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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編
6/46

05

 バンクスの街を出て、大街道沿いの宿場町で一泊して、ポルトペスタに到着。

 ポルトペスタに向かう途中で、すでに、その活気が伝わって来ていた。

 一体どこからが、ポルトペスタだったのだろう。

 大街道の途中から、すでに多くの商店がひしめいていた。

 ここが、グラシアル最大と言われる商業都市。

「すごいな。どこからこんなに人が湧いて来るんだろう?」

 とにかく、賑やかなのだ。

 大きな門をくぐると、更に、賑やかな声が増したように思う。

「あんまりきょろきょろしてると、変な奴に声かけられるぞ」

 どこを見ても、人、人、人。

「迷子になりそうだ」

「それは困る。ほら、」

 やっぱり、エルが差出すのは右手。

「離すなよ」

「うん」

 周りを見ても、手を繋いでる人なんてあんまり居ないんだけどな。

 私が迷子になるから?

「そういえば、指輪も直さないとな」

「いいよ、大丈夫」

「不便じゃないのか?」

「うん」

 いつか、返す日が来るから。このままのサイズで大丈夫。

「そうか。…そういえば、海じゃないけど、ここでも船に乗れるぜ」

「本当?」

「あぁ。夜の方が綺麗だって話だから、陽が暮れたら行ってみよう」

「うん」

 楽しみだ。

 水の上に浮かぶって、どんな感じだろう。

「買い物があるんだけど、先に宿で休むか?」

「付き合う」

「疲れたら言えよ」

「わかった」

 こんなに楽しそうな場所なのに、宿で休んでいるなんて勿体ない。

「…ドクトル商会で香辛料と羽ペン、ポリーズ茶工房で茶葉、ブリックスでクアシスワインとセロラワイン…」

 メモを見ながら、エルが呟く。

 ポリーズ茶工房。

 私が好きな茶工房だ。

「ポリーズってあそこ?」

 右手にある倉庫を指す。

「あぁ、そうだ」

「私もあそこの紅茶は好きだ」

「グラシアルは、紅茶の一大消費国だからな。質も高いものが集まる」

「ラングリオンにはないの?」

「あっちは、コーヒーの方が多い」

 コーヒー?

「黒茶?」

「…こっちではそう呼ばれてるのか?」

 ラングリオンの言葉なのかな。コーヒーって。

「もしくは、豆茶」

「あぁ、そっちの方がイメージに合ってるかな」

「お菓子を焼く時に、たまに使うんだ。グラシアルのレシピ本には、そうやって書かれているよ」

「へぇ。得意なのか?」

「え?…得意ではないけど」

 得意って言えるほど、上手く作れない。不器用だから。

「その割には詳しいじゃないか。コーヒーを使った菓子なんてそんなに知らないぜ」

「応用みたいなものだよ。茶葉もそうだけど、風味や苦みを出すのに使える」

「得意なんだろ?」

「得意なんかじゃ、」

「何が作れる?」

「ええと…」

 どうしよう。とても、人に出せるようなものなんて作れないのに。

「さっき言ってた、コーヒーの菓子は?」

「作れる、けど、」

「作れるんじゃないか。じゃあ、甘さ控えめで頼むな」

 どうしよう。自信ない…。

 エルの足が止まる。

 ポリーズ茶工房に着いたらしい。

 たくさんの種類。私が好きなナンバーも、全部そろっている。

 ポリーズの銘が入った茶器もある。

「買い物に付き合わされて大変だな。お嬢ちゃんには、これをやるよ」

 ポリーズの店主が、紅茶のドロップを私の手に乗せる。

「ありがとう」

 食べたことがある。ミルクティーの味がして、甘くておいしいドロップだ。

「気を付けてな」

 しばらく歩いてから、エルが荷物を袋にしまう。

「旅人って、みんなこの袋を持っているの?」

「圧縮収納袋?」

「うん」

「そんなに流通してないと思うけどな」

「便利なのに?」

「これは、俺の卒業制作だから」

「卒業制作?」

「あぁ。俺はもともと砂漠の出身なんだ。ラングリオンの市民権を得るために、ラングリオンの王立魔術師養成所に通って、これは卒業時に作ったやつ。…ドクトル商会に寄るぞ」

 王立魔術師養成所?

