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お父様とダンス

「夜会は如何ですかな。この国の酒がお口に合えばよろしいが」


 遠巻きに私達を見ていた人達がすっと道を空けたのを訝しんで見ていたら、近づいて来たのは両親だった。

 葡萄色のドレスを着たお義母様は、いつもの事ではあるけれど年頃の子供がいる様にはとても思えない美しさだ。

 髪を美しく結い上げ金の飾り櫛を付け、濃い紅の唇に目元はドレスの色に近い紫に染めている。細く長い首には大きな柘榴石の首飾りを付けている。

 石榴石は癒やしの魔力を持つ者にとっては能力を上げてくれる大事な石で、アザレリアと同じく癒やしの魔法を得意とするお義母様は、好んで石榴石を身に付けている。


「ターナマー公爵、この様な盛大な夜会を私達の為に開いて頂き、心から感謝申し上げる」


 クヴァイシュ殿下はそう言うと、グラスを掲げながら口の端を軽く上げ笑顔を作った。


「なんのなんの、これは陛下のクヴァイシュ殿下とルドラザーデ王女殿下への歓迎の気持ち、楽しんで頂ければ幸いです」

「勿論楽しんでいますよ。トリテア嬢とのダンスはとても有意義だったし、この葡萄酒はとても香りがいい」

「それは良かった。これは王領で収穫された葡萄で作った物でね、シヴァジェイル殿下の年齢に合わせ十八年物を出しているのですよ」


 陛下は葡萄酒を好んで飲まれる為、王領では葡萄作りが盛んで秋に葡萄酒の出来を競うお祭りがある程だ。

 幼い頃に一度お父様に連れられてその祭りを見に行った事がある。お父様と一緒にどこかに出かけるなど滅多になかった私には、祭りはとても印象深く心に残っていた。


「トリテア、あまり飲み過ぎてはいけないわ」

「心得ております」


 扇で口元を隠しながら、お義母様が私に耳打ちする。

 お義母様はお酒があまり好きではないし、私達が飲む事も否定的だ。


「殿下、娘を少し借りますがよろしいですかな。トリテア、足は痛めておらぬ様だし、たまの機会だ一曲どうかな」

「はい、お父様」


 戸惑いながらお父様が差し出した手を取る。

 たまの機会どころか、夜会でお父様と踊る等初めての事だ。デビューの時ですら踊ってはくれなかった。


「では私は、よろしければ殿下と」

「是非、お願いします」


 空いたグラスを給仕に渡し、曲が変わるのを待ってそれぞれ広間の中央へ歩く。

 私をエスコートするお父様と、お義母様をエスコートするクヴァイシュ殿下の二組に気がついた途端大広間のあちらこちらからざわめきが起きた。


「殿下とは打ち解けた様だな」

「その様に見えますか? 私の失態にも機嫌を損ねる事無く対応くださる優しい方の様ですね」


 周囲のざわめきを我関せずとばかりにお父様は、曲に合わせ私をリードする。

 長身のお父様を見上げる様に踊っていると、何だか懐かしい思いがした。


「ふふ」

「どうした」

「子供の頃を急に思い出しました。お父様は何度かダンスの練習の相手をして下さいましたよね。どうして今まで忘れていたのでしょう」


 今も得意ではないが、子供の頃は苦手というよりダンスが嫌いだった。

 すぐにダンスのステップを覚えてしまうアザレリアと違い、私は練習を重ねないと思う様に動けずダンスの授業は苦手だったし、アザレリアばかりを褒めるダンスの講師も苦手だったのだ。


「そうだな。昔はこうして良くダンスをした。あれはつい昨日の様に思うのにお前はもう嫁いでしまうのだな」

「はい」


 王弟として陛下の補佐をしているお父様は常に忙しく、一緒に居られる時間はごく僅かだった。

 お父様は、その忙しい合間を縫ってダンスの相手をしてくれたのだ。

 ずっと忘れていた。

 少し大きくなって、ダンスもそれなりに上達してからは一度もお父様と踊った事は無かったし、そもそもお父様と二人きりで会話をすることが殆ど無かったからだ。

 幼い頃は確かにこうやってダンスをしてくれた。

 私は精一杯手を伸して、お父様は少し腰を屈めて、ゆっくりとステップを踏み二人の時間を過ごした。

 あの場所にお義母様の姿は無かった、確かアザレリアの姿も。どうしてだろう、幼い頃は二人とも常に側に居たはずなのに。

 あの頃の事がよく思い出せない。


「お父様とダンスが出来て嬉しいです」


 嫁いでしまえば、こんな風に踊る事はもう二度とないだろう。だから、遠慮せずに思った事を口にしようと思った。


「私もだよ、トリテア。お義父様もお前と踊りたいと言われていた。お前から声を掛けなさい」

「よろしいのですか?」

「孫が祖父に願うのはマナー違反とは言えないだろう。微笑ましい行為だ」

「では、後ほど。お爺様とお話もしたく思っていました。嫁いでしまったらもうお会い出来る機会も無いでしょうから」


 辺境伯であるお爺様は、社交の時期でも王都に長居はしない。

 お爺様は少し左腕が不自由で、でもそれを補う様に常に側にいる大叔父様と共に国境を守っているからだ。

 お爺様とも大叔父様とも手紙のやり取りは頻繁にしていたけれど、嫁いでからはそれも難しくなるのだろう。他国に嫁ぐのだから仕方ないけれど、出来なくなる事を思いつく度に寂しさが募ってくる。


「お前にばかり苦労を掛ける」


 それはどういう意味だろう。婚約の話だろうか、それともお義母様との確執だろうか。

 婚約の話、そう思う事にしよう。


「苦労など感じた事はありません。殿下はお優しい方です、まだほんの僅かな時間しかお話していませんが、そう思います」

「そうか」

「お父様」

「なんだ」

「お母様の絵に殿下の事をご報告したいのです。僅かな時間、屋敷に戻ってもいいでしょうか」


 軟禁されているわけではないから、屋敷に戻ることを咎められたりはしないだろう。

 そう思っていても、少しだけ躊躇していた。

 

「そうだな。それなら明後日戻ってくるといい。その日なら私も屋敷に居られる、一緒に昼食を取ろう」

「はい。ありがとうございます。お父様、ああ曲が終わりますね名残惜しいですが、ダンスをご一緒出来てとても嬉しかったです」


 昼食をという事は夜は王城に戻ってこなければいけないのか、お父様の返事に淋しく思いながら私はドレスを摘まみお父様へ深々と礼をした。

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