猫兄様と留守番
12 猫兄様と留守番
俺は今、ほっかむりの下男に変装中。
堂々たる鬼軍曹メイドの役立たずな兄、かつ庭師見習いという設定で、町長の屋敷へ向かった。
“役立たず”付ける必要あった?
まぁいい。
細かい事を指摘すると、鬼軍曹メイドに革の鞭でしばかれるからな。
執事ならともかく、俺にそういう趣味は無い。
町長の屋敷までの道すがら、擦れ違う人々を見て回ったが、別段おかしな様子は無かった。
石畳の広場を中心に、放射状に広がる水路。
その水路に沿って建物や市場が並ぶ。
町の外は豊かな森林、畑が連なり、町全体の印象も、潤って活気がある。
食物が豊富にあるからか、貧富の差も少ないようだ。
路地裏にぐったり蹲る人達を見かけない。
これも全て、水が豊かなお陰だろう。
良い町だ。
俺の治める領は、水源が少なくて苦労してるから。
ちょっと羨ましい。
「さぁ、着きましたよ。愚図。」
「俺の名前、“愚図”になったの?」
「他人が居るところで、エリオット様、と呼ぶわけにはいかないでしょう?この愚図。」
「へいへい。」
「へい、は一回、このド愚図!」
「へいッ!」
迂闊に逆らえねぇ。
ここが町長の屋敷の前で無かったら、鞭打ちされてたな、絶対。
気を付けよう。
因みに、町長の屋敷は広場の前に、三階建ての巨大な建物として在る。
パッと見、学校か博物館と勘違いしそうな外観だ。
見張りや門番は居ないようだが、何しろ屋敷の真ん前が、町の中心部である広場。
人の往来が激しい。
俺は、躊躇いも無く屋敷の呼び鈴を鳴らそうとした鬼軍曹メイドを止める。
「ちょっと待て。俺達、作戦会議を何一つしてないけど、いいのか?」
「逆に、エリオット様には何か作戦がおありで?」
「・・・・いや、考えて無いです。」
「じゃあ、黙っとけ、です。このド阿呆。」
“ド阿呆”・・・・段々口が悪くなってないか、俺んとこのメイド。
「・・・俺の名前は、ド愚図だっただろ。ド阿呆、では無い。」
せめてもの反撃を試みる。
「では名前をド愚図、からド阿呆に変えるまでです。ド阿呆。」
「ゴメンなさい。」
秒で、言い負けた。
「あ、でもこれはマジな話し。この屋敷、“庭”、とかあんの?」
俺の役は、一応、庭師見習いって設定だからな。
「裏に、高い塀で囲まれて見えませんが、ちょっとだけ有るようですよ。」
「そうか。じゃあ大丈夫だな。」
こう見えて・・・いや、どう見えてるのかは知らんが、俺は幼い頃から農作業や雑役を積極的に手伝ってきた。
そのお陰で、庭の整備には自信がある。
せっかくなら、猫兄様も喜ぶような、素敵なお庭を造りたいものだ。
「多分、雇ってもらえますよ。庭師見習いは。」
「そうか。腕の見せ所だな。」
「死体を埋めるなら、庭が手っ取り早いですから。要は、穴掘り役ですね。」
「・・・え、」
「流れ者なら、好都合です。最後に一緒に埋めちゃえばいい訳ですから。」
「・・・・。」
コメントに、詰まる。
「じゃあ、突撃~。」
戸惑う俺を置いてけぼりにしたまま。
気の抜けた掛け声で、鬼軍曹メイドが、屋敷の呼び鈴を鳴らす。
数秒後、彫の入った立派な扉が開き、一人のおさげ髪メイドが出て来た。
メイドはメイドでも、鬼軍曹メイドとは雰囲気が全然違う。
猫兄様並みに無表情・・・・。
すかさず、鬼軍曹メイドが「他の町から流れて来た兄妹で、庭師見習いとメイド」だという事と、現在、職探し中だと説明。
屋敷で雇ってくれ、と懇願する。
「間に合っております。お帰り下さい。」
だが。
ガチャン!
