第20話 羽柴充――Feel lonely
「久しぶりに会うというのに……」
さらさらと光に反射する美崎の髪は、頭をどこでどう打ったのか明らかに可笑しい色だった。
似合う似合わないで言えば異国風な顔立ちだけあって似合う。
人のことは言えないが、美崎も肌は異様に白い。健康的な肌色をしているのは身近では龍とタキくらいだ。
「充、僕はこれでもなかなか忙しい身分なんだよ?うん?何が忙しいかって?聞きたいかい?」
こいつ、いつの間にか口調まで徹底して変わってやがる。見た目と動作も以前より芝居がかっていてうざい。
「じゃあ帰れ」
「……忙しいけれど、充のためなら」
「忙しいならさっさと帰れ」
「それで、リンちゃんは元気……」
「やるのかやらねぇのかハッキリしろ」
回りくどく常に脱線しがちな美崎と話すのにはいつも苛立ちが先行する。
まともに相手をしていたらいつまで経っても話が進まない。
適当な喫茶店へ美崎を呼び出して向かい合ったまでは良いが、開口一番に『今日の僕はいつもより美しいだろう』などと言われて苛つかない人間は恐らくいない。
取り合うことはせずに用件だけを告げれば、美崎は分かりやすく顔を顰めた。
「充のためだ。やらない訳がないだろう?しかし、しかしだよ、充。久々に会ったのだから少しくらいは――」
「……構ってくれってか」
美崎が俺に何を期待しているかは何となく想像がつく。
他愛もない会話をして、自分に時間を割いて欲しいんだろう。
けれど、美崎の相手を真面目にすれば時間がどれだけあっても足りない。
こうして話している間にも既に二時間以上が経過していた。
用件を話して承諾させるまでに二時間以上。酒田が相手なら三分で済む。
「お前さぁ」
「何だい?」
「ここに来たの何時だと思ってんの?」
「確か……19時だろう?」
「で、今何時」
「21時半だね」
「2時間半も経ってんじゃねぇかよ。これでまだ構えってか」
改めてこんな風に説明してやるのも本当なら面倒臭い。
それでも今この周辺で一番早く動けるのは美崎だった。
随分と時間が掛かったが、漸く美崎は理解したらしい。
「充」
「何だよ」
「ありがとう」
「きめぇ」
美崎の笑顔なんて見ても気持ちが悪いだけだった。
顔だけは良いが中身は変態だ。
もしリンと会っておらず、俺が普通に戻ろうとしていなければ美崎は全く必要がなかった存在で。
「少しだけ、席を立つよ。充が望むものは僕が手に入れてあげるからね」
癪に触るその口調も、苛々を増長させる笑みも聞かなかった見なかったふりで窓の外に視線を向ける。
――脱け出せなかったのは、美崎だけ。
脱け出せなかったというよりは、脱け出す必要がなかったのかも知れなかった。
常識的に『してはならない』ことが蔓延する小さな世界で、美崎はいまだ独りぼっちで過去を背負ったまま生きている。
卒業しても尚、背中に張りついてくるいくつもの枷。
名前が売れた代償は、高校時代に好き勝手した代償は、必ず卒業と同時にあちらこちらから襲い掛かってくる。
イかれた頭のおかげなのか、美崎自身を取り込もうとする人間は現れない。
ただ、美崎が何か行動を起こすとなるとついてくる人間がいる。
俺に酒田がついて回っていたように、そうすることが好きだという特殊な人間も確かに存在していた。
運が良いのか悪いのか、あの馬鹿を慕う人間の中に厄介な連中も多数いて、あの馬鹿だからこそそいつらを纏めることができている。
卒業と同時に龍もタキもイタズラは一切止めた。
元々、統率も薄く喧嘩の強さだけが全ての光渦と、情報戦や闇討ちが得意な都波とでは喧嘩のやり方がそもそも違う。
面倒なのは明らかに後者で、しつこいのも後者だった。
口に出すのも気持ち悪いが、寂しがり屋の美崎のことだ。
後輩の面倒は嬉々として見ているだろう。
突飛でネジが外れた美崎を恐れ慕う人間は、いずれにしても面倒臭い人間ばっかりだと思う。
救ってやる余裕も無ければ、そうしてやりたいと思う気持ちもない。
美崎に対しての情はそこまでしか湧かなかった。
「――やっぱり、居たよ」
「だろうな」
窓に映った美崎の顔は笑っているようで笑っていない。
目だけが鋭く細められていて、何となく既視感を覚えた。
「……充は知ってたんだね」
「そんなことだろうとは思ってた」
おおよそ、二十分。
このためだけに二時間半の時間を掛けた。
確証を得るために美崎の相手をしてやった。
「年子の弟がいるよ。見た目はそっくりで瓜二つ」
「ソイツの写真は?」
「後で送るよ」
「美崎。明日一日、張り付いて行動報告しろ。写真も送れよ」
「ああ、充の言う通りにしよう。――早く帰らないと、リンちゃんに怒られてしまうんだろう?」
「リンには遅くなるって言ってある。できた女だろ?」
「……ああ、とても」
羨ましいよ、と美崎が続けた言葉に敢えて反応はしなかった。
ただ、
「――あと10分したら帰る」
利用した分くらいは付き合ってやっても良いかと珍しく思ったから。
「み、充……!」
「ついでに言っとく。お前頭剃れ」
「美しいだろう……銀髪だよ?」
「剃れ。目が痛ぇ」
「……充が言うなら……」
俺が美崎を今の場所から救い出すことはないだろう。
けれど、関係を断ち切ることも――
「このブーツはね、底に金属板を」
「普通の靴を履け」
「そんなのはつまらないじゃないか!」
「知るかよ……」
恐らくは、ないだろう。




