05
バンクスの街を出て、大街道沿いの宿場町で一泊して、ポルトペスタに到着。
ポルトペスタに向かう途中で、すでに、その活気が伝わって来ていた。
一体どこからが、ポルトペスタだったのだろう。
大街道の途中から、すでに多くの商店がひしめいていた。
ここが、グラシアル最大と言われる商業都市。
「すごいな。どこからこんなに人が湧いて来るんだろう?」
とにかく、賑やかなのだ。
大きな門をくぐると、更に、賑やかな声が増したように思う。
「あんまりきょろきょろしてると、変な奴に声かけられるぞ」
どこを見ても、人、人、人。
「迷子になりそうだ」
「それは困る。ほら、」
やっぱり、エルが差出すのは右手。
「離すなよ」
「うん」
周りを見ても、手を繋いでる人なんてあんまり居ないんだけどな。
私が迷子になるから?
「そういえば、指輪も直さないとな」
「いいよ、大丈夫」
「不便じゃないのか?」
「うん」
いつか、返す日が来るから。このままのサイズで大丈夫。
「そうか。…そういえば、海じゃないけど、ここでも船に乗れるぜ」
「本当?」
「あぁ。夜の方が綺麗だって話だから、陽が暮れたら行ってみよう」
「うん」
楽しみだ。
水の上に浮かぶって、どんな感じだろう。
「買い物があるんだけど、先に宿で休むか?」
「付き合う」
「疲れたら言えよ」
「わかった」
こんなに楽しそうな場所なのに、宿で休んでいるなんて勿体ない。
「…ドクトル商会で香辛料と羽ペン、ポリーズ茶工房で茶葉、ブリックスでクアシスワインとセロラワイン…」
メモを見ながら、エルが呟く。
ポリーズ茶工房。
私が好きな茶工房だ。
「ポリーズってあそこ?」
右手にある倉庫を指す。
「あぁ、そうだ」
「私もあそこの紅茶は好きだ」
「グラシアルは、紅茶の一大消費国だからな。質も高いものが集まる」
「ラングリオンにはないの?」
「あっちは、コーヒーの方が多い」
コーヒー?
「黒茶?」
「…こっちではそう呼ばれてるのか?」
ラングリオンの言葉なのかな。コーヒーって。
「もしくは、豆茶」
「あぁ、そっちの方がイメージに合ってるかな」
「お菓子を焼く時に、たまに使うんだ。グラシアルのレシピ本には、そうやって書かれているよ」
「へぇ。得意なのか?」
「え?…得意ではないけど」
得意って言えるほど、上手く作れない。不器用だから。
「その割には詳しいじゃないか。コーヒーを使った菓子なんてそんなに知らないぜ」
「応用みたいなものだよ。茶葉もそうだけど、風味や苦みを出すのに使える」
「得意なんだろ?」
「得意なんかじゃ、」
「何が作れる?」
「ええと…」
どうしよう。とても、人に出せるようなものなんて作れないのに。
「さっき言ってた、コーヒーの菓子は?」
「作れる、けど、」
「作れるんじゃないか。じゃあ、甘さ控えめで頼むな」
どうしよう。自信ない…。
エルの足が止まる。
ポリーズ茶工房に着いたらしい。
たくさんの種類。私が好きなナンバーも、全部そろっている。
ポリーズの銘が入った茶器もある。
「買い物に付き合わされて大変だな。お嬢ちゃんには、これをやるよ」
ポリーズの店主が、紅茶のドロップを私の手に乗せる。
「ありがとう」
食べたことがある。ミルクティーの味がして、甘くておいしいドロップだ。
「気を付けてな」
しばらく歩いてから、エルが荷物を袋にしまう。
「旅人って、みんなこの袋を持っているの?」
「圧縮収納袋?」
「うん」
「そんなに流通してないと思うけどな」
「便利なのに?」
「これは、俺の卒業制作だから」
「卒業制作?」
「あぁ。俺はもともと砂漠の出身なんだ。ラングリオンの市民権を得るために、ラングリオンの王立魔術師養成所に通って、これは卒業時に作ったやつ。…ドクトル商会に寄るぞ」
王立魔術師養成所?
