第六六四話 二つの悟り
英傑の桃色真君とも何かひと騒動在りそうだと身構えていたが、まさかこの展開がくるとは予想だにしていなかった。
混乱しながら冷静に体はいつでも動ける状態に──という、器用なことをして呆けていると、いつの間にか試練の間は彼の夢の世界に塗りつぶされる。
「ゆ、遊園地? どこでこんな情報を……」
レトロな雰囲気ではあるが、BMOというファンタジーな世界観とは違うアトラクションが各所に配置された遊園地の中にブラットはいた。
「なんぞ、自分たちのことを〝ぷれいやー〟と言っておる奴らが、こんなのを作っておってのう。女子がこういうの好きと言っておったから用意したのじゃよ」
「ああ、そういう……」
ブラットのようにひたすら強さを求めていたり、攻略勢のように未知を開拓していったり、そういったゲームとして正道な遊び方をしている者がいる一方で、現実世界の遊びや施設をこの世界で再現して遊んでいる者たちもいる。
ビーチバレーもそうだが、そういった色葉たちの遊びや情報を、桃色真君は千里眼を用いて観察し面白そうと思えば記憶していた。
この遊園地もBMOに遊園地があったら面白くね?デートスポットになるんじゃね?と考えた、五つのクランが共同で今も制作している場所があり、それを桃色真君は覚え自分なりの解釈で再現してみせた──というわけである。
「「「「「さぁ、じぃじと遊ぼうねぇ~♪」」」」」
「ひっ」
実際の遊園地のように、客やキャストが現れた──のは別にいい。ブラットが思わず悲鳴を上げてしまったのは、その全ての頭が──老若男女関係なく桃色真君だったから。
道行くカップルも首から下は普通でも、頭は桃色真君。桃色真君の頭をした赤子を抱いて歩く、桃色真君の頭をした母親。
列を整理するキャストも、アトラクションでにこやかに声を上げるキャストも、レストランにいる客もスタッフも全部全部全部、頭だけ挿げ替えたように桃色真君だった。
それらがあの嫌らしい笑みを浮かべ、ブラットの方をじっと見て「ふぇっふぇっふぇ」と笑っている。
サラウンドのようにあちこちから響く彼の声に、ブラットは頭がおかしくなりそうだ。
高熱のときに見る、意味の分からない悪夢のような光景に思わず呑み込まれそうになる。
(駄目だ──そうじゃない。こういうときこそ──自分をしっかりと認識しろ)
頭を挿げ替えているのはブラットへの嫌がらせというか、心を揺さぶるためだろう。
完全に桃色真君のペースに巻き込まれていることを自覚し、夢の中の自分を想像する。
「私はクロミアだ」
中途半端に女の形をしたブラットから、夢の世界の住民──クロミアへと形を変える。
ちゃっかりとサクラがデザインしてくれた、より華やかに、けれど活発で生意気そうなクロミアの見た目の雰囲気を損なわない衣装を身にまとった状態で。
精神世界よりもずっとスムーズで、さっきよりもずっと夢の世界に体が馴染み、自我が強固に守られる。
いうなれば『クロミア』という姿は、夢の世界で精神を守る鎧でもあるのだ。
「「「「「おひょ~♪ こりゃまたたまらんのぉ! 前のブラットちゃんもよかったが、こっちもキュートでかわゆいのぉ♪ へっ、へへへっ」」」」」
サラウンド状態で周囲一帯にいる人間が同じ言葉をしゃべり、無遠慮な視線があちこちから体に注がれる。
だがもう心は動かない。凪いだ湖面のように静かな精神を保ち、周囲を見渡す。
相変わらず気色の悪い光景が広がっているが、言ってしまえばそれだけだ。
この世界の主導権を握ることはできないが、己の心は守れている。だがそれだけでは何も意味がないことを、ブラット自身理解しはじめていた。
「「「「「うひょひょっ、そうじゃそうじゃ。亀のように引っ込んでおっても、前には進まんからのぉ~。ほれほれ、もっとじぃじと楽しもうぜ~~~ぃ!」」」」」
「──うひっ!?」
唐突に感じる無重力感に声が上がる。気づけば下りだす直前のジェットコースターに乗せられ、落ちるようにレールに沿ってコースターが滑っていく。
隣には若い男性の肉体に、ニヤニヤと嫌らしい顔で笑う桃色真君の頭がくっついた何かが、ずっとこちらを見つめてくる。
本当に今晩夢に見そうだなと嫌な気持ちが湧き上がってくるが、不快感を雑念と共に振り払い、リアルなら脱線して吹き飛びそうなあり得ない軌道を描くレールも気にしない。
なんて思っていると本当に脱線してコースターが吹き飛ぶが、奇跡のように別のレールに着地して何事もなかったように、ジェットコースターは進み続ける。
(絶妙にこっちの集中力を乱してくるのは、ワザとなんだろうな)
隣も後方左右の座席でも騒がしい桃色真君の声が、あり得ないほど耳に響く。
そのままアトラクションごと、チャンネルを変えるような気軽さで変化していき、あの手この手でブラットの集中力を乱してくる。
そのせいで何か閃きそうなのに、指の隙間から零れるように霧散していく。
(ああもうなんなんだ! うざったいったらない! もっと静かで邪魔されない所へ行きたいよ! まったくもう!!)