むべも無く、断られて扉を閉められる。
えーっと。
庭師見習いは、雇ってもらえるんじゃなかったの?
「もう一回ですね。」
え。
三秒も経たないのに、もう一回呼び鈴、鳴らしたよ、うちのメイド。
まだ扉の近くに居たのか、再度同じメイドが対応に出た。
「お帰り下さい。」
ガチャン!
即座に扉を閉められた。
ですよね。
せめて、時間をおいて別のメイドに・・・・って、また呼び鈴鳴らしちゃったよ、鬼軍曹ッ。
「三顧の礼です。」
「相手は軍師じゃないからッ、あと三日かけろよッ、寧ろ無礼!」
俺の突っ込みも虚しく。
無情にも、同じメイドが顔を出した。
「警備兵、呼びますよ。」
完全に俺ら、変質者扱いじゃん。
「呼べるなら、呼んでみなさい、ホトトギス。」
「何言っちゃってんの?」
俺の突っ込みと同時にまた、扉が閉じられた。
「頼むから、時間置こうよ、メイド妹、」
「こんなのは、ゴリ押しですよ、役立たず庭師見習い兄、」
兄の意見は無視され、四度目の呼び鈴が鳴らされた。
扉が開く。
目の前には、先程のメイド。
と、もう一人、腰に大小の剣を下げた身形の良い男。
「・・・・・。」
マジで、警備兵呼ばれてんじゃん。
詰んだ。
「・・・・。」
相手方も、ちょっと無言。
因みに俺、今変装中で、帯剣してないから。
くそッ。
流石に、呼び鈴を四回続けて押したくらいで、斬り捨て御免は無いだろうけど。
脅しで軽く斬りつけられるくらいは、あるかもしれない。
男の俺はともかく、女性である鬼軍曹メイドが斬りつけられるのは忍びない。
咄嗟に、鬼軍曹の腕を引いて、俺が前に出る。
唯一の武器である、木製のスコップを構えて。
「・・・・・お前、庭師か?」
ボリボリと頭を掻きながら、面倒くさそうに警備兵が尋ねてくる。
「さっきから、そうだと言っている。このぼんくら兄は庭師見習い、そして私はイケてるメイド。遠くの町から流れて来た。」
俺の背後から、鬼軍曹が自己紹介する。
つーか、何でそんなに偉そうなんだよ。
最初に斬られるのが、俺だから?
あと、“役立たず”から“ぼんくら”に悪口が変わってんじゃんよ。
「・・・・そうか。」
警備兵はじろじろと俺達を眺め回した後。
「・・・・給金は、月末払い。一日二食付き、ベッド付きの部屋一つ、一ヵ月に銀貨一枚ずつ。この条件で良ければ、雇おう。」
「はぁ?」
やった、奇跡だ。
雇ってもらえる!
そう喜んだ俺の後ろで、盛大な不満声。
「チッ、一日三食、食わせろや、オラッ。・・・ベッドは良いとして。私の給金は銀貨十五枚。こっちのぼんくら庭師見習い兄は銀貨十枚です。これ以上は、譲れませんよ。」
何で喧嘩口調なんだよッ。
あと、俺の給金は、何でお前より安い設定なんだ。
「・・・・ふん。随分と肝の据わったメイドだ。・・・分かった、食事は一日三食。銀貨は十枚、庭師見習いが七枚。これ以上は譲歩しない。」
「むぅ。仕方ないですね。その条件で結構です。」
「交渉成立だ。屋敷に入れ。」
警備兵が俺達を顎で、屋敷の中へと招き入れる。
心なし、何度も呼び出された無表情メイドの視線が冷え冷えしている気がするが。
・・・良かった。
一時は、どうなる事かと、ハラハラしたぜ。
「オイ、そこのメイド。部屋に、案内してやれ。」
そう言い残して、警備兵は玄関横のゆったりしたソファに座り直す。
ほえ~。
屋敷内のエントランスホールは、広い、とは言い難いが、装飾が華美。