聞いたことがあるような…。
「イリス、覚えてる?」
『ラングリオンの学校だよ。一般的な学問はもちろん、錬金術や魔法をメインに教えるんだ。魔力の高い子供や、学力の高い子供を集めたエリート学校。市民権を与えるって謳ってるだけあって、国外からも子供を集めていたりするらしいよ』
「そっか。だから、エルは魔法使いで錬金術師なのかな」
『でも、あそこは、育成した人材を王立魔法研究所や、王立錬金術研究所に入れてるはずだけど』
「何?それ」
『ラングリオンの研究所。リリー、大陸史の授業、全然覚えてないでしょ』
「覚えてるよ。聞いたことがあるな、ってぐらいには」
『それは覚えてるって言わないよ。じゃあ、どうして騎士の国として名高いラングリオンに、そんな研究所があるかわかる?』
「それは、グラシアルに対抗するためでしょ?」
『正解。なんだ、わかってるんじゃないか』
「でもそれは、グラシアル側から見た見解だ。ただ単に、遅れていた魔法の研究に力を入れただけかもしれない。だって、グラシアルに対抗するため、なんていうのが理由だったら、グラシアルに戦争を仕掛けたいって聞こえるよ」
『そうだね。ボクもそう思うよ。オービュミル大陸、最後の戦争は、ラングリオン王国とラ・セルメア共和国の国境戦争だ。それも平和的に解決して終了。ラングリオンが戦争したがってるようには感じないからね』
「何か気になるものあるか?」
「え?えっと…」
エルに話しかけられて、現実に引き戻される。
気になるもの?ええと。
「眼鏡」
「眼鏡?」
「女性には、ピンクパールの眼鏡が人気だぜ」
え?私の?
「えっと…、どれがいいのかな」
「何に使うんだ?」
「え?」
自分のものだと思っていなかった、なんて今更言えない。
「…読書、かな?」
「実用性を求めるなら、シンプルな…、こういうのとか」
赤縁で、線の細い眼鏡を手に取って、エルが私につける。
店員が鏡を見せてくれる。
なんか、不思議な感じ。
「お似合いですよ」
「ありがとう」
ガラス越しに、エルを見る。
…あれ?
メガネをずらして、またかけ直す。
「エル、不思議だ」
「何が?」
「眼鏡をかけると、精霊や人の魔力が見えない」
どういうことなんだろう。
「不便じゃないのか?」
「全然。これが、エルと同じ景色でしょ?」
精霊も見えないし、魔力も見えない。なんだか、とても新鮮だ。
「エルの顔も、こっちの方が見やすい」
魔力を奪った時を思い出して、少し冷や汗が出たけれど。
紅茶と雑貨を買ったから…。
「後は、お酒?」
「疲れてないか?」
「楽しいよ」
活気があって、色んなものが見られて。
一緒に手を繋いで、歩いているだけでとても楽しい。
※
夜のポルトペスタは、とても静かで驚く。
「ここ、本当に昼間通った場所?」
昼間の、あの人だかりはどこに消えたんだろう。
「露店がみんな閉まってるからな。ほら、茶工房はあそこだぜ」
「本当だ」
ポリーズは、夜は喫茶店をやっているらしい。良い香りがする。
面白い街。
楽しいことばかり。
「ねぇ、エル、こんなに楽しいことばかりでいいのかな」
「ん?」
「まだ、城を出てそんなに経っていないのに、城に居た時のことが、ずっと昔のことのように感じるんだ。あまりにも、かけ離れていて」
「もう城が恋しくなったのか?」
「恋しくなんてないよ」
だって、帰らないつもりで出てきたんだ。
「なら、帰らなければいいだろ」
「え?」
「帰りたくないなら、帰らなければいい」
ずっと、迷ってる。
帰らないって決めて出て来たのに。
「そうだね…」
死ぬのが惜しくて。
でも、魔力を集めることなんてできなくて。
でも。そうだね、エルが言うなら。
「私は、帰らない気がする」
エルが三年間一緒に居てくれるって言ってくれたから。
だから、呪いの力は使わない。
エルから魔力を奪うことも、他の誰かから魔力を奪うことも、考えられない。
今は、エルと一緒に居るのが楽しくて。
その気持ちの方が強いかな。
「リリー」
「なに?」
「そっちは酒屋方面。船はあっちだ」
「そっか」
いまいち、どっちがどっちかわからない。
船着き場には、昼間一度連れて行ってもらってるのに。
「迷子はごめんだ」
エルが手を伸ばす。その手を取って、手を繋ぐ。
ねぇ、エル。
エルと手を繋ぐことが、私にとってどれだけ嬉しいことか、わかる?
