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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編
4/46

02

「リリー、起きろ」

 頭を撫でられる。

 あれ?朝?

 起き上がって、頭を撫でてくれる相手を見る。

「エル?」

 エルが、起きてる。

 結局、あの後、昼も夜も目覚めなかったのに。

「気が付いたの?」

「何寝ぼけてるんだよ。もう朝だって」

 あぁ、笑ってる。

 両手で、エルの顔を包む。

「元気?」

「あぁ。良く眠れたしな」

「良かった…」

 顔色は良いみたい。

 魔力も大分戻ってる。

「エル。良かった」

 無事に目覚めてくれて。本当に良かった。

「私、エルに言わないと…」

「なんだよ」

「ありがとう」

 私を助けてくれて。

「どういたしまして?」

 あ…。

 私、何してるんだろう。

 慌ててエルから離れて、部屋の戸口に向かって走る。

「先に、行ってるね」

 そう言って、部屋の外に出る。

 あぁ。

 朝から、何やってるんだろう。

 恥ずかしくて顔を合わせられない。

 あの様子なら、魔力を奪われたことも、あれから朝まで一切目が覚めなかったことも、気づいてないみたいだけど。

「おはよう、リリーシア」

 シフさん。

「おはよう、ございます」

 顔、赤くないよね?

「良く眠れたかい?」

「はい」

「エルロックは起きた?」

「はい」

「それは良かったね」

「はい。…あの、何か手伝うことないですか?」

「手伝うこと?」

「色々、お世話になったので」

「あら、良いのよ。あなたたちは、精霊のお客様。ゆっくりしていって頂戴」

 そう言って、シフさんがキッチンに入って行く。

 精霊のお客様?