相手のペースに乗せられないためにも、努めて冷静でいようとしていたブラットだったが、さすがにここまでの嫌がらせにイライラが募ってきた。
怒れば心に隙ができる。クロミアになることで守っているが、相手は化け物。ちょっと隙を見せるだけで何をされるか分かったものではないが、それでもブラットとて人の子だ。限度というものがある。
このまま感情に任せて「うるさーーーい!」と怒鳴りつけたくなってくる。
だがふと、最近似たような怒りを覚えたことがあるなと思い出す。ちょうど桃色真君に頭部を持っていかれ、ブラットは怒りのままに力を振るった。
(あの頭の中が真っ白になるくらい怒ったときの感覚って……)
何か答えに触れた気がした。しかしその答えは、これまで掴みそうになっていた答えとはまた違うもののように思えるし、どちらだろうと正解のように思える。
考える。どちらも正解といえるのなら、重要なのは自分にとってより良い正解はどちらだろうと。
そしてここまでくれば、さすがにブラットも気づく。桃色真君は、新しい方の正解を選ばせようとしていることを。
(何が目的だ……? 多分この人は、普段絶対にこんなことはしない)
ある程度の指針くらいは示してくれるだろうが、自分からこっちを選んだらどうかと他者の意見を誘導するようなことをするほど、彼は他人に興味などない。
エロには興味あっても、そのエロを提供している人間自身には興味がないのだ。
まだ会って間もないが、これまで見てきた桃色真君へのイメージは、そういう人物だった。
だがそう考えることすら逆手にとって、本命は元からブラットが掴み取ろうとしていた正解の方ではないかという、ひねくれたことをしてきそうでもある。
本当にやり辛い。ここまで、あれこれさせられるとは思っていなかった。英傑召喚の桃色真君との試練は、さっさと切り上げるつもりだったのだ。
まるで大盛りのラーメンを食べようと店に入って、超特盛りのラーメンを出されたくらいのカロリーの高さに疲れてくる。
(けど選ばない限り、あいつは絶対に私を逃がさないだろうね)
今ここで桃色真君は、ブラットに悟りを開かせようとしている。強引だろうが何だろうが、そうしたいから彼は英傑召喚に乗り込んでまでここまで来たのだろう。
(ああもうっ、ほんっ~~~~~とーーーに、めんどくさい!
もう私が好きな方を選ぶ、そう決めた!! あいつの思惑なんてどうでもいい! 考えるのは止めだ止め!)
本当に何となくだが、ブラットに向いているのは怒りの先にあるものだと考えている自分がいることにも気づいていた。
だからもうあれこれ先のことを考えるのは止め、ブラットはあの頭を取られたときに感じた激情のままに、力を使えたときのことを思い出す。
幸いにしてロロネー流の剣技のおかげで、怒りのコントロールは全プレイヤーの中でもトップレベルと言っていい。
殺されたかつての仲間たちのことも脳裏に浮かべ、一気に怒りを沸騰させていく。
「「「「「ほぉふぇっ、ひゃぁひゃぁひゃぁっ」」」」」
歓喜の笑い声が響き渡った気がするが、ブラットは気にせずプツッ──と怒りの感情の先にある思考の空白に到達する。
だがこの前のように瞬間的にその領域に至るのではなく、怒りの感情をコントロールして、その感情の先にある空白を維持し続けた。
相変わらず周りがうるさいが、しっかりとクロミアという鎧を維持して外部からの精神干渉をできるだけ弾いて集中していると、ようやく空白の更に上に指をかけたような、空白に亀裂を入れたような、不思議な感覚を覚え目を開けた。
我欲を捨て去った先の悟りではなく、人であるが故の感情を突き抜き抜けた先の悟りを掴み取る。
「「「「「ふむぅ……来る……来るかのぉ……。ブラットちゃんのもっと凄いとこ、じぃじ見てみたいのぉ」」」」」
未だ悪夢のような遊園地の光景が広がっているが、できるだけじっと見つめてくる大量の桃色真君と視線を合わさないようにしつつ、おそらくこれがそうなのだとブラットは、システムによる縛りを消すべく職業一覧を表示させた。
(……………………あれ? なんか増えてるんだけど……【夢遊至人】と【胡遁夢遊至人】?)