立ち並ぶ白亜の彫像、数々の巨大な花瓶、見上げると天井画。
その間を縫って、煌めくシャンデリア。
ドレープのある刺繡入りカーテン、階段にまで絨毯が敷き詰められている。
何て豪奢な。
俺の居城なんて、自慢できる物など、何も無いってのに。
俺の城は、無骨そのもの。
泥棒が入っても、何を盗んだら良いのか悩むくらいだぜ。
天井画なんて夢のまた夢。
地下牢の一室に、俺が恋心を拗らせて描きまくった猫兄様の似顔絵が所狭しと飾ってあるのは、俺の黒歴史だしな。
執事も引いていたから、猫兄様本人に見られる前に、隠さなければ。
そんな事を考えていたら、「この、ぼんくら」と鬼軍曹メイドに腕を引っ張られる。
そうだった。
今は、潜入捜査中。
目の前の事に集中しなければ。
先を歩く無表情メイドに連れられ、二階奥の狭い物置みたいな部屋に通される。
「荷物を置いて着替えなさい。五分後に迎えに来ます。」
鬼軍曹にお仕着せのメイド服、俺に農作業用エプロンを投げて寄こし、そのまま無表情メイドは踵を返した。
「え、仕事開始まで五分?軍隊かよ。」
「いいから。さっさと部屋へ。」
鬼軍曹の手で、俺は部屋の奥に押し込まれる。
エントランスの豪華さを覚えている目が、板張りのじめっとした飾り気の無い部屋を映し出す。
部屋には、壊れそうな古い二段ベッドと、人が一人通れる広さの通路のみ。
蝋燭立てはおろか、窓さへ無い。
閉塞的で暗く、黴臭かった。
あの、エントランスの派手な金遣いと比べて。
使用人の、労働環境、粗悪過ぎない?
「ベッドは、私が上です。」
「・・・了解。」
高い所が好きだもんな、鬼軍曹は。
ってか、忘れてたけど。
兄妹設定だった。
普通に男女同室になっているが・・・俺はともかく、男女二人きりでいいのか、鬼軍曹メイドは。
「さっさと着替えて下さい。」
「あ・・・えっと、一緒に?」
何か、俺だけ意識してるみたいで、嫌だな。
「気になるなら後ろを向けば良いでしょう?それより、」
荷物と呼べる程の物は無い。
小さな麻袋一つを床の端に置いて、俺は鬼軍曹に背を向け、エプロンを着る。
エプロンからは、プーン、と染みついた肥料の臭いがした。
背後からは、衣擦れの音。
メイド服の方が、着替えが大変そうだな。
「この屋敷、おかしいですね。」
「確かに、ちょっと、な。」
「ちょっと?何言ってんですか、エリオット様。全て、ですよ。私達の採用を、一介の警備兵ごときが、主人である町長に相談もせず決めてしまったんですよ?身元調査も無く。恐らくあの時、給金で揉めなければ、私達は怪しまれて追い返されていたはずです。」
「アレって、怪しまれない為の駆け引きだったの?」
「はぁ?それ以外に何があるっていうんですか?ぼんくらは黙ってて下さい。時間の無駄ですから。」
「はい。」
「次に、警備兵はメイドの名前を知りませんでした。長い付き合いがあれば、同じ使用人同士、名前くらい知っていて当然だと思うのですが。」
「俺、お前の名前、未だに知らないんだが。」
「黙ってないと、唇を縫い付けますよ、ぼんくら。」
「・・・・・・。」
「あと、警備兵は頭を掻いていましたね。水の町なのに。何日もお風呂に入っていないような臭いも。それから、呼気にアルコールの臭い。・・・・ここからは私の推測になりますが、彼は水に毒が入っている事を知っていて、水を使う事を恐れているのでは?」
じゃあ、あいつが毒を撒いた犯人って事?