「イリス、どういうこと?」

『エルは、リリーを助けるのに、山の精霊を呼んだんだ。精霊たちがリリーの体を雪の塊から掘り起こしてくれて、ここを教えてくれたんだ』

「そうだったんだ」

 お礼を言わなくちゃ。

 暖炉の部屋に入り、かけてある毛皮のマントを羽織って、外に出る。

 外では、朝陽を浴びながら雪と氷の精霊たちが舞っている。

「あの、助けてくれてありがとう」

『おや、昨日の』

『埋まった娘』

『僕らが見えるのか』

『変わった娘だな』

 やっぱり、珍しいのかな。

『礼なら、もうもらってる』

『あの魔法使いからね』

「エルから?」

『そうだよ』

『どうせ雪遊びの途中だ』

『ちょっと手伝っただけだよ』

 それで、命を救われたのは私。

「お礼を言わなきゃ気が済まないよ。私を助けてくれてありがとう。それに、エルを手伝ってくれてありがとう」

『可愛い娘』

『ねぇ、君。洞窟を抜けていくんだろ?』

「うん」

 エルに見せてもらった地図を思い出す。

 グラシアルの王都から、山を登ってアユノト村を通り、近くの洞窟を抜けて東の平原に出る。

『洞窟を抜けた先、危ないよ』

「危ない?」

『城に、変な奴が住み着いてるんだ』

「城?」

 見せてもらった地図に、城なんてあったかな。

『古い城だよ』

『誰も住んでなかった古城』

『悪い魔法使いがいるんだよ』

『近寄らないほうがいい』

「そっか。教えてくれてありがとう」

『じゃあ、またね』

『炎の魔法使いによろしく』

「うん」

 精霊が空高く飛んでいく。

「おや、リリーシア。早起きだね」

 身長が私の倍ぐらいありそうな大きな人が私に声をかける。

「トールさん、おはようございます」

 エルと私をここまで連れてきてくれた人だと、昨日の夕飯の時に聞いた。

 もちろん、エルは気を失ったままだったけれど。

「エルロックは気が付いたのかい」

「はい」

「それは良かった」

「色々、ありがとうございました。…あの、何か手伝うことありますか?」

「大丈夫だよ。君たちは精霊のお客様だ。ゆっくりしていってくれ」

「でも…」

「私は、もう少し薪を割ってから行くから、先に家に入っていておくれ」

「巻き割り、手伝います」

「え?しかし…」

「やらせて下さい」

 トールさんの持つ斧を借りる。

「君は力持ちなんだね。その斧を片手で持てる人間は、この村には居ないよ」

 トールさんは苦笑して、薪割の場所に案内してくれた。

「ここにあるのを、これぐらいの大きさに割るんだ」

 トールさんが見本を見せてくれる。

「はい。わかりました」

 手ごろな木を一本取って、空中に浮かせる。

「えいっ」

 横に二回、縦に五回。あ、失敗した。端っこはもう少し小さめにしよう。

「おぉ」

 これぐらいで大丈夫かな。

「いや、まいったな。君は、そういえば剣士だったね」

「薪割は、剣の稽古でもやってたから、得意なんだ」

 次の木を拾って、放り投げ、斧で切って行く。

 次、次、次…。


「ありがとう、その辺で大丈夫だよ。これだけあれば、一週間は持つだろう」

『リリー、散らかし過ぎ』

「あ」

 切った分が、足元で山になっている。

「ごめんなさい、片付けます」

 トールさんが笑う。

「いいよ、その恰好じゃ風邪をひいてしまうだろう。エルロックのところに行っておやり」

 そういえば、寝間着にマントを羽織っただけだった。

「あ…、はい」

 家に戻って、マントをかける。

「おや、外に行っていたのかい?」

「はい」

「もうすぐ朝食ができるよ。エルロックも呼んでおいで」

「はい。呼んできますね」

 エルの居る寝室まで行って、戸を開く。

「エル、朝食ができたよ」

 あ。部屋の、この空気。

 エルが私に気付いて、こちらを見る。

「ごめん。魔力の集中してた?」

「いや、終わったところだ。…リリー、体は大丈夫なのか?」

「私は大丈夫。エルが助けてくれたから」

 エルが首を横に振る。

「俺が助けたわけじゃない。精霊や、トールが居たから…」

 違う。きっと、色んな人が助けてくれたけど、一番は。

「お礼を言わなければならない人はたくさんいる。でも、一番、エルに感謝してるんだ」

 エルが、私に魔力をくれたから。

「じゃあ、俺も言っておく。無事でいてくれてありがとう」

「え?」

 どういう意味?

「守ってくれ、って言ってただろ」

「あ…。うん」

 覚えててくれたんだ。

 返事も聞いていない言葉を。

 嬉しい。

 エルは優しい。すごく、すごく優しくて。

 だから、私を助けてくれるし、私のために戦ってくれる。

 私がエルのことを全然知らないように、エルも私のことを全然知らないのに。

 …あれ?

 胸が痛い。

 それは、嬉しいことのはずなのに。

 なんでだろう。


 ※


 朝食を食べ終えて、出発の準備をしに部屋へ。

「エル、それは?」

 エルが、変わった草や実を並べている。

「香辛料だよ。使ったら料理に深みや香りを与えるし、売っても高値で取引される」

「エルは料理するの?」

「家に居る時はたまにな」

 ええと、魔法使いで、錬金術師で、料理も詳しい?

「エルの家って?」

「ラングリオンの王都だ」

 ラングリオン王国。オービュミル大陸の地図で東にある大国だ。

 確か、東の果てには砂漠があるんじゃなかったっけ。

「ラングリオンって、東にある、砂漠の国?」

「砂漠はラングリオンの領地じゃないぜ」

「そうなの?」

「あそこは、遊牧民族の土地なんだ。一応、ラングリオンの市民証か手形が必要だけど…。そういえば、身分証は持ってるのか?」

「身分証って、これ?」

 忘れずに持ってきたものを出す。

 リリーシア・イリス。グラシアル女王国・王都出身。上級市民。有効期限は五年。

 初めて、ちゃんと確認したけど。上級市民って、なんだろう?政治の議員、の家系?