これが悟りを開くというやつだろうと、以前確認できていた【夢妖至人】を取得する気でシステム画面を開いたわけだが、何故かそこには別の派生超位職が生えていて首を傾げる。
むしろ【夢妖至人】はまだ取れない判定なのに、【夢遊至人】と【胡遁夢遊至人】は仙人関係の条件がクリア判定になっている。
(悟れはしたけど、もともと目指してた【夢妖至人】の悟り方じゃなかったってことか。
となると今、取るならこの二つなわけだけど……どう考えても選ぶなら【胡遁夢遊至人】だな)
【夢遊至人】は【夢妖至人】の対になっているような位置関係で、夢という属性はあれど純粋な仙人職派生扱いだった。
しかし【胡遁夢遊至人】の方はあまりにも異質で、そちらも仙人派生が主軸ではあるが、他の職業からも枝が伸びて繋がっており、『【逃走者】【逃飛者】【逃亡者】』の三大逃げスキル、さらに逃げスキルほどではないにしろ細い枝で『空間系の職業』と『灰天使』とも繋がっていた。
当然要求されるRPは超位職の中では少し多めだった【夢妖至人】や【夢遊至人】より、さらに二倍近いポイントを使わなければ取れない。
(いやまぁ、英傑たちを倒していってるおかげでRP的には問題ないんだけど、何がきっかけでこんなの解放されたんだろ?)
「「「「「まだかのぉ、まだかのぉ~~」」」」」
(う、うるさい……。分かったっての。実際にこんな変なの見つけちゃったら、ゲーマーとしては取らないわけにはいかないし)
【胡遁夢遊至人】を取るには、いくつか条件を潰さないと今すぐ取れないようになっていた。
しかしそれらは夢仙人の元で悟れ──といった特殊なものではなく、ただ時間がかかる系のものばかりだったため、手持ちの条件破棄アイテムを使い【胡遁夢遊至人】を取得した。
「【夢遁走】」
「おひょっ」
一瞬、桃色真君から本当に驚いたような声が聞こえた気がした。それだけでも【胡遁夢遊至人】を、背伸びしてでも取ってよかったとブラットに笑みが浮かぶ。
ブラットの──クロミアの体が空に向かって吸い込まれるように消えていき、元の何もない平原である試練の間に戻ってこれた。
【夢遁走】──他者の夢から逃げ、現実に戻るスキルである。
悪夢の遊園地から脱出でき、元のブラットの姿に戻ったことに安堵していると、元凶もまた戻ってきた。
まったく可愛げのない拗ねたような顔をして唇を尖らせ、申し訳程度に女体化しているだけのブラットに視線を向けてくる。
「さっきのブラットちゃんの方が可愛かったのにのぉ……。デート中に勝手に帰るなんて、じぃじ悲しいなぁ」
「ご、ごめんね~、じぃじ。ちょっとあの遊園地は趣味じゃなかったの──あ」
今の中途半端に擬態したような女形態は不服らしく、ぱちんと指を鳴らして姿だけクロミアにさせられた。
今なら【夢遁走】でこの状態も解除できるかもしれないが、これ以上この老人の機嫌を損ねたくないため、愛想笑いを浮かべておいた。
「しかしまぁ……また変なところに行きついたもんじゃのぉ。ワシの想定しておったのとは毛色が違ったぞ。
確かに夢だけに限って言えば、過去の弟子たちの中で才能が一番低かったというのに、深淵領域だけでなく他でも補ってくるとはの。じぃじも、びっくりじゃ」
「他でも補う?」
「空間と灰天使。この両方を種族として有しておるじゃろ? そのどちらも夢とは相性がいいんじゃよ。
あと先のを見るにブラットちゃん、さてはワシの夢から逃げたいとか強く思ったのではないか?」
「ど、ど~だったかなぁ? じぃじと遊園地で遊べて楽しかった気もするけどなぁ」
「ふぉっふぉっ、さっき趣味じゃないというておったというに。なかなかブラットちゃんも、言うようになってきたもんじゃ」
