番外編 精霊の乙女達
年明けに番外編をお届けします。昨年中は大変お世話になりました。
完結後のお話を少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
このたび番外編を全部下に移動しました。
投稿日時がずれてしまいましたが、本日2017年1月2日に新規投稿したのはこの話のみです。
王国から西の街ニデシスと呼ばれているこの街は、国の中としても、大陸の中の位置としても端に当たる。
十数年前にはほとんど人も住んでいなかった僻地中の僻地だ。
しかし、今やこの街は、開拓が進み、人も増えつつあった。
北側の森林を伐採して農地を作り、丘に山羊を育てて放牧も行う。
それは遅々とした、住んでいる者にはほとんど変化のわからないような進歩だったが、それでも、この街は発展しつつある。
特に大きな変化は、教会が建設されたことだろう。
領主の住む城の南側にあった小さな森を拓いて建てられた小さな教会には、それまで城の敷地内にあった孤児院が併設されていた。
教会と孤児院、そして元々森にあった泉を整備した水場のある広場が作られたその場所は、レンガ地区から続く新しい名所でもある。
「セヌせんせ!ご本読んで!」
「お歌うたって!」
その孤児院前の広場で小さな子ども達に囲まれている少女は、光り輝くような黄金の髪に晴れ渡った空のような青い瞳で、初めてその姿を見ただれもがハッと息を呑むような美しさを持っている。
場所柄もあって、そこで見掛ける彼女を精霊の化身だと思う者も多い。
実際、花祭りに合わせて他所から天上の花園を見に訪れた老人の中には、セヌを伏し拝む者すらいたのだ。
「なるほど。噂には聞いていたが、聞きしに勝る美少女だな。貴族共には見目の良い者が多いゆえ見慣れたつもりだったが、下手に飾り立てない分、美しさが際立っている」
「だれ?」
突然の声にセヌは子どもたちを背後に庇うと、相手をじっと見据えた。
その様子は、第一印象とは違い、相手の隙を窺うような、油断のない強さを感じさせる。
「ここは孤児院だよ?そんな物騒な格好のお人の来るとこじゃないと思うんだけど」
口を開くとその印象はさらに強まった。
精霊の幻想は崩れ、そこには世慣れた、血の通った下町の少女が現れる。
誰何された鎧姿の相手は、その厳しい目線に怯むことなく、堂々とした受け答えをしてみせた。
「いや、失礼した。自分はこのたびご領主サクル卿の補佐として赴任した者。決して怪しい者ではありません」
「あ!あんたが噂の!」
全身鎧姿で孤児院に訪れたのだから怪しむなという方が難しいのだが、その言葉を聞いた途端、セヌは破顔して駆け寄った。
そして相手の全身を上から下までしげしげと見つめる。
「女の人だよね?でかくない?」
「あはは、そうはっきりと言われたことはないが、確かに体は大柄だな。うちの母方の血は体が大きくなりやすいらしい」
「へえ、じゃあ力もあるんだ?」
「それなりに」
「領主様の手伝いってことは孤児院の手伝いもしてくれる?」
「あ?あ、まぁ求められれば」
「やった!ならさ、ちょっと薪割りしてくれないかな?うち、男手が少なくて力仕事がはかどらなくってさ」
「それはいかんな。早速上申して手配させていただく。とりあえず今日のところは私がやろう」
セヌとしてみれば、言ってはみたものの、まさか本当にやってくれるとは思っていなかったので、少し驚きの表情を見せた。
そして、それは感心と、少々面白そうないたずらっぽいものへと変化する。
「驚いた。あんたさ、王女様なんだろ?王女様が薪割りなんかやるわけ?」
「はて、面妖な。王女と知っていながら薪割りを依頼したのはそちらであろうに。安心するがいい。私はこれでも薪割りには慣れているのだよ」
「へえ~。じゃあ、こっち、薪小屋の裏でお願いね。私は厨房で食事の支度をするから」
「承知」
薪割りの際に破片や割った木片が飛ぶので、セヌが厳しく子ども達に近くに寄らないように言い渡しておいたのだが、少し離れた所から興味津々といった子ども達がミアルの薪割りを見物していた。
興に乗ったミアルも、曲芸じみた手順で薪を割って楽しませてみせる。
しかし、しばらくして様子を見に来たセヌに「子どもが真似をするから」と怒られることとなった。
「今日は助かったわ。食事して行く?」
「いや、この後ライカと約束があるから」
「へえ、上手く行ってるんだ」
セヌの物言いに、ミアルはやや怯んだように、逆に問い返す。
「上手く、行っているのだろうか?」
「何言ってるの!いきなり人目の多い城前の広場でラブシーンをやらかしたって街中の評判じゃないの」
「自己主張ははっきりとしておかないと欲しいものは手に入らないからな」
「あんた、いいとこの育ちのくせにうちの子達と似たような考え方なんだね」
セヌはため息を吐くと、相手の金属鎧の背中を思いっきりどやしつけた。
「あの浮世離れしたうちの弟分をその気にさせただけ大したもんなんだから、きっちり最後まで面倒みてやってよね」
「弟分、なのか?……年はライカの方が随分と上だろうに」
「私はライカがこの街に来た時からずっと面倒みてやってるんだよ?頭は悪くないけど、あの子、非常識だし、随分苦労させられたんだから。全然年上の風格なんてありゃあしないさ。うちのちっこい弟だってライカよりもずっと大人だよ」
「まぁ確かに少し浮世離れしたところはあるな。でもそこもまたライカの良いところだ」