 グラシアルは女王が政治を行うことができないから、議会政治の形を取っている。

 王都に政府と議会を置き、選挙は王都でのみ行われる。

 議会は二院制で、上院が上級市民、下院が一般市民で構成されているのだ。

「あぁ。これで大丈夫だ」

 これがあれば、国外へ出られる。

 エルの故郷か。

「私もラングリオンへ行きたい」

「遠いぞ?」

 西の果てと言われるグラシアルからは正反対。

 でも、行きたい。

「私が外に出られるのは三年だけだから、行ってみたい。あ、エルが行く場所があるなら、そっちを優先して」

「いや、俺の目的はグラシアルの王都だ。後は、適当に観光でもして帰国予定」

 観光?

 そういえば。

「古城は行くの?」

 精霊が危ないって言っていた古城の話しは、朝食の時間にトールさんとシフさんもしていた。

 エルは気になってたみたいだけど…。

「行かないよ。なんでグラシアルのゴタゴタに巻き込まれなきゃいけないんだ。直に、この辺を管轄している騎士団が討伐するだろ」

『エル、それって、なんだか…』

「言うな」

「…?」

 どうしたんだろう?

『じゃあ、賭けをする?』

「やめろ、余計に巻き込まれそうな気がしてきた」

 エルが、頭を抱える。

 もしかして、困ってる人をほっとけないのかな。

 私をほっとけなかったみたいに。

「エルは、お人よしなの?」

 エイダが爆笑する。

「笑い事じゃないからな」

 また、変なこと言ったかな…。

 エルが、私を手招きして、机に地図を広げる。

「今から洞窟を抜けるのに半日。おそらく、南のキルナって村に着くころには夜だ」

 洞窟の出口から、東南の方向に古城、少し西寄りの南にキルナという村がある。

 エルが、もう一枚地図を出す。

「これがオービュミル大陸の全域地図だ。ポールの地図は、この区画だな」

 エルが、地図の左上辺りを、指で四角く囲む。

 私が移動した距離って、これだけなのか。

「急ぐなら、港から船を乗り継いで行けばラングリオンまで行ける。…ただ、この村からは港までの道がないから、迂回して、大街道まで行かないとな」

 エルが、キルナの村から、大街道に向けて指でなぞる。

「どうして?」

 キルナの村から、まっすぐ東には行けないのかな?

「どうしてって。経由できる場所がないだろ。野宿でもするつもりか?」

「経由できる場所?」

 どういうこと?

「だいたい、この距離を歩くのにおよそ一日」

 エルが二つの街を指で示す。こんなに短い距離で、一日?

「そうなの?」

「そうだよ」

 なんだか、実際に歩くイメージとは違う。

「だいたい、こんな辺境の場所歩いてたら、精霊に魂を奪われかねないぞ」

「精霊が、人間の魂なんて欲しがる?」

「昔の話しだけどな。魔法使いがほとんど居ない時代。つまり、精霊と契約する方法が確立されていない頃。精霊は人間から奇跡を求められた時に、魂を要求したんだ」

「精霊が人を殺せば、罪になるんじゃないの?」

 確か、精霊とは自然そのものだから、自然に反した行動をとると、魂が穢れて精霊ではいられなくなるんじゃなかったっけ。

「殺しはしない。魔法使いと同じだ。人間の魂は、魔力を集められる。だから、精霊は人間の魂を、その寿命が尽きるまで預かるんだ。預かっている間、魔力をもらえる。そして、人間の寿命が尽きたら死者の世界へ送る。それは、自然に反しないことだから、精霊にとって罪にならない」