 聞いたことがあるような…。

「イリス、覚えてる?」

『ラングリオンの学校だよ。一般的な学問はもちろん、錬金術や魔法をメインに教えるんだ。魔力の高い子供や、学力の高い子供を集めたエリート学校。市民権を与えるって謳ってるだけあって、国外からも子供を集めていたりするらしいよ』

「そっか。だから、エルは魔法使いで錬金術師なのかな」

『でも、あそこは、育成した人材を王立魔法研究所や、王立錬金術研究所に入れてるはずだけど』

「何?それ」

『ラングリオンの研究所。リリー、大陸史の授業、全然覚えてないでしょ』

「覚えてるよ。聞いたことがあるな、ってぐらいには」

『それは覚えてるって言わないよ。じゃあ、どうして騎士の国として名高いラングリオンに、そんな研究所があるかわかる?』

「それは、グラシアルに対抗するためでしょ?」

『正解。なんだ、わかってるんじゃないか』

「でもそれは、グラシアル側から見た見解だ。ただ単に、遅れていた魔法の研究に力を入れただけかもしれない。だって、グラシアルに対抗するため、なんていうのが理由だったら、グラシアルに戦争を仕掛けたいって聞こえるよ」

『そうだね。ボクもそう思うよ。オービュミル大陸、最後の戦争は、ラングリオン王国とラ・セルメア共和国の国境戦争だ。それも平和的に解決して終了。ラングリオンが戦争したがってるようには感じないからね』

「何か気になるものあるか?」

「え?えっと…」

 エルに話しかけられて、現実に引き戻される。

 気になるもの?ええと。

「眼鏡」

「眼鏡?」

「女性には、ピンクパールの眼鏡が人気だぜ」

 え?私の?

「えっと…、どれがいいのかな」

「何に使うんだ?」

「え?」

 自分のものだと思っていなかった、なんて今更言えない。

「…読書、かな?」

「実用性を求めるなら、シンプルな…、こういうのとか」

 赤縁で、線の細い眼鏡を手に取って、エルが私につける。

 店員が鏡を見せてくれる。

 なんか、不思議な感じ。

「お似合いですよ」

「ありがとう」

 ガラス越しに、エルを見る。

 …あれ?