「共犯者が何人いるのか、誰が“ポイズン王子”の息の掛かった者なのか、そこが問題です。」
確かに。
誰が敵なのか分からないと、動きようが無いな。
何しろ俺には今、武器が木製のスコップ一つ、という超軽装備だ。
「長くても、二晩が限界と心得て下さい。場合によっては、情報収集、及び、ズ王子の救出は諦め、エリオット様の生還を優先させます。」
「・・・・ッ?」
「エリオット様は今、何が一番恐ろしいとお考えですか?」
え、何だろう。
色々怖い物は思い浮かぶが・・・。
「少なくとも私が、この世で一番恐ろしいと考えているモノ。それは狡猾な“ポイズン王子”でも、隣の大陸で暴れている脳筋の“戦天使”でも無いんですよ、エリオット様。」
後ろを向いていた、俺の肩にトン、と女の手が載る。
振り返ると、着替え終えた鬼軍曹メイドが蒼い顔で俺に囁く。
「この世で一番恐ろしいモノ、それは純真なる“鍛冶の天使”です。」
「?」
それって、猫兄様の事?
一番可愛い、の間違いじゃなくて?
「とにかく、リミットは二晩です。貴方が戻らなければ、猫兄様の方から、来る。」
「・・・・え?」
「時間です。出ましょう。」
ドアの外で、ノックの音がした。
ピッタリ、五分。
ドアの外では、先程の無表情メイドが立って居て、まず俺を裏庭に案内し、鬼軍曹メイドは別の場所に連れて行かれた。
そして、俺は、大いに戸惑う事になる。
目の前には。
穴だ。
狭い裏庭が半分に分けられ。
一方は、新しい土で埋め立てられ、黒い土が剝き出しの状態。
もう半分の土地が。
掘り掛けの穴、なのだ。
鬼軍曹から、予めゾッとする話しを聞かされてはいたが。
俺の思考が。
混乱と怒りでバグを起こしそう。
“この埋め立てられた土の下には、何がある?”
思わず声に出しそうな問いを、何とか理性で呑み込む。
「お前が新しく雇われた庭師か。・・・そんなスコップじゃ時間が掛かり過ぎる。庭の隅に建つ小屋に道具が入っているから、日没までに、できる限り穴を掘り続けろ。」
無残に荒らされた、花の一つも咲かない庭。
その前で立ち尽くす俺に、先程とは違った帯剣の男が気だるげに命令してきた。
どうやらこいつも、ワインばかり呑んでいるようだ。
酒臭い。
「どうした?さっさと始めろ。」
ギュッと、握り締めた拳。
殴りかかりたい衝動を抑え、俺はぎこちなく微笑んだ。
「いえ、・・・その、花を植えたり管理したりする仕事だと思っていたもので・・・、」
「ああん?庭師は、余計な事を考えるな。お前は前任のジジイより若くて仕事が捗りそうだ。さっさと仕事に掛かれ。でないと、」
男が、腰に引っ掛けた剣を少し抜いて見せた。
脅しのつもりだろう。
笑わせるな。
お前みたいな酔っ払い一人、殴り倒してその口に木製のスコップを突っ込んでやる。
だが、ここでこいつ一人を倒したところで、すぐに騒ぎになって、俺は逃げ回るしか術がなくなる。
俺は、グッと唇を嚙みしめた。
血が滲みそうな程に。
俺に。
王冠があったら。
俺が王なら。
もっと違った対応が可能だった。
悔しい。
“前任のジジイ”、はどうしてここに居ない?
解雇したならいい。
でも、そんな気がしないんだ。
俺がこれから掘る穴、その隣の土の下で、眠っているような気がして。
「おい、さっさと仕事を始めろ。」
「・・・・・はい。」
感情を押し殺して。
今は。
庭の隅にある小屋に向かう。
鍬や小型の草刈り鎌、バケツ、鋏などが几帳面に並んでいるところを見ると、“前任のジジイ”は道具を大事に手入れしていたのだろう。
その中で、シャベルだけが泥だらけで無造作に置かれている。
・・・・ここからは俺の想像だ。
認めたくは無いが。
俺がこれから掘る穴の隣には、幾つもの尊い命が埋められている。
そう仮定して。
穴を掘らされたのは、前任の庭師。
高齢の男性。
穴が完成した後、その庭師は証拠隠滅の為、一緒に穴に埋められた、この泥付きシャベルで。
庭師が消えた後。
埋めたいモノが、まだあって。
庭の穴を、もう一つ掘ろうと考えた。
その際。
非力な女性のメイドを使っても、力仕事は捗らない。
男を動員した方が効率的だ。
だが、実際の穴掘りは捗っていない。
これが、どういう事かと考えると。
もうこの屋敷に、力仕事に従事できそうな男は、殆ど残っていなんじゃないのか?