「だってじぃじの所のモットーは、自由でしょ。だから気が乗らなくなったら、帰ってもいいかなって」
「ひひっ、それはそうじゃな! これは一本取られたわい、あひゃひゃっ。
じゃが、それをいうならワシがまたブラットちゃんと遊園地デートするのも自由じゃよなぁ?」
「は……ははっ。また逃げちゃうかもしれないよ」
あの瞳の奥底に氷のような冷たい物を感じ、ブラットの顔が引きつる。
だが桃色真君としても今回はこれで満足できたのか、ニヤァっとまたエロいだけの視線に戻った。
「うっそー! びっくりした? ブラットちゃんも疲れちゃうもんね~♪ じぃじって、気遣いのできる、じぇんとるめぇ~んじゃから、無理なんてさせないぞ♪
どうじゃ? 惚れ直しちゃったんじゃないの~?」
「は……はは……は……。ソ、ソダネ~」
ジェットコースターのような感情の波に翻弄され、ブラットの心はすり減って乾いた声しか出てこなかった。
しかしそんなブラットもまた面白かったのか、桃色真君はご満悦な様子だ。
「というわけで、今日のじぃじとの個人レッスンはお終いじゃよ♪ もっとじぃじと居たいだろうが、そろそろ目をつけておるピチピチギャルがランニングする時間じゃから帰らせてもらうぞ」
勝手にきただけだろ、とは言えずに適当に聞き流していると、ブラットの体が薄れていく。
なんだこれ──っと思ったときには、試練の間からも退場させられていた。
戦いもせず、勝っても負けてもいないのに、強制的に退室させられたのだ。
だが姿はまだクロミアのまま。まさか夢の中なのかと警戒していると、目の前の空間にお面のように桃色真君の顔前面だけが、にゅっと出てきてブラットは声をあげそうになる。
「少々強引じゃったが、これでブラットちゃんもスタートラインには立てたのじゃ。
早いところ、じぃじにブラットちゃんだけの奇跡を見せておくれよ。あまり長いことかかるようなら──ひっひひっ──。
自分でできるようになると言っておったのじゃ。ワシも協力してやるからの──ヒヒヒヒッヒヒッ」
「……分かった」
最後に笑ったときの視線が、まるで養豚場の豚を見るような目をしていて……じっとりと嫌な汗がブラットの頬を伝う。
その頃にはいつものブラットの姿に戻り、桃色真君の姿も気配も消えていた。
「スタート地点には立てた……か。確かに爆速で超位職を取得できたのは嬉しいけど……、やっぱりあの爺さんに頼んだのは早まったか……? 絶対に何か企んでるだろ」
けれど桃色真君を夢仙人の師として選んでいなければ、本来はもっと時間がかかっていただろうことは間違いない。
あれほどの夢の扱いに長けた仙人など、他にいないのではないかというほどのNPCなのだから。
そういう意味では少しでも時短したいブラットからすれば、悪くない選択肢ではあった……のだが、なにか極大の地雷が進む先に埋まっているような気がしてならないというのも確かだった。
だが一つ言えることはあった。
「もう逃げられない。ここからオレが会いに行かなくなっても、向こうから平気で会いに来るに決まってる」
彼と関わると決め、ここまで関係を進めてしまったからには【夢遁走】を使っても逃げられはしない。
賽は投げられた。後はもう、岩が坂を転がり落ちるように進むしか道は残されていないのだ。
「いざというときに対処できるようにするためにも、【胡遁夢遊至人】をもっと育てておいた方がいいだろうな」
逃げスキルも関係しているこの超位職であれば、あの老人から完全に逃げられずとも、危険を避けることくらいはできるようになるかもしれない。
そんな望みをかけて、ブラットは超位職【胡遁夢遊至人】の育成優先度を高めに設定した。
次は火曜日更新予定です!




