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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編
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5/46

03

「リリー、起きろよ」

 頭が、痛い。

 何かで、叩かれた?

 起き上がると、エルが銀の棺を持っている。

「おはよう。エル」

 これで、叩かれたんだ…。

 あれ?エイダ、もう読み終わったの?

「リリー。一緒にやってみるか?」

「え?」

 何を?

「魔力を集中する方法」

「うん。やりたい」

 もしかしたら、私も魔力が集められるかもしれない。

「よし。じゃあ、ここに立て」

 エルが示した場所に立つ。

「目を閉じて」

 言われた通りに目を閉じる。

 エルが私の右手を右手で取って、左指で何か書く。

「世界を創りし神の同胞よ。我は同調する者である。天上と地上を繋ぐ自然の和。すべての元素、命に感謝する」

 右手が、少し熱い。

「リリー、耳を澄まして、精霊の声を聴くんだ」

 精霊の声。

 いつも感じてる声を探す。

 あぁ、空気が澄んでいく。

 そう。こんな感じ。

 精霊が好む空気。呼吸。

「そう、その調子」

 呼吸と同時に、体に力があふれる感じがわかる。

 気持ち良い。

 満たされて…。

 消える。

「あ…」

 眩暈。

「大丈夫か?」

 エルの声が近くで聞こえる。

 地面が、近い。

 くらくらする。

「ごめん…」

 やっぱり、だめだった。

 私は魔力を溜められない体だから。

「リリー?」

 ごめんなさい。エル。

「ありがとう。エルと一緒に居ると、何もかもが新しい、初めてのことばかりだ。…でも、魔力の集中をしても、私は魔力を得られないみたい」

 もしこの方法で溜められるなら、リリスの呪いなんて必要ないと思ったけれど。

 やっぱり、だめだった。

「そうみたいだな」

 体を起こして、エルと向き合う。

 そんな顔、しないで。エルが悪いわけじゃないのに。

「エル、ありがとう。私と一緒に居てくれて」

「リリーが言ったんだろ。一緒に旅をしてくれって」

 言ったけど。

「だって、返事を聞いていない」

 エルが言っていたのは、地図を見ておけ、だけだった。

「じゃあ、リリー。三年間、俺と一緒に居てくれ」

「え?」

 今、なんて?

「修行の三年間、ずっと」

 ずっと?

 ずっと、一緒に居てくれるの?

 でも。私は方向音痴だし、また城の人間が私を追いかけてくるかもしれないし。

「迷惑になるよ」

「迷惑じゃない」

 即答。

 あぁ、どうして、迷わないの。

 そんなこと言われたら、抵抗できない。

 その瞳で、まっすぐに見つめられたら。

「はい。エル、よろしくお願いします」

 エルに向かって、おじぎする。

 三年間。一緒に居たいのは、私の方なんだよ。

 エルは、やっぱり私の運命の人なんだ。

「よし。じゃあ、これを預けておく」

 エルが、自分の右手から指輪を外す。

 そして、私の右手の中指に通す。…けれど、それは私には大きすぎて嵌らない。

「魔法に耐性があるって、これもかよ…」

「え?」

「この指輪は、勝手に指に嵌るようにできてるんだけどな」

 魔法の指輪?

 それって、錬金術で作るやつだよね。

 エリクシールが作れるぐらいだから、そんなのも作れるのかな。

 エルが、私の指をいろいろ試して、右手の親指に指輪をはめる。

「なくすなよ」

「え?」

 指輪を?

 エルが、私に?

 どうして?

 男の人が、女の人に指輪を渡すって…。

 あぁ、この知識も、役に立たなかったりする?

「もう少し大きい街に行ったら直すから。親指じゃ不便だろ」

「あの、これ、」

「これがあれば、迷子になってもエイダが見つけてくれる」

『それは私の契約の証ですよ』

「えっ?」

 契約の証って。それ、ものすごく、エルにとってもエイダにとっても大事なものじゃ。

「そんな、私が持っててもいいの?」

 エルが自分で持っていなきゃだめなはず。

 これは、精霊の目印。

 契約者が遠く離れていても、精霊の方が一瞬で契約者のところへ転移できるようにするものだよね?