 メガネをずらして、またかけ直す。

「エル、不思議だ」

「何が?」

「眼鏡をかけると、精霊や人の魔力が見えない」

 どういうことなんだろう。

「不便じゃないのか?」

「全然。これが、エルと同じ景色でしょ?」

 精霊も見えないし、魔力も見えない。なんだか、とても新鮮だ。

「エルの顔も、こっちの方が見やすい」

 魔力を奪った時を思い出して、少し冷や汗が出たけれど。

 紅茶と雑貨を買ったから…。

「後は、お酒?」

「疲れてないか?」

「楽しいよ」

 活気があって、色んなものが見られて。

 一緒に手を繋いで、歩いているだけでとても楽しい。


 ※


 夜のポルトペスタは、とても静かで驚く。

「ここ、本当に昼間通った場所?」

 昼間の、あの人だかりはどこに消えたんだろう。

「露店がみんな閉まってるからな。ほら、茶工房はあそこだぜ」

「本当だ」

 ポリーズは、夜は喫茶店をやっているらしい。良い香りがする。

 面白い街。

 楽しいことばかり。

「ねぇ、エル、こんなに楽しいことばかりでいいのかな」

「ん?」

「まだ、城を出てそんなに経っていないのに、城に居た時のことが、ずっと昔のことのように感じるんだ。あまりにも、かけ離れていて」

「もう城が恋しくなったのか?」

「恋しくなんてないよ」

 だって、帰らないつもりで出てきたんだ。

「なら、帰らなければいいだろ」

「え?」

「帰りたくないなら、帰らなければいい」

 ずっと、迷ってる。

 帰らないって決めて出て来たのに。

「そうだね…」

 死ぬのが惜しくて。

 でも、魔力を集めることなんてできなくて。

 でも。そうだね、エルが言うなら。

「私は、帰らない気がする」

 エルが三年間一緒に居てくれるって言ってくれたから。

 だから、呪いの力は使わない。

 エルから魔力を奪うことも、他の誰かから魔力を奪うことも、考えられない。

 今は、エルと一緒に居るのが楽しくて。

 その気持ちの方が強いかな。

「リリー」

「なに?」

「そっちは酒屋方面。船はあっちだ」

「そっか」

 いまいち、どっちがどっちかわからない。

 船着き場には、昼間一度連れて行ってもらってるのに。

「迷子はごめんだ」

 エルが手を伸ばす。その手を取って、手を繋ぐ。

 ねぇ、エル。

 エルと手を繋ぐことが、私にとってどれだけ嬉しいことか、わかる?

「ありがとう、エル」

 大好き。

「あ、そうだ」

 昼間にもらったドロップを思い出す。

「口開けて」

 エルが開けた口に、紅茶のドロップを入れる。

「昼間の?」

「うん」

 私も口に入れて舐める。

「甘いな」

「甘いかな」

「あぁ。俺には少し甘い」

 そういえば、エルが甘いものを食べているのって見たことがない。

 最初に会った時も、タルトは食べて良いって言われたし。

 もしかして、かなり甘いものが苦手?

 …なのに、私にお菓子作れって言うの?


「着いたぞ」

 ポルトペスタの東に流れるメロウ大河。

 そこに何艘かの船が浮かんでいる。

 船には明かりがついていて、それが川に反射していて、とてもきれいだ。

「乗ってみよう」

「沈まない?」

「沈まないよ。…この船、もうすぐ出発するか?」

「あぁ。乗んな」

 エルが先に乗って、手を差し伸べる。

 その手を取って、船に乗る。

「わっ」

 ぐらり、と足場が揺れて、エルにしがみつく。

「大丈夫だよ」

 船の、空いている席に座る。

「ようこそ。ポルトペスタの幻想的な夜をお楽しみください」

 オールを持った人は、そう言って、船を岸から離す。

 揺れる。

 今、水の上に浮かんでるんだ。

 沈まないかな。

 怖くて、エルにしがみつく。

「心配するなって。絶対沈まないから」

「マーメイドの話し、知らないの?」

「マーメイド?」

「マーメイドは、気に入った相手を見つけると、船を沈めちゃうんだよ」

「あぁ、そういう亜精霊が居るって聞いたことがあるな」

 亜精霊。精霊の力が生き物と同化してしまい、全く違うものに変化してしまったもの。

 上半身が人間で下半身が魚のマーメイドは、精霊の力で海を離れて生きられなくなった人間と言われている。

 けど、ここで言っているのは。

「恋物語だよ」

「随分荒っぽい話しだな」

「マーメイドは恋した相手を助けるんだ」

「助けてくれるなら、沈んでも怖くないじゃないか」

「助けるのは、恋をした相手だけだよ」

「巻き込まれて死んだ方は大変だな」

 そんな描写は、物語にはなかったけれど。

「それで、マーメイドは、助けた相手を陸に連れて行くんだ。魔法で人間の姿に変わったマーメイドは、」

「不可能だ。亜精霊が姿を変えるなんて」

 そんなことはわかってる。

 亜精霊になると、魔力で生きる生き物になる。魔力が尽きれば死ぬし、肉体に寿命もある。

 そして、一番の特徴は、どんなに斬られても見た目の姿が変化しなくなるのだ。

 だから、亜精霊が姿を変えるなんて不可能って言うのは、わかるんだけど。

 今は物語の話しをしているのに…。

 話し聞く気、あるのかな。

『エル、謝りなよぅ』

 ユールの声が聞こえる。

「え?」

『今の、エルが悪いわ』

 ナターシャ。

『エル。人の話しは最後まで聞くものだ』

 メラニー。

「悪かったよ、リリー。ちゃんと最後まで聞くから、教えて」

「…最後に、泡になって消えるの」

 おしまい。

『あ~あ。怒らせたー』

 ジオ。

『拗ねちゃいましたね』

 エイダ。

 …あれ?そういえば、バニラの声って、あんまり聞いたことがない。

「泡になって消えないよ」

「え?」

「いいか。聞け」

 エルが私を見る。

「マーメイドは、自分の呪われた力のせいで、恋をした相手の船を沈めてしまう。恋した相手を救いたいマーメイドは、その相手を救って、岸に上げる。…助けられた相手は、誰が自分を救ってくれたか知らない。自分を助けてくれたのが誰かを探す内に、それがマーメイドだと知ることになる。そして、マーメイドが船を沈めたことも」