 死んでも死ねないなんて、ちょっと怖い気がするけれど。

 それでも、精霊の奇跡を欲しがった人はいたんだろう。

「さ、行くか」

 あれ?さっき出していた香辛料が、ベッドの上に置きっぱなしになっている。

「その香辛料は?」

「宿代の代わりに置いていくんだよ」

「あぁ。そういうお礼の仕方もあるんだね」

「そうだな」

 全然、思いつかなかった。

「エルは、とても親切?」

 相手のことを想ってばかり。

「…なんだよ、それ」

『私もリリーに同感ですよ』

 エイダと一緒に笑う。

「お前ら、いつの間に仲良くなったんだ?」


 ※


 トールさんの案内で、洞窟へ。

「ここは昼間でも薄暗いんだ。たいまつは持っているかい?」

「灯りなら大丈夫だ」

「そうか。それじゃあ、気を付けて。旅のご加護がありますように」

「あぁ。精霊たちにもよろしく言っておいてくれ」

「お世話になりました」

 トールさんに向かって頭を下げる。

「元気で」

 手を振ってトールさんと別れて、洞窟へ入る。

 光の入らない洞窟は、その先が見えないぐらい暗い。

「エルは、光の精霊と契約しているの?」

「いや、俺は光の精霊とは契約してない。その代り、これがあるんだ」

 エルは球を取り出し、カチカチ、と、自分の杖の先にぶつける。

 すると、玉から光があふれる。

「これも、魔法?」

「これは、光の魔法を込めた玉だ」

 光の球は、杖の先をくるくる回りながら浮いている。

 あれ?割るって言ったら…。

「初めて会った時のも?」

 エルに助けてもらった時。何かが割れる音がして、辺りに煙が立ち込めた。

「あれは煙幕。爆炎の煙だけを抽出して、少しだけ混乱薬を混ぜてあるんだ。主に、逃走用に使う」

 ってことは、エルが作ったの?これ。

「便利だね」

「ほら」

 エルが、丸い球を私の手に乗せる。

「白いのが光の魔法、紫が煙幕。やるよ」

「ありがとう」

「衝撃を与えたら割れるから、落とすなよ」

 白いのは、ぶつけたものの周囲を旋回しながら光を放つ。

 紫のは、衝撃を与えると、中から煙幕が出る。

「気を付ける」

 早く、しまおう。使いどころに気をつけなきゃ。

「メラニー」

『探索か?』

「あぁ」

 メラニー。闇の精霊だから、洞窟に詳しいのかな。

『なかなか広いぞ』

「広いのか?迷うことはないらしいけど?」

『ここは採掘に使われた洞窟だ。あちこちに坑道がある。坑道は立ち入り禁止になっているようだが、どこまで探索する?』

「掘りつくされた坑道跡か。目ぼしいものもなさそうだな」

『それはバニラの分野だろう』

 バニラ?

「じゃあ、まっすぐ進むか」

『バニラ、出口まで近道があるようだが?』

「…了解」

 会話が飛ぶ。

 私に聞こえない声?

『エル、錬金に使えそうなものを集めてくるか?』

「そうだな。バニラも頼む」

『了解』

『了解』

「わ、」

 黒と緑の精霊が、エルから飛び出していく。

「リリー、大丈夫か?」

「うん。…バニラって、大地の精霊?」

「あぁ」

「了解、って声しか聞こえなかったけど、もっと話してた?」

「ナターシャ、なんか話せ。…お前が一番賑やかだろ。……そうなのか?」

 誰かと、会話してる?

「リリー、ナターシャの声は聞こえるか?」

「聞こえない」

「じゃあ、見たことのない精霊は聞こえないんだな」

 つまり、エルの体の中に居る精霊の声は聞こえない?

 でも、エイダの声が聞こえたのは?

 エイダの力が、エルの魔力を染めるほど溢れていたから?エルと上位契約だから?

『ちょっと、何の話しよ?』

 エルから、白い肌と白い羽の精霊が出てくる。

 なんて愛らしい雪の精霊なんだろう。

「綺麗な精霊」

『あら、見る目あるじゃない。私は雪の精霊ナターシャよ』

「こんにちは、私はリリーシア」

『あなたも十分可愛いわよ、リリー』

「ありがとう」

『じゃあ、またね』

 ナターシャがエルの中に戻る。

「エルって何人の精霊と契約してるの?」

 炎のエイダと、闇のメラニー、大地のバニラ、雪のナターシャ。

 私の知ってる魔法使いは、氷の精霊を含めて、たいてい二人か三人の精霊と契約していたから、エルは多い方?