俺の優秀な執事のように、男なら騎士でなくとも多少なりと剣術の嗜みがあったりする。
男は、生かしておくと面倒だ。
・・・・だから、埋めた。
俺は小屋から必要な道具をノロノロと取り出し、穴掘りへ向かう。
これが、俺の優秀な執事を陥れる為の悪戯落とし穴だったら、掘るのも楽しいのに。
ガツ、と俺はシャベルを庭の土にめり込ませる。
以前は、前任の庭師が、さぞかし綺麗な花の咲き乱れる庭を造っていたんだろうな。
こんな殺伐とした庭。
猫兄様には、見せられないや。
・・・・・・・俺は雑念を払うように、休憩も挟まず黙々と作業し続け、やがて、日が暮れた。
屋敷にやってきたのが既に夕方だったから、そこまで穴は大きくなっていない。
続きは明日の夜明けからだと、帯剣の見張り男に告げられた。
俺は、迎えに来た無表情メイドに連れられ、二階の使用人部屋に戻された。
部屋の中には、既に鬼軍曹メイドが居て、声を掛けようとした瞬間に、背後でドアに施錠する音がした。
ご丁寧に。
脱走防止か。
俺達を生かして帰す気は・・・無さそうだな。
「お疲れ様です、エリオット様。」
険しい顔の俺に、珍しく鬼軍曹メイドの方から労いの言葉が掛かる。
その手にはジュースの入った瓶が数本。
「水とパンは支給されましたが、何が入っているのか分かったものではないので、厨房から警備兵用の物をくすねて来ました。他にも、ハムと揚げた芋もあります。」
「逞しいな。」
俺はジュースを受け取り、一息に飲み干した。
喉は潤うのに。
何の味も感じない。
「食欲が無くても、食べて下さい。エリオット様に何かあったら、猫兄様に・・・されます。」
ん?
今、何て言った?
「さて。互いの情報を擦り合わせましょうか。」
ハムを齧った口元を拭って、鬼軍曹メイドが微笑む。
そういえば。
このメイドは。
出会った頃から変わっていて、主人である俺にさへ、自分の名前を明かさない。
名前を付けられる事を嫌う猫兄様と似ているな、などと思いつつ、そのまま俺の城で長らく働いてもらっていたが。
最近・・・・。
いや、正確に言うと。
猫兄様と接触した辺りから。
随分と大胆になったし、何というか・・・強くなっている。
腕力がどうとかいうより、精神的に。
今も、どこからかくすねてきたらしい蝋燭に、マッチで火を点けている。
仄暗く、室内が明るくなった。
窓が無いから、この灯りが外に漏れる心配は無いだろう。
「そちらは、ずっと穴掘りですか?」
そう問われて。
俺は今日の作業と、状況を話した。
「そっちは、どうだった?」
今度は俺が問う。
「こっちは、色々と分かりましたよ。エリオット様もお気付きの通り、この屋敷を乗っ取っている奴らは、私達二人を生きて返すつもりが無いようなので。」
「そうみたいだな。」
「ですので、堂々と地下牢にも、毒入りの食事を運ばされました。用が済んだら、私の事は穴に埋めてしまえば良いだろう、くらいに思っているのでしょう。」
「その穴を、俺が掘っているという、カオス。・・・で、地下牢なら、そこに、ズ、が?」
「居ましたよ。広場から帰った後も、たんまりと毒を盛られたようで、壁に向かって全裸でブツブツ呟いてました。」
「ヤバいな。」
「ヤバいです。」
だが、まだ生きていた。
そんな状態では、長くはもたないと思うが。
「他にも、地下牢に誰か囚われて居たか?」
「居ました。ズ王子の部下が数名。ズ王子と似たような状態で。」
数名・・・。
ズ、の部下は数名どころでは無かったはずだ。
残りは、どこへ行ったんだ?