 違う。そんな話しじゃない。

 魔法で人間の姿になったマーメイドは、自分が救った、恋した相手に思いを伝えようと考えるけど、船を沈めた罪に耐え切れずに、とうとう思いを伝えられない。

 そんな中、同じ船に乗っていたという女性と奇跡的な再会を果たした彼は、その女性と結ばれてしまう。

 狂おしい思いに耐え切れなくなったマーメイドは、人間の姿のまま海へ飛び込む。

 マーメイドが人間の姿のまま海に飛び込むと、泡になって消えてしまうのだ。

「彼はすべてを許し、マーメイドと結ばれる。マーメイドは、彼のキスによって人間の姿になり、幸せに暮らす。…ほら、泡になって消えない」

 なんて、幸せな結末なんだろう。

「元の話しと全然違う」

「恋物語だ」

「今、作ったの?」

「リリーが話してくれないから」

「…ごめんなさい」

「なんでリリーが謝るんだ?」

 本当に。なんでだろう。

 怒ってたんだけどな。

「彼のキスで姿が変わるのは、良いの?」

「マーメイドの姿にされたのが呪いのせいって解釈ならありだろ」

「呪い?」

「そう。船を沈めるだけの力を得る代わりに、海から離れられなくなる呪い。…呪いっていうのは、代償を必要とする強力な力だ。それに、だいたいの恋物語の構成上、呪いを解くのは必ず“真実の愛の証明”って決まってるだろ」

「なんだか、色々台無しだね」

 せっかく、良い話だと思ったのに。

「なんだよ。せっかく作ったのに」

「元の話し、知ってるの?」

「詳しい内容は知らないけど、マーメイドの話しが悲恋っていうのは知ってるよ」

「どうして、幸せな結末にしたの?」

「悲恋の代表みたいな話ししかされないんだ。そろそろマーメイドも幸せにならないと、また船を沈めに来るだろ?」

「あ…」

「ほら。もう、マーメイドなんていないんだから、沈まない」

 ずるい。

 そんなの、考えもしなかった。

 私が、沈むって怖がってたから。そんな話しを作ったの?

 どうして、そういうことできるんだろう。

「キスで解けない呪いだってあるよ」

 私の呪いみたいに、キス自体が呪いを行使する方法だったら…。

「それじゃ、恋物語にならないな」

 そう。最初に言った。マーメイドの話しが恋物語だって。

 エルの言うとおり。

 恋物語の幸せな結末はいつも同じ。

 真実の愛の証明。

 お互いに愛を誓ってキスをする。

 全部、想定済みなんだね。

「負けた。うん。エル、ありがとう。素敵な話しだった」

 エルが笑う。

 あぁ、もう。その顔を見たら、怒ってたことなんか忘れちゃう。

「落ちついたなら、周りを見てみろよ」

「周り?」

 いつの間にか、岸から遠く離れた場所に居る。

 穏やかなメロウ大河の上を、いくつかの船が光を灯して往来している。

 その輝きが瞬いていて、まるで…。

「星みたい」

「星も出てるよ」

 空を見上げる。

「わぁ…」

 広い空一面に、いくつもの銀の刺繍をしたような輝きが広がっている。

「綺麗…」

 あまりにも広くて。

 距離も測れなくて。

 自分が今、どこに居るのかすら分からなくなりそうで。

 エルの腕をつかむ手に、力を入れる。

「まだ怖い?」

 あぁ。本当にこの人は。人の心配ばかりしてる。

 どうして、そんなに優しいんだろう。

 きっとそれは、私じゃなくても、目の前に助けを求めている人が居たら、誰にでも向けられる優しさなんだろうけど。

 優しくされて嬉しいのに、辛い。

 私は、どうして欲しいんだろう。

 エルを好きになって、エルに、どうしてもらいたいんだろう。

 好きになってもらいたい?