「ん?…闇、真空、炎、風、大地と、雪の六精霊だ」

「え?魔法使いって、そんなに精霊を宿せるの?」

「んー。そうだな…。そんなに連れてる奴はいないかな。単体の方が絆も強くなるし、より強い力を発揮できる。複数いれば合成魔法が使えてバリエーションが増えるし、備えにもなる」

「備え?」

「たとえば、戦闘になって炎の魔法を使った場合、相手は炎の魔法に対する対策をとる。けど、そこに、相手も想像してないような魔法…。氷の魔法なんかを使えば、こっちが優位に立てるだろ?」

 あぁ、それはなんとなくわかる。相手に読まれるような動きをしていたら、すぐに捕らえられる。

「戦略的に戦える?」

「そういうことだ。ただし、精霊同士の相性が悪ければ、力を発揮できないし、妨害しあう場合もある。あんまり複数の精霊と契約すると、精霊に魔力を送るのが間に合わなくなって、契約違反だと見放されてしまう」

 そうだ。

 精霊と契約を結ぶ条件は、精霊の力を使えるようになる代わりに、人間が自然から取り込める魔力を精霊に渡すこと。

 なぜなら、魔力とは精霊の力であり、寿命。精霊が自然から得ることのできない力だからだ。

「はいはい。ありがたく聞いておくよ」

「今も精霊と話してた?」

「面倒だから紹介しておくか。二人とも出てこいよ」

 エルの言葉に従って、二つの精霊が顕現する。

『あたし、ユール。よろしくねぇ』

 見たことのない精霊だ。

『オイラはジオだよ』

 こっちは、風の精霊。

『ふふふ。あなた、おもしろいよねぇ。遊ぶぅ?』

 エルが契約しているのは、闇、真空、炎、風、大地、雪だから、ユールっていうのは、真空の精霊?

『ひゃっほーい』

「…戻れ」

 エルが二つの精霊を体に戻す。

「賑やかだね」

「いつもこんな感じだ」

「これなら、一人旅でもさびしくなさそうだね」

 楽しそう。エルは精霊と仲が良いんだ。

「そういえば、久しぶりだな」

「え?」

「誰かと旅をするなんて。そういえば、リリーは城を出るのは初めてだったよな?」

「うん」

「修行の目的ってなんなんだ?」

「え?」

 まさか、このタイミングで聞かれると思わなかった。

「目的は…、」

 魔力を集めること。

 どうしよう。言えない。

「それは、」

 でも、このままずっと言わないなんて、できるのかな。

 話すってことは、呪いのことも、私がエルの魔力を奪ったってことも話さなきゃいけない。

「悪かったよ。言いたくないことは言わなくていい。三年って、お前に与えられた自由な時間なんだろ?やりたいことやればいいじゃないか」

 違う。

 自由な時間なんかじゃない。

 それは、私のタイムリミット。

「エル、」

 私といつまで一緒に居てくれるの。

 エルが居ないと、私は目的を失ってしまう。

「私は…」

 あなたのことをもっと知りたい。

 好きだから。

 だから、私の残りの時間、ずっと一緒に居たいの。

 …そんなこと言えない。


 ※


「止まれ、旅人よ」

 陽が沈んで、月が昇ってくる頃。

 ようやくキルナの村に到着した。

「身分証の提示を」

「あぁ」

「お前はラングリオンからか。そっちは…」

 エルに倣って、身分証を提示する。と。

 提示を求めた兵士が青ざめて、両膝をついて顔を伏せる。

「イリス様で、ございますね。失礼いたしました!どうぞ、どうぞお通りください。宿の手配もすぐ!」

 ええっ?

「ま、待ってくれ、あの、大丈夫だから、その、」

 そんなこと、城でだってされたことない!

「お忍びで旅行だから、騒がないでやってくれ」

 エル、どうしてそんなに落ち着いていられるの。

「しかし、上級市民様となると、尊い女王のご恩情熱い方で…」

 え?上級市民って、女王と繋がりがある市民って意味なの?