「ありがとう、エル」
大好き。
「あ、そうだ」
昼間にもらったドロップを思い出す。
「口開けて」
エルが開けた口に、紅茶のドロップを入れる。
「昼間の?」
「うん」
私も口に入れて舐める。
「甘いな」
「甘いかな」
「あぁ。俺には少し甘い」
そういえば、エルが甘いものを食べているのって見たことがない。
最初に会った時も、タルトは食べて良いって言われたし。
もしかして、かなり甘いものが苦手?
…なのに、私にお菓子作れって言うの?
「着いたぞ」
ポルトペスタの東に流れるメロウ大河。
そこに何艘かの船が浮かんでいる。
船には明かりがついていて、それが川に反射していて、とてもきれいだ。
「乗ってみよう」
「沈まない?」
「沈まないよ。…この船、もうすぐ出発するか?」
「あぁ。乗んな」
エルが先に乗って、手を差し伸べる。
その手を取って、船に乗る。
「わっ」
ぐらり、と足場が揺れて、エルにしがみつく。
「大丈夫だよ」
船の、空いている席に座る。
「ようこそ。ポルトペスタの幻想的な夜をお楽しみください」
オールを持った人は、そう言って、船を岸から離す。
揺れる。
今、水の上に浮かんでるんだ。
沈まないかな。
怖くて、エルにしがみつく。
「心配するなって。絶対沈まないから」
「マーメイドの話し、知らないの?」
「マーメイド?」
「マーメイドは、気に入った相手を見つけると、船を沈めちゃうんだよ」
「あぁ、そういう亜精霊が居るって聞いたことがあるな」
亜精霊。精霊の力が生き物と同化してしまい、全く違うものに変化してしまったもの。
上半身が人間で下半身が魚のマーメイドは、精霊の力で海を離れて生きられなくなった人間と言われている。
けど、ここで言っているのは。
「恋物語だよ」
「随分荒っぽい話しだな」
「マーメイドは恋した相手を助けるんだ」
「助けてくれるなら、沈んでも怖くないじゃないか」
「助けるのは、恋をした相手だけだよ」
「巻き込まれて死んだ方は大変だな」
そんな描写は、物語にはなかったけれど。
「それで、マーメイドは、助けた相手を陸に連れて行くんだ。魔法で人間の姿に変わったマーメイドは、」
「不可能だ。亜精霊が姿を変えるなんて」
そんなことはわかってる。
亜精霊になると、魔力で生きる生き物になる。魔力が尽きれば死ぬし、肉体に寿命もある。
そして、一番の特徴は、どんなに斬られても見た目の姿が変化しなくなるのだ。
だから、亜精霊が姿を変えるなんて不可能って言うのは、わかるんだけど。
今は物語の話しをしているのに…。
話し聞く気、あるのかな。
『エル、謝りなよぅ』
ユールの声が聞こえる。
「え?」
『今の、エルが悪いわ』
ナターシャ。
『エル。人の話しは最後まで聞くものだ』
メラニー。
「悪かったよ、リリー。ちゃんと最後まで聞くから、教えて」
「…最後に、泡になって消えるの」
おしまい。
『あ~あ。怒らせたー』
ジオ。
『拗ねちゃいましたね』
エイダ。
…あれ?そういえば、バニラの声って、あんまり聞いたことがない。
「泡になって消えないよ」
「え?」
「いいか。聞け」
エルが私を見る。
「マーメイドは、自分の呪われた力のせいで、恋をした相手の船を沈めてしまう。恋した相手を救いたいマーメイドは、その相手を救って、岸に上げる。…助けられた相手は、誰が自分を救ってくれたか知らない。自分を助けてくれたのが誰かを探す内に、それがマーメイドだと知ることになる。そして、マーメイドが船を沈めたことも」
