと思案する。
いつだったか殲滅した、大盗賊団ノカラスの拠点にてそのヒントは手に入れているし、ブラットだけでなくランランやFuranも、その情報をもとに独自の調査をしてくれていたようで、おおよそのあては既にあった。
けれど相手は、こういったゲームではまず間違いなく強敵として出てくるであろうドラゴンだ。それも別作品でもよく聞く有名なドラゴンの名を冠しているのだから、弱いわけがない。
BMOは意外とそういった期待には、応えてくれるゲームなのだから。
なのでそれを倒すだけの戦力があるのか。その一点で本格的に三人での探索に乗り切れていなかったのだが、そろそろいい頃合いなのかもしれない。
「まぁ負けたらそのときだし、近い内に二人に相談しておこうか」
そう結論付けたブラットは、残りの英傑たちとの戦いに挑んでいった。
それからまた何日が経った頃、ブラットに一つのメッセージが運営から届く。
「え? 殿堂入りの打診?」
ここ数日間、予定が合わずにファフニール関係は進められていなかったが、その間もブラットは精力的に動き回っていた。
その一つが、このメッセージの原因となったであろう公式のPVP大会への出場だ。
今月もブラットは個人、パーティ、クランの三部門に出場し、七次進化した姿を盛大に皆の前で披露した。
結果はもちろん、三部門全てにおいて完勝。全制覇して、三つ分の優勝特典をほしいままにした。
他のプレイヤーたちももちろんブラットと同様に、進化して強くなってきていたが、それでも今のブラットを相手にするには力不足だった。
さすがにブラットVSクラン戦の決勝戦ともなると、ヒヤリとするようなシーンもあったが、それがたとえ上手くいっていたとしても今のブラットは止められなかっただろうという試合展開で幕を閉じた。
三冠達成に相応しい、まさに圧倒的な強さを全プレイヤーたちに見せつけた。
そのときのことを思い出しながら、ブラットはメッセージの中に目を通していく。
まず最初に書かれていた内容としては、プレイヤー初の殿堂入りという新しい仕組みをブラットのために作るから、もう公式大会に選手として出るのはやめて貰えないかというものだった。
「いや、強いからって出禁にするのは酷くない? まぁでも、三冠分の優勝者特典は無条件で毎月付与されるのか。ん~でもなぁ……ん? 選手としては──ってなんだろ」
メッセージを読んでいる途中であれこれと目を離して考え込んでいたのだが、ふと気になる一文を思い出して続きを読んでいくことに。
当然ながらブラットが強すぎて試合にならないから出禁です!残念!!という、胸糞メッセージではなく、殿堂入り特典というものを用意してくれていた。
まず一つは個人、パーティ、クランの三部門分の優勝者特典を毎月必ずプレゼントされる。これは先ほどブラットが読んだとおりのものだ。
そしてもう一つの特典として、PVP大会に選手として出ない代わりに、最後にエキシビションマッチとして、優勝者たちと戦うことができるという。
そこで優勝者たちに勝てば、勝った部門分だけ優勝者特典が追加で手に入れられるという。
つまり優勝は別のプレイヤーたちに譲る形となるが、希望すればその優勝した個人、パーティ、クランと戦って、追加で報酬獲得のチャンスを貰えるということだ。
加えて個人ランキングの集計にも、元から優勝した場合と同等の内部ポイントが加算され、そこで勝てばさらに追加でポイントが入る仕組みにもなっていると追記されていた。
「優勝者特典がさらに倍になるのは美味いな……。あそこで貰えるカタログギフトって、めっちゃいいアイテムばっかりだし、ギフトチケットだけ貰えるし……うん、悪くないかも」
それほど手間と思っているわけではないが、決勝まで行く過程が作業化してしまっているのも確かだ。
その時間も省いて、最後に残った現最強(一人を除く)と一戦すればいいだけなら時短にもなる。
「それに皆の前で戦う場がなくなるわけじゃないし、エキシビションマッチっていうなら注目度も高いはず」
別にブラット個人が、目立ちたいから公式大会で戦うことにこだわっているわけではない。
あの場はナマクラを他プレイヤーへ見せるための、最高の宣伝場でもあった。
もちろん他でも噂されているとはいえ、やはりPVP大会でナマクラの活躍を目立たせれば目立たせるほど、あの剣は~と考察スレが伸びるのだ。
みにくいアヒルの子作戦はまだまだ継続中。ここからさらに凄い剣になってもらうためにも、皆の前でパフォーマンスする機会が減るのはいただけない。
だが運営側がそれを知ってか知らずかはさておき、その機会はちゃんと用意してくれるという。
それもブラット側にやるやらないの選択権まである。殿堂入りさせたんだから、毎回出ろよ!という強制力が働くわけでもない。
出なくても追加の特典が貰えなくなるだけで、普通に優勝したときの保証はそのままだ。
「それに嫌になったら、殿堂入りを返上して普通にPVP大会に出られるようにすることもできるのか。
なんて都合のいいサービス……逆に、こんなにしてもらっていいのかな?」
運営としてもモドキさん無双試合もブラットの人気で盛り上がるが、ちゃんと優勝という枠を取り合える形にしたいというのが本音だった。
そこでブラットという、もはやBMOを代表するプレイヤーの戦いも見られて、毎回競り合うような戦いの末に優勝者が決まるようにするにはどうするべきか。
また譲歩させるのなら、それなりの誠意も見せなければいけない。そう運営が判断したからこその厚遇だ。
それを知れば文句を言うプレイヤーもいるかもしれないが、そうして欲しいという要望の方が圧倒的に多いのも確か。
なにより経営という面で見てもブラットと、ブラットに何かしらの不満を持つ一部のプレイヤーを比べたときに、どちらが儲かるのかと言えば圧倒的に前者なのだ。
やりすぎるのはさすがにゲームという性質上、他のプレイヤーが離れる原因になりかねないが、ここまで強くなったというのもブラットがズルして手に入れた力でもない。
誰でもそこに至るための権利は用意されているのだから、これくらいはいいだろう──などなど、運営側でも多角的に考えた上での決断だった。
「ふむふむ。途中でキャンセルもできるなら、とりあえず次はそうしてもらおうかな。
けどそうだな、エキシビションマッチか……。でもこれはさすがに我が儘……いや、興味あるしなぁ……。とりあえず質問だけしておくか」
ブラットはメッセージへの返信を書き込んでいく。
殿堂入りの件は了承してもいいです。ただエキシビションマッチでは要望があって、個人戦、パーティ戦、クラン戦の優勝者たちと戦うのに加えて、時間制限有りでいいから、人数無制限で希望者全員と自分一人が戦う大乱闘マッチがしてみたい……なぁ? なんて。考えてみてほしいです。無理だったらそっちは無視してくれていいです。
最後に冗談半分で言ってるだけですよ~という保険的な言葉も付け足してから、ブラットは運営へ向けて返信メッセージを送信した。