ミアルがそう言うと、セヌがその美しい顔を邪悪に歪めてニヤリと笑う。
「覚悟しておくんだね。おそらくはあっちの方も浮世離れしているよ、あの子は」
「あっち?」
「子作りの話さ」
精霊のような美少女の口から飛び出す言葉として、これほど衝撃的なものはないだろう。
常に超然としているミアルだが、さすがにタジタジとなって顔を真っ赤に染めた。
「あんたも大概ウブいね。なんだかすごく心配だよ」
「そ、それは大丈夫、そういったことは自然に任せれば良いと酒場の女たちも言っていた」
「それ、きっとからかわれていただけだから。まぁいいさ、ぼちぼち教えてあげるよ。それより、あんた次の領主様になるんだって?」
「ミアルだ。名乗りが遅れて申し訳ない」
「どういたしましてミアル。私はセヌ、この孤児院の手伝いをしているライカのお姉さん代わりの一人だよ」
セヌはちょんとスカートを摘んで腰をかがめて正式な挨拶をしてみせた。
それまでの言動が幻であったかのように、その様子は上品で美しい。
ミアルはミアルで正式な兵士の礼を行い、それに応えた。
その場面だけを切り取れば、まるで騎士と姫君の物語のワンシーンのような荘厳さがある。
場所が精緻な細工を施された教会の回廊であることも手伝って、少し離れた場所から様子を見ていた小さな女の子などは、思わずため息を吐いたほどだ。
「質問にお答えしよう。確かに私は次代の領主として王からの任命を受けている。とは言え、現在は単なる領主補佐にしかすぎない。そちらの勉強はあまりして来ていなかったのでな、勉強中の身だ」
「そうなんだ。うん、まぁ合格、かな?馬鹿な貴族野郎が新しい領主として乗り込んで来たらなんとかしなきゃと思っていたんだけど、良かったよ。で、あんたは一代限りの領主様じゃなくって、子孫もここの領主になるの?」
「ああ。現在はまだここは陛下の直轄地だが、私が領主を拝命した時点で同時に領地として拝領することが決まっている。そうなれば、よほどの問題が起きない限りは我が一族の領地ということになるな。家名はまだ無いが」
「そっか、となると、将来はライカとミアルの子どもが領主様か」
そう呟くと、セヌは急に笑いだした。
クスクス笑いが段々大きくなって、最後にはお腹を抱えて涙を流しながら苦しそうにヒーヒー言いながら笑っている。
「だ、大丈夫か?」
「いや、だって。こりゃあ、いい種付けができるように気合い入れて指導しないとと思ったら、すっごく笑いがこみ上げて来て。だって、あのライカ坊の夜の作法とか、おかしくって」
「……そなた、私が想像していたのと全く違って、今現在強敵と戦った全ての経験を凌駕する衝撃を受けているところだ。この地に赴任して来てから驚きっぱなしで気の休まる暇がない」
「ふうん」
セヌは目尻に浮かんだ涙を拭うと、挑戦的な笑みを向けた。
「行儀のなってないど田舎で辟易している?」
「いや、楽しんでいる。本当だよ」
二人の、年も立場も背格好も全く違う乙女達は、何やら意味あり気なまなざしを交わし、拳を軽くぶつけ合う。
そんな二人の様子をハラハラワクワクしながら眺めていた孤児達は、自分達に近寄ってくる人物に気付いて、すぐに興味をそちらに移した。
「こんにちは。先生たちのだれかいらっしゃるかな?」
「あ、ライカ先生いらっしゃい!」
「せんせい!飴ちょーだい!」
「せんせい、あんね、さっきね、はたけでこんなカブがとれたよ。虫もいた!」
一斉に小さな子ども達に群がられたのは、孤児院に用事があって訪問したライカだった。
本日は公式なお仕事とあって、普段着の上にお城のお仕着せの長衣を着けている。
一見したところでは上品な青年貴族といった雰囲気だ。
「飴は先生にあずけておくからおやつの時間にもらうように。畑をよく世話してくれていて嬉しいよ」
はーいやらわーいやら賑やかながら、気の利く子によってライカはすぐさまセヌのいる場所へと案内された。
当然ながらそこにはミアルもいる。
「あ、ミアルも来ていたんだ。セヌ、ええっと、彼女は」
「もうお互いに自己紹介終わったよ。それで、今日はなに?」
「そっか。二人はきっと気が合うと思ってたんだ。ミアル、セヌはすごく頭がいいし、面倒見がいいんだよ。ミアルをよろしくね、セヌ」
「あたいらの間の話はあたいらでするから!それで、何!」
「あ、はい。実は頼んでいた干しキノコの具合を見に来たんだ。そろそろ王都への便が出るころだろ?どのくらい用意できそう?」
「あー、それなら、ミミ!」
「はい!セヌ先生!」
回廊の柱の影から覗き見していた少し年長の少女がビシッと直立不動の姿勢になった。
「ライカを干し場に案内して。袋詰めの終わったものも見てもらうように」
「はい!」
「よろしくね」
「ライカ、間違ってもお駄賃とか言ってその子だけに飴とかあげないでね?」
「大丈夫、わかってるよ。あ、これはみんなにあげる分ね」
苦笑しながらライカは素焼きの壺をセヌに渡し、案内の少女を促した。
「じゃあ、ミアルまた。あ、領主様が狼対策についての打ち合わせがあるから夕方までにお城に戻ってほしいって言ってたよ。約束の食事はその後にする?」
「了解した。それならば七点鐘までには合流できるようにしよう。ライカもお役目ご苦労さま」
ライカが立ち去ると、残された二人は顔を見合わせてこらえきれないように笑い出す。
「まぁなんだ、これからよろしくね」
「こちらこそ」
この時彼女達が予感した通り、将来に渡り、この二人の付き合いは長く、濃いものとなったのだった。