「・・・というのが、表向きの牢の中だったのですが。」
「表向き?」
「私達を案内する無表情のメイド、なかなかやり手です。私が隠れてメイドを追跡すると、巧みに監視の目を掻い潜り、牢の更に地下に降りて、何か、瓶のような物を運んでいました。量からいって、一人分あるかないか、ってとこですが。誰か、匿っているんでしょうか?」
鬼軍曹は、揚げた芋を掴んで頬張り、咀嚼しながら続ける。
「私は入ったところだからか、監視の目が厳しくて。それ以上は探れませんでした。」
「充分だよ。そのメイドは、味方になれそうか?」
「それとなく話し掛けてはみましたが、無理ですね。あちらも警戒しています。」
賢明な判断だ。
突然やってきたばかりの臨時メイドにベラベラ事情を喋るようでは、早々に始末されていただろう。
あの無表情は、自身の聡明さを隠す仮面武装のようなものだったのかもしれない。
「屋敷に残っている使用人の数ですが。私が見掛けた限りでは、私も含め、女性ばかり、三人。」
「それが使用人、全ての数?」
「エリオット様を加えれば、四人、ですが。」
予想以上に少ない。
この規模の建物だと、少なくとも常時十人くらいは働いていそうだが。
「町長は?」
「町長とは接触できませんでした。」
流石に町長が消されるって事は無いと思いたいが。
「少ない使用人に対して、帯剣している男の数は多かったですね。」
「何人見た?俺の庭んとこでは、一人だ。」
木製スコップしか持っていない庭師見習いに、剣の刃をチラつかせる、騎士でも紳士でもない、酔っ払ったゴロツキの見張り。
日陰の椅子でワインを煽りながら、ずっと俺を監視していた。
「私が仕事中に確認したのは八人。玄関入り口にも一人居ましたよね。エリオット様の庭に居た男も足すと、分かっただけでも十人です。」
「ここを脱出して、俺と執事、それから実戦経験のある傭兵を五人くらい雇えば、制圧できそうな気もするが。」
ここに居るゴロツキの多くは、アルコールが入っている。
酔拳の使い手でも無い限り、俺達の勝ちだ。
「それは無理でしょう。」
「どうして?」
「残念な事に、町長の屋敷を襲う大義名分が無いからです。毒の件は、町の噂になっていませんから。民からすれば、腹踊りしながら笑う王子が、町長の屋敷に保護されてる、って程度の認識でしょう。」
「確かに。」
裏庭を早く掘り返して、無情に埋められた人達を出してやりたいが。
特に問題も無い町長の屋敷を急襲しようなんて持ち掛ければ、盗賊と変わりない。
こんな依頼を受けてくれる連中を捜している間に、町の保安部隊に捕まりそうだ。
「証拠が無い、か。」
「それに、深刻な問題として、私達は今、軟禁状態にあります。」
「それ、な。」
この部屋、ドアノブに、鍵穴が無い。
とすると、掛けられたのは、外付けの錠だ。
ピッキングを試みて脱出、ってのは無理そう。
ドアはぶち破れない事も無いが、きっと大きな音がする。
その後は帯剣した男達と命がけの鬼ごっこになるだろう。
日中は見張られてるし、鬼軍曹メイドとは別行動だ。
いつ脱出する?
そんな隙、あるのか?
俺が悩んでいると。
「悩んでいるのは、この屋敷の男どもも同じだと思いますけどね。」
「・・・?」
「恐らく“ポイズン王子”の指示した計画では、王城から出たズ王子を追尾させ、ズ王子が立ち寄った町で毒を撒く。毒で町がパニックに陥ったところで、その首謀者に仕立て上げた、ズ王子を公開処刑する。万が一に備えて、自分達の手を汚さず、町長に処刑を一任するところまで指示していたのではないでしょうか。」
「なるほど。」
だが、思いの他水量が豊かな町にズ、が滞在してしまい、作戦は破綻した。
ズ、なりに急いで俺達を追っていたから、ろくに途中の町や村には寄らなかったのかもしれない。
その所為で、計画は延期され続け、この町に行きついた。
ズ、は俺達に負け、出し抜かれて落ち込み、この町で態勢を整えようとしたのだろうか。
皮肉な話だ。
俺を追っているつもりで、ズは“ポイズン”王子から追われていた。
そこで俺は、ちょっと考え込む。
だとしたら、俺はノーマーク?