違う。そんな話しじゃない。
魔法で人間の姿になったマーメイドは、自分が救った、恋した相手に思いを伝えようと考えるけど、船を沈めた罪に耐え切れずに、とうとう思いを伝えられない。
そんな中、同じ船に乗っていたという女性と奇跡的な再会を果たした彼は、その女性と結ばれてしまう。
狂おしい思いに耐え切れなくなったマーメイドは、人間の姿のまま海へ飛び込む。
マーメイドが人間の姿のまま海に飛び込むと、泡になって消えてしまうのだ。
「彼はすべてを許し、マーメイドと結ばれる。マーメイドは、彼のキスによって人間の姿になり、幸せに暮らす。…ほら、泡になって消えない」
なんて、幸せな結末なんだろう。
「元の話しと全然違う」
「恋物語だ」
「今、作ったの?」
「リリーが話してくれないから」
「…ごめんなさい」
「なんでリリーが謝るんだ?」
本当に。なんでだろう。
怒ってたんだけどな。
「彼のキスで姿が変わるのは、良いの?」
「マーメイドの姿にされたのが呪いのせいって解釈ならありだろ」
「呪い?」
「そう。船を沈めるだけの力を得る代わりに、海から離れられなくなる呪い。…呪いっていうのは、代償を必要とする強力な力だ。それに、だいたいの恋物語の構成上、呪いを解くのは必ず“真実の愛の証明”って決まってるだろ」
「なんだか、色々台無しだね」
せっかく、良い話だと思ったのに。
「なんだよ。せっかく作ったのに」
「元の話し、知ってるの?」
「詳しい内容は知らないけど、マーメイドの話しが悲恋っていうのは知ってるよ」
「どうして、幸せな結末にしたの?」
「悲恋の代表みたいな話ししかされないんだ。そろそろマーメイドも幸せにならないと、また船を沈めに来るだろ?」
「あ…」
「ほら。もう、マーメイドなんていないんだから、沈まない」
ずるい。
そんなの、考えもしなかった。
私が、沈むって怖がってたから。そんな話しを作ったの?
どうして、そういうことできるんだろう。
「キスで解けない呪いだってあるよ」
私の呪いみたいに、キス自体が呪いを行使する方法だったら…。
「それじゃ、恋物語にならないな」
そう。最初に言った。マーメイドの話しが恋物語だって。
エルの言うとおり。
恋物語の幸せな結末はいつも同じ。
真実の愛の証明。
お互いに愛を誓ってキスをする。
全部、想定済みなんだね。
「負けた。うん。エル、ありがとう。素敵な話しだった」
エルが笑う。
あぁ、もう。その顔を見たら、怒ってたことなんか忘れちゃう。
「落ちついたなら、周りを見てみろよ」
「周り?」
いつの間にか、岸から遠く離れた場所に居る。
穏やかなメロウ大河の上を、いくつかの船が光を灯して往来している。
その輝きが瞬いていて、まるで…。
「星みたい」
「星も出てるよ」
空を見上げる。
「わぁ…」
広い空一面に、いくつもの銀の刺繍をしたような輝きが広がっている。
「綺麗…」
あまりにも広くて。
距離も測れなくて。
自分が今、どこに居るのかすら分からなくなりそうで。
エルの腕をつかむ手に、力を入れる。
「まだ怖い?」
あぁ。本当にこの人は。人の心配ばかりしてる。
どうして、そんなに優しいんだろう。
きっとそれは、私じゃなくても、目の前に助けを求めている人が居たら、誰にでも向けられる優しさなんだろうけど。
優しくされて嬉しいのに、辛い。
私は、どうして欲しいんだろう。
エルを好きになって、エルに、どうしてもらいたいんだろう。
好きになってもらいたい?
