第10話 お金の管理は大事です
自室に戻ったマーガレットは、ドアを閉めるなり帳簿を抱えてへたり込んだ。
「アーサー様があんな発言するなんて思わなかった~」
「お嬢様、座り込むなんてはしたないですよ」
一緒に戻ってきたアンにたしなめられるが、それどころではない。
アンが淹れてくれた紅茶の香りで落ち着きを取り戻したマーガレットは、ソファに座り直して帳簿を開いた。
「……」
数十分後、マーガレットは頭を抱えていた。
ノースフォード辺境領の財務書類は、前世で言う家計簿のような簡易なものだった。
つまり、いつ何にいくら使い、残高はいくらかまでは分かるものの、年間でどの部門がいくら予算を使っているかは一目では分からない。
また、ノースフォード辺境領の資産や負債の状況は考慮されていなかった。
前世で簿記2級を取得していたマーガレットにとって、見過ごせるものではない。
(とりあえず、今期の分を貸借対照表と損益計算書に落とし込んでいくか…)
貸借対照表とは、ある「時点」での財政状態を示す書類で、表の左側に資産、右側に負債と純資産で表される。
また、損益計算書とは、一定「期間」での経営成績を表す書類で、1年間の売上高、仕入れ、人件費などの費用からどれだけ利益を上げたかを表す。
これらの書類から、経営の安定度や収益性が分かる。
それから1週間、マーガレットは部屋に引き込もって作業に没頭したのだった。
1週間後、マーガレットは完成した書類を手にアーサーの書斎にいた。
今まで経理関係を担当していたオリヴァーも同席している。
「これが現時点でのノースフォード辺境領の財政状態と経営状態になります」
2人は初めて見る書式に戸惑っている。
「表が2種類あるが、違いは何だ?」
アーサーの質問に、マーガレットは貸借対照表と損益計算書の違いを丁寧に説明する。
「今後は、この貸借対照表と損益計算書をノースフォード辺境領の標準書式にしたいと思います」
「初めて見る者には、難しくないか?」
「そんなことないですよ。もちろん、最初は説明しますし、足し算引き算ができれば問題ありません。オリヴァー様、どうですか?」
マーガレットは、じっと書類を見つめているオリヴァーに問いかける。
「…確かに、この方がどの部署がいくら使ったかが分かりやすいですね。それに、今まで現金の管理だけだったけど、それ以外の資産も反映されているのか…」
(良かった、ちゃんと理解してもらえたみたい)
オリヴァーの的を得た発言に、マーガレットはほっと胸を撫で下ろした。
「オリヴァーが理解できれば大丈夫だろう。私はどうもこういう書類は苦手でな。数字を見ると、身体がむず痒くなる」
頭を掻きながら呟いたアーサーに、マーガレットは笑いをこらえるのに必死だった。
(前世の小中学生と同じこと言ってる!)
マーガレットは平静を装い、問題点を突きつける。
「新しい書式を理解していただき、ありがとうございます。しかし、ノースフォード辺境領の財政状態は良くありません」
アーサーとオリヴァーは共に苦虫を噛み潰したような表情をした。
ノースフォード辺境領の財政は、有り体に言えば金を右から左に移しているようなものだった。
つまり、毎月領民から徴収した税金で城や騎士団の人件費や備品を賄い、ほとんど貯蓄が出来ていない。
赤字になっていないだけマシなのかもしれないが、これではいざというときにあっという間に破綻する。
「分かってはいるが、ノースフォード辺境領には特産品がないからな…」
アーサーの弱気な発言に、マーガレットはズイッと身を乗り出す。
「特産品がないなら作るのです!今のままでは、農民の方々に約束したものを支給できるかギリギリの状態です。少しでも貯蓄を増やしたいので、これから節約を意識してください!」
マーガレットの勢いに気圧された2人は、何度もうなずいたのだった。