一応俺も、王位継承権のある王子の一人だぞ。
まぁ。
普通に考えたら、多勢に無勢でズ、が俺を片付けて猫兄様を奪うと考えるだろうな。
奪えなかったとしても、ズ、を仕留めた後に、ゆっくり俺を攻略すればいい。
だとしたら、こいつらは、猫兄様の事も捜しているんだろうか?
腹が立つな。
こんな非道な奴らに、猫兄様を渡してたまるか。
・・・・考えろ。
考えるんだ、俺。
この先の事。
こんな時、俺が“ポイズン王子”の部下なら、どうする?
慎重で気の弱い部下なら、この状況を“ポイズン王子”に報告、新たな指示を仰ぐだろう。
短気で気の強い部下なら、この際、どんな形でも良いから、猫兄様の行方を探り、ズ、を殺す。
とはいえ、スケープゴートの“犯人”は必要だから。
ズ、を始末した後、「王子を殺した不届き者!」として斬って捨てる、手ごろな人材の準備は不可欠だ。
・・・・そうだなぁ。
俺だったら、どっちかというと後者を選ぶだろうな。
何しろ。
再度王城に戻った上、“ポイズン王子”にお目通りして、指示を仰いでから戻って来るのは面倒だし、時間がかかる。
その間、ズ、は監禁しておかなければならない。
効果が薄かったとはいえ、毒が入っていると分かっている水は一切使いたくないだろうし。
せっかく水が豊富なのに、水を使えない町で長らく滞在するって、結構ストレスが溜まると思う。
飲水や食事、洗濯や入浴にさへ気を遣うのだから。
そんな生活、早く終わらせたいに決まってる。
その苛立ちを表すかのように、今日は広場で、町長を使って、強引に、ズを処刑しようとした。
けれど、その強引さは民衆に受け入れられず、寧ろ憐れみを得てしまい、失敗。
「・・・明日は、どう出るかな?」
「さぁ。計りかねます。ただ、奴らが最低限必要としている物だけは分かります。」
「ズ、の首と、“ズを殺した犯人”の屍だよな?」
鬼軍曹メイドは、無言で頷いた。
ズ、の首は簡単に手に入る。
牢で、剣を一振りするだけで済む。
だが、誰を犯人に仕立て上げるのかは、悩むところだ。
ズ、は、アレでも一国の王子。
後々皆を納得させるだけの、動機と証拠が必要だ。
いっそう、ズ、が誰からも恨まれるような悪人だったら、殺すのも楽だっただろう。
だが実際のところ。
ズ、は王城に居た王子達の中で、一番ましな王子だった。
何しろ、猫兄様を幾度も助けている。
猫兄様をペット扱いしたのは癪だが。
それでも、“ポイズン王子”より断然ましだ。
部下にも寛容だった。
俺の執事の兄が仮病で休んでも、お咎め無し。
ちょっとチョロ過ぎない?って思うくらいに。
多分。
猫兄様を巡って争う俺達の兄弟の中で、ズが一番まともな奴だったんだと思う。
毒を盛られて、いよいよおかしくなってしまうまでは・・・。
「今日、一度広場で、陽気に腹踊りする姿を町民達に見せちゃってますからね。」
ズは到底、悪人には、見えなかっただろう。
どっちかというと、その光景は、笑いを得られなかった、哀愁漂う宴会部長のイメージなんじゃないか?