「いいんだよ。この間みたいに雪に閉じ込められたりしたら、探しにくいからな」

『そうですね。毎回、周囲の精霊が助けてくれるとも限りませんから』

 そんな理由で、誰かに大切なものを渡しちゃうの?

 あぁ。変な人。エイダも、それを許しちゃうんだ。

「ありがとう、エル、エイダ」

 嬉しい。

 大事にして、必ず返すね。


 ※


 キルナを出発して南の街道を進むと、夕方にバンクスの街に着いた。

「これだけ道がまっすぐだと、迷わないね」

 道沿いに歩けば、迷いようなくたどり着ける。

 私に与えられた選択肢も、一択だったら迷いようがなかったのに。

「ほとんど選択肢がないけどな」

「一択の方が、楽じゃない?」

「選べた方が良いだろ。どこ通るかばれてたら、いつ襲われても文句言えないぞ」

 オペクァエル山脈で襲われた時のことを言ってるのかな。

「街に入れば安全だよ」

「だと、良いけど」

 バンクスの街の門をくぐる。検問はしていないみたいだ。

「良かった」

 私がそう言うと、エルが笑う。

「本当に、嫌だったんだな」

「気味が悪いじゃないか。私は、かしずかれるような立派な人間じゃない」

 女王の娘としての役割を放棄しようとしてるのだ。

 褒められることじゃない。

「立派な人間がかしずかれるとも限らないだろ」

 知ってる。階級がすべてだって。

 でも。

「エルは、私にそんなことしない」

「俺が頭を下げる相手なんて、この世に一人もいないぜ」

「確かに。想像つかないかも」

 なんで、そう思うんだろう。

 たとえ女王に会ったとしても、エルはひれ伏したりなんてしない気がする。

 絶対的な自分を持っているから?

 エルは迷わない。私と違って。

「なんか平原ばっかりだったから、飽きたなぁ」

「飽きた?」

「歩いていても、面白みがない」

「そうかな。色んな精霊が居て楽しかったよ」

 城の中には居なかった炎の精霊も、外には居た。

「リリーはそうだろうな」

 そうだった。精霊が見えるのは、変わったことなんだっけ。

「特別な瞳だから、こんなに輝いてるのかな」

 輝いてる?

 私の黒い瞳が?

 エルが、私の顔を覗き込む。

「あ、あの、」

 そんなに見られたら、恥ずかしい。

 ただでさえ、エルの瞳を見ていると、その中に吸い込まれそうになるのに。

 あぁ、この感じ。

 このまま見てたら、どうなるんだろう…。

 ぽつっ、と、頬に何か当たる。

「雨だ」

 エルが、私の手を引いて、近くの店の軒下に入る。

 と。すぐに、雨の降り方が強くなる。

「珍しい」

「珍しい?」

「雨なんて、滅多に振らないから」

 雨を見るのなんて、どれぐらいぶりだろう。

 しかも、こんなに激しく降る雨なんて、初めて。

「そうか?俺がグラシアルの王都を目指してる間に、結構当たったけどな」

「そうなの?」

「そういえば、王都はずっと晴れてたな」

 城はいつでも穏やかな天気で。ごくたまに、さらさらと雨が降るぐらい。

 それは、グラシアル全体だと思っていた。

 でも、オペクァエル山脈では雪を見られたし、今は雨を見られている。

 不思議。

 雨は、こんな匂いがするものだったんだ。

「今日はあそこの宿にするか」

 エルが、自分のマントで私を覆う。

「転ぶなよ」

 私が、雨に当たらないように?

