第5話 ノースフォード辺境伯・アーサーとの対面
マーガレットがゆっくりと目を開けると、後ろから声がかかった。
「大丈夫か?」
振り向くと、立派な甲冑を着た男性と目が合った。
短く切り揃えられたシルバーの髪にサファイアの瞳。甲冑の上からでも分かる、よく鍛えられた筋肉。かなりの美丈夫だ。
どうやら、この男性が支えてくれたらしい。
思わず見惚れていたマーガレットは慌てて礼を言う。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございます。」
カーテシーをして顔を上げる。
すぐに男性を呼ぶ声がした。
「閣下、よろしいでしょうか」
「ああ、今行く」
「…え、あ、ちょっと…!」
まさかアーサーに助けてもらったとは思わず、すぐにマーガレットは挨拶をしようとした。
しかし、アーサーは気づかずにスタスタと歩いて行ってしまう。
「…行っちゃった」
マーガレットはどんどん離れていくアーサーを見送るしかなかった。
怪我人たちの治療が落ち着いた夕方。
マーガレットはセバスチャンから呼び止められた。
「マーガレット様、旦那様がお呼びです」
「分かったわ。身支度を整えたらうかがいます」
マーガレットは自室に戻ると、アンに手伝ってもらいながら普段着に着替えてアーサーの書斎を訪れた。
「お初にお目にかかります。マーガレット・レスターと申します。」
「アーサー・ノースフォードだ。こっちは補佐官のオリヴァー。不在にしていて申し訳なかっ…」
そこまで言って、アーサーが目を見開いた。
「先程は助けていただき、ありがとうございました」
マーガレットは改めて礼を言う。
昼間、マーガレットは動きやすい服装として、アンから借りた侍女服を着ていた。そのため、目眩を起こしたときに助けてくれたアーサーは、マーガレットだと気づかなかったのだ。
「ああ、無事で何よりだ。ところで、侯爵令嬢である貴女が、侍女の格好をして何をしていたんだ?」
アーサーの口調は、単純に興味があることを知りたいだけのようだった。
(普通の侯爵令嬢はあんなことしないよね。どう説明しよう)
マーガレットは怪しまれないように言葉を選びながら話し始めた。
「怪我をされた方々を効率的に治療するために、重症度ごとに色別の紐で区別したのです。そうすることで、重症の方から治療ができ、より多くの命を助けることができます。」
「なるほど。貴女がしていたことは理解した。しかし、それをどこで学んだんだ?」
「異国の書物です(嘘は言ってない!)」
「そうか。今日は騎士たちを助けてくれて助かった。礼を言う。疲れているだろうから、もう休んでもらって構わない」
「ありがとうございます。失礼いたします」
こうしてマーガレットとアーサーの対面は終わったのだった。
マーガレットの退室後。
「どんな高飛車な令嬢かと思えば、意外と常識的な令嬢でしたね」
アーサーにそう話しかけたのは、側近のオリヴァーだ。
「ああ。」
数カ月前、皇太子エドワードの婚約者であるはずのマーガレット嬢を自分の婚約者にする勅書が届いたときは目を疑った。
部下に詳しく調べさせると、エドワードと婚約を解消したことは確かだが、その理由は分からなかった。
普通に考えれば、侯爵家から婚約解消を申し出て認められることは皆無だ。王家に対する不敬罪で処罰されるリスクさえある。
幼い頃からの婚約関係を解消されるなど、マーガレット嬢はよほど問題のある令嬢に違いない。
そう決めつけていたが、実際の彼女は自ら魔物討伐で怪我をした騎士たちを助けるような令嬢だった。しかも、異国の書物に書いてあった知識を使ってだ。
「やはり、婚約解消には裏がある。明日、本人から聞いてみるか」
アーサーはそうつぶやくのだった。