だめだ。
この呪われた力がある限り。
愛してもらうことなんて不可能だ。
恋物語のお姫様のような結末を迎えられることは絶対にない。
ないんだ…。
空がぼやけて、光がにじむ。
「綺麗だね」
「え?…空?」
「うん。とても、綺麗で、泣きそうになる」
エルが、私の目元に触れる。
あ。泣いていたんだ。
涙がこぼれないから、気がつかなかった。
あぁ。
エルを好きになって。
好きな人が一緒に居てくれて嬉しいのに。
なんで、こんなに悲しいの。
「もうすぐ到着だ」
「うん」
船が、船着き場に着く。
「わっ」
エルが私を抱えて、船から降りる。
「あ、あの、」
「昼間に乗れば良かったな」
「どうして?」
「景色が変わらなくて、つまらなかっただろ」
「とっても、綺麗だったよ」
水に映る光も、星空も。
「それに、きっと、一生忘れない。エルの、マーメイドの話し」
「あんなの、適当に作っただけだよ」
「嬉しかった」
「…それは良かった」
あ。照れてる。
「いつ、降ろしてくれるの?」
「あぁ。忘れてた」
そう言って、エルが私を降ろす。
本当に。変わった人。
※
「エルロックさん、手紙が届いているよ」
「手紙?」
宿に戻ってすぐ、エルが女将から手紙を受け取る。
「誰だ?」
エルは手紙に目を通すと、炎の魔法で手紙を燃やす。
「リリー、先に休んでてくれ」
「用事?」
「あぁ。すぐ戻る。…エイダ、頼んだぞ」
『あんまり遅かったら迎えに行きますよ』
エイダの声を聴かずに、エルは宿を出ていく。
「どうしたのかな」
「急ぎの要件なのかね。夜に一人で出歩くのは危険だよ。あなたは早くお休み」
「はい」
女将さんに返事をすると、部屋に戻る。
「誰からの手紙かな」
『気になるの?リリー』
「うーん。…エイダ、わかる?」
『大した用事じゃないと思いますよ』
「そっか」
それなら、シャワーを浴びてこようかな。
出るときには、帰って来てるよね、きっと。
エルに、迷惑ばかりかけている。
せっかく、夜船に誘ってもらったのに。
怖がって、全然違う話をして、心配ばかりかけた。
もっと、楽しめたら。
せめて、楽しんでいるふりでもできたら良かったのに。
そうしたら、きっと。
エルも楽しめたんだろうな。
何やってるんだろう。
好きな人が傍に居てくれるのに。
嬉しくて、楽しいことばかりなのに。
どんどん辛くなるのは、なんでだろう。
「あれ?まだ、戻ってないの?」
シャワーを浴びて部屋に戻っても、エルが帰っていなかった。
すぐ戻る、って言ったのに。
『えぇ』
「…エイダ。エルは、危険なことをしていない?」
『大丈夫です』
「大丈夫って、危険なことをしていないっていう意味?」
『いいえ。今、戦闘中です』
「え?」
『でも、エルなら一人で大丈夫』
もしかして、私に関係ある?
「どこ?どこに居るの?」
『行く気ですか?だめよ、』
リュヌリアンだけ持って、走って部屋を出る。
「どこ行くんだい?」
女将さんの声が聞こえた気がするけれど、構わずに宿を飛び出す。
エルが居るのは、どっち?
『案内します』
エイダの後を追う。
どうしよう。エルに、何かあったら。
どうしよう。
倉庫街まで走ると、氷の魔法と炎の魔法が見える。
あれ?エルと戦ってる、あの、見覚えのある光は…。
まさか。
「エル、待って!」
「リリー」
巨大な炎を集めたエルが、私を見た瞬間。エルに向かって氷の魔法が打たれる。
けれど、その魔法はエルに当たることなく、何かにぶつかると、急に辺りが吹雪で覆われる。
全部、魔法だ。
エルの魔法?炎を集めながら、雪の魔法を?