 だめだ。

 この呪われた力がある限り。

 愛してもらうことなんて不可能だ。

 恋物語のお姫様のような結末を迎えられることは絶対にない。

 ないんだ…。

 空がぼやけて、光がにじむ。

「綺麗だね」

「え?…空?」

「うん。とても、綺麗で、泣きそうになる」

 エルが、私の目元に触れる。

 あ。泣いていたんだ。

 涙がこぼれないから、気がつかなかった。

 あぁ。

 エルを好きになって。

 好きな人が一緒に居てくれて嬉しいのに。

 なんで、こんなに悲しいの。

「もうすぐ到着だ」

「うん」

 船が、船着き場に着く。

「わっ」

 エルが私を抱えて、船から降りる。

「あ、あの、」

「昼間に乗れば良かったな」

「どうして?」

「景色が変わらなくて、つまらなかっただろ」

「とっても、綺麗だったよ」

 水に映る光も、星空も。

「それに、きっと、一生忘れない。エルの、マーメイドの話し」

「あんなの、適当に作っただけだよ」

「嬉しかった」

「…それは良かった」

 あ。照れてる。

「いつ、降ろしてくれるの?」

「あぁ。忘れてた」

 そう言って、エルが私を降ろす。

 本当に。変わった人。


 ※


「エルロックさん、手紙が届いているよ」

「手紙?」

 宿に戻ってすぐ、エルが女将から手紙を受け取る。

「誰だ?」

 エルは手紙に目を通すと、炎の魔法で手紙を燃やす。

「リリー、先に休んでてくれ」

「用事?」

「あぁ。すぐ戻る。…エイダ、頼んだぞ」

『あんまり遅かったら迎えに行きますよ』

 エイダの声を聴かずに、エルは宿を出ていく。

「どうしたのかな」

「急ぎの要件なのかね。夜に一人で出歩くのは危険だよ。あなたは早くお休み」

「はい」

 女将さんに返事をすると、部屋に戻る。

「誰からの手紙かな」

『気になるの?リリー』

「うーん。…エイダ、わかる?」

『大した用事じゃないと思いますよ』

「そっか」

 それなら、シャワーを浴びてこようかな。

 出るときには、帰って来てるよね、きっと。


 エルに、迷惑ばかりかけている。

 せっかく、夜船に誘ってもらったのに。

 怖がって、全然違う話をして、心配ばかりかけた。

 もっと、楽しめたら。

 せめて、楽しんでいるふりでもできたら良かったのに。

 そうしたら、きっと。

 エルも楽しめたんだろうな。

 何やってるんだろう。

 好きな人が傍に居てくれるのに。

 嬉しくて、楽しいことばかりなのに。

 どんどん辛くなるのは、なんでだろう。


「あれ?まだ、戻ってないの?」

 シャワーを浴びて部屋に戻っても、エルが帰っていなかった。

 すぐ戻る、って言ったのに。

『えぇ』

「…エイダ。エルは、危険なことをしていない?」

『大丈夫です』

「大丈夫って、危険なことをしていないっていう意味?」

『いいえ。今、戦闘中です』

「え?」

『でも、エルなら一人で大丈夫』

 もしかして、私に関係ある?

「どこ?どこに居るの?」

『行く気ですか?だめよ、』

 リュヌリアンだけ持って、走って部屋を出る。

「どこ行くんだい?」

 女将さんの声が聞こえた気がするけれど、構わずに宿を飛び出す。

 エルが居るのは、どっち?

『案内します』

 エイダの後を追う。

 どうしよう。エルに、何かあったら。

 どうしよう。

 倉庫街まで走ると、氷の魔法と炎の魔法が見える。

 あれ?エルと戦ってる、あの、見覚えのある光は…。

 まさか。

「エル、待って!」

「リリー」

 巨大な炎を集めたエルが、私を見た瞬間。エルに向かって氷の魔法が打たれる。

 けれど、その魔法はエルに当たることなく、何かにぶつかると、急に辺りが吹雪で覆われる。

 全部、魔法だ。

 エルの魔法?炎を集めながら、雪の魔法を?