 そんなの、聞いてない!

「いい、いいから」

 そういうの、やめて欲しい。エルの後ろに隠れる。

「他言無用だ」

「はい!かしこまりました!」

 せめて、もう少し静かに話してくれたら良いのに。

「顔を上げてくれ。そんなこと、されたくない」

「はい!」

 ようやく、兵士が立ち上がる。

「あの、誰にも言わないでほしい」

「了解いたしました」

「宿はどこだ?」

「広場を右に抜けたところにございます」

 歩き出したエルの背中を掴んだまま、ついて行く。

「エル、怖い」

「しょうがないだろ。女王はこの国では神様みたいなもんなんだから。お前が娘だってばれたら、あの兵士、卒倒するぞ」

 神様、か。

 そうだよね。女王の力は、それぐらい絶大で、誰も逆らえない。

「気を付ける」

 エルが居てくれて、良かった。

 エルについて広場を抜けて進むと、明るい通りに出る。それから、一軒のお店へ。

「いらっしゃいませ。…ご宿泊ですか?」

「あぁ。空いてるか?」

「はい。すぐにご用意します。少々お待ちを…。あ、お食事もされますか?」

「あぁ。頼むよ」

「では、お席にご案内しますね」

 エルって、本当に旅慣れてる。

 一人なら、こんなにスムーズに宿を見つけたりできない気がする。

「肉料理しかご用意できないのですが、よろしいですか?」

「あぁ」

「はい」

「かしこまりました」

 案内してくれた人が行くと、店に居た人たちが近づいてきた。

「見ない顔だな」

「可愛いお嬢さんだ」

 また、絡まれてる?

「見世物じゃねーよ」

「まぁまぁ、そう固いこと言うなよ」

 エルが、自分に手を伸ばしてきた男の人の腕を掴んで吹き飛ばす。

 今の動きは…。片手で吹き飛ばしたわけじゃないよね?

 風の魔法?

「兄ちゃんつえーな」

「でもよ、気を付けないと、こんなかわいい子、さらわれるぜ」

 遠くのテーブルに居る人たちも、みんなが私たちの方を見ている。

 ここ、男の人ばっかり。

「さらわれる?」

「なんだ、知らねーのか?」

「良くこの村まで無事できたもんだぜ」

 どういうこと?

「どういうことだ」

「最近、変な魔法使いが暴れてるんだ」

 それって、精霊たちが言ってた、古城に住んでる悪い魔法使い?

「この村にも三日ぐらい前に来て、村の物を略奪して行ったのさ」

「あいつら、やりたい放題だ」

「悪党なら、騎士団に討伐してもらえばいいじゃないか」

 グラシアルには、各地方に騎士団が設置されていて地方を守っているはず。

「それが、あれこれ難癖つけて来ないんだよ。女王に直談判しに行った奴はまだ帰ってこないし」

 直談判…。魔法使いが聞くのだろうけど。

「騎士団の連中はびびってるんだよ」

「あぁ、二つ名のある魔法使いなんだっけ?」

「黄昏の魔法使い、だっけ」

「黄昏の魔法使いって?」

 聞いたことがない。

「お嬢ちゃんは知らないのか?」

「あれだろ、ラングリオンの英雄」

「え?悪魔じゃねーの?」

「それは、セルメアの話しだろ」

「英雄で、悪魔?」

 どういうこと?ラングリオンの英雄ってことは、ラングリオンの人?