エルが、集めた炎を放つ。
私がよく知っている光を持つ、魔法使いへ。
だめ、お願い。
走って、その近くに行く。
『リリー!』
「ソニア」
ソニアが、私の目の前に氷の盾を張ったけど、それは一瞬で消える。
リュヌリアンを抜いて、エルの放った炎の魔法を斬る。
だめだ。出力が全然違う。なんて強い魔法…。
全身が焼けるような感覚。
「…っ!」
「リリーシア様!」
いくら、魔法に強い耐性があるからって、こんなに強い魔法を浴びればダメージが通るんだ。
魔法の攻撃を受けるなんて初めて。
やっぱり、エルは強い。強い魔法使い。
炎と雪の魔法がすべて消えて、目の前にエルが現れる。
リュヌリアンを背中にしまう。
「何やってる」
エルと、顔を合わせられない。
「…ごめんなさい」
「リリーシア様」
呼ばれて、振り返る。
けりをつけなければ。もう、二度と、こんなことがないように。
「誰の命令だ」
「独断でございます」
だと、思ったよ。ソニア。
「では、私から命令だ。二度と、私の前に現れるな」
「どうか、どうかお許しを」
ソニアがひれ伏す。
「聞こえなかったか」
本当は、こんなこと、やりたくない。
階級による命令は絶対だから。
私は、剣を抜く。
「リリーシア様、」
そして、ソニアに向かって振り下ろす。
振り下ろされた剣は、ソニアのローブの裾を切って、地面に突き刺さった。
「去れ」
お願い。ソニア。
命令は、絶対。
「仰せのままに」
顔を上げたソニアと目が合う。
お願いだから。もう、関わらないで。
私のことを心配しないで。
ソニアが去ったのを確認して、リュヌリアンをしまう。
そして、エルの方に向き直る。
怒ってる、よね…。
「あの…」
「帰るぞ、リリー」
エルが私の右腕を掴んで歩く。
「あの、」
「なんで来たんだよ。先に寝てろって言っただろ」
「エイダに聞いたんだ。エルが戦ってるって」
『私は止めましたよ』
「たぶん…、私のせいなんじゃないかと思って」
実際、私のせいだ。
「来る必要なんてなかったのに」
私の責任だから。
ソニアは、私を心配して城を出て、エルを殺そうとしたに違いない。
私がエルと一緒に居れば、魔力集めができないから。
できなければ、城に帰還できず、死ぬしかないから。
ソニアは優しい。私のことを気遣った結果だ。
でも。命令したから、もう来ないだろう。
「惜しかったな」
「え?」
「あいつら、また襲ってこないかな」
何、言ってるの?だって、殺されそうになったのに?
「あの、それは、どういう意味?」
「ん?」
「だって、エルは私と居るから、危険に…」
「何言ってるんだ?」
「だから、私のせいで、危ない目にあうから、だから、その…」
こんなことが、また起こるかもしれない。
エルが私のせいで危険な目に合ってばかりいる。
「気にするなよ。グラシアルを出たら、あいつらも追ってこられないだろ?」
「そうかもしれないけど…」
どうして、また襲ってこないかな、なんていうの?
私を気遣ってるから?いくらなんでも、その言い方はないよ。
私が悪いのに。
「私、一緒に居て大丈夫?」
「それは、リリーが気にすることじゃないだろ。一緒に居ろっていうのは、俺が言い出したことなんだから」
だって、だって…。
あ、まずい。
倒れそう。
体は平気なのに、起きてられないほどの、くらくらする感覚。
これが、魔法のダメージ?
「リリー?」
※
目を開くと、宿に帰っていて、目の前にエルが居る。
「エル?」
「大丈夫か?」
体を伸ばす。
まだ、少し違和感を感じるけれど。
大丈夫。
まさか、魔法のダメージで気を失うなんて。
私は女王の娘で、魔法に強い耐性がある身体なのに。
「うん。初めて魔法を受けたから、驚いた。エルは強い」
私にダメージを与えるなんて。そうそうできることじゃない。
「悪かった」
「え?」
どうして謝るの?