「ありがとう」

 エルの歩調に合わせて歩く。

 どこまでも、優しい人。

 そういうことされると、ドキドキするの、わかってるのかな。

 …わかってないよね。

 だって、エルが私にすることは、エルにとって全部当たり前のこと。

 助けてくれたのも。

 一緒に旅してくれるのも。

 雨が当たらないようにしてくれるのも。

 エルにとって、誰かに優しくすることは、当たり前なんだ。

 きっと、私に限らず、誰でも。

 …胸が、苦しい。

 何、考えてるんだ。


 ※


 雨、明日には止むかな。

 宿のレストランは、雨のせいか人が少ない。

 シャワーを浴びて、荷物の整理をして。

 …でも、エルはまだ部屋に戻っていない。

 夕食が終わってから、ずっとレストランに居るみたいだった。

 窓を開く。

 雨の匂い。

『リリー、雨が部屋に入ってきちゃうよ』

「あ、うん」

 開く隙間を狭くする。

 雨雲で覆われた空は暗い。

 今日はポアソンの二二日。

 城を出て三日。

『風邪ひいちゃうよ』

「イリスは心配性なんだから」

 窓を閉じる。

 これから、何度も雨を見ることができるだろう。

 雪は滅多に見られないかもしれないけれど。

 季節や、天候の変化がある場所。

 それが、外の世界。

「エル、まだレストランに居るのかな」

『行ってみる?』

 どうしよう。

『どうせ、一人じゃ寝れないんでしょ?』

「そんなこと…」

『毎朝、エルに起こされてるじゃないか』

 そうだ。

 毎朝、私がエルにしがみついてるんだから、エルはわかってるはず。

「エルは、気にしてないのかな」

『本人に聞いてみれば?』

「そんなの、できないよ」

 どうやって聞けばいいの。

『聞けないよね、毎日寝込みを襲ってるなんて』

「襲ってるわけじゃ」

『だってそうだろ。リリーはどうかしてる。エルは男なんだぞ。何されたって、文句言えない立場なんだからね?』

 それぐらい、わかってる。

『最初に言ったじゃないか。ボクは助けないからね。それとも、リリーはエルを誘ってるの?』

「誘ってる?…エルが、私に興味ないのに、誘うなんて」

『リリーは女の子なんだよ』

「女の子、なんて…」

 私は、そんなものじゃない。

 自分をただの女の子って思えたのは、女王の娘に選ばれる前まで。

 私はもう、人間として扱ってもらえるかすら怪しい。

 人から魔力を奪う力を持っているなんて。

『とにかく。エルにキスされないように気をつけなよ』

「あ…」

『せっかくエイダが黙っててくれてるんだから。…ボクからの忠告はそれだけ』

 そうだ。

 また、エルから魔力を奪うことのないように。

 それだけは気をつけなくちゃ。

『じゃ、エルのところに行こう』

「え?」

『行かないの?』

「行きたい」

『だと思った』


 レストランに行くと、エルが窓際の席でワインを飲んでいる。

 ワインのラベルは、クアシスワイン。

「リリー。…飲むか?」

「うん。グラス、もらってくる」

 グラスを持ってくると、エルが、私の腕を引く。

「こっち」

「え?」

 エルの隣に座ると、エルが左手でワインの瓶を持って、私のグラスに注ぐ。

 距離が、すごく近い。

 私の左手も、右手で掴んだまま離してくれないし。

 もしかして、酔っぱらってる?

「エル、大丈夫?」

「ん?何が?」

 大丈夫、かな?顔色はそんなに変わってないみたいだけど。

 右手でグラスを持って、ワインを少しなめてみる。

 ベリーの甘い香り。クアシスの実で作ったワインのはずだよね。

「酒は苦手か?」

「あまり飲んだことがない」

「今日は酔っぱらってもいいよ」

 酔っぱらってもいい?

「どうせ、雨が止まないと出発できないんだから」

 雨だから、お酒を飲んでるの?

「止まなかったら?」

 エルが私を見て笑う。

「困るな」

 やっぱり、酔っぱらってるのかな。

「エルはお酒に弱いの?」

「ん?…人並みには飲むよ」

「これ、何本目?」

「何本目、だったかな」

『四本目だよぅ』

 ユールだ。

「四本目?」

「あぁ、そうだっけ」

 ワインを四本って。アリシアでもそんなに飲まない。

 ってことは、エルはお酒に強い?

