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険しい山々の麓、まっすぐに高くそびえる木々が形作る森の間に、まるで天から零したインクのシミのようにその街はあった。
人間の数はそう多くない。
朴訥なごく貧しい暮らしを営む人々は、互いの繋がりを大事にすることでようやく生活を成り立たせている。
本来は興味を惹いたとしても通りがかりにちょっとしたいたずらをしたぐらいだっただろう。
しかし、そこには『特別』がいた。
それも一人や二人ではない。
「いいな~、遊びたいな」
その街を俯瞰するように眺めるのは、人ではなかった。
ほとんどの神代の存在が滅びたかこの地を去った中で、唯一、存在を極限まで薄くすることで、この地に残った存在。
それがダーナ神族だ。
一応人間の祖でもあるが、その性質は子どものままに成長し、共感性を持たない巨人といったところか。
巨人というのはその体のことではない。
その力が竜とも並ぶと言われるところにある。
体の大きさは、神代の生き物である以上は好きなよう変えられるのだから表現として言い表されることはないのだ。
そんな無邪気で危険な存在の一人が、大陸の西の端にある小さな街を見つめていた。
クスクスと笑うその姿は、人が理想として思い浮かべるような美しい容姿だ。
後に神と悪魔両方のモデルとなったその姿は、しばしクルクルと一人でダンスを踊るように螺旋を描いて空から地上へと降りると、そのまま大地に溶けるように消えた。
そのころ、城の中に与えられた部屋で、一人の青年が目覚める。
「うん?なんだろう、ザワザワする?」
ベッドから抜け出て窓辺により、窓の鎧戸を開け放つ。
外は夜明け前。
一筋の光もなく、ただぬばたまの闇が世界に満ちていた。
しかし青年の第二の目は光の下とは違う風景を見ることが出来る。
―…ウォォオオオオォン……
遠くで狼達の遠吠えが響き、その中に注意を促す警戒の響きを感じ、青年は反射的に遠吠えを返そうとして、自らの意思によってそれを封じた。
『御子よ。感じたか?』
心声が聞こえる。
それはもうすっかりと馴染んだ、新しい家族のような存在の心声だ。
『ああ、アル。なんだか昏くて眩しい星のような気配があったような』
『うむ。恐ろしい気配だった。我は昔、一度だけこれと似た気配に遭遇したことがある。確かダーナ神族と言ったか』
『!』
青年、ライカはぶるりと身を震わせた。
ダーナ神族、それは理解不能な行動原理で世界を引っ掻き回す、竜をも滅ぼし得る人間の祖先だ。
『通り過ぎただけ、かな?』
『そう祈りたいところだな。まぁ我が半身には我から伝えておく』
『うん』
相手がダーナ神族では、相手を意識するだけでも危険があると、ライカの育ての親である白の竜王セルヌイは教えた。
彼らは気に入ったものを全部くっつけたら素晴らしいものが出来るはずという理由だけでキメラを造り、自分達の快楽のために自分達の子孫であるはずの人間の村を滅ぼした。
気分次第でなんでもするし、なんでも出来る力を持つ者達。
幸いにも彼らはあまり群れて行動することはないという。
王国を作って人と同じように暮らしているにも関わらず、彼らは完全な個人主義の生き物なのだ。
個人主義なのになぜ国を作るのか理解が出来ないが、理解が出来ないからこそダーナ神族である。
相手を意識しただけでそれを察知するという恐るべき存在。
ライカは頭を振って、意識を閉じる。
まだ近くにいるなら刺激したくないのだ。
人間の善悪などで測れない、自然の災害のようなその存在は、やっと発展しようとしているこの街には重すぎる相手なのだから。
エイプリルフールネタなのかどうなのか。
五部?
だがまだ時は訪れない。