 エルが、集めた炎を放つ。

 私がよく知っている光を持つ、魔法使いへ。

 だめ、お願い。

 走って、その近くに行く。

『リリー!』

「ソニア」

 ソニアが、私の目の前に氷の盾を張ったけど、それは一瞬で消える。

 リュヌリアンを抜いて、エルの放った炎の魔法を斬る。

 だめだ。出力が全然違う。なんて強い魔法…。

 全身が焼けるような感覚。

「…っ!」

「リリーシア様!」

 いくら、魔法に強い耐性があるからって、こんなに強い魔法を浴びればダメージが通るんだ。

 魔法の攻撃を受けるなんて初めて。

 やっぱり、エルは強い。強い魔法使い。

 炎と雪の魔法がすべて消えて、目の前にエルが現れる。

 リュヌリアンを背中にしまう。

「何やってる」

 エルと、顔を合わせられない。

「…ごめんなさい」

「リリーシア様」

 呼ばれて、振り返る。

 けりをつけなければ。もう、二度と、こんなことがないように。

「誰の命令だ」

「独断でございます」

 だと、思ったよ。ソニア。

「では、私から命令だ。二度と、私の前に現れるな」

「どうか、どうかお許しを」

 ソニアがひれ伏す。

「聞こえなかったか」

 本当は、こんなこと、やりたくない。

 階級による命令は絶対だから。

 私は、剣を抜く。

「リリーシア様、」

 そして、ソニアに向かって振り下ろす。

 振り下ろされた剣は、ソニアのローブの裾を切って、地面に突き刺さった。

「去れ」

 お願い。ソニア。

 命令は、絶対。

「仰せのままに」

 顔を上げたソニアと目が合う。

 お願いだから。もう、関わらないで。

 私のことを心配しないで。

 ソニアが去ったのを確認して、リュヌリアンをしまう。

 そして、エルの方に向き直る。

 怒ってる、よね…。

「あの…」

「帰るぞ、リリー」

 エルが私の右腕を掴んで歩く。

「あの、」

「なんで来たんだよ。先に寝てろって言っただろ」

「エイダに聞いたんだ。エルが戦ってるって」

『私は止めましたよ』

「たぶん…、私のせいなんじゃないかと思って」

 実際、私のせいだ。

「来る必要なんてなかったのに」

 私の責任だから。

 ソニアは、私を心配して城を出て、エルを殺そうとしたに違いない。

 私がエルと一緒に居れば、魔力集めができないから。

 できなければ、城に帰還できず、死ぬしかないから。

 ソニアは優しい。私のことを気遣った結果だ。

 でも。命令したから、もう来ないだろう。

「惜しかったな」

「え?」

「あいつら、また襲ってこないかな」

 何、言ってるの?だって、殺されそうになったのに?

「あの、それは、どういう意味?」

「ん?」

「だって、エルは私と居るから、危険に…」

「何言ってるんだ?」

「だから、私のせいで、危ない目にあうから、だから、その…」

 こんなことが、また起こるかもしれない。

 エルが私のせいで危険な目に合ってばかりいる。

「気にするなよ。グラシアルを出たら、あいつらも追ってこられないだろ?」

「そうかもしれないけど…」

 どうして、また襲ってこないかな、なんていうの?

 私を気遣ってるから?いくらなんでも、その言い方はないよ。

 私が悪いのに。

「私、一緒に居て大丈夫?」

「それは、リリーが気にすることじゃないだろ。一緒に居ろっていうのは、俺が言い出したことなんだから」

 だって、だって…。

 あ、まずい。

 倒れそう。

 体は平気なのに、起きてられないほどの、くらくらする感覚。

 これが、魔法のダメージ?

「リリー?」


 ※


 目を開くと、宿に帰っていて、目の前にエルが居る。

「エル?」

「大丈夫か?」

 体を伸ばす。

 まだ、少し違和感を感じるけれど。

 大丈夫。

 まさか、魔法のダメージで気を失うなんて。

 私は女王の娘で、魔法に強い耐性がある身体なのに。

「うん。初めて魔法を受けたから、驚いた。エルは強い」

 私にダメージを与えるなんて。そうそうできることじゃない。

「悪かった」

「え?」

 どうして謝るの?