「エルは知ってる?」

「さぁね」

 エルが知らないなら、そんなに有名な人じゃないのかな。

「どっちにしろ、なんだって、こんなところに居るんだか」

「こらこら。お客さんに絡まないの」

 さっきの女性が料理を運んでくる。

「ごめんなさいね。馬鹿ばっかりで」

 肉の煮込み料理だ。

「わぁ、おいしそう」

「えぇ。久しぶりのお客様だから、サービスするわ。…さぁ、あんたたち。食事が終わったなら帰って頂戴」

 彼女の号令で、男の人たちが移動する。

「ゆっくりしていってね」


 ※


「今居るのが、この辺り」

 エルが、部屋で地図を広げる。オービュミル大陸の地図だ。

 エルは、今いる村を指す。

「明日起きたら、まっすぐ南に向かって、この街で一泊して、更に南下して大街道に入る。そうしたら、大街道を東に進んで…」

 地図上で動くエルの指を目で追う。

 細くて長い指が示すのは、地図上でも目立つ、グラシアル国の東西を走る大街道。

 グラシアルの女王の力を隅々までいきわたらせるための装置の一つ。

 プレザーブ城から南へまっすぐ続くフリオ街道と、その終わりから東に長く伸びるグラシアル大街道は、女王の魔力を国中へ伝えている。

 つまり、フリオ街道、グラシアル大街道に近ければ近いほど、魔力が、土地が豊かで人間にとって住みやすい環境なのだ。

「大街道沿いには宿場町がいくつもあるから、どこかで一泊して、メロウ大河とぶつかるこのポルトペスタっていう街まで行く。グラシアル王都よりもでかい街だ」

 ポルトペスタは、城に居ても良く耳にする街だ。

「ポルトペスタって、城下町より広いの?」

「あぁ。商業が盛んで、多くの旅人が必ず立ち寄る。人も物もたくさん集まる拠点」

 城に出入りの商人も、ポルトペスタから来る人が多い。

 出入りと言っても、もちろん城の中には入れない。

 魔法使いたちが間に入って、すべて管理しているのだけど。

「ポルトペスタには色んなものがあるから、観光にはうってつけだ。しばらくここに滞在しても良いな。それから、ラングリオンまでどう行くか考えればいい」

 ええと。エルの説明だと、キルナから、こういって、こういって…。

「ええと…。迷わないかな。こんなに広いのに」

「何言ってるんだよ。ポールに教えてもらった山の入り口の方が見つけにくかっただろ」

「そうなの?」

「そうだよ」

 間違えて、違う街に行ったりしないかな…。

「リリー。南はどっちだ?」

「え?こっち、かな?」

 確か、キルナの村の入り口って、南だったよね?

「リリーに一人旅は無理だな」

「え?違うの?」

 エルが苦笑する。

「そっちは東だ」

 あれ?それじゃあ、キルナの入り口って東?

 それとも、入り口ってこっちじゃなかった?

「そんなんで、どこに行くって言うんだ?」

 城の中では、そんなに迷わなかったんだけど…。

 どうしよう。

 一人で旅することになったら、街にある場所に行けるかな。

 変なところに行ったら、危ない精霊も居るんだよね?