「なぁ。一個、いいか?俺は、どうして今日、穴を掘らされたんだ?」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・何か、言ってくれ。」
「言って欲しいですか?」
「・・・・いや、やっぱ、いい。」
分ってる。
屍を埋める為、だよな。
どの屍をどう埋めたいのかは、俺には分かんないけど。
「予測が立つとしたら、誰を犯人に仕立てて、ズを始末するか、だ。」
俺の考える、ズ殺しの犯人候補、一番手は。
わざわざ地下牢で生かしている、ズ、の部下数名。
何だかんだと理由を付けて、仲間割れの構図を作る。
その際は、事実を知るこの屋敷の使用人、及び町長も口封じとして死んでもらわなければならない。
問題は、高濃度の毒を呑まされた痕跡だが・・・。
他国の鉱物を用いているから、知識の無い人には、バレないかもしれない。
次に最適な犯人候補は、町長。
妙な薬に手を出し、御乱心の末、ズを殺してしまう、という、やや強引な筋書き。
やはりこの場合も、事実を知る屋敷の使用人と、ズの部下には消えてもらわねばならない。
最後に、もう一人。
今日、降って湧いたように現れた、都合の良い犯人候補が居る。
若くて、精悍なタフガイ(ちょっと誇張したけど、何か文句ある?)庭師見習いだ。
流れ者だから、動機なんて、どうとでも後付けできる。
事情を知る屋敷の使用人には、やはり死んでもらわなければならないが、こいつの利点は、庭を管理している、という点だ。
この屋敷の庭は、町長の庭としては殺伐として、明らかに変。
俺が今日まさに思った通り、あの庭を目にした者は皆、掘り返してみたくなるだろう。
そうなった時、もし目を背けたくなるようなモノが出てきたとしても。
庭師見習いなら、説得力がある。
花の代わりに、せっせと庭に屍を埋めるのが趣味の猟奇殺人者って事にすればいい。
そんなオチを付けて、一件落着。
うん・・・。
俺、犯人ルートの有力候補っぽい。
あと、どのルートでも、全員死亡だから、救いがねーな。
「手詰まりだ。一旦、引きたい。」
「そうですね。ですが、難しいミッションです。私とエリオット様の荷物は、この部屋に置いている間に調べられた形跡があります。」
「そうか。流石に全く身辺調査無し、何て事はねーよな。」
こういう事態を想定して、下手に刃物や眠り薬などは持って来ていない。
唯一の救いは、帯剣した男の殆どが酔っぱらっているという点だが。
中にはジュースしか呑んでいない奴もいるかもしれない。
俺は、まともに武術なんて学んだ事は無いから、しらふの剣士に素手で立ち向かうなんて、無理だ。
「エリオット様の庭からは、逃げられませんか?」
「無理。高い塀の内側、鉄条網が張られてた。上ると、血塗れで引っ掛かる。」
「あはは。それは、面白いですね。」
「今の話し、どこか笑う要素あった?」
「血塗れで引っ掛かる、の辺りですかね。」
「・・・・・。」
時々、鬼軍曹メイドとは話しが噛み合わないんだよな。
「エリオット様、死んだ魚の目で私を見るのは、お止め下さい。」
「ドン引きしているだけだよ。」
「そうですか。ならいいですけど。」
「ドン引きは、いいんだ。」
「取り敢えず、屋敷から逃げ出すとしたら・・・そうですね、一番の狙い目は、夜明けでしょう。迎えに来るのは表情を消した無口なおさげメイド一人。私とエリオット様でも仕留められます。その後に逃走経路を確保して・・・、」
「おさげメイド、仕留めんな。」
「大義の為の暴力。」
「格好良く言い直すな。そのメイドは、地下に誰かを匿ってるかもしれないんだろ。良い奴じゃん。巻き込むなよ。」
「良い奴かどうかまでは分かりませんし、私の知った事ではありませんね。私達にとっては邪魔なだけです。」
「お前に、人の心は無いのか。」
「素直に、我々に協力すれば死なずに済んだものを。」
「完全に、悪者が言う台詞だぞ。」
「お褒めにあずかり、光栄です。」
「褒めてないから。寧ろドン引いてるから。」
その後。
幾つか案を出し合ってみたものの、最良の手とは言えず。
結局、折衷案で手を打つ事にした。
手筈は、こう。
早朝、鍵を開けに来た無表情メイドを二人で襲って気絶させる。
後は、俺がその気絶したメイドを担いで一緒に逃げる。
以上。
失敗したら。
命の危険が早まる予感・・・。
猫兄様・・・早く会いたい。
ちゃんと、留守番してくれているかな。
明日の夜明けが。
・・・・勝負だ。