「エルは、悪くないよ。全部、私の責任だ」

「いいや。俺は、リリーの秘密を探ろうとしてるんだぜ」

「私の、秘密?」

 どういうこと?

「あぁ。あの魔法使いたちから聞き出そうとしたところを、リリーに邪魔されたんだ」

 ソニアたちから、何を聞くっていうの?

 秘密って…、女王の娘の目的?

「どうして、知りたいの?」

「ただの探究心。なんかすっきりしないからな。俺には、どうしてリリーが俺と一緒に旅をしたいかわからない」

 納得してなかったんだ。最初に話した理由。

「それに、答えを持っている相手は目の前に居るんだから、いつでも答え合わせができるしな」

「え?私?」

「そう。俺が解き明かしたことが正解なら、リリーが言わなくても解決だ」

 解き明かすって。この場合、何を指すの?

 呪いの力?

 それとも、私がエルのことを好きだってこと?

「無理だ、そんなの」

 どちらにしろ、一緒に居られなくなる。

「女王の娘の特徴。一つ、魔法に対する耐性が強い。それは魔力がないから」

 え?

「二つ、魔力が見える。これには精霊が見えることと話せることを含む。三つ、子供が産めない、だっけ?」

 どういうこと?

 首をかしげる私に、エルが怪訝な顔をする。

「なんだよ、イリスが言ってたじゃないか」

「魔力がないことと、魔法に対する耐性が強いことって、同じことなの?」

「そうだよ。魔法っていうのは相手の魔力に働きかけるんだ。魔力がない奴には、魔法はほとんど効かない」

 知らなかった。

「そうなんだ」

「そうなんだ、って。自分のことだろ?」

「私も、自分のことを完璧に知っているわけではないから…」

 エルの方が魔法に関する知識が深いから、少ないヒントでも、真実に辿り着けるんだろう。

 精霊が見えて、声が聞こえることだって。

 エルやエイダに教えてもらうまで、魔法使いなら当たり前のことだと思っていたし。

 女王の娘の資質…。

 私がどうして魔力が溜められない体なのか、どうして魔力が見えるのかも、わかるの?

「なら、俺が解き明かしてやるよ」

 解き明かす?

 それって、人間から魔力を集めなくても良い方法を、私が城に帰らなくてもいい方法を、見つけ出すってこと?

 でも。

 それでも、エルと旅したいって言ったのが、エルが好きだからなんて言えない。

 呪いのことも言えないよ。

「私は、エルに言えないことがたくさんある」

「言いたくなったら言えばいいだろ。俺はラングリオンでは天才と呼ばれた錬金術師だぜ。三年もあれば片付く問題だ」

 あぁ、どうして、そこまで自信を持って言えるの?

 迷わず、問題を解決しようとできるの?

 どうしよう。すごく、嬉しい。

「私は…」

「いいよ。言わなくて」

 ごめんなさい。

 エルが優しいから。

 甘えてばかりいる。

 言えないこと。

 解き明かしてもらいたいこと。

 本当は、すべて話して、解き明かしてもらうのが近道なのに。

 言えない。

「ごめんなさい。迷惑ばっかりかけて」

「迷惑じゃないって、最初に言っただろ」

「うん…」

 本当に、エルはいつも真っ直ぐ。

 迷わない。

 私も、それだけの強さがあればいいのに。

 だから。

「一つだけ、教える」

 今の私が教えても問題ないこと。

「私の修業の目的は、魔法を使えるようになること。そして、三年以内に帰還して、試練の扉を壊すこと」

「扉を壊す?」

「うん。試練の扉は、イリスの力を引き出した魔法でしか壊せない」

「魔法、使えるのか?」

 今は、使えない。

「使えるようになる?」

「方法がある。…でも、それは、言えない」

 リリスの呪い。

 その答えに辿り着いたとき。

 あなたは、私のことをどう思うんだろう。

 私があなたの魔力を欲して近づいたって、思うんだろうか。



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