第9話 誤解です、アーサー様!
説明会で農民たちの理解を得られたところで、マーガレットは必要なものと金額をリストアップした。
「…こんなものかな」
一通り書き出したあと、マーガレットはふと、現時点でのノースフォード領の財政状態が気になった。
(アーサー様に書類を手渡すついでに確認しよう)
マーガレットがアーサーの書斎に向かう途中、廊下の角で補佐官のオリヴァーとばったり鉢合わせた。
「オリヴァー様、アーサー様は書斎にいらっしゃいますか?」
「名前を覚えていただいて光栄です。閣下なら、今は訓練中ですよ。ご覧になりますか?」
「ぜひ、お願いします!」
オリヴァーに案内され、マーガレットは城内の訓練場にやって来た。
周囲の誤解を避けるために、アンも一緒だ。
ちょうど良いタイミングで、アーサーと騎士団員の1人が試合をするところだ。
お互いに礼をし、剣を構える。合図で両者とも勢い良く撃ち合った。
「あんなに激しく撃ち合って、怪我をしないの?」
マーガレットが不安げに問うと、オリヴァーは笑って答えた。
「多少怪我をすることはありますけど、使用しているのは刃を潰した模擬刀ですから、心配いりませんよ。ましてや閣下なら、かすり傷の心配もありません」
「アーサー様は強いのね」
「もちろんです。魔物が相手でも、あの方が大怪我をしたことはありませんから」
言われてみれば、アーサーが魔物討伐から帰還して初めて会ったとき、彼の甲冑は汚れていたものの、彼自身はほとんど怪我をしていなかった。
目の前で行われている試合を見ても、素人目でもアーサーの動きや剣捌きは一流だと分かる。
5分も経たないうちに勝負が着いた。騎士団員は肩で息をしているが、アーサーは涼しい顔をしている。
ふと、アーサーがマーガレットたちに気づいた。こちらに手を振っている。
(アーサー様って、お茶目よね~)
マーガレットも手を振り返す。そのとき、なぜかアーサーの表情が固まった。
(どうしたのかしら?)
マーガレットが首を傾げていると、オリヴァーが口を開いた。
「訓練は終わったようですから、自分たちも戻りましょう」
「そうね。書斎でアーサー様をお待ちするわ」
3人はアーサーの書斎に行き、アンの入れた紅茶を飲みながら雑談をしてアーサーを待った。
しばらくすると、アーサーが戻ってきた。水を浴びてきたのか、シルバーの髪が濡れている。
アーサーは必要なものを書いたリストを渡しながら、アーサーに聞いてみた。
「予算の目安を決めるためにも、現時点でのノースフォード領の財政状態を確認したいのですが、財務書類を見せていただけますか?」
「構わない。今期の分は私が持っているが、金回りはオリヴァーが管理している。オリヴァー、持ってきてくれ」
「承知しました。地下の書庫に保管してあるので、行ってきます」
オリヴァーが退出すると、マーガレットはアーサーがじっと自分を見つめているのに気づいた。
しばし、無言で見つめ合い、気まずい空気になる。
「…何でしょうか?」
マーガレットが尋ねると、アーサーは1冊の冊子を手渡しながら、不機嫌な声で言った。
「マーガレット嬢は、オリヴァーと随分仲が良いようだな」
「私が?オリヴァー様と?」
「ああ。先程一緒に試合を見ていたではないか」
「たまたま廊下で会っただけですよ。それにアンもいました」
「そうなのか?」
アーサーが確認するようにアンを見ると、アンは何度もうなずいた。どうやら、訓練場にいたアーサーからアンは柱の死角になっていて、マーガレットとオリヴァーの2人きりに見えたらしい。
アーサーは髪を掻きながら眉を下げた。
「すまない。いらぬ疑いをかけたな」
「いえ、お気になさらず」
自分の非を認めたら、正直に謝るのはアーサーの美点だ。
「…貴女が自分以外の男といるのを見ると…その…何というか…落ち着かないんだ」
ぼそぼそと言ったアーサーの発言に、マーガレットは口に含んでいた紅茶を思わず吹き出しそうになった。
(この人、自分が何を言っているか分かってる?)
そのとき、見計らったようにオリヴァーが戻ってきた。
「とりあえず過去5年分の帳簿を持ってきました…って、2人ともどうしたんですか?」
オリヴァーが驚くのも無理もない。アーサーは柄にもなくモジモジしているし、マーガレットは顔を真っ赤にして俯いている。
「オリヴァー、ありがとう。アーサー様、私はこれで失礼いたします」
マーガレットはこれ幸いと、オリヴァーから帳簿を受け取り、逃げるように自室に戻った。