「そういえば、行きたいところはないのか?」

「行きたいところ?」

「三年間、外に出られるっていうのに、まったく無計画なのか?」

「ええと…」

 だって、私の目的は、恋をすることだったから。地図とにらめっこなんてしていない。

「無計画なんだな」

 無計画なわけじゃなくて…。

 あ。そうだ。外に出たら乗りたかったもの。

「船、船には乗りたいよ。海に浮かんでる船!」

 エルが笑う。

「え?何か変なこと言った?」

「いや、なんでもない。それじゃあ、ラングリオンに向かうのに、船に乗ろう。ポルトペスタの北東に向かって、二つ街を超えればすぐに港町がある」

 本当に、良く笑うんだから。

「うん」

 でも。海が見られるんだ。楽しみだな。

「明日は早いし、もう寝ろよ」

 エルは私の頭を撫でると、地図を閉まって、本を取り出す。

 あ。眼鏡。

「それは?」

「銀の棺だ」

「氷の精霊と炎の精霊の恋物語?」

 それって、グラシアルで有名な古典だ。

「恋物語?」

 あれ。知らないのかな。

「うん。内容、話して大丈夫?」

「あぁ」

「神話時代の話しだよ。冷気の神から生まれた氷の精霊と、熱気の神から生まれた炎の精霊が、惹かれあって、どうにか愛を貫こうとするんだけど…」

「反属性の力が一つになろうとしたら、消滅する」

 そう。その通り。

 冷気の神と熱気の神は、もともと一つだった魂が分裂して生まれた神だとされる。

 多くの神はこうして、もともと一つだった魂を割って生まれている。そのペアは反対の性質を持つため、反属性と言われている。

 そして、もともと一つだったものが、一つになろうとすると、もとの魂の形に戻り、見た目には消滅すると言われている。

 正確に言うと、大いなる始まりの魂に帰るのだ。

「だから、二つの精霊は、一つにならない方法を考えたんだ」

「一緒にならなかったってことか?」

「違う。二人は禁忌とされる術で封印の棺を作り、炎の精霊はその封印の棺に入ったんだ」

「封印の、棺…」

「氷の精霊は、自分の力が最大限に及ぶ氷の大地へその棺を移し、二人は永遠に一緒に居る方法を獲得したんだ。今もずっと。世界の終りまで、氷の精霊は棺を守り続けてる」

「氷の大地っていうのは、神の台座のことだろうな」

 オービュミル大陸の北にある、神話時代の終わりに氷の大精霊が凍らせたと言われる大陸。

「たぶん。あそこは氷に閉ざされた台地だし、この物語の舞台だと思う」

『エル、私も読みたい』

「エイダも恋愛小説好きなの?」

「恋愛小説?」

 あれ?知らないで読もうとしてたの?

「トリオット物語は、銀の棺をモチーフにしているから」

「トリオット物語?…どっかで聞いたな」

 トリオット物語も知らないのに、銀の棺を読むの?

『マリアンヌが読んでいた本では?』

「そうだ。マリーが読んでた本のシリーズだ」

「マリアンヌ?」

「あぁ。王都の友人だ。そいつに頼まれてたんだよ、この本。…エイダ、読むなら読んでいいぜ。俺はもう寝る」

 エルって、恋物語は興味ないのかな。

「じゃあ、借りていきますね」

 エイダが姿を現して、銀の棺を持ってどこかへ行く。

 エルは、もう寝るのかな。

 私も、寝なくちゃ。

 ランプのシェードを取って、息を吹きかける。

 火が消えただけなのに、しん、と部屋が静まり返る。

 暗い。

 寝なくちゃ。

 眠れるかな…。

 ベッドに入って、枕を抱く。

 トリオット物語。

 氷の精霊に例えられる少年と、炎の精霊に例えられる少女の恋愛小説。

 物語は、愛し合う二人が引き裂かれるところから始まる。

 引き裂かれた後、二人が大陸の東の果てと西の果てから、相手を求めて旅立つ物語。

 合間合間に二人が結ばれるまでの逸話が挿入されるから、二人が一緒に居ないことを忘れそうになるけれど、私が読んでいる限り、二人は旅の中で一切会っていない。

 すれ違いの物語。

 いつか、会えると良いな。

 物語の時間は、一冊につき、およそ一年経過している。

 私が読んだのは三冊。

 三年経過している。

 私のタイムリミット。

 帰らないって、決めて出発した。

 それが自分の死を意味することも知っている。

 なのに、死ぬのが怖い。

 そのせいで、迷う気持ちが出てる。

 枕を持ったまま起き上がって、エルの傍に行く。

「エル」

 動かない。寝てるかな。

 布団に入って、エルに抱き着く。

 怖いよ。

 時間が経過するたびに、死が近づく。

 それは、まだまだずっと先なのに。

 本当に死にかけたから。

 その時に、死にたくないって思ったから。

 それが、私の本当の答えだって気づいたから。

 でも、死にたくないのなら、私がやるべきなのは魔力を集めることしかない。

 魔力を集める方法は、誰かとキスすること。

 キスするのは、好きな人以外考えられない。

 でも、エルから魔力を奪うなんて、もっと嫌だ。

 好きな人から奪うなんて、考えられない。

 あぁ。どっちも選べない。

 ねえ、どうしたら良い?

「ジョージ…」

 私は、いつもこうだ。

 いつも決められなくて、迷ってばかり。

 エルは、迷わず私を助けてくれているのに。



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