「暇だなぁ…」

 エルが外を見ながら、ワインを飲む。

 無表情で。

 エルの目が見ているのは、外というよりは、ずっと、遠くみたい。

 何を考えてるのかな。

「エルは、どうしてグラシアルに来たの?」

「ん?」

 エルが私の方を向く。

「ラングリオンからは、すごく遠い」

「目的か。…行ったことが、なかったからかな」

「行ったことがなかったから?」

「あぁ。どこかに行く理由なんて、そんなもんだろ」

「そうかな」

「リリーは、なんで俺についてくるんだ?」

「それは…」

 また、急に聞くんだから。

「俺が、人さらいだったらどうするんだ」

「人さらい?」

「そう。騙して、どこか遠くへ連れて行って…。って、状況は今と変わらないな」

 どういうこと?

 エルは私を見て笑う。

「リリーは可愛いな」

「え?」

 ま、待って。どうして?何の脈絡もなく!

「エルは、変だよ」

「変?」

「…ばか」

「もう、酔っぱらったのか?」

 エルに、言われたくない。

「酔っぱらってないよ」

 空になった私のグラスに、エルがワインを注ぎたす。

「顔が赤い」

「それは、エルのせいだよ」

「俺のせい?」

「エルは、自覚ないんだよね、きっと」

 可愛いって言葉も。

 私じゃなくても、いくらでも他の人に言うんだろう。

「傷ついた?」

「え?」

「自覚ない、の後に、たいてい、傷ついたって言われるから」

 それは、自覚あるの?

「誰かを傷つけようなんて、思ってないのに」

 それは本心なんだろうな。

 だから、周りの人が余計に傷つくんだ。エルに悪気がないから。

「たぶん」

 気づいてないんだよね、自分のことなのに。

「エルは、みんな一緒だから」

「みんな一緒?」

「大切にしている人も、どうでも良い人も。きっと、エルにとっては同じ括りなんだと思う」

「同じ括り、か」

 エルの空いたグラスに、ワインを注ぐ。

 ワインが、空になった。

「エルは私を助けてくれて、一緒に居てくれる。でもそれは、きっと、私が私じゃなくても、してくれることだよね?」

 エルは、優しすぎる。

「リリーはリリーだよ。それ以外の、何者でもない」

 わかってない。

 エルにとってはみんな一緒。だから、勘違いしてしまう。

「たとえの話しだよ」

 私がいくら好きでも、エルは私を特別な相手として見てくれることはないから…。

「だから、リリーがリリーじゃなかったら、出会わなかったし、こうして一緒にもいない」

「え?」

 それって、私と同じ結論?

 私とエルが出会うのは、絶対だって。

 …そう、思っていいの?

「リリーじゃなきゃ、三年間も一緒に居たいと思わなかったよ」

「あ、の…」

 やっぱり、エルは私の運命の人だって、思っていいのかな。

 そんなこと言われたら、どきどきして。

 苦しい。

 エルと目が合う。

 濃い紅の。とても、深くて。吸い込まれそうな瞳。

 初めて見た時から。

 一度目が合うと、離せないほど、惹かれてた。

「あ」

 頭にエルの額がぶつかる。

 顔が、こんなに近かったなんて。

「あ、の」

 エルから顔をそらす。

 どうしよう。キスされるかと思った。

 そんなわけないのに。

 エル、やっぱり酔っぱらってるのかな。

 エルが、私の目の前にグラスを傾ける。

「もうからっぽだよ」

 ワインの瓶を、エルのグラスに傾けるけれど、もう出てこない。

「飲まないんだろ?」

 空のグラスを私の前に置き、全然減っていない私のグラスのワインを、エルが飲む。

「少し、飲み過ぎたな」

 飲みながら言うことかな、それ。私のグラスまで取り上げて。

「そろそろ寝よう」

 エルが、グラスのワインを飲み干して、立ち上がる。

 ようやく、手を離してくれた。

 そういえば、手を繋ぐときって、いつも私の左手と、エルの右手。

 エルは左利きなの?それとも、両利き?

 それとも、私が右利きだから気を使ってるだけ?

 ついて行くと、エルは部屋に入って、そのままベッドに倒れる。

 顔を覗き込むと、目を閉じてる。

「もう、寝たの…?」

 頬を突っついても、反応がない。

 相変わらず、無防備な人。

 エルの隣に行って、布団をかける。

「エル…」

 エルの背中に顔をつける。

 静かな部屋。

 雨がもう止んだのかもしれない。

 明日は何時に起きるのかな。



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