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第六話


「では、こちらへ」


 ミレイに案内され、アルトは受付横の小部屋へ通された。

 外の喧騒が嘘のように静かだった。


 木製の机。

 椅子が三つ。

 壁には剣と盾の紋章。


 面接室のような空間だ。


 ただの手続き部屋というより、ふるい落としの場にも見える。


「冒険者登録は初めてですか?」

「はい」

「では簡単な説明から行いますね」


 ミレイは慣れた様子で紙を取り出した。


「冒険者にはランクがあります。

 下からFからAまで。その上に国が認定する特級冒険者ですね。

 基本的には依頼達成で昇格します。ただし一定以上になると、実技試験や推薦が必要になります」


「なるほど」

「あと、これは重要なのですが」


 ミレイの表情が少し真面目になる。


「冒険者は死亡率の高い職業です。

 特に新人の方は、実力に見合わない依頼を受けて亡くなるケースが後を絶ちません」


 アルトは静かに頷いた。

 その辺りは既に理解している。

 この世界はゲームではない。

 死ねば終わりだ。


「そのため、登録時に最低限の適性確認を行います」

「適性、ですか?」

「はい。戦闘技能、魔力量、反応速度などですね。

 難しいものではありません」


 ミレイは机の引き出しから透明な水晶を取り出した。

 光を吸うような、無機質な球体だった。


「まずはこちらへ手を」


 アルトは一瞬だけ警戒する。

 ――魔物判定とかしないよな?

 だが拒否する方が不自然だ。

 アルトはそっと水晶へ触れた。

 淡い光が浮かぶ。

 室内の空気が、ほんのわずかに変わる。


「……へぇ」


 ミレイが小さく声を漏らした。

 その視線が一瞬だけ鋭くなる。

 だがすぐに、いつもの業務用の顔に戻った。


「何か問題でも?」

「いえ。魔力量が少し高めですね」


 アルトは内心で安堵する。

 バレたわけではないらしい。

 ただ、“少し高い”という評価に留まっている。


「珍しいんですか?」

「新人としては、ですね。魔術師適性があるかもしれません」


 魔術。

 興味はある。


 この世界で生き残るなら、

 選択肢は多い方がいい。


 ミレイは淡々と書類に何かを書き込んだ。


「次は簡単な反応確認をします」


 ミレイは木箱から小石を取り出した。


「投げますので、取ってください」

「はい?」


 次の瞬間。

 ひゅ、と空気が鳴った。

 小石が放たれる。

 速い。

 だが殺意はない。


 ただの確認動作だ。

 アルトの身体が反射的に動く。

 ぱしっ。

 手の中に収まる。

 思ったより軽い。


「……おお」


 ミレイがわずかに目を細めた。


「今の速度、普通の新人なら顔に当たっています」

「そうなんですか」

「ええ」


 淡々とした言葉だが、

 評価は確実に一段階上がっている。


 ミレイは小さく息を吐いた。


「戦闘経験は?」


 一瞬、間が空く。

 アルトは言葉を選ぶ。


「……少しだけ」


 嘘ではない。

 ただし“どの世界の経験か”は伏せる。


「剣術経験者ですか?」

「独学で少し」


 ミレイは少しだけ目を細めた。

 だが追及はしない。

 この街では、珍しくないのだろう。


「なるほど」


 ペンが紙を走る音だけが響く。

 評価が記録されていく。


「登録手続きはこれで完了になります」


 ミレイは書類をまとめながら言う。


「冒険者タグをお渡しします」


 金属製のプレートが差し出される。

 掌サイズ。

 剣と盾の紋章と、アルトの名前。


「これで冒険者、ですか」

「ええ。最低限の身分証にもなります」


 思ったよりあっさりしている。

 アルトはそれを受け取り、軽く指で弾いた。


(これで“表向きの身分”は確保できたか)


「では、初依頼を受けていきますか?」


 ミレイが壁の掲示板を示す。

 そこには紙が何枚も貼られている。


 薬草採取。

 魔物討伐。

 簡易護衛。


 いずれも初心者向けだ。


「護衛依頼は?」

「おすすめしません」


 即答だった。


「経験のない方が入ると足手まといになりますし、有事になればまず死にます」


 淡々とした言い方だったが、冗談ではなさそうだ。

 アルトは短く息を吐く。


「薬草採取でお願いします」

「賢明ですね」


 依頼書が外され、手渡される。


 街の外へ出ると、空気が変わった。

 土の匂い。

 風の音。

 遠くに見える森。


「ここから採取エリアだよ」


 案内してくれたのはリズだった。

 ガルドとは別件で別れ、リズは暇だからと付いてきてくれた。


 軽い口調だが、視線は周囲をよく見ている。

 アルトも同じように森を観察した。


 足跡。

 折れた枝。

 獣の気配。


「薬草はこの辺り。奥には行かないで」

「理由は?」

「普通に危ないから」


 それ以上は言わない。

 だが十分だった。


 アルトは頷き、森へ足を踏み入れる。



---



 同時刻。

 洞窟の奥。

 黒い結晶は静かに脈動していた。


【保持DP:290 → 295】


 わずかな増加。

 意味のないような変化。

 だが確かに“何か”が流れ込んでいる。


 そして、その原因は――


 洞窟の外。

 草を踏みしめる、小さな影。


「ぷる」


 スライムだった。

 アルトが召喚した個体。

 だが今は、洞窟の中にはいない。

 森の中を、ゆっくりと移動している。

 

 獲物を探すように。



---



 森の中。

 アルトは薬草を探しながら進んでいた。


(この辺りでいいはずだが……)


 手に取った草を確認する。

 形は依頼書のものと一致している。

 簡単すぎる。

 そう思った瞬間だった。

 森の奥で草が揺れた。


「……?」


 風ではない。

 何かがいる。

 アルトが視線を向けるより早く。

 森の奥から、小さな悲鳴が響いた。


「ギッ……!」


 短い断末。

 静寂。

 数秒後。

 再び草が揺れる。

 今度は、何かを引きずるように。

 アルトは動きを止めた。

 リズの表情も変わる。


「……今の」

「聞こえました」


 森の空気が変わる。

 さっきまでの採取エリアではない。


 “何か”がいる。


 そして、それはこちらに気付いている可能性がある。

 アルトは静かに息を吐いた。


「……薬草どころじゃないな」


 リズが小さく呟く。


「帰る?」


 だがアルトは首を振った。


「いえ」


 視線は森の奥。

 音のした方向。


「少しだけ、確認します」

「……私がいるからいいけど、普通はここで帰る判断だよ、これ」

「リズさんがいるから、ですよ」


 そう言いながらアルトはゆっくりと一歩踏み出した。



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