「エルは、悪くないよ。全部、私の責任だ」
「いいや。俺は、リリーの秘密を探ろうとしてるんだぜ」
「私の、秘密?」
どういうこと?
「あぁ。あの魔法使いたちから聞き出そうとしたところを、リリーに邪魔されたんだ」
ソニアたちから、何を聞くっていうの?
秘密って…、女王の娘の目的?
「どうして、知りたいの?」
「ただの探究心。なんかすっきりしないからな。俺には、どうしてリリーが俺と一緒に旅をしたいかわからない」
納得してなかったんだ。最初に話した理由。
「それに、答えを持っている相手は目の前に居るんだから、いつでも答え合わせができるしな」
「え?私?」
「そう。俺が解き明かしたことが正解なら、リリーが言わなくても解決だ」
解き明かすって。この場合、何を指すの?
呪いの力?
それとも、私がエルのことを好きだってこと?
「無理だ、そんなの」
どちらにしろ、一緒に居られなくなる。
「女王の娘の特徴。一つ、魔法に対する耐性が強い。それは魔力がないから」
え?
「二つ、魔力が見える。これには精霊が見えることと話せることを含む。三つ、子供が産めない、だっけ?」
どういうこと?
首をかしげる私に、エルが怪訝な顔をする。
「なんだよ、イリスが言ってたじゃないか」
「魔力がないことと、魔法に対する耐性が強いことって、同じことなの?」
「そうだよ。魔法っていうのは相手の魔力に働きかけるんだ。魔力がない奴には、魔法はほとんど効かない」
知らなかった。
「そうなんだ」
「そうなんだ、って。自分のことだろ?」
「私も、自分のことを完璧に知っているわけではないから…」
エルの方が魔法に関する知識が深いから、少ないヒントでも、真実に辿り着けるんだろう。
精霊が見えて、声が聞こえることだって。
エルやエイダに教えてもらうまで、魔法使いなら当たり前のことだと思っていたし。
女王の娘の資質…。
私がどうして魔力が溜められない体なのか、どうして魔力が見えるのかも、わかるの?
「なら、俺が解き明かしてやるよ」
解き明かす?
それって、人間から魔力を集めなくても良い方法を、私が城に帰らなくてもいい方法を、見つけ出すってこと?
でも。
それでも、エルと旅したいって言ったのが、エルが好きだからなんて言えない。
呪いのことも言えないよ。
「私は、エルに言えないことがたくさんある」
「言いたくなったら言えばいいだろ。俺はラングリオンでは天才と呼ばれた錬金術師だぜ。三年もあれば片付く問題だ」
あぁ、どうして、そこまで自信を持って言えるの?
迷わず、問題を解決しようとできるの?
どうしよう。すごく、嬉しい。
「私は…」
「いいよ。言わなくて」
ごめんなさい。
エルが優しいから。
甘えてばかりいる。
言えないこと。
解き明かしてもらいたいこと。
本当は、すべて話して、解き明かしてもらうのが近道なのに。
言えない。
「ごめんなさい。迷惑ばっかりかけて」
「迷惑じゃないって、最初に言っただろ」
「うん…」
本当に、エルはいつも真っ直ぐ。
迷わない。
私も、それだけの強さがあればいいのに。
だから。
「一つだけ、教える」
今の私が教えても問題ないこと。
「私の修業の目的は、魔法を使えるようになること。そして、三年以内に帰還して、試練の扉を壊すこと」
「扉を壊す?」
「うん。試練の扉は、イリスの力を引き出した魔法でしか壊せない」
「魔法、使えるのか?」
今は、使えない。
「使えるようになる?」
「方法がある。…でも、それは、言えない」
リリスの呪い。
その答えに辿り着いたとき。
あなたは、私のことをどう思うんだろう。
私があなたの魔力を欲して近づいたって、思うんだろうか。